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アラン・カルムの静観

 その日も、店内ではエリアスとアランが食事をしていた。



 ノーラ・クランツをめぐる婚約破棄の一件以来、二人でこの店に来てはノーラの歌を聴いて食事することが増えた。

 あれだけコンプレックスだったのに、色々あったせいか、以前ほどエリアスに対して嫉妬することもなくなった。


 アランも自分というものを少しは理解して、受け入れられるようになったのかもしれない。

 それと、エリアスが思っていたような完璧超人というわけでもない、と知ったせいでもある。



 今回の騒動でのエリアスの運と間の悪さは相当なもので、アランも思わず失笑してしまったほどだ。


 ――あいつは色々できても、運も悪けりゃ間も悪い。


 そう思うだけで、何となく親近感すら湧くのだから、自分でも単純な思考だと思う。




 人影が近付くと、すぐに気付いたエリアスが笑顔で手を振る。

 周囲の女性の視線が集中して実に居心地が悪そうな中、青みがかった黒髪の少女はエリアスとアランの間に座った。


 このノーラが、エリアスがいつものエリアスでいられない原因だ。



「今日の歌も、良かったよ」

「あ、ありがとうございます」


 笑顔で褒めるエリアスと、少し照れながら礼を言うノーラ。

 ここだけ見れば親しい友人か、恋人かという感じだが、そこに至るまではややこしい事態の連続だった。




 幼少期にノーラに会ったエリアスが、この店でノーラの歌を聴いたのが始まりだ。

 いわゆるひとめぼれらしく、珍しく饒舌に報告してきたのを覚えている。


 いや、幼少期も同じように『歌の上手いノーラ』のことを耳にタコができるくらい聞かされた。

 つまりは、二回目のひとめぼれということだ。



 エリアスはクランツ男爵に婚約を打診し、色よい返事だったので王城に書類を提出した。

 だが、本人に挨拶に行く前に書類の名前がアランになっていることが発覚した。


 アランはエリアスへのコンプレックスをこじらせて、婚約解消を拒否。

 男爵はもともとアランが婚約者だと思っていて、ノーラに至っては婚約の話自体を知らない始末。


 男爵に口止めをしてその間に婚約解消の道を探していると、今度はアランが衆目の前で婚約破棄を宣言した。

 男爵とノーラがカルム侯爵家に不信感を抱いて他の縁談がまとまる前に、と慌ててエリアスは婚約を申し込むがあっさり断られる。



 そうして色々あった末に、ようやくの『お友達』になった二人なのだ。

 アランもこじれた原因の一つとして、成り行きを興味深く見守っていた。


 決して、面白いからというだけではない。

 たぶん。




「あの、慰謝料の件はどちらにお話すれば良いんですか? 婚約破棄したのはアラン様だから、アラン様ですか?」

「いや。その件は、エリアスに任せている」


「婚約破棄しておいて、慰謝料もお兄様に丸投げとは、なかなか酷いですね」

 冗談なのは表情でわかったので、アランも笑い返す。


「そういうことじゃない。当主の代理として、エリアスが金を動かす権限を持っているだけの話だ」

「あら、確か白紙になったのでは?」



 ノーラが言っているのは、次期当主として侯爵を継ぐ話だろう。

「白紙だぞ? ただ、もともとこいつがそういう管理をしていたからな」


 それなりの金額を動かしたのだろうが、エリアスなら問題ない。

 今は白紙になっているが、やはりカルムを継ぐのはエリアスが適任だと思う。


 頭脳的な物もそうだが、何より世渡りと、必要時に非情になれるところはアランが遠く及ばないからだ。

 ……それから、やたらと広い()()関係も。




「何か問題があった? ノーラ」

「大ありです」


「足りない?」


 エリアスの問いに、ノーラは盛大に首を振る。

 このままでは首がもげそうな勢いだ。



 こういう所作は上流の貴族令嬢ではありえないが、アランには寧ろ好ましく見える。

 侯爵家という枠に囚われていたアランにとって、それは自由の象徴に見えるからだ。


 そう言えば、ソフィアもだいぶ自由な言動と行動だった。

 どうやら、アランはそういうのが好みらしい。

 ソフィアに関しては、アランの好みを調査して合わせていた可能性が高いが。


 だから、ノーラが第二夫人になるのをきっぱり断ったのが気になったのだろう。

 双子双子と言われるのは好きではなかったが、結局双子の好みは似るのかもしれない。

 ノーラの訴えを笑顔で聞くエリアスを見ると、そっとため息をついた。




「そんなわけがありません。多いんです。多すぎます。多すぎるから、返却したいんです」

 真剣な顔で捲し立てる様子からして、怒っているというよりは困っているという感じだ。


 エリアスが一体いくら支払ったのか具体的な数字は知らないが、この様子を見る限り、どうやら相当な額らしい。



