水飴の説明をします
「エリアス様の攻撃力が底なしです。どうにかしてください」
歌を終えてアランのいるテーブルに着いたノーラは、開口一番そう切り出した。
訴えられた美貌の双子の弟は暫く瞬いていたかと思うと、肩をすくめてお酒を飲み始める。
「そう言われてもな。今更だし。大体、何が駄目なんだ?」
「顔が、顔がいいです!」
ノーラの訴えに、アランはグラスをテーブルに置いた。
「……それ、惚気じゃないのか?」
「違います。アラン様も同じ顔でしょう。顔がいいです!」
「ということは、俺も攻撃力が底なしなのか?」
エリアスの美貌は傾国レベルだが、アランはその双子の弟。
もちろん、同じ顔なのでその顔は文句なしに麗しい。
「そうですね。素晴らしい顔です!」
「いや。そんなに勢いよく言うことか?」
アランは呆れた様子で肩をすくめると、鳥の皮を揚げたものを口に放り込んだ。
もはや定番になりつつあるが、どれだけ好きなのだろうか。
「エリアス様は無駄に色気があって、困ります」
「それ、相手がノーラだからだろう?」
そう言われても、ノーラはエリアスと他の女性が話しているところをほとんど見たことがない。
だが、あの色気が突然完全消滅するとは到底思えなかった。
「ヴィオラ様にしても、王城のメイドにしても、エリアス様にメロメロという感じでしたが」
「ノーラとそれ以外では、天と地ほどの差があるぞ。あいつ」
一応は婚約者であるノーラの方をぞんざいに扱うとは思えないので、つまりは女性達の方に冷たいということになる。
それだと冷たくあしらわれてなおエリアスに夢中ということになり、事態は悪化しているし、ノーラにはあまり理解できない世界だ。
「普通に、物腰穏やかに見えますが」
「別に、態度が荒いってことじゃない。無関心で適当なんだよ」
「では、特定の相手にだけ色気を増して放出しているということですか」
「まあ、そんな感じなのかな」
なるほど、それならば何となく理解できる。
常時放出分の色気で女性達は惑わされ、割り増し分でノーラは困っているわけか。
「では、アラン様。ちょっと試してもらえますか」
「は?」
ノーラの提案に、魚を切っていたナイフの動きが止まる。
「エリアス様と同じ顔で、私のことはどうでもいいアラン様の色気の程度を参考にしようと思いまして」
同じ顔である以上、基本条件は同じだ。
あとは関心のある相手か否かでどれだけ色気が変わるものなのか、一度しっかりと確認をしておきたい。
場合によっては、エリアスに色気の縮小を願い出る必要がある。
じっと檸檬色の瞳を見つめると、何故かアランが狼狽えだした。
「お、俺は別に。ノーラをどうでもいいとは思っていないし……」
「問題発言よー!」
フローラがそう言いながら椅子に座ると、何故かアランが更に動揺している。
「べ、別に俺は!」
「まあ、アラン様がノーラを気に入っているのは知っているけれど。……婚約者は、誰?」
笑みを向けられたアランは、困惑というよりも怯えの表情で口を開く。
「フ、フローラ……」
「わかっているのなら、それでいいわ」
にこりと微笑むフローラに対して、うなずきながらも目を伏せるアランの元気がない。
だが美青年が静かに俯けば、それもまた麗しい。
「おお。フローラが来て、増した気がします」
「何の話?」
果実酒を注文しながらフローラに聞かれ、ノーラは勢いよくうなずく。
「色気です。エリアス様の色気がおかしいので困っています。私相手だからだと言われたので、同じ顔のアラン様を参考にしようと思いまして。やはり、顔がいいので基本的に色気がありますね」
「まあ、顔のぶんだけ一般人よりも色気の基本値が高いのは確かね。でも、エリアス様とアラン様では質が違わない?」
「質、ですか?」
ノーラが首を傾げると、フローラは水の入ったコップを掲げた。
「水と水飴というか。一見同じなのに性質が違うというか」
「確かに。アラン様にストーカー的な気配はありませんね。……アラン様も、フローラに対しては水飴なのですか?」
話を振られたアランは、切り終えた魚を食べながら眉をひそめている。
「どういう意味だよ。大体、何をもって水飴なんだ?」
そう言われると、言葉では説明しづらい。
だが、実際にして見せようにも、ノーラがアランに触れるのは何だかおかしいだろう。
となれば、婚約者であるフローラの手を借りればいいのか。
「フローラ、ちょっと手伝ってください」
「何?」
ノーラは届いたお酒を飲んでいるフローラを椅子ごとアランの隣に移動させる。
肩が触れそうなほど二人を近づけると、フローラの手を取って、アランの頬に触れさせた。
「な、何!?」
「何なんだ!?」
二人同時に叫ぶのを聞いて、ノーラは自分の間違いに気付いた。
「あ、そうですね。これでは男女逆でした」
今度はアランの手を握ると、その掌でフローラの頬を撫でた。
二人は無言で固まってしまったが、これでは水飴になりきっていない。
「ここで、『好きだよ、フローラ』です」
アランの耳元でそっとささやくと、美貌の青年が何故か身震いした。
錆びついたネジのようなぎこちない動きでノーラを見るアランは、これぞ困惑という表情で檸檬色の瞳を震わせていた。
「……何なんだ、それは」
「言いづらいのなら、適当に私の名前とかでもいいですから」
「いや。それは色々な意味でどうかと思う」
「比較参考にしますので、お願いします」
期待を込めて見つめると、アランは眉を顰め、空を仰ぎ、そして何かを決意した様子でフローラを見つめた。
「す、好きだよ。フローラ……」
その言葉が終わるが早いか、アランとフローラは二人同時に頬を真っ赤に染める。
それを見たノーラは、満足してうなずいた。
「こんな感じの、水飴です」
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次話 エリアスの水飴について、今度はペールに相談しますが……。