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先手を打ったのに、惨敗しました

「……その悪い噂は、いつごろから流れているのかな」


 いつものようにエリアスと食事をしながら、楽屋での話題を何となく出したのだが。

 くだらないと笑い飛ばすかと思ったのだが、意外にも食いついた。

 ノーラも詳細は知らないのでフローラを呼んでくると、ここ数日の話だという。


「ここ数日、か」

 何やら思案するエリアスを気にせず、フローラが林檎のジュースを注文する。

 お酒が好きで、ピアノの演奏がなければ飲むことが多いフローラにしては、珍しいことだ。


「もう出番はないのに、ジュースですか?」

「ちょっとお酒はやめてるの。アルコールの力で惑わされないように」

 惑わされるとは、また随分な表現だ。


「悪酔いでもしたんですか?」

「……そんなところ」



 エリアスに続いてフローラまで神妙な顔をしたところに、頼んでいた料理が運ばれる。

 あたりに漂う香ばしい匂いに、食欲が一気に湧くのがわかった。

 とはいえ、すぐには食べられない。

 エリアスはすべての皿を見て、匂いを嗅ぎ、ほんの少しだけ口にする。


 妙に色っぽいその仕草は未だに見慣れることがなく、視線を持て余したノーラは自分の髪をくるくると指に巻き付けていた。

 青みがかった黒髪は、ノーラの容姿で唯一美しい部類に入ると思うものだ。

 それでさえ、エリアスの美貌の前では風前の灯火であり、塵のように儚い存在だ。


 いっそ彼が女性だったら、それはそれは見事な美女になるだろう。

 傾国なんて呼ばれてもおかしくない気がする。

 とりあえず今のまま口紅を塗るだけでも、そこらの御令嬢では太刀打ちできない美女が出来そうだ。

 ……ちょっと見てみたい。

 邪な理由でじっと見ていると、エリアスが毒見の手を止めて苦笑した。


「……もう少しで食べられるから、待っていて」

「は、はい」

 どうやら、空腹で催促していると思われたらしい。


 だいぶ恥ずかしいが、本当の理由を知られる方が恥ずかしい気がするので、甘んじて受け入れる。

 フローラが笑いを堪えているのは、長年の付き合いでノーラの思考がばれているからだろう。

 それはそれで、やはり少し恥ずかしかった。



「それで、舞踏会の準備はできている?」

 濃厚なソースに絡めた肉を食べながら、ノーラはうなずく。

「歌はもう決めましたし、ピアノの譜面も用意しました。問題ありません」

 普段店で歌う曲ならば楽譜なしでも大丈夫だが、今回は建国の舞踏会だ。

 華やかでめでたい場に合わせて、新しい曲を用意していた。


「そうじゃなくて、ドレスとか」

「ドレスですか? 今、衣装で使っているドレスで行こうかと思っています」

 エリアスからの報酬としてもらったドレスが、一番新しいし上等だからだ。

 というか、それくらいしかないと言った方が正しい。


「あれも似合っているけれど、国王主催の建国の舞踏会だ。新しく作った方がいい」

「それは無理です。お金がありません」

 借金はゼロになったが、余剰金はない。

 それどころか、通行料値上げのせいで再び借金の危機が迫っているのだ。

 ドレスを作っている余裕などない。


「それなら、俺からプレゼントするよ」

「結構です」

 即答すると、エリアスはため息をついてグラスを置いた。


「国王に招かれて歌う以上は、装いに気を使うのも義務だ。これも必要経費だよ」

「でも」

 当初の様な不審者ではなくなったとはいえ、やはり高価なものを贈られるのには抵抗がある。

 ノーラが渋っていると、エリアスは大袈裟に肩を竦めて見せた。


「どうしても俺から贈られるのは嫌だというのなら、仕方がない。トールに言って、最高の衣装を仕立ててもらうしかないね」

 それはつまり、国王にドレスを贈られるということか。

 そんなもの、恐れ多くて、もはや恐怖でしかない。


「――エ、エリアス様でお願いします!」

 思わず叫ぶと、灰茶色の髪の美青年はゆっくりとうなずく。

「うん、いいよ。ノーラの魅力を引き立てる、素敵なドレスを作ろうね」

 満足そうに微笑む姿を見て、また嵌められたのではと思ったが、もうどうしようもなかった。



「そうすると、早く仕立て屋を呼ばないと間に合わないな」

 楽しそうなエリアスを見る限り、不安しかない。

 ノーラは庶民的な店で購入するか、自作でしかドレスを作ったことはない。

 なので、貴族御用達のいわゆる仕立て屋に行ったことはない。


 エリアスは仕立て屋を呼ぶと言っているが、一体どこに呼ぶつもりなのだろう。

 クランツ邸では狭いし、間違ってもカルム邸には行きたくない。

 ここは最悪の事態になる前に、先手を打った方が良いだろう。


「あの、エリアス様。私、お店の方に行きたいのですが」

 暗にクランツ邸に来るのもカルム邸に行くのも嫌ですと伝えたつもりだし、店ならばノーラ一人で行けるので気楽だ。

 支払いだけ任せるというのは大変に気が引けるが、もう仕方がないので諦める。


「そうか。じゃあ、一緒に行こうか」

「え?」

 まさかの提案に、声が上擦る。


「せっかくだから、俺もノーラのドレスを選びたい。……それとも、俺は仮にも恋人なのに一緒に行くことさえ許されないのかな?」

 眩い笑顔でノーラの急所を的確に突いてきた。


 仮にも恋人で、ドレス代を支払う人物に、一緒に来るなと言うのはさすがに無理だ。

 致命傷を受けたノーラに、抵抗する力はない。

 フローラが小さい声で、「惨敗ね」と呟くのが聞こえた。


「一緒に、行きましょう……」

「楽しみだね、ノーラ」

 敗北宣言を聞いたエリアスは、満足そうにうなずいて微笑んだ。

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