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どう足掻いても

「それで、何があったの?」

「何、と言いますと」

「領地の視察をしてきたんだろう?」


 視察内容を聞きたいのだろうか。

 多額の慰謝料を受け取る際に、クランツ領への投資だと思えと言っていたから、経営の様子を知りたいのかもしれない。

 これは出資者に対する、当然の義務だ。

 ノーラは背筋をただすと、視察の様子を思い浮かべた。


「葡萄ジュースの人気が出てきて、売れ行きが良いみたいです。瓶の形状やラベルを変えたのが良かったようで、王都の貴族に特に好評です。……エリアス様のアドバイスのおかげです。ありがとうございます」

「へえ。良かったね」

 真剣に話を聞かれ、相槌まで貰えたことで、説明にも熱が入り始める。


「はい。天候にも恵まれて葡萄の生育も良好なので、今年も質の良いジュースができると思います。ただ……」

「どうかしたの?」

 通行料問題についてはまだ結論が出ていないので言うべきか迷うが、やはり出資者には正直に現状を伝えた方が良いだろう。



「通行料に問題がなければ、もっと販路を広げられると思うのですが」

 どうしても尻すぼみになってしまう。

 収益を見込めないから今すぐ金を返せとまでは言わないだろうが、せっかく投資してくれたのに期待に応えられないのはちょっと寂しい。


「通行料? クランツ領から王都への最短ルートなら、リンデル公爵領か。値上げでもされたの?」

 説明する前に既に理解されていることに驚きつつ、うなずく。

 縁もゆかりもない領地の位置関係まで覚えているのは、普通なのだろうか。


「他の領地は変わらなくて、クランツ領だけ値上げだそうです。それも、かなりの。父とペールが公爵に話をしたみたいですが、取り付く島もなかったみたいで」

「……それは、妙だね」

「土地もお金もあるのですから、そんなに取らなくても良いと思うのですが。しかも、何故かクランツ領だけ」


「恨まれるような覚えはある?」

「恨みも何も。何も関わりがないと言った方が良いです。そりゃあ、街道の整備にお金はかかるでしょうけれど。それにしたってうちだけだなんて酷いし、何より急すぎます。……あ、いえ」

 領地の報告だったはずなのに、途中からただの愚痴になってしまった。


「……すみません。忘れてください」

「どうして? もっと頼ってくれていいよ。恋人だろう?」

「……仮、です」

 何となく恥ずかしいやら気まずいやらでそう答えると、エリアスは苦笑する。



「では、仮の恋人さん。バイトを休んでいるのは、視察のためだけ?」

「いえ。店長に勧められたので」

「うん。清き歌姫の噂のせいで、ノーラに変な視線を送る奴がいるらしいね」


 知っているのなら、わざわざ聞かなくても良いのではないだろうか。

 だが、何故かエリアスの御機嫌は斜めのような気がする。

 表情こそ穏やかだが、何というか気配が不穏だ。


「……何か、怒っていますか?」

 恐る恐る尋ねてみると、エリアスは肩を竦めてみせた。

「恋人に身の危険があるかもしれない事態だ。これは頼ってくれてもいいと思うんだけど」

「頼ると言っても。もう既にバイトはエリアス様かアラン様かペールが送迎してくれています。店の中は店員も他のお客様もいるし、別に大丈夫ですよ?」


「――ノーラ」

 どうやら、駄目らしい。

 何が気に入らないのかはわからないが、駄目だということだけは伝わってくる。


「問題、ですか?」

「だね」

 あっさり肯定すると、ノーラにベンチに座るように促す。



「送迎は、俺かアランにしよう」

「ペールじゃ駄目なんですか?」

「男爵令息のペールを侮る相手だと厄介だ。カルム侯爵家に正面切って盾突く馬鹿は、そうはいないだろうから。それに、俺なら多少の荒事でも何とかなるし」

 名門貴族のやわなお坊ちゃんだと思っていたので、意外な発言に驚く。


「カルムは文武両道を重んじる。最低限、剣は使えるよ。もちろん、アランもね」

 そう言われてみれば、以前ノーラに迫ってきた男性を殴り飛ばしていた。

 あまりピンとこないが、そういうことにも慣れているのかもしれない。


「それから、飲食物には気を付けて」

 話の流れからすると、どうも以前のような毒物混入を警戒しているらしい。

「清き歌姫の噂を聞いて毒を盛るって、どういう因果関係ですか」

「ノーラは何だかんだでまっすぐだから、わからないかもしれないけれど。人の思いは、簡単に歪むんだよ」

 エリアスに説明されるが、結局よくわからない。

 人によって色々な考えがあるというのは理解できるが、それとノーラの送迎や飲食物の制限には繋がらない。


「ともかく、俺が確認したもの以外は口にしないで」

「でも、楽屋で水を飲むくらいは」

「駄目。この間は、店員が買収されていただろう?」

「でも」

 水ひとつ自由に飲めないのは、かなり面倒臭い。



「言う事をきいてくれないなら、キスするよ」

「は?」


 聞き間違いかと思ったが、笑顔のエリアスを見る限り、どうやら現実らしい。

 これは、脅しだろうか。

 それくらい重要だと言いたいのかもしれないが、それだけノーラがキスを避けているのを理解しているということだ。

 だったら、やめてくれればいいのに。


「……わかりました。エリアス様が確認したものだけにします」

 釈然としないまま承諾すると、眩い笑顔を浮かべたエリアスが頬に口づけた。


「話が違います!」

 慌てて距離を取ると、熱を持つ頬を押さえながら必死に睨む。

「きいてくれないならキスするし、きいてくれたからお礼のキスだよ」

 いけしゃあしゃあとは、まさにこのことだ。


「……やっぱり、キス自体を撤廃したいです」

「別にいいよ。ただ、約束がなくなるなら、俺も好きにするけれど」

 好きに、って何だ。

 もう、響きが怖くて仕方がない。


「い、一日三回で、お願い……します」

 何故ノーラがお願いしなくてはいけないのか、わからない。

 でも、より大きな恐怖の前では、些末なことに思えてしまう。


「うーん。ノーラが言うなら、仕方ないな」

 まったく仕方なくない笑顔でそう言うと、エリアスはノーラの額に唇を落とす。


 これはもう、何をどう足掻いてもキスされるのだろうか。

 一日三回で済むのならありがたいと拝むべきなのだろうか。

 ノーラはもうじき、何かの悟りを開きそうだった。

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