時間は作るものだそうです
「それがねえ。どうやら近隣の領地は、通行料が変わらないみたいなんだよね」
王都の屋敷に到着してペールの説明を聞いたカール・クランツ男爵は、妻のリータに促されてすぐに情報収集に出掛けた。
そして帰ってきた第一声が、これである。
家族三人は一斉に眉を顰めて顔を見合わせた。
「つまり、クランツ領だけ値上げですか?」
「そうみたい」
ペールに答えるカールの様子はまるで他人事のように呑気で、聞いているこちらが呆れてしまう。
それに誰よりも早く反応したのがリータだ。
上着を片付けようとするカールの手を掴むと、にこりと微笑んだ。
「でしたら、リンデル公爵と直接お話してくださいな」
「直接って。公爵に面会となると、それなりに時間がかかるよ」
「今日はお昼まで王城で議会が開かれています。その帰り際、馬車に乗るまでの移動があります」
「でもリータ。公爵が私との時間を持ってくれるかどうか」
どうして王城の議会の予定を知っているのだろうと不思議だったが、カールが気になるのはそこではないらしい。
「カール様。時間は貰うものではありません。作るものです。ペールも一緒に、行ってらっしゃい」
リータの言葉は提案ではない、命令だ。
微笑むリータに見送られ、カールとペールは王城に向かった。
「全然、駄目。取り付く島もないとは、このことですよ」
昼過ぎに帰宅したペールは、そう言うと上着を脱いでソファーに放り投げた。
「リンデル公爵は、決まったことだとしか言ってくれなかったねえ」
「勝手に決めておいて、何を言っているんだか。ああ、イライラします」
ペールが勢いよくソファーに座ったせいで、横に座ったカールが飛んでずり落ちる。
「他の領地の通行料が変わらないのも確認しました。一応聞いてみましたが、クランツ領だけ値上げする心当たりはないようです。皆、首を傾げていました」
「何か、嫌われることでもしたのかな」
「嫌われるも何も、ろくに関わったこともないでしょう。意味がわかりませんよ。これだから上位貴族は嫌です」
ペールはため息をつくと、ノーラが淹れた紅茶を受け取る。
「……通行料が値上げされるのは事実です。交渉は時間がかかりそうですから、とりあえずはクランツ男爵家で値上げ分を払うとして。今後の対策を考えないといけません」
「迂回のリスクも大きいですが、このまま借金まみれに逆戻りも困りますね」
ソファーに傾いて座りながら呑気に紅茶を飲むカール以外の三人は、深いため息をつく。
そこに、来客を知らせるベルの音が響いた。
「俺が出ます。姉さん、紅茶のおかわりをお願いします」
そう言って玄関に向かったペールが、すぐに戻ったかと思うとノーラを手招きする。
何だろうと思いつつ玄関に向かうと、そこには灰茶色の髪の美青年の姿があった。
「こんにちは、ノーラ。領地から帰ったと聞いたから、会いに来たよ」
「は、はあ」
エリアスに帰ったことを連絡した覚えはないのだが、何故知っているのだろう。
何にしても、今はクランツ家の今後を話し合っているところだ。
ここはお引き取り願おう。
「エリアス様、申し訳ありませんが……」
「せっかくエリアス様もいらしたし、姉さんは一緒に出掛けて気晴らしでもしておいでよ」
ペールのまさかの裏切り行為に、思わず顔を見つめてしまう。
わが弟ながら、整った顔立ちに若草色の瞳が美しい。
「……顔ですか。ちょっと顔が良い同盟ですか」
思わず睨むノーラを見て、ペールは笑う。
「違います。……姉さんは、エリアス様と話をした方が良いと思いますよ」
ペールの言っている意味がよくわからない。
エリアスからの気晴らしで領地に行ったのに、更に問題を抱えて帰ってきたのでは世話はない。
その上エリアス自身も来てしまえば、ノーラの休憩は終了ということになる。
笑顔の二人に見つめられ、ノーラは渋々、家を出た。
「良い香りだね。香水?」
当たり前のようにノーラに差し出された小さな花束を受け取ると、そう問われた。
そんなに強い香りではないのに、よく気が付くものだ。
そう言えばエリアスの趣味は毒見らしいので、こういう小さな変化も見逃さないのかもしれない。
「以前にいただいた青い薔薇がもったいなかったので、作りました」
花を潰して作ったので呆れられるか嫌がられると思ったのだが、エリアスは何だか嬉しそうに微笑んでいる。
「……プレゼントした花を潰されて、嫌じゃありませんか?」
「いや? 目の前で握りつぶされたらちょっとショックだけど、加工してまでそばに置いてくれたことの方が嬉しいかな」
そばに置きたかったのではなくて、ただ枯らすのがもったいないから作っただけだ。
何だか申し訳ないと同時に、無性に恥ずかしくなってきた。
「……顔」
「ん?」
「顔が良いのに、そういうことを言わないでください……」
非難したつもりだったのだが、エリアスは微笑むだけだ。
その笑顔を見ていると、何だか心がむず痒い。
どうしたら良いのかわからず、ノーラはそっと視線を外した。
 





