恥じらいの失点は、恥じらいで取り返します
ノーラが王家公認の歌姫となってから初めての夜会。
それなりの緊張と共に会場入り……と言いたいところだったが、それどころではなかった。
馬車の中で散々『おまじない』を施されたノーラは、既に疲労困憊だったのである。
とはいえ、沢山の人に挨拶をされる以上、ぼうっとしているわけにもいかない。
それに、ペールとの会話でせっかく恥じらいのコツをつかんだのだ。
ここで使わずしていつ使うのかと奮起したノーラは、頑張って照れながら挨拶をする。
すると、図らずもエリアスの『おまじない』が功を奏した。
照れればいいとはいえ、脈絡もなく照れるというのは至難の業。
しかし、少し前までエリアスに何をされていたのか思い出せば、そんなつもりはなくても頬が赤らむというものである。
さすがは油断ならない男、エリアス。
ただのキスに見せかけて、ノーラの恥じらいにまで役に立つとは奥が深い。
ここはありがたく、照れさせていただこう。
張り切って恥じらいながら挨拶を一通り終えると、何故かエリアスの表情が曇っている。
いや、困惑していると言った方が正しいのかもしれない。
「……ねえ、ノーラ。何だかいつもと違わない? どうしたの?」
「はい。恥じらっています」
自信満々に即答すると、エリアスの表情が更に曇った。
「何でまた。……いいから、普通にしていて」
「駄目でしたか」
頑張ったつもりだったのに、却下されてしまった。
これはつまり、上手くできていなかったということだろう。
少し寂しくなって俯くと、エリアスはため息と共にノーラの頭を撫でた。
「違うよ。そうじゃなくて、自然のままでいいってこと。それに、あんな風に微笑んで可愛いノーラを他の人に見せたくない」
「か、可愛い……」
馬車の中で散々聞かされたその言葉に、頬が勝手に反応して熱を持つ。
ここは夜会会場なのだから、もうキスの心配はない。
そうは思うのだが、止められるものではないので、どんどんと熱くなってきた。
冷まそうと手を当てるノーラを見て、エリアスは満足そうに笑みを浮かべた。
「うん。そういう自然なノーラでいいよ。でも、やっぱり他の人には見せたくないな」
「……エリアス様は、もう少し自分の顔の威力を理解した方がいいと思います」
抗議のつもりで言ったのだが、一向に気にする様子はない。
それどころか、額が触れそうなほど顔を近づけてきた。
周囲から小さな悲鳴が上がったが、悲鳴を上げたいのはこちらの方である。
「威力って、何かな」
「だから、顔です。顔」
エリアスの胸を押して距離を取ろうと頑張っているのだが、びくともしない。
どう見ても細身の王子様といった容姿のくせに、しっかりと筋力もあるから腹が立つ。
すると、今度はノーラの耳元に顔を寄せてそっとささやいた。
「顔がどうしたのか、教えて?」
美貌の侯爵令息は声まで麗しい。
少し低いその声の色気に、背筋に寒気のようなものが駆け抜けた。
ちらりと見上げれば、実に楽しそうに微笑むエリアスの顔がある。
ドキドキするやら、恥ずかしいやら、悔しいやら。
色々な感情を持て余したノーラは、どうにか力を振り絞ってエリアスを見つめた。
「とっても素晴らしいです。ついでに声もいいので控えてください!」
そのまま踵を返して離れようとすると、すぐに手をつかまれた。
「待って。どこに行くの?」
「トイレです、トイレ!」
「……ノーラ、恥じらいはどうなったの」
「――恥じらいながら、トイレに行ってきます!」
そうしてどうにか会場を離れたわけだが――もう、後悔しかない。
頑張って恥じらって挨拶したのに、普通にトイレと叫んでしまった。
これぞまさに、水の泡。
切羽詰まった生理現象で命がけというのならば許されるかもしれないが、エリアスの顔による圧迫から逃げるための方法として使ってしまった。
恥じらいの正しい姿は未だつかみきれないが、これが間違っていることだけはわかる。
「顔が、顔がいいんですよ……」
恥じらい云々の前に、エリアスの顔が良すぎる。
いい加減慣れてどうでもよくなってもいいと思うのだが、一向にその気配はない。
何なら色気が更に増している気さえするのだから、手に負えない。
深いため息をついていると、いつの間にかノーラの周囲には複数の女性が集まっていた。
「あら。公認歌姫様が、このようなところでどうなさったの?」
「カルム侯爵の御令息を手玉に取るなんて、平民の出入りする店で歌うような方は、やはり違いますね。どんな手を使ったのかしら」
にこにこというよりニヤニヤと表現するのが相応しい笑みと共に、何だか色々言いだした。
流行りのドレスに華やかな化粧だが、こんな風に一対複数で嫌味を言っていては宝の持ち腐れである。
大体、エリアスを手玉に取るとは何だ。
顔はいいが油断ならない、ストーカー的情報網を駆使するエリアスを手玉にとれる方法があるのならば、ノーラの方が知りたいくらいである。
「あら。何か言いたそうですね」
くすくすと笑ってノーラを見ているが、これはつまり何か言えということだろうか。
正直に言えば、別にこの女性達と会話をする理由がない。
歌姫の件は国王が決めたことだし、エリアスに関しても手玉に取っていない以上はその手腕を披露することもできないからだ。
しかし、用がないからとさっさと無視して立ち去るのは、何だか恥じらいとは遠い気がする。
つい先ほど大きな恥じらい失点を犯してしまったノーラとしては、是非ともここで挽回の恥じらいを決めたいところだ。
恥じらいのコツは、照れること。
今、女性達が話した内容と絡めて、照れるとなると……。
「恐れ多くも陛下直々に公認歌姫に任じて頂いたことを、ありがたく思っています」
どうにか恥じらいを割り増すために、微笑みを忘れない。
付け焼刃ならぬ付け恥じらいだが、ないよりはましなはずだ。
だが、それを見た女性達の薄笑いが止まった。
これはもしかして、いい恥じらいができているのだろうか。
嬉しくなったノーラは、更なる恥じらいに向けて女性たちの会話を思い出した。
「特に美しくもなく身分も低い私の何を気に入ってくださったのかは存じませんが、エリアス様はそれでいいと言ってくださいますので。広い心に感謝しています」
ノーラは負の物件だが、何故かエリアスはそれで問題ないらしい。
謎の趣味だという共感を得つつ恥じらいをモノにするため、ノーラは少しうつむいて微笑んだ。
――できた。できた気がする。
会心の恥じらいに満足したノーラが顔を上げると、そこには険しい顔でふるふると震える女性達の姿があった。
「婚約者になったからって、調子に乗らないでいただきたいわ!」
「そうですわ。いつまでもエリアス様のお心が向いていると思わない方がよろしくてよ!」
何故か叫びながら女性達が撤退していく。
エリアスの趣味はおかしいよねという話に花が咲く予定だったのだが、どうしたのだろう。
「……まあ、恥じらえたからよしとしましょう」
うなずいて会場に戻ろうとすると、今度は黒髪の男性の姿があった。
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