国王が参戦しました
「――賑やかだな」
華やかな声と共に、トールヴァルドが姿を現した。
国王の登場に一同が礼をすると、彼はそれを片手で制する。
人の上に立つ者の余裕とでも言うのだろうか。
ノーラはトールヴァルドが国王なのだと、改めて実感した。
「素晴らしい歌の後だぞ。何を騒いでいるのかと思えば。リンデル公、エンロート公、どういうことだ?」
「いえ、何か行き違いがあったようで。陛下のお耳に入れるほどのことは」
「私が招いた歌姫を愚弄した、というのは?」
「それは」
「何でも、リンデル公爵によれば。ノーラ・クランツ男爵令嬢が親子でリンデル邸を訪れ、後援を求め、断ると体を差し出そうとしたらしく」
「ほう」
エンロート公爵の説明を聞くトールヴァルドは、何だか楽しそうだ。
これはやはり、何かおかしい。
大体、リンデル公爵が言っていることも酷いが、エンロート公爵だって嘘を並べているのだ。
どうしたものかと困っていると、再びエリアスがノーラの肩に手を置く。
今度は何も言わず、その代わりににこりと微笑まれた。
よくわからない。
わからないが、とりあえず黙って見ていろということらしい。
「ですが、その日ノーラ嬢は我が屋敷に招待しております。そこのカルム侯爵令息も一緒に」
視線に促され、トールヴァルドがエリアスを見る。
「エリアス・カルム。エンロート公の話、相違ないな?」
「はい、陛下。私とノーラは、エンロート公爵邸に招かれ、お茶をいただきました」
恭しく一礼するエリアスを見て、周囲の女性からため息がこぼれている。
本当に、どこまでも呆れるほどに顔がいい。
「では、リンデル公の話は出鱈目なのか?」
「い、いえ。クランツ男爵親子が屋敷に来た記録がございます。きっと、エンロート公爵が日付を勘違いされているのでしょう」
「そうか」
ほっとした様子のリンデル公爵を見て、トールヴァルドが微笑んだ。
それは、先ほど見たエンロート公爵の笑みと同じ。
笑っているけれど、笑っていない目だった。
「――エンロート公の茶会には、私も参加していたのだがな」
「は?」
「どうやら、私は日付も覚えていられないらしい。疲れているようだな」
エンロート公爵の嘘だけでも意味がわからなかったのに、トールヴァルドまでそれに乗ってきた。
こうなると、いよいよノーラが口を挟む余地はない。
「ところでリンデル公。クランツ領だけ通行料を値上げというのは、何だ? 通行料自体はそれぞれの領で話し合いで決めているが、一つだけに大幅値上げというのはおかしいな。しかも、クランツ側は見直しを要求しているのだろう? 何が原因だ」
リンデル公爵が自ら報告するはずもないのに、何故それを知っているのだろう。
だが、なるほど。
国に相談するという手があったのか、とノーラは目が覚める思いだ。
言っても仕方ないという気持ちもあったが、それ以前に自領の問題は自領で片付けるものだと思い込んでいた。
「それは、街道整備など」
「クランツ領との領境だけか? それ以外にも、いくつか曖昧な会計報告があるな。不正や癒着の密告もあるが、どう思う」
「それは、きっと何かの誤解で」
「そうか。素直に認めるなら、改善策を提出して経過を見ても良かったが。私が見つけた会計の不備も誤解だというのなら、仕方がない。一度、リンデル公爵領全体の調査をしなければいけないな」
「そ、そんな」
「まあ、何もないのなら心配はいらない。ちょっと十数年さかのぼって、すべての調査をするだけだ。気にするな」
たぶん、気にせずにはいられない話なのだろう。
どんどん上機嫌になっていくトールヴァルドとは対照的に、リンデル公爵は目に見えて顔色が悪くなっていく。
「私の妃候補が一時期次々に辞退していったが、あの者達の中にリンデル公の名を出すものが多くてな。ものはついでだ。そちらも調べよう」
「陛下、それは」
「なに。身にやましいことがなければ、問題ない。そうだ、リンデル公。私は今回、市井で噂の『紺碧の歌姫』を招いた。教会に多額の寄付をした清き歌姫としても有名だが。最近、彼女について悪い噂を流す者がいるという。……どう思う?」
「どう、と申されましても。噂というものにも、真実があると思いますが」
受け答えはしているものの、リンデル公爵は明らかに元気がなくなっている。
余程、『ちょっと十数年さかのぼってすべての調査』をされるのが気になるのだろう。
「なるほど。そちらにいる君のお抱えの歌い手が、ノーラ嬢の歌うレストランで暴言を吐いたという噂があるが。それも真実か」
「それは、根も葉もない噂でございましょう」
「おかしなことを言うな。噂には真実があるのだろう? ついでだ。彼女も調べさせてもらおう」
「そんな、陛下。私は何も」
思わずと言った様子で声をあげたレベッカを、トールヴァルドは視線で制する。
「私の妃候補達は、家族の男性がとある女性に入れ込んだとして身を崩した話が多かった。その相手の女性というのが、金の髪に紅の瞳の歌の上手い女性だというんだ。偶然だな」
「――そうです、ただの偶然です」
縋るように叫ぶレベッカに、トールヴァルドは微笑んだ。
「そうかもしれないな。だから、調べよう。君が無実だというなら、潔白の証明になるから問題ない」
「そんな、陛下!」
レベッカは叫んだが、もう誰もその声を聞こうとはしていなかった。





