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もったいない攻撃を覚えたらしい

 

「こんにちは、ノーラ」


 本当に、来た。


 買い物に出掛けようと扉を開けると、眩い笑顔の美青年の姿がそこにあった。

「……こんにちは。何の御用ですか」

「会いに来ると言ったろう?」

 違う。

 そうじゃなくて、何で会いに来るんだと聞いているのだ。


「私は出掛けるので、失礼します」

 素早く扉を閉めると、礼をして立ち去ろうとする。

「それじゃ、俺も一緒に行こう」

「いえ、買い物に行くので」

「それなら、荷物を持つよ」

「結構です」

「どうせ一緒に行くんだから、荷物持ちくらいさせてくれ」


 そう言うと足早に歩くノーラの隣についてくる。

 足の長さの違いで、エリアスは難なくついてこれるらしい。

 さすがに町中を走って逃げるわけにもいかないので、一緒に歩く羽目になる。

 顔がいいうえに足が長いなんて世の中は不公平だ、とノーラはため息をつく。


「一緒に行くとは言ってませんが」

「なら、俺が勝手についていくだけだ」

 なんてことだ。

 開き直った。



 昨夜、父からカルム侯爵令息との婚約破棄で、慰謝料が貰えるらしいという話を聞いた。

 一応、あちらが心変わりしてノーラを捨てたという形なので、そうなるらしい。

 男爵家と侯爵家の身分の差は大きい。

 どんなに理不尽でも、一方的に婚約破棄を宣言して終わりにできる。

 それなのに慰謝料を払うというのだから、ノーラは少し驚いた。


 どうやら、衆人環視での騒ぎに対する、侯爵家なりのささやかな誠意のようだ。

 世間体を犠牲に稼いだようなものなので何だか複雑な気持ちだが、せっかくだから貰えるものは貰おうと思っている。

 だからこそ、侯爵家の人間とあまりもめたくない。


 エリアスから走って逃げたからといって、慰謝料を払わないという事にはならないのかもしれない。

 だが、それで減額でもされようものなら、損だ。

 そうでなければ、文句を言った上で全速力で逃げてやるのに。

 ノーラはもう一度、ため息をついた。




「……意外だわ」


 ノーラはベンチに腰掛けながら、呟く。

 傍らには山盛りの柑橘類が、甘酸っぱい爽やかな香りを放っている。

 押し問答の末にこの果物を運んでいたエリアスは、今はこの場を離れている。

 だからこそ、ノーラは呟いたのだ。



 一言で言えば、意外だった。

 ノーラは上流貴族のお坊ちゃんというと、わがままだったり自分勝手なイメージがある。

 実際に侯爵家の双子に面倒くさいことに巻き込まれているので、なおさらだ。

 だが、エリアスはノーラの思い描いた『貴族の嫌なお坊ちゃん』とは、少し違う行動を取っていた。


 老爺が転がした林檎を拾ったり、泣いていた迷子に「大丈夫、守ってあげる」と声をかけて一緒に親を探したり、道に迷っていた人に案内をしたり。

 結局ノーラも手伝ったとはいえ、率先して動いていたのはエリアスだ。

 婚約破棄やら婚約申し込みやらを賭けて遊ぶような人にしては、まともな一面もあったものだと感心していたのだ。



「ノーラ、お待たせ」

「はあ」

 別に待っていたわけではないが、買いすぎた柑橘類を運んでもらっている手前、あまりぞんざいに扱えない。

 持ちきれないほど買わなければよかったのだろうが、滅多に入荷しない上にお買い得だったのだ。

 背に腹はかえられないというやつだ。

 仕方がない。

 貧乏男爵家の悲哀をひしひしと感じているノーラの前に、小さな瓶が差し出される。


「のどが渇いたろう? 林檎のジュースだよ」

「結構です」

「俺一人じゃ二つも飲めないから捨てることになるなあ。もったいないから、ノーラが飲んでくれると助かるな」


 絶対、余裕で飲めるだろう。

 というか、だったら二つ買わなければいいのに。

 わざとだ、絶対わざとだ。

『捨てたらもったいない』と言えば、ノーラが反応すると思っているのだ。


「……いただきます」

 ここで捨ててやるという選択肢が選べないのは、体に染みついたもったいない精神のせいだ。

 見透かされているのか、からかわれているのかわからないが、悔しい。

 一気に飲み干すと、林檎の甘い香りが鼻に抜ける。

 朝から動き回っていたので、確かにのどが渇いていた。


「おいしい」

 しまった、と思った時にはもう遅い。

 うっかり漏らした言葉に、エリアスの表情がみるみる緩んでいく。

「それは良かった! ノーラが喜んでくれると俺も嬉しいよ」

「……もう、いりませんよ。何も買わないでくださいね」

 釘を刺すものの、にこにこしながらうなずくエリアスに真意が伝わっているかは怪しかった。




 結論から言うと、さっぱり伝わっていなかった。



 その後も度々訪れてはノーラと一緒に行動するエリアスだったが、林檎ジュースに味を占めたらしい。

 飴やら焼き菓子やら、それほど高価ではない食べ物を『捨てるのがもったいない』攻撃でノーラに勧めてくるのだ。


 これが花や宝飾品のような明らかな『贈り物』であれば、もらう謂れがないのでもちろん断る。

 だが、買ったら余ったというていで、捨てるくらいなら食べてくれないかとやんわり勧めてくるのだ。

 いらないから捨てろと言えないのをわかって、やっているとしか思えなかった。

 その上で、食べているノーラを見ては微笑んでいるのだ。


 本当に何なのだろう。

 わざわざ貧乏男爵家の娘を餌付けして、どうしようというのか。

 婚約破棄の後に婚約を申し込んで承諾させる賭けを、まだ諦めていないのだろうか。

 食べ物でノーラを懐柔しようという魂胆か。

 財力を使った、なんとも卑怯でうらやましい策よ。

 もう、承諾したということで報告して、さっさと終わらせてほしい。




 だが、やはりエリアスはノーラの所にやってきて、一緒に行動するだけだ。

『捨てるのがもったいない』攻撃で餌付けはしてくるものの、婚約については一切触れてこない。

 経緯が気にならないわけでもないが、蒸し返して面倒なことになるのも困る。

 慰謝料をいただくまでは、穏便にしておきたい。

 なので、婚約の話題にならないのは別にいいのだが……だったら何をしに来ているのだろう。


 ふと、ノーラはある可能性に気付く。

 もしかして、庶民の味を買い食いして楽しむ口実に使われているのかもしれない。

 だったら、迷惑料として多少奢られてもバチは当たるまい。


 そう思って油断していた頃、彼はやってきた。




「ノーラ・クランツ。婚約破棄を取り消してやる」


 どこまでも偉そうにそう言う青年は、エリアスと同じ灰茶色の髪。

 異なるのは高飛車な態度と、檸檬色の瞳だった。


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