何者ですか
「雷に打たれたようとは、ああいう状態を言うんだろうな」
「トール、やめてください」
「いいじゃないか」
珍しく焦りを見せるエリアスを片手で制すると、トールはノーラに微笑む。
「絵に描いたようなひとめぼれの瞬間だったよ。見ているこちらが面映ゆくなるくらいの、ね」
「……はあ」
何を言っているのかよくわからず、気の抜けた声が出てしまった。
「あれ、気付いていない? ひとめぼれって、君にだよ。『紺碧の歌姫』ノーラ」
「――ええ?」
びっくりして思わずエリアスを見ると、気のせいか少し顔が赤い。
「……前にも言っただろう?」
確かに、そんな話を聞いた気がする。
ということは、トールが言っているのは真実ということか。
「その時にエリアスは二度目のひとめぼれをして、ノーラを調べ、初恋のノーラと同一人物だと知った。それから父親に婚約を打診するのだが……その後のごたごたは君も知っているね。エリアスはまあ、ちょっとアレだが、君に心底惚れているのは間違いない。俺が保証するよ」
にこりと微笑まれたが、保証よりも『ちょっとアレ』の方が気になって仕方ない。
とはいえ、聞いて良いものなのかと思案していると、トールは美味しそうに葡萄ジュースを飲んでいる。
「いわば、俺は恋の架け橋、キューピッドだ。……ということで、俺のお願いを聞いてくれないかな。今度うちでパーティーがあるから、そこで歌って欲しい」
キューピッド云々はともかくとして、トールは古参のファンだし、恩もある。
何より、お店以外の人前で歌う機会などそうはないので、面白そうだ。
「私で良ければ、歌います」
「ありがとう、ノーラ」
その時、笑顔のトールの背後から、見慣れた灰茶色の髪の青年の姿が現れた。
「遅くなったな。今日はエリアスの友人が一緒だって……」
「やあ、こんばんは。アラン・カルム」
トールが振り返ってアランに挨拶をするのと、エリアスが立ち上がるのはほぼ同時だった。
「え? は? ――何でこんなところにへ……」
アランの口を素早く押さえたエリアスは、そのまま空いていた椅子に押し込むように座らせる。
「大きな声は迷惑だよ、アラン」
そう言って手を離すが、アランがその手を掴む。
「おまえが連れて来たのか? どういうつもりだ」
「エリアスは悪くないよ。俺が自分で来たんだ。というか、この店を見つけたのは俺だよ? 感謝してほしいな」
アランの顔が目に見えて強張っているが、それを見るトールは楽しげだ。
「……護衛は、いますよね?」
「一介の歌姫ファンにそんなものいないよ?」
「ふざけないでください、へい……」
「トール、だよ。アラン」
再びエリアスに口をふさがれたアランは、心底嫌そうにエリアスを見るとうなずいた。
「……ではトール様。一体何をしにここへ?」
「トールでいいよ。君達と一緒さ。『紺碧の歌姫』の歌を聴きにね。それから、うちのパーティーにお誘いしたところだよ」
ノーラには話が見えないが、少し引っかかることがある。
「あの。トール様は、何者ですか」
「何って?」
邪気のない笑顔で答えられ、ノーラの中の疑念はさらに深まった。
「装いや振舞いからして貴族階級以上なのはわかります。でも、アラン様の様子からして、下位貴族ではあり得ません」
「いい線だね。じゃあ、ヒントをあげよう。トールというのは偽名だ。本来の名前の一部を名乗っている」
考えるノーラの横にエリアスが着席した。
やはり顔面レベルが恐ろしいことになり、周囲の視線が痛い。
トールを見れば、楽しそうにノーラの答えを待っている。
これは、自分で考えてみろということらしい。
トールが入る名前で、上位の貴族で、護衛がつくのが当然の立場の男性。
これだけだと、漠然としている。
大体、知っている貴族の名前など限られているのだから、どうしようもない。
そこまで考えて、何か引っかかった。
さっきトールは『この店を見つけたのは俺』だと言った。
『友人にも勧めた』とも言ったし、『エリアスが君の歌を初めて聞いた時の様子を、見せてあげたかった』というからには、勧めた友人というのはエリアスのことなのだろう。
『彼は『紺碧の歌姫』のファンでね。そもそも俺をあの店に連れて行ったのも、彼なんだ』
エリアスは、ヴィオラにそう言った。
あの時言っていた、『彼』とは、つまり――。
「トールヴァルド・ナーヴェル様。……国王陛下」
「正解」