致命傷だったそうです
翌日、クランツ邸にノーラを迎えに来たエリアスは満面の笑みを浮かべていて、実に麗しい。
馬車に乗ると隣に座られたのだが、やはり笑顔がかなり眩しい。
「……何だか、御機嫌ですか?」
「うん。昨日のノーラを思い出すだけで、幸せで」
どうやら思い出し笑いだったらしいが、顔がいいとそれだけでも見事な破壊力だ。
「ああ。攻撃失敗で、割り増しの反撃をされたことですね」
「何それ。失敗なんかじゃないよ。もう、致命傷だった」
「ええ⁉ 本当ですか?」
エリアスのまさかの答えに、思わず目を瞬かせる。
「うん。ノーラが俺のことを好きでいてくれるのは、わかるよ。でも、あまり甘えてくれないだろう? だから、嬉しかった」
「そ、そうですか」
攻撃としてはいまいち効いていない気もするが、別方向で効果があったらしい。
こんなに喜んで御機嫌になるのなら、あんな風に言った方がいいのだろうか。
そう考えていて、ノーラははっと気が付いた。
「恥じらいを、忘れていました……!」
そうだ、ノーラに足りないのは恥じらいだ。
自分から攻撃しにいくなんて、恥じらいの欠片もなかった。
「今後は気を付けます。恥じらいます」
頭を下げるノーラを見て、エリアスは面白そうに笑っている。
「いや、恥じらいってそういうことじゃないよ。それに、この場合に恥じらいは必要ない」
「そうなのですか?」
「うん。俺にはそういうのを気にしないで。思ったことを言って。そして、たまに甘えてくれたら嬉しい」
「ぜ、善処します」
御機嫌で微笑んでいるエリアスはいつも以上に麗しくて、そろそろ胸焼けしそうだ。
たまらず視線を逸らすと、ノーラの手にそっとエリアスの手が重ねられた。
「あの?」
「駄目?」
どうしたのだろうかと視線を戻すと、空色の瞳がじっとノーラを見つめている。
瞳の輝きもさることながら、並みいる女性が足元にも及ばないきらめく睫毛も恐ろしい。
本当に、どこをとっても顔がいい。
「いえ、駄目ではありませんが」
「それなら、触れていたい」
そう言って優しく手を握られれば、ノーラに抵抗する術はない。
そろそろあふれる色気が形になってノーラの鼻を直接攻撃してもおかしくないほどだ。
鼻粘膜が強くて良かったと感謝するのは、人生で初めてである。
とりあえず、話を変えなければ身がもたない。
「あの。お仕事の調子はいかがですか? 宰相補佐、ですよね」
「そうだね。すべて一から憶えるから、仕事は多いね」
「大変ですね」
実際に何をするのかノーラにはわからないが、簡単な仕事ではないはずだ。
昨日はそれを抜け出してノーラに会いに来たのだから、凄いというか何というか。
「まあ、もう少しで一区切りするから。そうしたら、もっとノーラと一緒の時間を作れるよ」
「そうですか」
いけない、何故か話が戻ってきた気がする。
どうにかエリアスの関心をノーラ以外に向けなければ。
「ええと。……そういえば、公認歌姫を招くには書類に加えて、陛下か宰相の許可が必要なのですね」
「うん? あれは、嘘だよ」
「ええ⁉」
「まあ、実際に公認歌姫を個人宅に招こうとしたらそれが必要になるだろうけれど。少なくとも、陛下も宰相もそのつもりはないから、今のところあり得ない」
「そうなのですか」
完全な嘘ではないが、真実とも言い切れないわけか。
さすがはエリアス、さらっと腹黒い。
いや、これくらい言えないと貴族や宰相補佐は務まらないのかもしれない。
「ノーラの歌は素晴らしいからね。招待したいという人は多い。でも、それを受け入れていたら、ノーラの休みがなくなるし、店で歌う暇もなくなってしまう」
「私のため、ですか?」
「あとは、貴族間の権力のバランス。それから、陛下が平民向けに店で歌わせているという形だから、その価値の維持」
そういえば、カールも一件受け入れると、他を断りづらくなるからと言っていた。
公認歌姫を招待できるか否かという見栄の張り合いにもなりかねないし、面倒ということか。
「それに、ノーラをあまり他の男に見せたくないからね。もったいない」
「もったいないって……減るわけじゃありませんから」
「減るよ。俺のノーラだし」
そう言ってにこりと微笑まれれば、ノーラの頬が熱を持つのも仕方がない。
「何だか、今日はいつにもまして顔がいいです。酷い色気と眩さですね」
「そう?」
「はい。まったく、けしからん顔の良さです」
ノーラが懸命に訴えると、エリアスは苦笑している。
「そういう時は、格好いいと言ってほしいな」
「言われたいのですか? 浴びるほど言われていそうですけれど」
「ノーラは、別」
そういうものなのかと感心していると、エリアスが何故か少し心配そうに顔を覗き込んできた。
「ノーラから見て、格好よくない?」
まさかの質問に、ノーラは慌てて首を振った。
「格好いいです。もう、ずば抜けて顔がいいです。間違いありません」
勢いよく答えると、途端にエリアスの眦が下がっていく。
「そうか。ありがとう。ノーラも可愛いよ」
いつもの油断ならない微笑みとは違い、本当に照れてはにかんでいるらしいが、それもまた眩い。
「お世辞はいいです。私はきちんと自分をわかっているつもりです」
「わかっているって?」
不思議そうにエリアスが首を傾げると同時に、馬車が止まる。
そのまま手を引かれて馬車から降りると、そこにはきらめく水面の湖があった。
「綺麗ですね」
ここは、以前にもエリアスに連れてきてもらったことがある。
確か、まだ仮の恋人の頃だろうか。
そう考えると、時間はたいして経っていないのに、とても昔のことのように感じた。
湖の向こうには山々が連なり、その奥には頂に雪をかぶった山が見える。
ノーラ達がいる場所は暖かいので、それだけ遠く、そして標高が高いのだろう。
「雪山も綺麗ですね」
「ああ。あの山脈の向こうは隣国のノッカ王国だよ」
生まれてこのかた、領地と王都くらいしか行ったことのないノーラからすれば、隣国というのは隣というよりも未知の領域だ。
「最近は天候不良らしいけれど、ナーヴェル王国に影響がないのは、あの山脈のおかげだと言われているね」
「なるほど」
確かにあれだけ大きくて高い山脈があれば、風も雲も遮られるだろう。
「それで、さっきの話に戻るけど。ノーラは自分のことを本当にわかっている? 可愛いよ?」
「髪の色は人様に誇れますが、あとは……。容姿は普通ですし、家は貧乏ですし、胸もありませんし」
「胸?」
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