いやだ、もう
王城に到着してフローラと共に控室に向かうと、そこには目を輝かせた服飾係の女性達がいた。
「本日は、ノーラ様を誰もが振り向く男装の麗人にすべく、尽力いたします!」
「は、はあ。ありがとうございます……?」
謎の気合いに満ちた女性達に取り囲まれたノーラは、あれよあれよという間にドレスを脱がされ、着替えさせられた。
深紅と白の上着は金糸のラインが繊細で上品なつくりだ。
白いズボンにも金糸のラインが入っており、黒いブーツによく映える。
緩く編み込んでいた髪は装飾を外され、シンプルに一つにまとめ、白いリボンを結われた。
華やかな化粧は落とされ、代わりに唇にだけクリームを塗られると、鏡の中のノーラはまさに男性としか言えない姿だった。
「完成です! 何てお似合いなのでしょうか!」
「これぞ男装の麗人! 理想の美です!」
女性達は口々に褒めてくれるが、一応は年頃の令嬢なのに、男装が似合って理想的になってどうするのだろう。
だが、今更女性としての美を追求してどうにかなるわけでもないし、何だか喜んでくれているようなのでこれでいい気がしてきた。
「フローラ、どうですか?」
「……ちょっと、言い方を変えて」
「はい?」
「男性っぽく。少し低い声で。伏し目がちに」
よくわからない要求だが、女性達も勢いよくうなずいているところを見ると、期待しているようだ。
期待されると応えたくなるのが人間というもの。
男性っぽく、少し低い声で、伏し目がち。
ノーラは心の中でフローラの指示を反芻すると、小さく深呼吸した。
「……フローラ。この服、どうかな」
精一杯の対応をしたつもりだが、これで良かったのだろうか。
すると、フローラの茶色の瞳に星が降ってきたかのような輝きが生まれた。
「――いやだ! もう!」
フローラの叫びと共に、女性達も何故か悲鳴を上げた。
「え? 嫌でしたか? すみません」
言えと言ったのはフローラなのだから少し理不尽だが、何かが良くなかったのだろうか。
「違う、違うわ。いいのよ、最高なの!」
フローラはノーラの手を取ると、興奮気味にぶんぶんと振っている。
それにしても、嫌ではないのは良かったが、最高とはどういうことだろう。
「ノーラは華やかというよりは凛々しい感じだとは思っていたけれど、衣装の力って凄いわ。この衣装、フェリシア様の指示なのよね?」
「はい。カルム侯爵夫人の御指示でデザインを決めております。何でも、『男装の麗人ウルリーカ』の一場面を忠実に再現したそうで。本の中では黒と深紅だったのですが、ノーラ様には白と仰いまして」
「フェリシア様、わかっていらっしゃるわ! 黒も素敵だけど、この装いには白よ。一層高潔な王子様感が増して、たまらないわ!」
「私共も、同じ意見でございます。……正直、鼻血が出そうです」
何やらフローラと服飾係が意気投合しまくっているが、どうしたらいいのかわからない。
「あの。それで、どういうことですか? この服、おかしくありませんか?」
「おかしいどころか、そこらの男性が尻尾を巻いて逃げ出すわ」
「……それ、いいのですか?」
逃げ出されてしまうと歌っても聴いてくれる客がいなくなるので、あまり良くない気がする。
「いいも何も! これで一層『紺碧の歌姫』の人気が増すこと請け合いよ!」
「歌っていないのに、ですか?」
「歌うまでもないし、これで歌まで加わったら最強よ!」
いよいよよくわからなくなってきたが、フローラと服飾係の笑みはまったく崩れない。
とりあえず水でも飲もうとテーブルを見てみると、紅茶のいい香りが鼻をくすぐった。
ちらりと見れば以前に何だかんだ言っていたメイドが控えているが、これも彼女達が用意したのだろう。
エリアスに注意というか謎の色気と圧をかけられて以降、メイド達は普通に職務をこなしている。
それが当たり前なのだが、あれだけ色々言っていたのにこの変化。
エリアスの美貌から放たれる色気の威力の大きさに、少しばかり怖くなる。
「さて、そろそろ時間ね」
「待ってください。小道具の鍬が」
小さなおもちゃの鍬を探すが、何故か見当たらない。
メイド達のくすくすと笑う声が聞こえ、嫌な予感がしながらあたりを見回すと、部屋の隅に鍬があった。
ノーラの腰のあたりまで長さがある柄の先には、金属製の刃床部がついている、立派な鍬だ。
近寄って持ち上げてみるが、ずしりと重い。
これは間違いなく、農作業用の普通の鍬である。
「田舎男爵令嬢には、その鍬の方がお似合いですね」
メイド達の嘲笑に、フローラの表情が一気に曇る。
