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秘密の恋人

 トイレの前で振り返ってフローラが会場に向かったのを確認すると、そのまま廊下を進む。

 角を曲がってみると、確かにいくつもの部屋の扉が並んでいる。

 静かな廊下にひとり立つと、ふと自分の行動に疑問が浮かんだ。


 何がしたくて、ここに来たのか。

 御令嬢の言葉に唆されたのだろうか。


「……馬鹿みたいですね。早く戻りましょう」


 また御令嬢につかまっても面倒だ。

 踵を返そうとすると、廊下の奥から足音が聞こえてくる。

 何となく身を隠してそれを見ていると、やって来たのは灰茶色の髪の美青年だった。


 ……本当に、エリアスがいた。

 困惑しながらも様子を見ていると、エリアスはある扉の前で立ち止まってノックをする。

 中から誰かが出て来たが、扉の陰になってノーラからはよく見えない。

 ただ、ドレスの黄色と、袖のレースの美しさからして、女性であることはわかった。


 黄色いドレスの手はエリアスの胸にそっと触れ、エリアスはそれに笑顔を返した。

 ノーラに向けるものと同じか、それ以上の優しい笑みに、金縛りにあったように動けなくなる。

 やがて、二人の姿は部屋の中に消え、廊下には静寂が戻った。



 ……今のは何だろう。

 舞踏会が行われている間に、女性のいる部屋に何の用があるのだろうか。

 それに、ただの知人があんな風に胸に触れるだろうか。


 エリアスも嫌がるどころか、優しく微笑んでいた。

 きっと、親しい人なのだ。

 さっきは荷物を預けると言っていたが、エリアスは何も手に持っていなかった。



『王城にいる、エリアスの秘密の恋人』

『親しい男女が使う休憩室』

 御令嬢達が話していたことが、脳裏に浮かぶ。



「……何だ。本当にいるんですね」


 ならば、ノーラは一体何なのだろう。

 これは二股というものだろうか。

 いや、むしろあちらこそが本命なのか。


 顔は見えなかったけれど、ドレスも仕草も上品だった。

 貧乏男爵令嬢などよりも、エリアスにお似合いだ。

 ひとめぼれとか言っていたけれど、あれは方便なのかも知れない。

 あるいは、二番目に好きという意味か。

 いや、好きかどうかもわからない。

 でも、今までのエリアスをすべて疑うのも何だか違う気がする。


「……いっそ、聞いてみましょうか」

 モヤモヤと考えているよりも、話が早い。

 でも、何と言えば良いのだろう。


 王城に秘密の恋人がいるんですね、私は何番目ですか、とでも聞くのか。

 そんなもの、お前は本命じゃないけど、退屈しのぎに付き合えなんて、正直に言うわけもない。

 どちらにしても、否定される可能性が高い。


 大体、ノーラは仮の恋人であって、恋人ではない。

 なら、聞いても聞かなくても同じことだろうか。

 ――駄目だ。

 考えがまとまらない。



 今のノーラは、仮の恋人だ。

 ……では、お試しの終わりはどこなのだろう。


 終われば恋人か他人の二択だろうし、友人には戻れない気がする。

 そうなれば、エリアスとは無関係の他人だ。

 当然のことなのだが、何だか少し寂しい気がしてしまう。

 これは、どういう気持ちなのだろう。



『……好きだよ、ノーラ』



 アランに試された時のことを考えてみる。

 くすぐったくて、びっくりしたけれど、それだけだ。



『これを、エリアスにやられた場合と比較するんだな』



 そう言われて想像しただけで恥ずかしくなり、頬に熱が集まったのを覚えている。

 同じ顔と声のアランに言われても何ともないのに、エリアスなら恥ずかしくなる。

 それは、エリアスが特別ということだろうか。

 今さらながら、ノーラはそれに気が付いた。

 それと同時に、顔に熱が集まり、胸が苦しくなる気がした。


「でも。……エリアス様には、秘密の恋人がいるんですよね。たぶん」


 自分の言葉で、一気に頬の熱が引いていく。

 好意の自覚と共に失恋だ。

 何という高速展開だろう。

 ため息を一つこぼすと、ノーラは顔を上げた。



 まずは会場に戻ろう。

 舞踏会で歌うのは避けられないのだから、エスコート役のエリアスと揉めるわけにもいかない。

 すべてが終わったら、直接話をしてみよう。

 それまでは、色々考えても答えなど出ないのだから、悩むのはやめよう。

 そうしてエリアスと話をして……仮の恋人は終わる。


 おそらくそれで、エリアスに会うのも最後。

 ノーラは二股三股かけられてもいいと思える人間じゃないから、無理だ。

 貧乏男爵令嬢には侯爵令息の相手など、やはり荷が重かったのだ。


 会場に戻りながら、ノーラは深呼吸をする。

 ――これは、仕事だ。

 だから、しゃんとしなければ。

 皆が望む『紺碧の歌姫』を、演じなければいけない。

 それがノーラにできる、唯一のことだから。




 会場に戻るとすぐに御令嬢達に取り囲まれ、押されるようにして移動していく。

 だが、今度は笑顔であしらっていく。

 御令嬢達の気分を良くしつつ、適度に自分を下げて、スムーズな話の進行を心がける。

 彼女達は自分の立場が上であり、ノーラは下なのだと蔑むことに成功し、満足そうに離れて行った。


 心にもないことを言えば、簡単にあしらえる。

 だが、何かどろついたものが胸の片隅に残った気がした。

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