表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
16/147

店員コニーのバイト

『紺碧の歌姫』の行動を逐一報告する。

 それだけの簡単なバイトだ、とコニーは聞いていた。


 実際は、レストランの店員として給仕の仕事をすることがほとんどだ。

『紺碧の歌姫』ノーラ・クランツは、毎日歌いに来るわけではない。

 来たとしても、歌った曲目が変わるくらいで、取り立てて報告するような内容はなかった。


 レストラン店員としての給料をもらい、ノーラの報告をしてバイト代をもらう。

 コニーにとって、嘘のようにおいしい話だった。



 ノーラは数曲歌うと、そのまま店の奥に下がり、帰宅する。

 だが、ある時から変化があった。

 歌い終えたノーラが、店内で客と食事をするようになったのだ。


 接待なのだろうかと思って見ていたが、どうも様子が違う。

 相手は男にしておくのがもったいない相貌の持ち主で、同じ顔の男がもう一人いた。

 双子はカルム侯爵の令息で、どうやらノーラの知人のようだった。


 美貌の双子と比較してしまえば、ノーラは平凡な容姿だ。

 歌っている時はその声の力もあって魅力的と言っても良いが、それ以外ではごく普通。

 双子を見ている女達の強い視線に困った様子はあるものの、それでもノーラは一緒に食事をしていた。


 貴族のお坊ちゃんの酔狂か、あるいはノーラの歌の支援者なのかもしれない。


 ノーラの歌は不思議で、なんとも言えない落ち着く雰囲気だった。

 誰かが癒しの歌声というのを聞いたことがあるが、まさにそういう感じだ。


 穏やかで、心地良く、癒される歌声。

 貴族のパトロンがいても、納得できた。



 だが、その頃から、ノーラの報告以外の内容も指示されるようになった。

 バイトを紹介してくれた仲介人の男に小瓶を渡されて「下剤を仕込め」と言われた時には、耳を疑った。


 それは、明らかに犯罪ではないのか。

 コニーはあくまで行動の報告というバイトを請け負ったのであって、そんなことをするつもりはない。

 そう伝えると、男は公爵家の名前をちらつかせた。


 平民のコニーに、公爵家に逆らう力などない。

 誰だって自分が可愛い。


 何故公爵家がノーラに薬を盛ろうとするのかは、わからない。

 上流貴族の横暴に、話を聞いた時には気分が悪かった。

 だが、下剤を盛られても死ぬことはないだろうし、追加で支払われるお金にも惹かれた。


 結局、コニーは小瓶を受け取ることにした。



 下剤を入れるとしたら、やはり飲食物に混ぜるのが確実だろう。

 ノーラには『紺碧の歌姫』宛ての差し入れが多く、飲み物や菓子も少なくない。

 食べきれないから、と他の店員たちにおすそ分けをしているくらいだ。

 多少の良心の呵責はあったものの、それを利用することにした。


 だが、すべての食べ物に下剤を振りかけるわけにもいかない。

 確実に口にする物を見つける必要があった。


 そこで気付いたのだが、ノーラは差し入れの食べ物に手を付けていなかった。

 女にありがちなダイエットか、あるいはコニーの企みがばれているのだろうかと緊張しながら様子を見たのだが、どちらも違った。


 ノーラは歌った後にカルムの双子と食事をとる。

 どうやら、そのためにお腹を空かせるようにしているらしかった。


 さすがに、店の食事に下剤は盛れない。

 大体、どの皿の料理をノーラが口にするのかわからない。

 すべての皿に仕込めと言われるのを恐れたが、それはやめろという指示があって、ほっと胸を撫でおろした。



 なので、コニーは差し入れの中で食べそうなものを選んでは薬を仕込む。

 ノーラは手を付けないので、誰かが食べる前にそのまま捨てる。

 この繰り返しだった。


 罪悪感はあったが、被害を出していないので良いだろうと楽観視していた。

 その頃には、追加で支払われた金額にも慣れ、もう少し欲しいとさえ思うようになっていた。


 だから、キラキラと光る何かが入った小瓶を渡され「これを確実に飲ませたらバイトは終わり」と言われた時も、すんなりと受け取っていた。


 きっと、今までの下剤よりも強いのだろう。

 そうは思ったものの、さっさと解放されたかったし、最後の追加金も欲しかった。



 歌った後に水を飲むのは気付いていたので、差し入れのジュースに小瓶の中身を仕込む。

 それとなく差し入れに口を付けないのはかわいそうだと吹き込み、飲み物をノーラの近くに用意するようにした。


 数回は空振りに終わったが、葡萄ジュースに仕込んだその日はノーラが瓶を手に取った。

 瓶が可愛いから、とそのまま店内に持って行く。

 食事と共に飲むつもりなのだろう。

 美貌の双子との食事中に下剤の効果が現れると思うと、少し不憫だ。

 だが、これでコニーは自由になれる。


 あとは、ノーラが確実に口にしたという確認ができればそれで良い。

 つまり、トイレに駆け込むノーラを見れば問題ないのだろう。


 ようやく肩の荷が下りたコニーは、休憩室で他の店員と喋りながらその時を待っていた。




「ノーラ、しっかりして!」


 ピアニストのフローラに支えられながら、ノーラが休憩室に飛び込んできた。

 口元を押さえたノーラは、流しに駆け込むと一気に口の中のものを吐き出す。


 紫の他に赤い色も混じっていたのは、気のせいではないだろう。


 突然の出来事に店員達が騒然とする中、あたりに葡萄の甘い香りが広がった。



 ぐったりと流しにもたれかかるノーラの傍らで、フローラが葡萄ジュースの瓶をテーブルに置く。


「ジュースを飲んだら、急に顔色が悪くなって」

 心配そうにノーラの背中をさする姿を見て、コニーは血の気が引くのを感じた。


 ――あの小瓶は、下剤ではなかったのか。


 さっきノーラが吐いた物には赤い色があった。

 あれは、血ということだろうか。

 小瓶の中身が毒だとしたら、実行犯はコニーだ。


 コニーが何を訴えようとも、きっと公爵家は取り合わない。

 何故ここまでノーラを害したいのかはわからない。

 だが、コニーをトカゲの尻尾切りに使うのは明白だった。



 水を用意しようと慌てるベテラン店員、口を拭くのにタオルを渡そうとする女性店員。

 あわただしい室内で、コニーはそっと葡萄ジュースの瓶を持って、部屋を出ようと扉に手をかけた。



「――ちょっと、話を聞かせてもらおうか」



 扉を開けたところに美貌の双子が立ちふさがっている。

 逃げるのはもう手遅れなのだ、とコニーは悟った。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