「ノーラの世間体に傷をつけたのは間違いない。金でなくなる問題ではないが、せめて気持ちを受け取ってほしい」


「重い。重いんですよ、その気持ち。一国の王女か絶世の美女とでもいうのなら、まだわかりますが。一介の貧乏男爵令嬢に出す額じゃないです」


「気にせず、クランツ家の借金返済にでも充ててほしい」

「ありがたい申し出ですが、うちの家計について口を出されるのは心外です」


「クランツ家の借金は利子ばかりだし、そもそもの借金も数代前の領地の不作時に領民を助けるためのものだったというし。恥ずかしいものではないよ」

「借金の時点で十分恥ずかしいんで……え? そうなんですか?」


「うん。だから、領民達からの信頼が篤い」

「そ、そうだったんですか。私はずっと、先祖代々立派に貧乏なのだとばかり」

 どうやらノーラは自分の家の借金が何によるものなのか知らなかったらしい。



「でも、何でエリアス様がそんなことを知っているんですか」

「慰謝料として受け取るのが嫌なら、俺からの投資だと思って」


「投資? うちに投資しても、何も得られませんよ?」

「そうでもないよ」

 にこりと微笑むエリアスに、ノーラは何やら考え込む。


「クランツ領で得られるもの。……確かに、葡萄は質の良いものがとれます。特にジュースが美味しくて」

「ノーラは葡萄のジュースが好きなの?」


「え? まあ、好きですけど」

「そうなのか。覚えておく」

「今はそんな話をしているわけじゃありません」


 良いことを聞いたとメモでもしそうな様子に、ノーラが呆れている。




「確かに借金返済はありがたいです。今は領民の望む道路の整備なども、なかなか手が回っていませんから。でも、本当に良いのでしょうか……」

「領地経営の手腕は悪くないし、領民の評価も高い。十分に投資に値すると思うよ」


「……エリアス様って、時々ストーカー的な情報力を見せますよね」



 ストーカーという言葉に、アランは笑いを噛み殺す。

 確かに、エリアスの行動はそう言われてもおかしくない部分がある。

 やりすぎというか何というか。


 ことノーラに関しては、珍しく歯止めがきかないことが多いらしい。


「褒め言葉として受け取っておくよ」

 エリアスが笑顔で答えると、ノーラは何も言えないようだった。



「でも、借金返済に充てても、まだ残りそうなんですけど。さすがにそちらはお返しします」

「いいよ、それこそノーラに迷惑をかけたんだし、好きに使って」


「額が多すぎて、慰謝料のはずがこちらが借りを作ったような気になります。納得がいきません」


 ノーラは暫し考えているが、エリアスは減額も返却も受け付けないだろう。

 それはノーラにもわかったらしく、肩を落としてため息をついた。



「……わかりました。残りはすべて教会に寄附します」

「ノーラの気が済むようにしていいよ」


「なら、明日の朝一番で教会に行かないと」

「何でそんなに急ぐんだ?」

 不思議になってアランが尋ねると、領地から母と弟が帰ってくるのだという。


「このことを知ったら、ありがたく全額ちょうだいしようとするに決まっています」

「良いんじゃないか?」


 どうやら額はおかしいみたいだが、慰謝料という正当な理由があるのだ。

 全部貰って何がいけないのだろうか。


「借金返済だけでも十分すぎておつりがきます」

「……まあ、おまえがそれでいいならいいけどさ。もう少し簡単に考えても良いんじゃないか」

「簡単?」


「もらえるものは貰っとけば良いんだよ。エリアスは払いたいんだし」

「もらえるものは貰うというのは同意できますけど、限度があります。飴玉一つ貰おうとしたら豪邸を渡されたようなものです。心臓に悪いんですよ、落ち着かないんです」



 なるほど。


 貴族の矜持で施しを受けたくないというわけではなく、単純に分を超えたものを扱いたくないらしい。


 侯爵家で育った自分たちとは、やはり感覚が違うのかもしれない。


「……だとさ」

「覚えておこう」




 そう言ってエリアスが柑橘のジュースが入ったグラスをノーラに渡す。

 お酒は飲まないノーラのために、わざわざ頼んでおいたものだ。


「こういう気遣いをこの顔でするのだから、そりゃあ女性店員もざわめきますよね」


 ノーラはそう言うが、エリアスがこんなことをするのは、彼女に対してだけだ。

 他の令嬢には、にべもない冷たいあしらいなのだが。

 夜会にはほとんど行かないというノーラだから、きっと知らないのだろう。



 ノーラが礼を言ってグラスを受け取ると、三人で乾杯をする。

 これも、最近の恒例行事だった。


 何だか色々あったけれど、アランはこうしてのんびり過ごす時間が嫌いではなかった。

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