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大人になりましたね

 ノーラを叩きのめす気だろうかと思ったが、どう考えてもメイドの細腕では(くわ)を扱えそうにない。

 よくわからず様子を見ていると、何やらメイド二人はモジモジと何かを言いたそうにしている。


 まさか、ノーラに見本のような恥じらいを見せつけるという嫌がらせだろうか。

 どちらかというと参考になるので、ありがたいとしか言えない。

 しっかりと目に焼き付けようと見つめていると、メイド二人の頬が赤くなってきたような気がする。


「あ、あの。もしよろしければ! この鍬を持って、一言いただけませんか⁉」

「……え?」


 先程は男装していたし、鍬は必要なので担いでいた。

 だが今はドレス姿だし、当然鍬は不要だ。


 これは、新たな方向の嫌がらせなのだろうか。

 だが、メイド二人の瞳はきらきらと輝いているし、何なら服飾係まで期待に満ちた視線をこちらに向けている。


「一言って……男性っぽく言う、ということですか?」

「は、はいっ!」


 背筋をぴんと伸ばして返事をするメイド達に、悪意の欠片も感じられない。

 何故そうなったのかわからないが、とにかく男性っぽい物言いが気に入ったのだろう。


 期待されれば応えたくなるのが人間だ。

 先程と同じ感じなら、喜んでくれるだろうか。

 ノーラはドレス姿のまま鍬を肩に担ぎ上げると、メイドの一人を見つめ頬を撫でた。


「鍬、助かったよ。ありがとう」

「ど、どういたしましてええぇ!」



 悲鳴とお礼を一気に受け取ったノーラは、そのまま部屋を出て扉を閉める。

 ちょうどそこで待っていたらしいアランは、ドレス姿で鍬を担ぐノーラと、背後の騒がしい部屋の様子に、眉を顰めた。


「……何で鍬を持っているんだ?」

「成り行き、ですかね。期待されると断れません。この部屋に置くのは無理そうなので、途中で預けられる場所を探します」


 肩に鍬を担いだまま歩き出すと、アランもその隣に並ぶ。

「その姿だと、違和感が凄いな」

「でしょうね」


 今のノーラは紫を基調とした美しいドレスを身に纏っている。

 どう考えても鍬を持つ格好ではない。


「凄いと言えば、さっきのおまえの動きも凄かったな。おかしな音がするから急いだが、まさか鍬の柄で突くとは思わなかった」


「剣を習っているわけではありませんし、振りかぶって攻撃しては隙が生まれます。スピードを落とさずに急所を狙うなら、あれがいいと思ったのですが」


 さすがに男性が剣を抜いてしまえば、太刀打ちできない。

 だからこそ先手必勝で動いたのだが、アランが来てくれなければもう一人の方は厳しかっただろう。

 アランとエリアスには感謝である。



「いや。普通の貴族令嬢は剣なんて習わない。それに、振りかぶると隙ができるとか考えない。まず、鍬をあんなに軽々と扱えないだろう」


「そうですね。皆さま細腕ですので、持ち上げるので精一杯のようです。私はたまたま畑仕事で鍛えられただけですよ」


「……どんな畑だよ。ところで、その鍬重いだろう? 靴だって踵が高いだろうし。俺が持とうか」


 手を差し出すその姿は、見目麗しくありがたい。

 さすがは双子、エリアスに劣らぬ美貌が惜しげもなく輝いている。


「いえ、駄目です。アラン様に鍬なんて似合いません。鍬は私にこそ相応しいです」

「鍬に相応しいって何だよ」


「それにしても、また恥じらいを忘れてしまいましたが……緊急時なので、鍬を振り回しても許されますよね?」


 恥じらっていて攫われては元も子もないのだから、今回は許していただきたいものである。

 まあ、緊急時以外もあまり恥じらえていないのだが。


「よくわからないが、うちの両親も助けてもらったみたいだし、ノーラはノーラだろう。あんまり気にしなくてもいいんじゃないのか」


 肯定されたばかりか、労われるとは。

 ノーラは思わず隣を歩く檸檬色の瞳の美青年を見上げた。



「ありがとうございます。アラン様、本当に丸くなりましたね」

「何だよ、それ」

 呆れたように笑っているが、これだって出会った当初のアランならば不愉快だと怒り出した気がする。


「やはりソフィア様の失恋と、フローラの存在が成長を促したのでしょうね。愛ですねえ」

 失恋は男を成長させるという言葉をどこかで聞いたが、まさにその通り。

 その上婚約者を得た今、アランにも余裕が生まれたのだろう。


「……まあ、もうひとつの失恋は、少しは影響しているかもな」


「え? アラン様、失恋を重ねていたのですか?」

 意外な事実に目を瞬かせていると、アランは苦笑している。


「ああ。ある意味結婚目前だったのに、俺が手放して。あとから、気が付いた」


「うわあ。切ないですねえ」

 結婚目前というからには、婚約していたかそれに近しい状態だったのだろう。


 一瞬エンロート公爵令嬢ヴィオラとの『失礼な縁談』かと思ったが、あれはすぐ破談になったらしいので違うはず。

 その後、ノーラと婚約しているのだから、それ以前にそういう相手がいたということだ。


 それにしても、家柄も容姿も申し分ないアランとそれだけ親しかったのに別れたというお相手が、少しばかりに気になる。



「その方は、今はどうしているのでしょうか」

「今は、愛されて結婚間近」


 それはめでたいような、アランの気持ちを考えると微妙のような。

『手放して、あとから気付いた』失恋なのだと言うからには、まだその人に想いが残っているのだろうか。


「でも、いいんだ。俺はあいつが幸せなら、それでいいと思う」


 そう言ってにこりと笑みを向けるアランの表情は穏やかで。

 その相手のことが大切だということ、心から幸せを願っているのだということがわかって、何だかノーラの胸も温かくなった。


「本当に、大人になりましたねえ」

 思わず手を伸ばして頭を撫でると、慌ててその手を払いのけられた。


「やめろよ、恥ずかしいだろう。それに、エリアスにでも見つかったら面倒だ」

 さっきから父親と弟に見つかると面倒くさい扱いをされているエリアスが気になるが、今は忘れておこう。


「アラン様も、幸せになってくださいね」

「ああ。ありがとう」


 笑みを交わしながら回廊の角を曲がろうとすると、突然アランの手がノーラを後ろに押しやる。

 ふらつきながら何事かと思って見れば、角の向こうから突き出された剣がアランの首筋をとらえていた。




※次の次の連載の投票結果発表しました。

詳しくは昨夜の活動報告をご覧くださいませ。



第8回ネット小説大賞を受賞作

「婚約破棄されたが、そもそも婚約した覚えはない」(略称・「そも婚」)

6/11に宝島社より紙書籍&電子書籍同時発売!

(活動報告にて各種情報、公式ページご紹介中)



次話 アランに剣を向けたのは……?

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― 新着の感想 ―
[一言] 頭撫でられたぐらいで嫉妬しんさんなやー(笑)
[良い点] 見本のような恥じらいを見せつけるという嫌がらせwww 誰も傷つけないすごい理想的な嫌がらせが爆誕しましたね! アランが好きなので出てくるととても嬉しいです! ですが、なにやら危険が危ない…
[一言] リーチの長さは絶対!剣は槍に負けるのです。
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