『男装の麗人ウルリーカ』
夜会の会場には既に大勢の人が集まっていて、ノーラ達が登場すると温かい拍手で出迎えられた。
一部歓声が激しかったが、歌う前からそこまで盛り上がっているということは、期待の表れだろう。
自然と背筋が伸びて緊張感が増す。
今日の演目は『男装の麗人ウルリーカ』の場面にあわせた歌だ。
貴族令嬢であるウルリーカの日常、ひょんなことから男装して活躍し始める場面。
歌と演奏に乗せて紹介していくと、観客たちは静かにそれを聴き始める。
そしてこの舞台の見せ場である、ウルリーカが鍬を持って悪漢を退治する場面に差し掛かる。
鍬の力を舐めないで。
畑を耕すだけじゃない。
綺麗な畝を作れるし、草を取ることもできるの。
あなた達には負けないわ。
普段は土にまみれても、きらめく刃は陰らない。
歌に合わせて肩に担いでいた鍬を振り上げると、驚きの声が上がった。
一部、黄色い声も上がった気がするが、気のせいだろう。
もの凄くフェリシア似の美女が見えたが、たぶん気のせいのはず。
隣にいたイデオン似の男性が慌てて窘めていたので、きっと気のせいだ。
というか、どうも女性達の視線が集まりすぎているというか、熱っぽいのだが。
これはそれだけ『男装の麗人ウルリーカ』の人気が凄いのだろう。
真剣に聞いてもらえるというのは、ノーラにとってもありがたい。
嬉しくなってきたノーラは、歌に合わせて鍬をくるりと一回転させる。
普通の貴族令嬢なら持ち上げるのも困難だろうが、ノーラは畑仕事だって手慣れている。
軽々と鍬を扱う様子に歓声が上がり、何故か悲鳴まで追加された。
フェリシアっぽい美女は飛び跳ねている気もするが、何も見なかったことにしよう。
とにかく、喜んでもらえているようで安心した。
もともと用意されていた小さな鍬ではここまでの迫力は出せなかっただろうから、メイド達に感謝したいくらいだ。
あの細腕では鍬を運ぶのも一苦労だっただろうに。
戻ったら労っておこう。
歌を終えて割れんばかりの拍手を浴びると、あっという間にノーラを女性達が取り囲んだ。
「素敵でした! まるで本物のウルリーカが飛び出してきたようで!」
「悪漢を鍬で退治するあの名場面を目の前で見ることができるなんて、幸せですわ!」
「ああ、ウルリーカ様。どうか、わたくしを罵ってくださいませ!」
……何だかおかしな言葉も聞こえた気がするが、とにかく喜んでもらえたらしい。
お礼を言おうとして、彼女達は『紺碧の歌姫』ではなくて『男装の麗人ウルリーカ』を求めているのだと気付く。
ならば、お礼もノーラからではなくて男性っぽく言った方がいいかもしれない。
きゃあきゃあと騒ぐ女性達の声を手を上げて制すると、ノーラは少し伏し目がちに微笑んだ。
「皆、ありがとう。また会える日まで、待っていてね」
その一言に一瞬静かになり、次いであたりに悲鳴がこだました。
「きゃあああ!」
「待ちます、いつまででも待っていますぅ!」
「ウルリーカ様ぁ! 罵ってぇ!」
妙な興奮状態の女性達から逃げ出すように会場を出ると、ノーラはほっと息をついた。
男性っぽくすると喜んでくれるのはいいが、ちょっと過剰反応ではないだろうか。
まあ、今回は大人気小説のウルリーカの力が大きいのだろうが、それにしても時々妙なことを口走っている女性もいたので心配だ。
鍬を担ぎ直して着替えに戻ろうと歩いていると、回廊で背後から足音が聞こえてきた。
振り返ってみれば、麗しの貴婦人が駆け寄ってきていて、その後ろから麗しい男性が仕方ないとばかりについてきている。
「ノーラちゃん! 凄く良かったわ!」
突進してくるフェリシアに危険を感じて慌てて鍬を下ろすのと、勢いよく抱きつかれるのはほぼ同時だった。
「歌は言うまでもないけれど、あの鍬さばき! もう、本物のウルリーカかと思うくらい素敵だったわ!」
麗しい貴婦人の口から鍬さばきという単語が出る違和感はあるものの、喜んでもらえたのは嬉しい。
お礼を言おうと思うのだが、フェリシアは抱きついたまま離れない。
それどころか、何やら呟きながらノーラの上着を撫で回している。
「やっぱり、白よ。私の見立てに間違いはなかったわ。清廉にして高潔な男装の麗人の凛々しさと、汚れなき色香が見事に調和して。ふふふ……尊いわ」
……何だが、フェリシアの目が据わっているのは気のせいだろうか。
若干怖くなったところに、イデオンが到着してフェリシアをノーラから引き剥がす。
「フェリシア、怯えられているからやめなさい」
「あら。ごめんなさいね、ノーラちゃん。あまりにも理想的なウルリーカだったから、堪能しようと思って、つい」
屈託のない笑みを返されるが、言っていることが怖い。
「エリアスに見つかったら面倒だぞ。撫でまわすのはやめて、抱きつくだけにしなさい。それなら言い逃れができる」
優しく妻を窘めるイデオンも、それに笑みと共にうなずくフェリシアも麗しいが、会話の内容がおかしくはないか。
さすがはエリアスの両親、どうにも油断ならないところが似ている。
「――そこまでだ。ちょっと一緒に来てもらおうか」
突然の声に驚いて見てみれば、いつの間にか剣を腰に佩いた男性二人が立っていた。
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