類は友を呼ぶ、美青年も美青年を呼ぶ
突然のことに、ノーラは思わず小さな悲鳴を上げる。
耳を押さえて距離を取ると、アランは面白そうに笑い出した。
「……酷いです。どういう悪戯ですか」
睨みつけて抗議するが、アランはまったく意に介していないらしい。
「これを、エリアスにやられた場合と比較するんだな」
「えー……」
「そんな、露骨に嫌そうな顔をするな」
「いえ。別にアラン様は嫌ではないですけれど」
「は? ――じ、冗談はやめろよ」
何故かアランが慌てている。
夜道は暗いのでわかりづらいが、顔が赤いのは気のせいだろうか。
「本当です。くすぐったいのと、びっくりしたのはありますが」
「じゃあ、エリアスだとしたら?」
「や、やめてほしいです……」
想像しただけで恥ずかしくなり、頬に熱が集まるのがわかる。
そんなノーラを見ていたアランは、困ったように眉を下げて笑った。
「もう、答えは出ていると思うけど。まあ、頑張って考えるんだな。どうにもエリアスが嫌だと言うのなら、逃げる手伝いをしてやるよ」
「今日は、友人も一緒にノーラの歌を聴く予定なんだ」
「お友達ですか。では、邪魔になるので私は歌が終わったら帰りますね」
いつものようにバイトの迎えに来たエリアスは、ノーラの返答に小さく息をついた。
「ノーラ。俺かアランと一緒じゃないと駄目だって言っただろう? それから、ノーラも一緒に食事をしてほしいんだ」
「ええ? でも、せっかくお友達と食事なのでしょう。私はいない方が良いと思いますよ?」
「彼もノーラのファンなんだ。寧ろ喜ぶから、頼むよ」
「アラン様がいないということですか?」
アランがいなければ、送迎はエリアス一択。
つまり彼が食事をとるのなら、一緒に食べるか楽屋でひたすら待つことになる。
「ちょっと遅れるけれど、アランも来るよ。でも、帰らないでほしいんだけど」
「……私、気の利いた話なんてできませんよ」
「別に、そんなことは求めていないよ。そばにいてくれればいい」
ノーラの話術に期待していないという意味なのだろうが、言葉選びのせいでちょっと恥ずかしい気持ちになる。
ちらりと見てみればエリアスは良い笑顔だ。
ノーラは首を振った。
これは気の迷いで、顔が良いから何だかそういう風に聞こえただけだ。
気にしてはいけない、気にしたら負けだ。
「……わかりました」
歌い終わってテーブルに向かうと、そこにはエリアスともう一人の男性の姿。
黒髪の男性は、エリアスの横に座ってもまったく見劣りしない。
エリアスが人形のように美しい静の美貌だとすると、この男性は戦場が似合いそうな動の美貌。
類は友を呼ぶと言うが、顔が良いと友人も顔が良い人間が集まるのかもしれない。
その上、何やら妙に貫禄がある。
貴族らしい風格と言ってしまえばその通りなのだが、侯爵令息のエリアスやアランがあれだったので、新鮮な感覚だ。
「こんばんは。『紺碧の歌姫』」
声をかけられてよく見てみると、その顔には見覚えがあった。
「こんばんは。……あの、いつも歌を聴きに来ている方ですよね? 端の席で、葡萄ジュースを飲んでいる……」
「へえ、覚えていてくれたの? 嬉しいなあ」
朱色の瞳を細めて、男性が微笑む。
店に来る頻度や葡萄ジュースを毎回飲むことに加えて、この顔の良さは目立つ。
店員が噂をしているのもよく聞いたし、ノーラ自身も明るい照明で歌った時や、歌い終えて戻る時に何度も見かけていた。
「あれ? 知り合い?」
エリアスに促されて隣に座ると、黒髪の男性はちょうど正面になる。
もう一つの空席にはいずれアランが座るのだろうから、このテーブルの顔面レベルはかなりのものになるだろう。
……ノーラ以外は。
「ええと。私がこのバイトを始めたかなり初期から歌を聴いてくれていると思います。たまにお花を貰いましたし、『歌を楽しみにしている』というカードも、嬉しかったので覚えています」
フローラの紹介でバイトを始めた当初は、歌に見向きもしない人も多かった。
そんな時だったからこそ、よく覚えていた。
「……そんなことをしていたんですか」
「ファンの一人としての、普通の行動だろう?」
エリアスが驚きの声をあげると、男性は楽しそうに笑っている。
まさか古参の客である青年が、エリアスの友人だったとは。
世の中は意外と狭いものである。
「ちゃんと挨拶をするのは初めてだね、『紺碧の歌姫』。俺はトール・マイエル。エリアスの悪友だよ」
「ノーラ・クランツです。……あの、トール様も貴族ですよね? こう言っては何ですけれど、よくこのお店に入りましたね」
トールは明言していないが、服装や振舞いからして貴族であることは間違いないだろう。
今でこそ『紺碧の歌姫』の歌目当てとやらで貴族もたまに来るらしいが、この店は平民が主な顧客だ。
正直、何の接点もないので不思議で仕方がない。
「俺は、街を見て回るのが好きだし、色んな店に入るのも好きなんだ。たまたまこの店に入った日に君の歌を聴いて、惚れこんだ。以来、ファンとして通っているし、友人にも勧めたというわけさ」
「あ、ありがとうございます」
歌に惚れこんだだなんて、お世辞だとしても嬉しくて、頬が緩む。
何故かエリアスが少しだけ眉を顰め、それを見たトールは妙に上機嫌だ。
「エリアスが君の歌を初めて聞いた時の様子を、見せてあげたかったな」
そう言って、トールは楽しそうに笑った。