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借金の気配がします

「今年の葡萄も出来が良さそうで安心しました。天候に恵まれましたね」


 馬車の窓から見える葡萄畑の景色に、ノーラは笑みを浮かべる。

 ノーラはクランツ男爵領に、ペールと共に視察に来ていた。

 忙しくあちこちを見て回り、領民達の話を聞いているうちに、あっという間に十日が経つ。


 領地の屋敷にも常駐の使用人はいないので、ほとんどの家事はノーラが行う。

 水汲みに料理に洗濯と、肉体的には結構な重労働だ。

 だが、領地には朝から良い顔で甘い言葉を吐いてくるキス魔はいない。

 たったこれだけで精神的にはかなり負担が軽減されていた。



「もう、領地に住んでしまいましょうか」

 ふと呟いた本音に、ペールは整った顔を思い切り顰めた。

「やめてくださいよ。姉さんを一人で置けるわけないでしょう」

「ペールは優しいですね」


「そういう問題じゃないですよ。屋敷に妙齢の女性一人だなんて、危険すぎますからね」

「でも、クランツ領に泥棒はほとんどいないですよ。持って行くものがないからかもしれませんが」

 領主のクランツ男爵家が先祖代々泥沼の借金を背負っていたせいで、領民もまた決して裕福とは言えない状態だ。

 泥棒としても、こんなにやりがいのない土地は珍しいと思う。


「それもありますが、それ以上に姉さんの身が危険だからですよ」

「身、ですか?」

「身、です」

 それはつまりあれか。

 貞操的なことだろうか。


「ペールが女の子だったら危険ですけれど。私ならその心配は、いらないような気がしますが」

「甘いです。うちの少ない領民は、ほとんどが姉さんの歌声を聞いたことがあります。つまり、危険です」

 結果に至る経緯が理解できず、ノーラの眉間に皺が寄る。


「それ、私の歌を聴くと危険ということですか?」

「姉さんの歌を聴いて魅了された男が血迷った行動を取った場合に、姉さんが一人だと危険です」

 だいぶ細かく説明が入ったが、結局経緯が理解できない。

 表情でそれを察したらしいペールは、肩を竦めた。


「まあ、ともかく普通に考えても女性一人では危険ですよ。それに姉さんに何かあると、より危険なことが起きそうですし」

「何ですか。より危険って」

 どうも弟の話がわかりづらいので聞いてみるが、呆れたと言わんばかりにため息をつかれた。


「……姉さんは、少しエリアス様と話をした方が良いと思います」

 突然出て来たまさかの名前に、更にわけがわからなくなる。

「話が飛んでいますよ」

「そうでもありませんよ。俺がずっとそばにいるのも、難しいですしね」

 そう言うと、ペールは包みから葡萄を出して一粒頬張る。


 ペールは優しくて良い子だが、最近よくわからないことを言う。

 これが、思春期、反抗期というやつだろうか。

 だいぶ遅い気はするが、それくらいしか思い当たることがない。

 仕方がないので、ノーラも葡萄を頬張る。

 甘くて瑞々しいそれに、少し気持ちが和らいだ。



「……葡萄ジュースの瓶とラベルを変えてから、段々と人気が出て来たみたいですよ」

「本当ですか?」

 あっという間に葡萄を一房食べきったペールは、手を拭くとうなずいた。


「中身は同じでも、やはり見た目は大事なんですね。特に王都の貴族達に好まれているようです」

 今まではごく普通のガラス瓶に、産地を書いただけのシンプルなラベルを貼り付けていた。

 それをエリアスのアドバイスを活かして、遮光の色付き瓶で形にもこだわり、ラベルもイラストを入れてわかりやすく、かつオシャレな物に変更したのだ。


「さすが、侯爵令息の目は違います。今度、お礼を言わないといけませんね」

 ジュースが売れれば、領地も豊かになる。

 今まで共に貧乏生活を過ごしてきた領民は、いわば家族も同然だ。

 少しでも楽にしてあげたいと思う。

 だが、喜ばしい話題のはずなのに、ペールの表情は冴えない。


「……どうかしたんですか?」

「いえ。ちょっと問題もありまして。……リンデル公爵領が通行料を値上げするそうです」

「それは困りましたね」


 クランツ男爵領から葡萄ジュース最大の消費地である王都に行くためには、リンデル公爵領を通らなければいけない。

 その通行料を値上げされれば、当然運ぶ荷であるジュースの値段も上げざるを得ない。

 ようやく人気が出て来たのに、ここで値上げは痛い。

 程度にもよるが、同等の価格ならば人は有名なものを選ぶ。

 ようやく人気が出て来たクランツ領のジュースには厳しい戦いだ。


「それも、結構な額なんですよ。このままでは赤字は間違いありません」

「でも、迂回するとなるとその分輸送費がかかりますよね? それに、時間と振動で劣化も進みそうですし」

 高くなったうえに味が落ちては、とても買い手などつかないだろう。


「仕方がないので、とりあえずはクランツ男爵家が値上げ分を肩代わりしましょう。その間に、リンデル公爵家に掛け合うしかありませんね」

 ペールはそう言うが、公爵家がまともに取り合ってくれるかはわからない。


「せっかく姉さんのおかげで借金ゼロになったのに、また借金になりそうですよ」

 大きなため息をつくペールを見て、ノーラもまたため息をついた。

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