歌い手の末路
「それにしても、やっぱり公認歌姫の名前の効果は絶大ね。お店のお客さんもかなり増えたみたいよ? 売り上げが伸びて、店長が喜んでいるわ」
いつものように歌の仕事のためにお店に来ると、フローラが楽しそうに話しかけてきた。
「公認歌姫というからには、公式の立場ですよね。このお店だけに利益が出るのはずるいということにならないのでしょうか」
ノーラとしては今まで通りお店で歌えるのは嬉しい。
しかし、要は王家御用達の名をいただいたようなものだ。
他の店からすれば不公平だと思われても仕方がない気がするし、そのせいでこのお店の立場が悪くなるのは嫌だった。
「この店を指定しているのは陛下だから、表立って文句は言えないわ。今まではノーラとお店の契約で給料制だったけれど、お店が国にノーラを借りるという形でお金を払っているのよ」
「ええ、そんな出費が⁉」
まさかの事態に思わず声を上げると、フローラは笑いながらノーラに楽譜を渡してきた。
「対外的なものね。今までノーラに支払っていた額を、国に渡しているだけ。しかも、ノーラの警護のために必要経費として補助も出ているの」
「そ、そうなのですか」
ということは周囲には対価をきちんと支払っているとアピールしつつ、お店も損はしていないのか。
迷惑をかけずに済んだらしいとわかってホッとすると、ノーラはコップの水を一口飲み込んだ。
「ノーラの貰うお金は増えた?」
「まだ公認歌姫になってからは受け取っていないので、わかりません」
「少なくとも今までの分は保証されているから、安心してね」
「はい。……建国祭の歌い手って、本当に凄いものだったのですね」
歌い手にとって最高峰の場だということは知っていたが、まさかここまでの影響力があるとは思わなかった。
これでは、レベッカがその地位に固執した気持ちもわからないでもない。
「花もたくさん届いているわよ。豪華よねえ。……そうだ。これはどうする?」
フローラが差し出したのは、赤いペチュニアの花束だ。
差し込まれたカードには「麗しの『紺碧の歌姫』へ。スヴェン」と書いてある。
これは恐らく、スヴェン・エンロート公爵令息だろう。
一応好意のようなものを伝えられてお断りしたのだが。
まだ諦めていないのか、純粋に歌に対して花を贈ってくれたのか、謎である。
「桃の花はやめたのね、スヴェン様」
「カルム侯爵領にしか時季的に咲いていなかったのに、それをすべてエリアス様がエンロート公爵邸に送りつけて……今年の花は終わったと聞きました」
ノーラの説明を聞いたフローラは、それはそれは嫌そうに眉を顰め、そして笑い出した。
「さすがエリアス様。やることが嫌らしくてえげつないわ。それでも懲りずに花を贈ってくるあたり、スヴェン様もなかなかのものだけど」
「……とりあえず、花自体に害はありませんから、お店に飾ってもらいましょうか」
「ノーラって、厄介な貴族に好かれる性質なのかしらね」
「何ですか、それ」
まったく嬉しくない評価に眉を顰めつつ、楽譜に目を通す。
今夜の曲はいつもとアレンジが違うので、間違わないようにしなければ。
「まあ、一番面倒くさそうなのにつかまっているから、大丈夫かしら」
「本当に大丈夫ですか、それ」
話の流れからすると、面倒くさいというのはエリアスのことだろう。
否定できないどころか納得しかないが、大丈夫なのかどうかに関しては疑問がある。
何とも言えない複雑な気持ちで見つめるノーラに、フローラは満面の笑みを返す。
「大丈夫、大丈夫。ノーラも結構あれだから。――さあ、今日の出番よ!」
釈然としないまま歌い終えると、いつものように店内でフローラと双子と一緒に食事をとる。
すっかり恒例となっていた四人の食事だが、最近ではエリアスが宰相補佐として忙しく、お店に来られない日も増えていた。
「エリアス様。あの後レベッカさんはどうなったのか、わかりますか?」
葡萄ジュースを飲みながら出番前の会話を思い出したノーラは、せっかくなので気になることを尋ねてみた。
「リンデル公爵は長年の横領と王妃候補への妨害などで、ようやく一通りの罪状が揃うところだよ。本人の爵位剝奪は間違いない。あとは、陛下暗殺未遂の件をどこまで追究できるか次第だね」
さらりと言っているが、こうして聞いてみるとリンデル公爵の罪はかなりのものだ。
トールヴァルドも長年断罪の機会を窺っていたようだし、恐らくは相当重い罪になるのだろう。
「レベッカはリンデル公爵の指示のもととはいえ、やっていることはあれだしね。無罪にはならないよ。マルティナ様も同様だが、何にしてもリンデル公爵の罪が確定してからだね。今は皆、牢に入れられている」
「そうですか」
公爵に、その妹にして王妃候補、そして建国祭の歌い手を数年務めた歌姫。
皆、十分すぎるほど恵まれていたはずなのに、どうして他者を蹴落とすような真似をしたのだろうか。
ノーラも建国祭で歌い手を務めたが、それが永劫続くはずもない。
その時、レベッカのように嫉妬しないという保証はないのだ。
「全員、自業自得だから。ノーラが気にすることはないよ」
「……はい」
彼らを裁くのは国なのだから、ノーラが気にしても仕方がない。
だが、歌い手の末路ともいえるレベッカの所業は他人事ではないのだと、自身を戒めた。
「そうだ、エリアス様。またスヴェン様から花が届いていたわよ」
フローラの一言に、エリアスはゆっくりとフォークを置いた。
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次話 皆で集まる機会が減ることが寂しいノーラに、エリアスが……?