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コツをつかんだ気がします

「そういえば、持参金はどうするのでしょう」

 ふと気になってそう口にすると、クッキーをつまんでいたペールがちらりとこちらを見た。


「なし、ということで話がついているみたいだよ」

「……名門侯爵家に見合うだけの持参金なんて払えないのは重々承知ですが。いいのですか、それ?」


 払えないし、払わなくてもいいのはありがたいが、世間一般の流れとして免除というのはいかがなものなのだろう。


「両家合意の上だから、問題ないですよ。それに、エリアス様が姉さんを手放すとは思えませんし」

 紅茶を一口飲んだかと思うと、再びクッキーをつまむ。

『先手を打つ』のお礼にクッキーを焼いたのは今朝だが、既に半分以上がペールのお腹に消えていた。


「それにしても、ついに宰相公認ですか。もう逃げ場はありませんね」

「別に、逃げるつもりはないです」


 容姿に身分に財力と、何もかも釣り合っていないのは重々承知だが、それを理由に引くという段階ではない。



「エンロート公爵令息の言い分はあれだけれど、一理あるんですよね。身分と権力で押されると、うちは弱いですから。エリアス様が宰相補佐を引き受けたのも、それが理由でしょう? 姉さんを守るための力。……愛されていますねえ」


 確かにそんなことを本人からも言われた気がするが、改めて弟から言われると何だか気恥ずかしい。

 何と答えたらいいのか困って少し俯くと、ペールの笑い声が耳に届いた。


「恥ずかしがらなくてもいいですよ。姉さんが大切にされているのは、俺も嬉しいですし」

「恥ずかしがる……?」


 ノーラはハッとして顔を上げる。

 急な動きに驚いたらしいペールが、つまんでいたクッキーを飲み込んだ。


 恥ずかしがるということは、恥じらっているということ。

 つまり、今ノーラは自然に恥じらえたわけだ。


「ありがとうございます、ペール。何となくコツをつかんだ気がします。いちいち照れれば、いいわけですね。これで、ばっちり恥じらえそうです!」


 ノーラとはいまいち相性が良くない恥じらいではあったが、ようやく解決の兆しが見えた。

 立派な淑女とまではいかなくとも、これで最低限の恥じらいは身に着けられるかもしれない。


「……たぶん、何か違うと思いますよ」

 安心と共に紅茶を飲むノーラを見て、ペールは小さく首を傾げた。




「これはまた、凄いことになりましたね」

 夜会の支度のためにドレスを着たノーラは、思わずそう呟いた。


 白い生地の上にくすんだピンク色の生地があるのだが、幾重にも重ねられた生地が少しずつずれながらフリルを形作る様は、花びらのようで美しい。


 一番上のピンク色の生地には銀糸で花と蔓の刺繍が施されていて、動くたびにきらきらと光を反射して輝く。


 腰のリボンには淡いピンクの大きな花があしらわれ、その花芯にも銀糸とビーズがきらめいている。

 首元には銀糸の蔓に宝石が編み込まれたネックレス、白い手袋をつけた手首にも同様のブレスレット。


 結い上げた髪には腰元と同じ淡いピンクの大きな花が咲き誇り、その横からは銀糸のリボンが垂らされている。


 装飾自体はそこまで多くないが、色味の華やかさから女性らしさが際立つ、可愛らしいドレスである。



「こんなに女の子っぽいドレス、初めてです」

 一応は貴族令嬢であるノーラだが、実家の経済状況から持っているドレスは少ない。


 汚れが目立たないという理由で濃い色のものが多いし、エリアスから贈られたことがあるのも、『紺碧の歌姫』として使えるように青や濃い色のものが多かった。

 なので、まさかの色合いと可愛らしさに何だか心が落ち着かない。


 銀色の薔薇と空色の宝石のついた指輪をはめると、ピンク色のドレスに空色が映えてとても際立つ。

 まさかそこまで計算したとは思えないが、エリアスならないとは言えないのが恐ろしいところだ。


 色々複雑な思いを抱えていると、あっという間にエリアスが迎えに来てしまった。

 ただでさえ眩い美貌なのに正装で割り増しされた美青年に少しばかり圧倒されていると、その空色の瞳が楽しそうに細められた。


「とても似合っているよ、ノーラ。さあ、行こうか」


 誰よりも正装が似合っているのはエリアスだし、眩く美しいのもエリアスだ。

 褒められれば嬉しいものだが、やはり相手が圧倒的に麗しいと少しばかり釈然としない。

 ノーラはエリアスに手を引かれながら、婚約者が麗しすぎるのも考えものだな、と小さく息を吐いた。



「どうしたの、ノーラ。何か心配事?」

 馬車に乗るなりエリアスに尋ねられて、ようやくノーラは自分がため息をついていたことに気が付いた。


「いえ、そういうわけでは」

「何かあるなら、言って。ノーラの話なら、何でも聞くよ」


 隣に座っているエリアスがそう言って顔を覗き込んできたが、正装で割り増した美貌が至近距離にあるのは、結構な負担だ。

 とりあえず手で麗しい顔を押しのけながら、ノーラは再びため息をついた。


「まずは少し離れてください。エリアス様は自分の眩さというものを、もう少し理解した方がいいと思います」




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次話 ドレスの色に落ち着かないノーラに、エリアスが……?

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