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店員コニーの恐怖

 休憩室にはコニーと双子。

 それから、うがいをし続けるノーラだけ。

 他の店員はフローラが連れて出て行ってしまった。


 コニーの所業がばれたのだろうとは思ったが、こうして一人残されると一層恐怖がつのる。



「いつまでうがいしてるんだ」


 双子の片方がノーラに話しかける。

 よく見ると、二人は瞳の色が違う。

 檸檬色の瞳の青年に顔を向けると、ノーラはため息をついた。


「生温かい葡萄とケチャップが口の中で一向にダンスを踊らず、戦い続けたんです」


 謎の言葉の後に、ノーラは再びうがいを始める。


 そう言えば、血を吐いた割には元気そうだ。

 あの小瓶の中身を飲んだはずなのに、どういうことだろう。


 もしかすると、中身は毒ではないのだろうか。

 だとしたら、毒を飲んだふりをしたということになる。



「顔色が悪いよ。少し横になるといい」

「すみません」


 空色の瞳の青年に促され、ノーラがソファーに横になる。

 ノーラに手を貸したかと思うと、自身の上着を脱いでそっとかける。


 この二人は、親しい間柄なのだろうか。

 それとも、上流貴族の男というのは、こんなことを普通にするのだろうか。


 慈しむような眼差しだった空色の青年がコニーに向き直すと、その表情から一切の優しさが消えた。




「なるほど。それで、今度はこれを飲ませるように指示されたんだね」

 空色の青年は小瓶の中身を眺めると、そのままテーブルに置いた。


「……ああ。飲んだという確認が出来たら、証拠を回収して逃げるつもりだった」

「それで。――誰に雇われた?」

 檸檬色の青年の質問に、コニーは激しく首を振った。


「それだけは、言えない。言えば、俺が危険だ」

 きっと、公爵家の名前を出したら、コニーは捨てられる。


「ノーラにこんなものが入ったジュースを飲ませようとしておいて、よく言えるな」

「お、俺だって、飲ませたくて飲ませたんじゃない。最初は行動を報告するだけという約束だった。だから、請け負ったんだ!」


 なのに、何故こんなことになってしまったのだろう。


「行動を報告? 誰の?」

「『紺碧の歌姫』だ」

「私? 何故ですか?」


 起き上がったノーラの顔色はだいぶ良くなっている。

 空色の青年に上着を返すと、ノーラもソファーに座りなおした。



「それは知らない。俺は『紺碧の歌姫』の行動を逐一知らせろ、と言われただけだ。だから、あんたの歌はもちろん、その後にカルムの双子と食事していることや送迎されていることも伝えた」


「……それで、知っていたのか」

 空色の青年は小声で呟くと、忌々しそうに目を細める。


「それが、差し入れに下剤を混ぜろと言われるようになって。まあ、あんたは差し入れに手を付けないから良かったし、こっそり捨てていたから誰も食べてはいないが」


「だから許されるものでもないがな」

 檸檬色の青年の指摘は、正しい。

 それでも、コニーなりの言い分がある。


「そうしたら、『今度はこの小瓶の中身を混ぜろ。確実に口にしたらこの仕事は終わりにしてやる』って。金にはなるが、俺ももうこの仕事に嫌気がさしたから、さっさと終わらせようと思ったんだ。でも、まさか血を吐くとは思わなくて。また下剤だろうと思っていたから」


「……下剤なら良いという意味もわからんな」

 檸檬色の青年の指摘は、やはり正しい。



「これを飲ませて終わりということは、これで目的が果たせるわけだ」

 空色の青年は小瓶を手に取って、揺らす。

 中身がキラキラと光って、綺麗だった。


「目的、ですか?」

「これにはガラスの欠片のようなものが入っている。……ノーラの声を潰すつもりだったんだろう」

「ついでに、他の毒物も入っているらしいぞ。俺達のいないところで飲もうとしていたら、危なかったな」


「でも、休憩室で飲んでいたとしても、何人も店員さんがいましたよ。目撃者がいたら、ジュースが原因だとすぐにわかるのでは?」

「いや。目撃者なんてものはいなくなる。ノーラは自然に声を失った。……そういう風に、情報操作するだろう。エンロート公爵家なら、それくらい容易い」



 空色の青年の言葉に、コニーの血の気が引いていく。

「何で、それを……」


「何だ。何も知らされていない下っ端だと思ったら、雇い主を知っていたのか。その名で、脅されたのかい?」

 青い顔でコニーはうなずく。


「でも、それは言わないでくれ。知られたとわかったら、俺のせいになる。それは、やばい」

 仲介人は具体的にエンロート公爵とは口にしなかった。

 だが、公爵家ということに加え、いくつかの話を総合すると、エンロート公爵家以外にはあり得なかった。


「都合の良いことだな。ノーラに危害を加えようとしておいて、自分だけは助かりたいのか」

 それまで比較的穏やかな口調だった空色の青年の声が、一段低くなった。

 その迫力に、思わず身震いする。



「だ、大体、何でそれが毒だとわかるんだ。実際には飲んでいないんだろう?」

 どうにか話題を変えようとすると、空色の青年が鼻で笑う。


「ガラスの欠片は見ればわかる。それに、この毒は果物と相性が悪くて、結晶ができてしまう。結晶の大きさからして、店内で混ぜないと辻褄が合わない。休憩室から持ってきたというから、服毒確認のためにそこに犯人が残っているかと思ったが、正解だったな。それと、混ぜるなら紅茶の方がばれにくい。結晶ができにくいからね」


「こんなところで、エリアスの毒見趣味が役に立ったな」

「エリアス様、そんな趣味があったんですか」


 話題を変えた結果、より恐ろしい情報を得ることになってしまった。

 公爵家も怖いが、この双子も得体がしれない。



「お前は、無事に飲ませたと報告しろ。そして、消えろ。それがお前に一番良い話だと思わないか?」

「お、思います」

 空色の瞳の青年の心のない笑みに、コニーは思わず震えた。


「――なら、行け」

「は、はい!」


 コニーは跳ねるように休憩室を飛び出した。



 本当なら、公爵家に双子のことと小瓶の中身を飲んでいないことを伝えるべきだ。

 だが、コニーはそのつもりはなかった。


 本能に訴える恐怖。

 それを信じて、コニーは空色の青年の指示に従うことを選んだ。


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