試してみようか
エリアスの訪問から数日後、ノーラはバイトを再開した。
送迎はカルムの双子のどちらかで、店には二人揃うことが多かった。
エリアスがいない日は毒の確認ができないので、食事をせずにそのまま帰る。
時々変な視線をよこす男性もいるが、気にしなければ特に害もない。
ノーラに寄付する余剰金はないので、いずれは気付いて離れていくだろう。
その日は歌い終えると、そのまま裏口を出た。
今日の送迎はアランで、エリアスの姿はない。
ノーラからすれば変な視線よりもエリアスの方が余程危険なので、アランしかいない日はちょっと安心する。
これを言うと危険が増す気がするので、一応ノーラの心の中だけにとどめているのだが、何故かアランにはばれているようだった。
「何でわかるんですか?」
「見ていればわかる」
夜道を歩きながら尋ねると、答えは簡潔だった。
きっぱりと断言するということは、態度に出ているということか。
「じゃあ、エリアス様にも」
「バレバレと言いたいところだが、エリアスがいない日の様子を本人は見られないからな。ノーラが警戒しているってことは、ばれているだろうけれど」
「ばれているのなら隠しても仕方ありません。今後は堂々と警戒しましょう」
「何だ、その開き直りは」
こうしてアランと話すことも増えたが、だいぶ気安くなったと思う。
何と言っても、アランはキス魔ではない。
それだけでも警戒心が解けて話がしやすくなるというものだ。
アラン自身も俺様貴族から普通の貴族に変化しており、婚約破棄を突然言い渡して来た当初に比べると、雲泥の差だった。
「アラン様。清き歌姫とかいう眉唾ものの噂ですが。本当に皆、信じているのでしょうか?」
「まあ、半々かな。……ただ、ノーラの歌を聴いた奴なら、信じるかもな」
否定すると思っていたら、意外と噂を認めているので不思議になる。
「何故ですか?」
アランは足元の小石を蹴り飛ばすと、ちらりとノーラを見た。
「自覚があるのか知らないが、ノーラの歌には妙な魅力というか引力がある。穏やかで落ち着くが、それに加えて惹き付けられる。それで勘違いする奴もいるかもしれない」
勘違い。
それはつまり、寄付しそうということか。
「歌で善良な人間のように見えるということですか? それはとんだ詐欺ですね、申し訳ないです」
ノーラの解釈を聞くと、アランは笑う。
そう言えば、当初は基本的に怒っているか不機嫌だった。
それが俺様感を更に増し、関わりたくないと思う原因にもなっていた。
やはり、コミュニケーションを取る上で笑顔は大切だなと痛感する。
「それもあるが、いわゆる魅力的に見えるってやつだ」
「そちらの方が、酷い詐欺じゃないですか」
アランが更に笑う。
否定しないのだから、ノーラが魅力的ではないとわかっているのだろう。
正しいのだが、それはそれで何だか釈然としない。
「――もしかして、エリアス様が仮の恋人とか言い出したのは、歌の詐欺力のせいでしょうか?」
「何だよ、詐欺力って」
ノーラの閃きを聞いたアランは何やら呆れた様子だ。
「それに、仮の恋人はノーラが提案したんだろう?」
「そうでした」
そう言えば、どうにもハッキリスッキリしないので、仮で恋人を始めたのだった。
「何でもいいが。その話、エリアスにはするなよ」
「その話?」
「歌の力でエリアスがノーラに言い寄っているって話」
「そういう意味では……でも、何故ですか?」
すると、アランは心底嫌そうな顔をして首を振る。
「面倒臭いことになるからな。ノーラがアレな目に遭うのも嫌だし」
「……はあ」
よくわからないが、どうやらノーラのことを心配しているらしい。
「それで、エリアスのことはどう思っているんだ?」
「どうって……仮の恋人です」
「そうじゃない。大体、いつそのお試し期間は終わるんだ?」
「え……」
そう言われてみれば、いつ何をもって仮の恋人が終わるのか決まっていない。
このままでは、ずるずると仮の恋人ではないか。
事態に気付いたノーラは、困惑する。
「エリアスの答えはとっくに出ているから、あとはノーラ次第だろう? 嫌なら嫌と言えばいい」
「嫌、ではないですけれど」
「なら、受け入れるか?」
「……何だかそれ、怖いのですが」
眉間に皺を寄せるノーラを見て、アランが笑う。
「まあ、俺が女なら、あいつは嫌だな」
「何ですかそれ。脅しですか」
長年一緒の双子が嫌がるだなんて、危険な香りしかしない。
「あとは、ノーラの自覚と覚悟だろう? どちらもないみたいだが。……じゃあ、ちょっと試してみようか」
「試す?」
アランに手招きされたので近寄ると、耳を貸せという仕草をされる。
促されるままに顔を近付けると、アランの顔が思った以上に接近してきた。
「……好きだよ、ノーラ」
顔を寄せ、頬が触れ、耳元にそっと囁かれた。