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青薔薇の君

「こんにちは、ノーラ」


 扉を開けて目に入ったのは、青い薔薇の花束を持った灰茶色の髪の美青年。

 呆気に取られているノーラの手をすくうように取ると、手の甲に触れるか触れないかという口づけを落とす。

 その優しい感触に我に返ったノーラは、慌てて手を振りほどく。

「な、何の御用ですか。……ええと」


 名前、何だっけ。


 カルム侯爵家の双子だということと、空色の瞳から婚約破棄じゃない方というのはわかったが、名前が出てこない。

 名乗られた気はする。

 するのだが、いかんせんこれっぽっちも興味がないし帰りたかったので記憶にない。

 言葉に詰まったノーラを見て察したのか、青年が微笑む。


「エリアスだよ。エリアス・カルム」

「カルム様、一体何の」

「エリアス」

「はい?」


「エリアスと、呼んでくれる?」

 懇願に見せかけて、これは命令ということだろうか。

 まあ、正直呼び方なんてどうでもいいが、何をしに来たのかが気になる。

「……エリアス様。一体何の御用でしょうか」


 また婚約だの婚約破棄だのいうつもりなら、うっとうしいから叩きだそう。

 ノーラがそう決めてエリアスを見ると、彼は花束を差し出して微笑んだ。

 顔はいいのだが、昨日の印象が全くよろしくない。

「俺のことを知ってもらおうと思って。会いに来たよ、ノーラ」


 美貌の無駄遣いも程々にしてほしい。

 開いた口が塞がらないとはこういうことだと、ノーラはこの日、身をもって知った。




 確かにノーラは「あなたのことを知らないから婚約は無理」と言った。

「どうしてもと言うのならお友達から」とも。

 だがそれは、相手が侯爵家なのと衆目があったための、婉曲な断りの言葉だ。

 ノーラの気持ちを正確に表現すれば「おまえは誰だ。ふざけたことを言うな。二度と関わるな」である。


 間違っても、お友達から始めましょうという前向きな交際宣言ではない。

 エリアスだって、あれだけの人の中、遊びとはいえ婚約の申し込みを断られているのだ。

 ノーラにいい感情を持っているとは思えない。

 逆切れもいいところだが、「おまえのせいで恥をかいた」とか言うのなら、まだわからないでもない。

 なのに、なんで会いに来てるんだ、この男。




「どうしても、受け取ってくれない?」

「しつこいです。いりません」

 エリアスの差し出す花束を、押し返すノーラ。

 何度も同じやり取りをして面倒になり、言葉も大分遠慮がなくなっている。

 花束は綺麗だが、見ず知らずの人に貰うつもりはない。

 これが報復の棘付きとか毒入りでも嫌だし、ただの贈り物ならなおさらいらない。

 貧乏男爵家とはいえ、曲がりなりにも貴族の端くれ。

 金品で浮かされるようにはなりたくなかった。


「……わかった。ノーラがそう言うなら」

 悲しそうに花束を下げるエリアスを見ていると、こちらが悪い事をしている錯覚に陥りそうになる。

 顔がいいというのは、恐ろしいことだ。

 なんて理不尽な武器なのだろう。


「捨てるのももったいないから、どこかに飾ってあげてくれ。……また、来るから」

 エリアスはそう言って地面に花束を置くと、ようやく帰って行った。

 もったいないという言葉に共感してそのまま見送ってしまったが、これは受け取ったことになるだろうか。

 ノーラは受け取っていないし、エリアスは持ち帰っていない。

 とりあえずは引き分けということにしよう。

 何をしに来たのかよくわからないが、もう来ないでほしい。

 厄介ではあるが、確かに捨てるにはもったいない立派な薔薇だ。

 仕方がないので、ノーラはバイト先のレストランに持っていくことにした。




 開店前のレストランに店長の姿があったので、これ幸いとノーラは近付く。

「店長。お願いがあるんですけど」

「あれ、ノーラちゃん。今日はお休みだろう?」

「この花束の扱いに困ってるんです。お店に飾ってくれませんか?」

 恰幅の良い店長は、ノーラの抱えた花束を見て驚きを隠さない。


「青い薔薇がこんなに沢山? どうしたんだい、これ。ファンからのプレゼントかい?」

「違います。いらないけど、捨てるのがもったいなくて」

 眉を顰めるノーラと花束を見比べると、店長は何やらニヤニヤしだした。


「さては、男だな? ノーラちゃんも隅に置けないなあ」

「そんな素敵な理由じゃないです。廃棄物処理です」

「そんなこと言って。青い薔薇の花束なんて、なかなかの値だよ? 遊びで渡す物じゃないと思うけど」

 一般人からすればそうなのだが、侯爵家にとっては小銭程度なのだと思う。

 面倒な侯爵家の双子については説明できないので、曖昧に濁しておく。


「ノーラちゃん、青い薔薇の花言葉、知ってる? 『神秘的』、『不可能を可能にする』なんだけど」

「店長、何でそんなこと知ってるんですか?」

「この商売、色んな話を聞くからね」

 海千山千の店長は、そんな乙女チックなことまで網羅しているらしい。

 不可能を可能にするというのは、賭けに勝ってみせるという意気込みだろうか。

 そもそも、エリアスが花言葉を知らない可能性の方が高い気がするが。

「青い薔薇の花言葉はもう一つあってね」

 すると、店の奥から誰かの声が響く。


「ああ、何か問題かな。悪いね、ノーラちゃん。それじゃ、この花はありがたくもらうよ。青薔薇の君によろしくね」

「……青薔薇の君って……」

 エリアスは、見た目で言えば確かにそんな感じの美青年だ。

 そう言えば、瞳の色も綺麗な空色で青かった気がする。



 ノーラだって、一応年頃の乙女だ。

 こんな面倒な絡まれ方でなかったら、少しはときめいたのかもしれない。

 初対面の侯爵令息に突然プロポーズされるなんて、絵に描いたようなロマンチックな話ではないか。

 そこまで考えて、現実とのギャップにため息をつく。


「また来るって言ってましたけど、本当でしょうか。……何しに来るんでしょう?」

 もしもまた花束でも持ってきたのなら、今度こそガツンと突き返そう。

 ノーラは平手打ちにしか見えない素振りをしながら、家路についた。


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