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御令嬢に囲まれました

 食事をとれないので、口にしているのはエリアスが毒見しておいたジュースだけだ。

 早々にそれを飲み切ったせいで、エリアスよりも先に生理現象がやって来た。

 フローラと共にトイレに向かったのだが、さすがにアランに同行してもらうのにも限界があるので、会場の端で別れる。

 それを見ていたのだろう。

 トイレを出るとすぐに、見知らぬ御令嬢達に囲まれていた。



「あなた、カルム侯爵の御令息と、どんな関係ですの?」

 名乗られていないので誰なのかはわからないが、どうやらこの黒髪の御令嬢が一行の中心人物のようだ。

 周りにいる六人の御令嬢はこれぞ取り巻きという様子で、大人しく付き従っている。

 それにしても、どんな関係と言われても困ってしまう。


「……友人です」

 仮の恋人と正直に答えるのは何だか恥ずかしいし、たぶん良くないだろう。

 そう思って答えると、御令嬢達は安堵の表情を浮かべ、次いで眉を顰めた。


「では、何故エリアス様と同じ色のドレスなのです」

 それは、エリアスが勝手にお揃いにしたのだが、正直に言うとややこしくなりそうだ。

「えー。……もの凄い偶然、ですね」

 上手い言葉が見つからずにそう言うと、一気に不満が噴出した。


「大体、名門カルム侯爵家の御令息とあなたのような身分の者が、一緒にいること自体が不敬です」

「わたくしだって、エリアス様とアラン様にエスコートされたいですわ」

「あのお二人が参加する夜会に、どれだけの御令嬢が集まると思っていますの?」

「大した容姿でもないくせに、図に乗らないでくださいね」

「……はあ。そうですね」

 一気にまくしたてられたノーラは、とりあえず相槌を打ってみた。


「何ですの、その失礼な返事は。だから、平民の出入りする店で歌うなんて常識外れのことができますのね」

「曲がりなりにも貴族でしょうに、恥を知りませんの?」

 どうやら、相槌はお気に召さなかったらしい。


 女性同士のこういった会話は久しぶりだが、やはりどこまでも面倒くさい。

 ノーラのことが不愉快ならば、放って置けばいいのに。

 適当にあしらうか、無視して逃げてしまおうかと一瞬考える。


 だが、ノーラを招待したトールヴァルドやエスコートしたエリアスのことを考えると、それも良くないだろう。

 ちらりとフローラを見ると、同様の考えらしく小さくうなずき返された。

 仕方がないので大人しく聞いていると、何か気を良くしたらしく、段々と内容が激しくなってきた。



「そもそも、何故エリアス様ともあろうお方が、こんな人をエスコートしたのでしょうね」

「ええ。エリアス様、お可哀そうに」


「『紺碧の歌姫』は侯爵令息を手玉に取っているという噂がございますから。きっと、脅されているのですわ」

「まあ、エリアス様、お可哀そうに」


「こんな人と一緒では、好ましい方と過ごすこともできないのでは。

「ねえ。エリアス様、お可哀そうに」


「そう言えば、最近エリアス様が王城に出入りするのを見た方が多いらしいの。誰かに会っているという噂よ」

「あら! 誰なのかしら」


 ノーラからすれば、御令嬢の方に『あなたは誰ですか』と聞きたい。

 誰だかわからない人が誰だかわからない人の話をするのを聞くなんて、こんなに興味の湧かないことがあるだろうか。

 いや、ない。


 唯一気になったのは、馬鹿の一つ覚えのように『エリアス様、お可哀そうに』を繰り返す御令嬢の語彙力の低さくらいだ。

 あそこまで繰り返していると、逆に『エリアス、ざまあみろ』に聞こえてくるのだから、人間は面白い。


 何にしても、実のない話に違いはない。

 ノーラは神妙な顔で話を聞くふりをしつつ、通行料の値上げに備えて節約するための方策を練っていた。


「それが、女性らしいのです」

「では、エリアス様は王城に秘密の恋人がいらっしゃるの?」

 御令嬢達は、にわかに盛り上がりを見せると、一転して冷ややかな表情でノーラを見た。


「だから、勘違いはしない方がよろしくてよ?」


 捨て台詞を放つと、そのまま団体様はその場を離れて行った。

 残るのは、きつい香水の匂いだけだ。

 ノーラとフローラは顔を見合わせると、同時にため息をついた。



「疲れたわね」

「何だか長々と言っていましたが。要は、私はエリアス様に相応しくないということですよね?」

 そんなもの、ノーラが一番よくわかっている。

 貧乏男爵令嬢と名門侯爵令息なんて、本来接点すらないのだ。


「負け犬の遠吠えというやつよ。気にしなくていいわ。……あら。ハンカチを落としたみたい。ちょっと待っていてね」

 トイレに戻るフローラを待ちながら、肩を回して凝りをほぐす。

 話を聞いていただけだが、どっと疲れてしまった。



「……あら。なんて品のないこと」

 いつの間にか戻っていた黒髪の御令嬢はそう言ってノーラの前に立つ。

「この廊下の先にいくつかの部屋がありますの。何の部屋かは、ご存知?」

「いえ」


「あなたのような方は、王城に来ることもありませんものね。休憩室ですわ」

 休憩室というと、一般的には具合の悪い人や疲れた人が休息をとる場所だ。

「夜会などでは、親しい男女が使うことも多いですわね」

 要は逢瀬を重ねる場でもあるわけか。

 だが、何故わざわざそんなことを言いに来たのだろう。


「さきほど、廊下を歩くエリアス様の姿を見かけましたの。……一体、何の御用なのでしょうね?」

 にこりと微笑まれて、ノーラは返す言葉がなかった。



 すぐに立ち去っていた御令嬢と入れ替わるようにして、フローラが戻ってきた。

 あとはアランの待つ会場に戻るだけだ。

 そうは思うのだが、何だかモヤモヤとして仕方がない。


「……私もハンカチを落としたみたいです」

「じゃあ、待っているわね。それとも一緒に行く?」

「いえ。すぐそこですから、大丈夫です。遅いとアラン様が心配するでしょうし、先に戻っていてください」

「まあ、確かにあいつらに絡まれたせいで遅くなったわね。噂の侯爵令息が婦人用のトイレの前をうろつくのも問題だし。わかったわ、先に行くから早く戻ってね」

「はい」


 返事をするとそのまま、トイレに向かう。

 件の部屋は、その先にあるはずだった。

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