エリアスのおまじない
「それって、俺の顔がいいとか言っていたやつ?」
ノーラの手で押されて少し距離を取ったエリアスが、驚いた様子で目を丸くしている。
「それです。今日も無事に顔がいいです。正装で割り増しが効いて、いつも以上に顔がいいです。安易に距離を詰めないでください」
「ノーラから見て、俺が格好いいってこと?」
「わざわざ確認するまでもありません。間違いなく格好いいです。正直、困ります」
ノーラの言葉にぱっと表情が明るくなったかと思うと、後半で少しばかり曇る。
「困る?」
「私なんてピンク色の華やかさにしっかりと負けて、素敵なドレスに謝罪したいくらいです。何を着ても似合うエリアス様を見ていたら、八つ当たりもしたくなるというものです」
かなり理不尽な訴えだというのに、何故かエリアスはどんどん表情を緩めていく。
「何を言うのかと思えば。……今までは衣装として使えるように青いドレスが多かっただろう? だからピンクにしたけれど、正解だったな。ノーラは髪も瞳も落ち着いた色だから、ドレスの色が明るくても上品さがある」
そう言うと、エリアスは微笑みながらノーラの頬に手を添えた。
「とても似合っているよ。――可愛い」
「だ、だから、安易に距離を詰めないでください!」
再び押しのけようとするが、今度は手をエリアスにつかまれてしまい、動かせない。
「つまり、着慣れない色のドレスで落ち着かないんだね?」
ぐさりと図星を刺され、思わずエリアスを睨むように見上げ、渋々うなずく。
それを見たエリアスは苦笑しながらノーラの手に唇を落とした。
「大丈夫。ピンク色も似合っているし、可愛い。誰にも見せたくないくらいだ。……そんなに気になるのなら、いいおまじないがあるよ」
「おまじない、ですか?」
まさかそんな言葉が出るとは思わず驚いていると、エリアスの両手がノーラの頬を包み込む。
「ピンク色が気にならなくなりますように」
そう言うなり唇を重ね、すぐに離すとにこりと微笑んだ。
「……どう?」
「ど、どうと言われても」
「まだ駄目か」
すると、今度は二回唇を落として、ノーラを見つめた。
「今度は、どう?」
「いえ、あの?」
「まだ足りないみたいだね」
更に三回キスすると、今度は頬を撫でた手がノーラの唇をゆっくりとなぞった。
……これは、どこまでも続けられかねない。
ようやく危険を察知したノーラは、慌ててエリアスの胸を押して距離を取る。
「き、効きました! ピンク色、もう平気です!」
必死に訴えると、エリアスが堪えきれないとばかりに笑い出す。
どうやらからかわれたらしいが、実際にピンク色のことなどどうでもよくなっているのも事実だ。
釈然としないまま視線を窓に向けると、ようやく笑い終えたらしいエリアスがノーラの頭を撫でた。
「ごめん。あんまり可愛いから」
まったく理解できない理由を述べたかと思うと、そのまま肩を抱き寄せられる。
「ああ、ノーラを他人に見せるのがもったいないな」
「……エリアス様は、時々よくわからないことを言いますよね」
ごく普通の容姿のノーラが素晴らしいドレスを着た結果、ごく普通の貴族令嬢になっただけだ。
見せられた人も、コメントに困ること請け合いである。
「どちらかといえば、エリアス様の方がもったいないです」
もともと麗しいというのに、正装に身を包んだおかげで割り増しが効いている。
つまり、とんでもない美貌なわけで、直視するのも憚られる眩さだ。
「エリアス様が女性だったら、国同士が戦争を起こしかねませんよね」
「ノーラに褒められるのは嬉しいけれど、褒め方が独特だよね」
そういえば、以前にアンドレアがドレス云々と言っていたような気がする。
『陛下のドレス姿も素晴らしい』とか、『エリアスは線が細いし、顔立ちが中性的だからきっとドレスも似合う』とか。
「……エリアス様は、ドレスを着たことがありますか?」
「は⁉ まさか」
「でも、陛下はあるのですよね」
「ええ⁉ ……ああ、あれか」
最初は驚いた様子だったが、今度は何やら納得している。
ということは、経緯は不明ではあるがトールヴァルドがドレスを着たことがあるのは、やはり確定のようだ。
「アンドレア様が、エリアス様もドレスが似合うだろうと言っていました」
「それは……嬉しくないな。それから、陛下は別にそういう趣味なわけじゃないよ。もちろん、俺もね」
「別に、そこは疑っていません。ただ、確かに似合うだろうなと思いまして。……私なんかの何倍も麗しく上品な美女なのは間違いないので、ちょっと見てみたい気もします」
ただの好奇心で呟いたのだが、その一言にエリアスの眉が動いた。
「それは、聞き捨てならないな」
強い言葉に驚いて見上げると、エリアスの表情が少しばかり曇っている。
話の流れでつい正直に言ってしまったが、男性にドレスが似合うというのは失礼だったかもしれない。
申し訳なかったと謝ろうとすると、それよりも先にエリアスの口が動いた。
「ノーラは可愛いって、何度も言っているだろう? いわゆる艶やかな美女とは方向性が違うだけで、芯の通った控えめな美しさは十分すぎるほど魅力的だよ」
「え? そちらですか」
まさかの答えに呆れるが、その反応も不満らしく、眉をひそめたエリアスの手がノーラの頬を撫でる。
「こんなに言っても伝わっていないのか。……まだ、おまじないが足りないのかもしれないね」
おまじないというと、もしかして先程の『ピンク色が気にならなくなる』という理由でされたキスの嵐のことだろうか。
これはまずいと気が付いた時には、既にノーラの腰に手が回されて動けない。
「会場まで、少し時間がある。それまでじっくりと、ノーラが可愛いってことを伝えないとね」
「い、いえ、その。もう十分伝わったので、結構で……」
ノーラの言葉は、眩い微笑みと共に降ってきた唇によって奪われた。
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