顔がいいです
目を開けるとそこには、視界いっぱいの麗しい顔があった。
「ひいっ!?」
あまりに美しいその顔に思わず悲鳴を上げると、空色の瞳の美青年が困ったように眉を下げる。
「その驚き方は少し傷つくな。……気分はどう? 水を飲む?」
「すみません。顔がいいのでびっくりしました。……いただきます」
ソファーから体を起こしてコップを受け取ると、ゆっくりのどを潤す。
乾いた大地に染み渡るようで、冷たい水がとても美味しかった。
「エリアス様、ご迷惑をおかけしました」
コップを返しながら謝罪すると、エリアスは優しい笑みのまま首を振る。
「いいよ。ノーラはジュースの味の確認を手伝っただけだし、お酒の瓶と間違えたのも故意ではなかったしね」
それはそうなのだが、少し違和感がある。
ジュースの味の検討を手伝ったとは伝えたが、お酒の瓶と間違ったとは言っていない。
話の流れから読み取れたと言えばそうかもしれないが、何となく気になる。
これではまるで、パウラに確認でもしたかのような言い方だ。
「あの」
「大丈夫。もう間違えないように、ちゃんと伝えたからね」
……いや、誰に何を伝えたのだ。
ちゃんと、って何だ。
かなり気にはなるのだが、いい笑顔を向けられてしまい聞きづらい。
「それで。フーゴ・ポールソン伯爵令息に、何を言われたの?」
「何、と言われましても」
何だったのか思い出そうとはするのだが、どうもはっきりと浮かばない。
「心無い口説き文句を並べられた気がするのですが、憶えていなくて」
「心無いんだ」
エリアスは驚いたような、呆れたような顔をしているが、もちろんそれも麗しいので程々にしてほしい。
「はい。あの人、私のことなんて本当はどうでもいいのです。それでも何故やってくるのか……歌を聴きたいとは言われましたが、お店で十分だと思いますし」
やはりしっくりこないし、頑なにノーラに好意がある体で話してくるのは何なのだろう。
もしかして、どうでもいいという態度がばれていないと思っているのだろうか。
「あ、あの。私、別に逢瀬を重ねていたわけでは」
そういえばフーゴがろくでもないことを言っていたと思い出して訂正すると、エリアスは笑顔でうなずいた。
「ノーラはそんなことしない。仮に彼に惹かれたとしたら、最初に俺を振るよ。……まあ、その場合には大人しく振られてあげないけれど」
……何だろう。
ノーラに対する信頼が篤いという話に見せかけて、後半が怖いのだが。
「それで……心があれば、伝わるの?」
「はい?」
エリアスの手が伸びてきたかと思うと、そのままノーラの頬を優しく撫でる。
空色の瞳にまっすぐにとらえられて、視線を外すことができない。
「ノーラ、好きだよ。いつもと違うノーラも可愛かったし、寝顔を見られたのは嬉しいけれど。色々と危険だから、もう少し気を付けて」
そう言うと、エリアスはそのまま頬に口づけた。
「……伝わった?」
にこりと微笑まれ、ノーラはうなずくしかない。
「はい。……顔が。顔がいいです……」
「うん、ありがとう。ノーラに褒められるのは嬉しいな」
その微笑みもまた麗しくて、本当にどうしたらいいのか困ってしまう。
だが、その瞬間、妙案がひらめいた。
「エリアス様は顔がいいです。ということは、顔を見なければいける気がします」
「何? どこに行くの?」
エリアスに構わず目をつぶる。
これで麗しい顔は完全に遮断した。
「どうしたの、ノーラ」
「顔を見なければ、エリアス様の攻撃力も下がるのではと思いまして」
何故もっと早くに気が付かなかったのだろう。
顔が良くて直視できないのならば、顔を見なければいい。
単純明快なことではないか。
「ノーラに攻撃なんてしないよ」
「存在が兵器です」
「それは酷いな」
笑い声と共に近付く気配がするが、何せ見えないのでよくわからない。
「――俺はこんなに、ノーラのことが好きなのに」
吐息でくすぐったいほどの至近距離でささやかれ、ノーラの背に一気に寒気が走った。
「ひゃああ!」
たまらずに目を開けて叫ぶと、そのままソファーの端まで後退する。
顔だけが美しいわけではなかった。
声も鳥肌が立つほど麗しかった。
駄目だ、全身兵器だ。
エリアスの底知れぬ力に慄いていると、眩い美貌の青年が不思議そうに首を傾げている。
「目、つぶらないの?」
「大して役に立たないことがわかりました。諦めます」
「残念。キスしようと思ったのに」
そういうことは、思っていても口に出さないでほしい。
ただでさえ麗しくて困っているのだから、本当にやめてほしい。
「もう、恥じらいも上手くできないですし……」
あまり憶えていないところも多いが、とりあえずエリアスに向かって色々恥じらいの欠片もないことを言った気がする。
お酒を飲むと本音が出るという言葉を聞いたことはあるが、あれがノーラの本音なら、恥じらいを習得するのはかなり困難な道だろう。
「ノーラはノーラのままでいいよ。他人に脚を見せたりしなければ、それで十分」
「低くありませんか、その要望。……いえ、それすらも既に実行してしまいましたが」
結婚したらノーラは名門侯爵家の一員となり、いずれは宰相夫人になってしまう。
色々と心配になるのも当然だった。
「ノーラが多少あれだったとしてもフォローできるつもりだよ。安心して」
確かに、できそうではある。
だが、それでいいやと楽観視はできない。
「そうやって、迷惑をかけたくありません」
だからこそ、恥じらいを習得したかったのだが、前途多難である。
「前にも言ったと思うけど、迷惑じゃないよ。もっと依存してくれてもいいくらいだ」
「だから、嫌です」
きっぱりと断ると、何故かエリアスは楽しそうに笑っている。
「うん。そういうところも好きだよ。どちらに転んでも俺は幸せ」
「……何だか、ストーカーを超えて、変態じみてきました?」
間違いなく、ずば抜けて顔はいいのだが、言動と行動が時々おかしい気がする。
どちらかと言えば非難に近い言葉だったのに、エリアスに気にする様子はない。
「何でもいいよ。ノーラがいればいい」
空色の瞳を輝かせてそう言われれば、ノーラに太刀打ちする術などない。
「……顔が。顔がいいです……」
何だかずるいと思いつつ、ノーラはドキドキして苦しくなった胸を押さえた。
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次話 エリアスの底なしの色気に、ノーラは……?