「ちょっと、あなた達。今日はメルネス侯爵令嬢主催で陛下も楽しみになさっているのよ。こんなことをして……」
「フローラ、いいですよ」
「だって、ノーラ」
フローラばかりか服飾係まで鋭い視線をメイドに向けているが、それを気にする様子もない。
改心して真面目に働いているのかと思いきや、どうやらエリアスの手前大人しくしていただけで、嫌がらせの機会を狙っていたらしい。
やっていることはさておき、エリアスの色気に屈しない根性は素晴らしいと思う。
「田舎の貧乏男爵令嬢なのは事実ですし。それに……」
そう言うと鍬の柄に手をかけて持ち上げ、肩に担いだ。
「この方が迫力もありますしね」
「でも」
不満そうなフローラと服飾係に苦笑すると、ノーラは咳払いをする。
男性っぽく、少し低い声で、伏し目がち。
フローラの助言を心に刻み、ゆっくりと口を開く。
「……鍬、似合うかな?」
「いやあああ!」
「似合います! お似合いです! こんなに鍬が似合う方は初めてです!」
絶叫するフローラと激しくうなずく服飾係はどうかと思うが、険悪な雰囲気が消えたのはありがたい。
バイオリンとフルートの二人は楽器の調整で別室にいるので、そちらに声をかけて移動しなければ。
それにしても、男性っぽくというのは妙に受けがいいものだ。
メイド達も、この接し方ならノーラに対する敵意が少しは和らぐだろうか。
敵意をなくしたいというよりは、効果があるのか知りたいという好奇心がむくむくと湧きあがる。
ノーラは鍬を肩に担いだままメイド達の目の前に行くと、にこりと微笑んだ。
どうせなら、できるだけの効果を上げたい。
バイト三昧で鍛え上げられた思考で、メイド達に最適な方法を考える。
彼女達の好みはエリアスだが、あの横暴な色気を出すのは無理だ。
だが視覚情報を遮り相手を絞れば、少しは何とかなるかもしれない。
標的を定めたノーラはメイドの一人の肩に顎が触れそうなほど接近し、耳元でそっと囁く。
「鍬を準備してくれて、ありがとう」
驚愕の眼差しでこちらを見るメイドに、男性っぽく少し控え目な笑みを返す。
本当ならばエリアスの悩殺スマイルを繰り出せればいいが、あれは固有攻撃なので一般人には到底不可能である。
だが、暫し目を見開いていたメイドの頬が、何故かどんどんと赤くなっていく。
これはノーラにからかわれたと怒っているのか、あるいは男性っぽく見えて少しは喜んでいるのか。
判断がつかなかったノーラは、エリアスならばどうするのか思い浮かべた。
油断ならない男は、追撃あるのみ――攻撃こそ、最大の防御。
一瞬で判断を下すと、ノーラは笑みを湛えたままメイドの頬に手を添えた。
「……いってくるね」
男性っぽく、少し低い声で、今度は視線をそらさずにじっと見つめる。
すると、メイドの頬はノーラにもわかるほど熱を持ち、ふるふると震え出した。
「い、いってらっしゃいませえええ!」
メイド二人の絶叫に少し驚いたが、これは効果ありということだろうか。
なんだか嬉しくなったノーラは、メイド達に手を振りながら部屋を出る。
「……ノーラの新たな才能が開花したわね。恐ろしいわ」
「フローラがやらせたんじゃありませんか。――あ! これ、恥じらい的にどうです? 恥じらえていますか?」
今更ながら気付いた事実に不安になるが、フローラは呆れたとばかりに眉を顰めている。
「あの子達の恥じらいは引き出せただろうし、いいんじゃない?」
「それ、私の恥じらいと関係あります?」
釈然としないままに楽器調整中の二人を迎えに行くと、何故かそこで悲鳴を上げられた。
怖がっているというよりは、服飾係の女性達のように喜んでくれているようだが。
そんなに女性が男装をして男性っぽく喋るのは楽しいのだろうか。
今度、フローラにも男装してもらってもいいかもしれない。
「あの、それ本物の鍬ですよね? 重くありませんか?」
フルートの女性に尋ねられ、ノーラのサービス精神が刺激される。
「この方が、見栄えがするだろう?」
努めて男性っぽくそう言うと、二人は再び悲鳴を上げた。
毎度叫ばれるのはどうかと思うが、笑顔なので喜んでくれてはいる。
喜ばれれば、ノーラも嬉しい。
自然と笑みがこぼれると、何故かもう一度悲鳴が上がった。
「……ノーラの呑み込みの良さが、本当に恐ろしいわ」
フローラのため息は、ノーラには届かなかった。
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次話 ウルリー会本番! そしてノーラの才能が無駄に伸びていく……!