一か八かの作戦です
しまった、うっかり正直な思いが声に出ていた。
気まずさを振り払うように、ノーラは咳払いをする。
「とにかく。私はエリアス様のように麗しくはありませんし、女性としての魅力は低いと思います」
エリアスに勝る美貌の女性を見たことがない以上、もちろんそれを超えるなんて贅沢は望んでいない。
だが、もう少し可愛らしくても良かったのにと思うことは、なくもない。
じっと話を聞いていたエリアスは目を丸くし、次いで深いため息をついた。
「他の男にノーラの魅力をわかってもらう必要はないが、ノーラがそれを理解できていないのは良くないかな」
「はい?」
エリアスに手を引かれるまま歩くと、ベンチに腰を下ろす。
すると隣に座ったエリアスがノーラの髪に手を伸ばした。
「まず、髪。これは自分でもわかっているみたいだけど、夜空を紡いだような美しさだね」
そう言うと、今度はノーラの顔に手を伸ばし、眦に触れた。
「それから、瞳。濃い菫色は宝石のようだし、ノーラの穏やかな人柄にも合っている」
そのまま、エリアスの手は滑るようにノーラの頬を撫でる。
「顔立ちも、意志の強さを感じる美しさだし。声と歌はまさに歌姫。女神と言ってもいい」
……何を言い出すのかと思えば。
あまりの賛辞に、開いた口が塞がらない。
「男に媚びることもないし、自由なところも可愛い。何だか色々仕事もできるし、子供達の面倒見がいいのも素敵だな。恥じらいとか言ってたまに妙なことをしているけど、それもたまらない」
「あ、あの……」
色々突っ込みたいところはあるのだが、何故かエリアスが饒舌で、口を挟む隙がない。
「それから、胸? 別に気にならないけれど」
エリアスの視線を感じたノーラは慌てて両手で胸を隠すが、それを見てエリアスは苦笑している。
「『ない』と言うからには、ノーラは胸が大きい方がいいと思っているの?」
「大は小を兼ねます。あって損はありません!」
「そういう理由なの? ……それなら、少し大きくなるかもしれない方法。試してみる?」
まさかの提案に、ノーラの菫色の瞳が輝く。
「そんな方法があるのですか? 牛乳なら沢山飲んでみましたが、特に変化は見られませんでした」
「まあ、絶対に望む結果が得られる保証はないけどね」
絶対などというものは、この世に存在しない。
それよりも、もうどうにもならないと思っていた悩みに、まさかの希望の光が降り注ぐとは衝撃である。
「少しでも可能性があるのなら、是非試したいです!」
「わかった。それじゃ、結婚したら試してみようか」
ノーラとしては今すぐにその方法を知るなり実行するとばかり思っていたので、肩透かしを食らってしまう。
「結婚しないと、駄目なのですか?」
「うーん。駄目というか……まあ、可能ではあるが。一応けじめとして、ね」
何やら歯切れが悪いが、エリアスがこう言うのだから、今すぐにはできないことなのだろう。
「わかりました。じゃあ、楽しみにしますね!」
「うん。……凄いことを言っているけど、気付いていないね」
「はい? 何か言いました?」
よく聞こえなかったので聞いてみるが、にこりと笑みを返された。
「何でもないよ。さて、お腹が空いたね。待っていて」
そのまま馬車に戻ったエリアスは、バスケットを抱えてベンチに戻ってきた。
手渡されたサンドイッチには分厚いハムとチーズが挟まっていて、間に塗られたソースは酸味が効いていて食欲が増す。
「美味しいです」
さすがは侯爵家、やはり料理の味は申し分ない。
ノーラも結婚したらカルムの屋敷に住むことになるのだろうが、毎食この調子で美味しいとなると、太ってしまいそうだ。
……もしかして、胸を大きくするというのは、このことだろうか。
栄養満点の美味しい食事を沢山食べることで、上手くすれば胸が大きくなるが、場合によっては体全体が大きくなって終わる。
だから、望む結果が出る保証はないと言ったのだろう。
確かに、ノーラは今まで経済的な理由で食事の量も内容も乏しく侘しいものが多かった。
不満を持ったことはなかったが、それが胸に影響を与えた可能性もあるわけか。
「……随分と難しい顔で食べているね。どうしたの?」
「いえ。食事で太ることを考えていました」
「太る? 気にしなくていいよ。ノーラなら、丸くなっても可愛いし」
このエリアスのフォローはつまり、丸くなる可能性を示唆しているのだろう。
胸が大きくなるか、体全体が大きくなるかの、一か八かの作戦なのだ。
だが、他に方法はないし、せっかくだから試してみよう。
仮に体全体が丸々として終わったのなら、その時には痩せればいい。
「ありがとうございます。私、頑張ります」
ノーラは美味しいサンドイッチを味わいながら食べると、林檎ジュースを飲む。
これもまた、甘みと酸味がいいバランスでとても美味しい。
……何だか、全身丸っとコースに入りそうではあるが、今は気にしても仕方がないだろう。
「そういえば、護衛をつけるという話はどうなったのでしょうか」
個人的には必要性を感じていないが、トールヴァルドとアンドレアからああして説明を受けた以上、断るつもりはない。
しかし、その話が出てそれなりの時間が経っているのに、一向に護衛が姿を見せないのは、やはり選定が難航しているのだろうか。
「ああ。もう少しで色々な手続きも終わるから、ノーラに紹介するよ」
「はい。ご迷惑をおかけしないよう、頑張ります」
一体どんな人なのかはわからないが、ノーラのために時間を割いてくれるのだ。
互いに国王の命令とはいえ、一緒に過ごす時間も短くはないはず。
仲良くとまではいかなくても、良好な関係性を築きたいものである。
「そんなに緊張しないでも、大丈夫。俺がいない時には、護衛と共に動いてね。できるだけ一緒にいるつもりだけど」
「いえ。お仕事してください」
仮にも宰相補佐で将来の宰相候補なのだから、ノーラにかまけていないで、きちんと働いてほしい。
そのための護衛でもあるはずだ。
それはエリアスもわかっているのか、困ったように微笑んでいる。
「明日はいよいよ、王城での夜会だね。ウルリー会、だっけ?」
「はい。小道具に小さな鍬が用意されていて、笑いました」
「それは、うちの母のせいかな。ごめんね」
確かに、フェリシアの鍬にかける情熱は凄まじいし、ウルリー会への影響力も大きい。
恐らく鍬を用意するよう指示したのはフェリシアなのだろうが、何だか憎めなかった。
「明日も迎えに行くから。待っていて」
そう言って頬に唇を落とされ、ノーラは顔を赤らめながらうなずいた。
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次話 ノーラがけじめの真実に気付いてしまいます……。