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ただの歌い手ですよ

「恥じらいが難しいです。エリアス様の顔がいいです」

「……何となく言いたいことはわかりますが、まずは落ち着きましょうか」


 アンドレアに王城に招かれたノーラは、最近どうかという質問に対して、正直な状況を伝えた。

 夜会でノーラなりに恥じらいつつ挨拶したのに、エリアスには不評だったこと。

 女性達にも恥じらって話が弾むかと思えば、そうでもなかったこと。

 歌を請われたが恥じらっているとはっきり断りづらいことを話すと、何故かアンドレアは笑い出した。


「少し、私の思っていた恥じらいとは違いますけれど、女性達にはその対応でいいでしょう。円満な惚気ですし、効くと思います」

 楽しそうなアンドレアだが、今何だか妙な言葉が聞こえた気がする。


「……惚気、ですか?」

「そうですよ。エリアスは外見や身分などではなくて、ノーラ自身を大切にしていると言ったのですから。それらが頼りの女性達からすれば完敗でしょう」


 ノーラとしては、『エリアスの趣味はおかしいよね』という気持ちで言ったのだが、『エリアスはどんなノーラでも大切にしてくれる』という意味にとらえられていたのか。


 まさかそんな恥ずかしいことになっていたとは思わず、ノーラの顔は青くなり、赤くなる。

 確かにそれは惚気だ。

 しかも、結構な惚気だ。


 恥ずかしすぎて、もうあの女性達に会いたくない。

 ……まあ、どこの誰だか憶えてはいないが。



「どうせ謙遜したところで、その手の人達はうるさいですからね。惚気て正解ですよ」

「でも、恥ずかしいのですが」


 エリアスに愛されているアピールをする女だと思われることもそうだが、実際に自分がそれを口にしてしまった事実で頬が燃えそうだ。


「それも恥じらいです。ちょうどいいではありませんか」

 こともなげにそう言うと、アンドレアは上機嫌で紅茶に口をつける。


 納得できない部分もあるが、淑女中の淑女であるアンドレアが言うのならば、そうなのかもしれない。

 何にしても言ってしまったものはどうしようもないので、諦めよう。


「ただ、男性相手の場合には少し考えなければいけませんね。相手を勘違いさせるのもそうですが、エリアスを刺激するのは控えたいところです」


「難しいです、恥じらい。向いていないです」

 深いため息をつくノーラに、アンドレアが苦笑している。


 その微笑みすらも美しく上品だ。

 本当に、ひとかけらでいいから恥じらいと品を分けてほしいものである。


「そこまで気にしなくてもいいのですよ。ノーラの場合には、足を出さないとか、池を飛び越えないとか、そういう意味での恥じらいですから」

「……頑張ります」


 ノーラは以前、帽子を取るためにエリアスの両親の前でスカートをたくし上げて池をジャンプしてしまったわけだが、確かにあれは今思えばよくなかった。


 だが、もたもたしていては帽子が池に落ちてしまっただろうし、また同じ状況になった場合に池を飛び越えないとは言い切れない。



「そういえば、そろそろ護衛はつきましたか?」

 池をジャンプせずにどう帽子を取るべきか脳内で検討していると、ふとアンドレアがそう呟いた。


「いいえ」

「宰相に一任しているので、エリアスも関わっているはずですが。……まあ、エリアスのお眼鏡にかなう人材が、なかなか見つからないのでしょうね」


「そ、そんな凄い人をつけようとしているのですか?」

 適当にそういう職業の人か、王城内の騎士の端くれにでも委任するのかと思っていた。

 どちらにしても本当にそんな人が必要なのか、ノーラには疑問だが。


「以前に陛下も言ったでしょう? カルム兄弟もずっとついていられるほど暇ではなくなる、と」

「いえ、それはわかりますが」


 ノーラとしては、そもそも護衛が必要なのか疑問なのだ。

 すると、それを察したらしいアンドレアがゆっくりと息を吐いた。


「建国祭でノーラに興味を持った貴族がクランツ男爵に声をかけ、他国からも陛下にノーラを招きたいと打診があります。今のあなたを一人で放置するわけにはいきません」


「光栄ですが、打診と護衛に何の関係があるのでしょうか」

 他国からの打診については未だに信じられないが、そうだとしても特に問題ない気がする。


「ノーラの歌の価値が評価されるのはいいことです。ですが、その名が知られれば手に入れようとする人が出てきます。今までは恐らくご家族が守っていたのでしょうが、建国祭で公にされてしまった以上、それでは不足する部分も出るでしょう」


 そういえば、ペールも『うちは権力で来られると弱い』と言っていた。

 フーゴのような貴族が他にもいるとしたら、男爵家では断り続けるというのも難しいのかもしれない。



「だから、エリアス様はカルム侯爵家の跡を継ぐことを決め、宰相補佐になったのですよね」


 持てる力は持っておく、とエリアスは言っていた。

 あれは、侯爵令息では対応しきれないものから、ノーラを守るためでもあるのだ。


 それだけノーラを大切にしてくれるのは嬉しいが、同時にエリアスの将来を縛っているような気がして、何だか複雑な気持ちだ。


「陛下がどうにかして口説き落としたでしょうし。たまたまノーラのことで自分にも利益があるからとエリアスが話に乗っただけです。気にすることはありません」

 ノーラが力なくうなずくのを見ると、アンドレアは微笑みながら紅茶を飲む。


「それだけノーラの歌を狙う者がいるということです。物ならば、宝物庫に入れて鍵をかければいいのでしょうが、ノーラは人間ですから。まさか監禁するわけにもいきませんしね」


 監禁という言葉に、先日エリアスが言っていた『閉じ込めておきたい』という言葉が重なる。

 美男美女が口にすると冗談でも三割増しで恐ろしいので、やめていただきたい。



「だから、自由にするには安全の確保が必須です。エリアスは宰相補佐として以前よりも力を手に入れますが、そのぶんだけノーラのそばにいる時間は減りますから」


「あの。そもそも、何から身を守るのでしょう。酔っ払いですか。それとも、通りすがりの変態でしょうか」


 それくらいならば自分でもなんとかなるし、ペールがいれば問題ないと思う。

 だがアンドレアはティーカップを置くと、ゆっくりと首を振った。


「もっと面倒なものですよ。貴族が権力を使って拉致したり、売り飛ばしたり、脅して利用したり」

「私を、ですか?」

 上品な美女には似つかわしくない不穏な言葉が並んだが、その対象が自分だというのが信じられない。


「その価値があると見込まれたのです。半分は公認歌姫になったせいでしょうが……そうでなければただの男爵令嬢であるあなたは、既にどこかの手に落ちていたかもしれませんね」

「ただの歌い手ですよ? 大袈裟なのでは」



「――そうでもないよ」

 良く通る低い声に扉の方を見れば、黒髪の美青年が部屋に入ってくるところだった。




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― 新着の感想 ―
[一言] 自己評価が低すぎるのも考えもんですねー。
[一言] 男性の護衛はエリアスが嫉妬するから女性の護衛が必要…だめだエリアスに横恋慕する 三交代だと最低8人必要と聞いたことがあるし、腕っぷしの強い女性でそれなりに礼儀もできててなんてまあいないのでし…
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