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公爵がやってきました

 何故ここにリンデル公爵がいるのだろう。

 建国の舞踏会に招待されているのは当然だとしても、レベッカと一緒というのがわからない。

 歌い終えたばかりのノーラと、昨年までの歌い手であるレベッカが揃っているせいで、周囲の視線は集まる。

 リンデル公爵とレベッカが周囲に愛想を振りまくものだから、更に人が集まっているのもあった。


「こんばんは、『紺碧の歌姫』。歌い終えたところをすまないが。君がレベッカの伴奏用のバイオリンの弦を切ったと聞いたのだが、どういうことかな?」

「え?」

 思わず声を漏らしながらレベッカを見ると、手には弦の切れたバイオリンを持ち、悲し気に瞳を伏せている。

 金髪に紅の瞳の妖艶な美女の切なげな姿に、周囲からため息と同情の眼差しが注がれた。


「私は才能ある歌い手の後援をしているのだが、まさかこんな酷い目に遭わされるとはね」

 にやりと笑うリンデル公爵の姿を見て、合点がいった。



『既に決まっていた歌い手を押しのけてまで、舞踏会に出るというのだから。その度胸には驚く。一体どうやって、そんな機会を得たのだろうね』



 リンデル公爵邸を訪問した時に絡まれはしたが、単純にノーラが気に入らないのだろうと思っていた。

 でも、違う。

 リンデル公爵はレベッカの後援者で、だからこそ彼女の出番を奪ったノーラが許せないのだ。

 こんな、あからさまな嘘までついて、貶めようとするほどに。

 レストランで急なバイトの件だって、公爵家の力を使えば老紳士を動かすのは容易いだろう。

 それほど、ノーラが邪魔なのだ。


「違います。私はそんなことしていません」

「それはどうかな」

「ですが、出番のない人の邪魔をする意味がありません」


 トールヴァルドはノーラを歌い手にすると言ったし、ノーラ以外が歌うとは言わなかった。

 となれば、レベッカは呼ばれてもいないのに歌おうとしていたことになる。

 それを邪魔する意味など、まったくないではないか。

 ノーラとしては事実を伝えただけだったのだが、レベッカの顔が露骨に曇った。

 だが、それを隠すようにリンデル公爵が大袈裟に手を広げる。



「君は先日、親子で我が家に押しかけて私に後援を求めてきただろう。しかも、断ると体を差し出そうとした。さすが、庶民の店で歌う『歌姫』は違うものだと感心したよ。……だが、私にも好みというものがあるんだ」

「そんな馬鹿なこと、するわけがありません!」


 嘲笑うその言葉と共に、周囲の人間の含み笑いも耳に届く。

 リンデル公爵の言っていることは、出鱈目だ。

 だが、クランツ親子がリンデル邸を訪問したことは事実。

 きっと、どう否定してもその事実を使って捻じ曲げた真実を作り上げるのだろう。


 相手は王妃候補を輩出する公爵家の当主。

 貧乏男爵家の令嬢でしかないノーラが声をあげたところで、信じる者は少ない。

 どうしたらいいのかわからず悔しさに唇を噛むと、ノーラの肩に何かが優しく触れる。


「大丈夫だよ」

 見上げれば、肩に手を置いたエリアスが、微笑んでいた。



「……それは、いつの話だ」

 エリアスの言葉を理解できずノーラが口を開きかけると、重量感のある声が耳に届いた。

 壮年の男性がやってくると、リンデル公爵を始め周囲の貴族達が一斉に礼をする。

 男性の立ち居振る舞いと周囲の反応からして、かなり上位の貴族なのだろうとわかった。


「これは、エンロート公爵。お久しぶりでございます」

「挨拶はいい。それで、いつの話だね」

 話の腰を折られたのに、リンデル公爵は嫌な顔一つせずに笑顔を浮かべている。

 年の功なのか家格の違いなのかわからないが、ともかくリンデル公爵よりもエンロート公爵の方が上の立場なのだろう。


「いつ、と申しますと」

「『紺碧の歌姫』と呼ばれるその娘が、君の屋敷に親子で訪問したという日だ」

 リンデル公爵が告げた日時を聞くと、エンロート公爵は唸りながら立派な口髭を撫でた。

「間違いないな?」

「はい、間違いありません。ですが、何故そのような」


「……おかしいな、その日、ノーラ・クランツは我が屋敷にお招きしたのだが」

「――は?」


「先日の我が娘の不始末を改めて詫びようと、茶会に招いた。妻も一緒だったし、ノーラ嬢の付き添いでカルム侯爵令息も一緒だった。……そうだな?」

「はい、閣下」


 突然話を振られたはずのエリアスは、全く驚く様子もなく美しい礼を返す。

 これは、何だかおかしい気がする。

 ノーラですらそう思ったのだが、当のリンデル公爵はそれどころではないらしく、何やら焦りを見せていた。



「そんな馬鹿な。嘘だ」

「ほう? 私が嘘をついていると?」

「いや、まさかそんな」


「では、君は家に来てもいない御令嬢を来たと言い張り、後援を求められて体を差し出されたと言っているのか?」

「それは」

 どうやらエンロート公爵の方が格上らしく、主導権を握っている。

 よくわからないまま成り行きを見守っていると、エンロート公爵がノーラに視線を向けた。


「では、本人に聞いてみよう。ノーラ・クランツ。君はリンデル公爵に後援を求めたのか?」

「……いいえ。クランツ領だけ大幅値上げされた、通行料の見直しを求めたことはありますが。後援など一切求めておりません。まして、体を差し出すなどありえません。……私にだって、好みというものがあります」

 ちょっとした意趣返しにリンデル公爵の言葉をそのまま使うと、エンロート公爵は楽しそうに笑った。


「……だそうだ。ということは、君が言っていることは嘘、ということになるな。建国の舞踏会で陛下の招いた歌姫を愚弄するとは、問題だぞ」

 顔は笑っているのに目は笑っていない、というのはこういうことを言うのだろう。

 リンデル公爵は蛇に睨まれた蛙のように、言葉に詰まっていた。

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