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仮、が抜けています

「とっても素敵よ、ノーラ」

 舞踏会当日。

 クランツ邸に来て支度を手伝ってくれたフローラは、満足そうにうなずくとノーラを鏡の前に立たせた。


 瑠璃色のドレスはゆったりとしたフリルの端にビーズが並んでいて、動く度にシャラシャラと音を立てて煌めく。

 同様に結い上げた髪を飾る細いリボンの端にも、ビーズがあしらわれている。

 透明のビーズなので一見そこまで目立たないが、光を受けると煌めいて美しい。

 フリルはスカート部分に斜めに入っているので、まるで夜空に流れる星の川のようだ。

 シンプルではあるが上質な生地の艶とビーズの輝きが華やかなドレスに、フローラがため息をついた。


「ノーラに似合うドレスをよくわかっているわ。ドレスを贈り慣れているのかしら。それとも、ノーラが選んだの?」

「一応、私が最終決定したことになってはいますが、実際は二択を選んだだけです。そもそもの選択肢は店員さんが用意してくれましたから」


「それってつまり、エリアス様の指示でしょう?」

「そうなんですか?」

「そういうものよ」


 確かに、生地を選ぶ際にはエリアスが選択肢を絞っていた。

 詳細については店員に聞かれてノーラが選んだが、その選択肢をエリアスが用意していたとしてもおかしくはない。

 要は、エリアスの望むように誘導されていたかもしれないということだ。



「……そうですか」

「あら。それで良いの?」

 フローラの顔には、珍しい、と書いてある。


「だって、お金を出してもらっていますから。スケスケとか丸見えなら文句も言いますが、それ以外なら別に何でもいいです。大体、王家主催の舞踏会なんて、何を着たらいいのかもわかりませんしね」

 懐事情を伝えると、フローラは何やら難しい顔をしている。


「……それ、エリアス様には言わない方が良いわ」

「何故ですか?」

 別に伝えるつもりはないが、フローラがそこまで言うのには興味が湧いた。

「スケスケ以外にだって、色々あるのよ。免罪符を渡しちゃ駄目」

 フローラは仕立て屋を使うことに慣れているし、彼女が言うのならそうなのだろう。


「よくわからないけれど。わかりました」

 仕立て屋にも、ノーラの知らないあれこれがあるのかもしれない。

 うなずくノーラを見ていたフローラは、小さなため息をついた。


「ノーラは、しっかりしていて現実的なようで、意外と抜けているところがあるのよね。あと、押しに弱い」

「そうですか?」

「そう。少し自覚した方が良いわよ。何せ、相手は押しの力が恐ろしいんだから」


 そう言われれば、一日三回キスの件だって結局は押し切られている。

 これは、気を付けなければいけない。

 そのフローラはオレンジ色のドレスだ。

 リボンが沢山あるのに甘すぎなくて可愛らしく、フローラによく似合っていた。



「姉さん、フローラさん、お迎えが来ましたよ。通しても大丈夫ですか?」

「ええ、大丈夫です」

 ペールの姿が消えると、ほどなくして美貌の双子がやって来る。


 だが、エリアスの装いを目にしたノーラは固まった。

 顔がいいからではない。

 確かに今日も二人とも顔がいいが、問題はそこではない。


 エリアスの上着は、瑠璃色だった。

 それはつまりノーラのドレスと同じ色であり、色を揃えているということだ。

 仮の恋人でしかないというのに、何という事態なのだ。


「……何で、同じ色なんですか?」

 思わず睨みながら尋ねると、エリアスはにこりと微笑む。

「恋人の晴れの舞台だからね」


「仮、が抜けています」

 しれっとしているエリアスが憎らしい。

 何が憎いって、やたらと瑠璃色の上着が似合っているのだ。


「……顔がいいって、恐ろしいです」

「何?」

「何でもありません」



「そう? それにしても、とても似合っているよ、ノーラ。惚れ直してしまうな」

 また、とんでもないことを言い出した。

 眉間に皺を寄せながらも、頬が赤くなるのを感じる。

 きっと、これがフローラの言っていた『押しの力が恐ろしい』事態だ。

 一方的に負けないようにしなければ。


「エリアス様こそ、やたらとお似合いですよ!」

 気合のせいで喧嘩腰にそう伝えると、エリアスは目を丸くしてノーラを見た。

「……まさか、ノーラに褒められるとは思わなかったな。ありがとう」

 嬉しそうに微笑む美青年を見て、ノーラは自分の失敗に気付いた。


「押し返す方向を間違えました……」

 ぽつりと呟くノーラの横では、フローラが笑いを堪えている。

 間違えたのはわかるが、ではどう返せば良かったのだろう。

 褒めると喜ばれたし、怒ったり無視したりすればいいのだろうか。

 でも、このドレスを用意してくれたのはエリアスだし、あまり失礼なことをするのも良くない気がする。


「……フローラ。私はどこに向かえばいいと思います?」

「恋人のエリアス様と、仲睦まじく舞踏会に行けばいいんじゃないかしら?」

 エリアスの押しに負けない返答の方向性を聞いたとわかっているはずなのに、フローラは笑顔を浮かべるだけだ。


「フローラも素敵なドレスだね。似合っているよ」

「ありがとうございます、エリアス様。アラン様も、わざわざありがとうございます」

 何のことだろうと見てみれば、アランの胸にはオレンジ色の薔薇を刺している。

 パートナーであるフローラのドレスの色と一緒だ。


「……エリアス様も、あれくらいになりませんでしたか? 今からでも、どうにか」

「嫌だな、ノーラ。恋人同士と友人だよ? 違いはあるさ」

「仮、が抜けています」

 非難の眼差しを向けてはみたものの、エリアスの笑顔は崩れることはなかった。



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