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フローラ・コッコの気付き

「カルムの双子、来ているみたいよ?」


 フローラは『紺碧の歌姫』と共に楽屋に戻ると、気付いていないであろう友人にそれを告げた。



「今日は来ないって言ってた気がするんですけど。……フローラ、よく見つけましたね。歌の間は店内が薄暗いのに」

「私はピアノを弾いてるんだから、そんなの見えるわけないじゃない」


 しかも、楽譜を見るために少し明かりを使っているせいで、かえって周囲が暗く見える。

 フローラの位置からでは、楽譜とノーラ以外は最前列の客までしかよく見えない。


「じゃあ、何でわかるんですか?」

「女の子の店員が、ざわつきながら店内に出ていくからよ」


 貴族ならば、カルムの双子とノーラのまさかの婚約破棄模様を耳にしている。

 だから微妙に距離を置いてくるが、平民からすればただの双子の美青年侯爵令息だ。

 浮足立って騒ぐのも、仕方がない。


「確かに、顔は良いですからね。二人とも」


 納得してうなずいている様子は、完全に他人事だ。

 二人はノーラの歌を聴きに……つまり、ノーラに会いに来ているのだが。



 ノーラとエリアスが『お友達』を始めたのは良いのだが、どうも進捗が遅い。

 仲は悪くないし、相変わらずエリアスはノーラへの好意をひしひしと感じさせるのだが、彼女に十分に伝わりきっているとは言えない。

 様子を見ているフローラとしては、もう少し変化が欲しいところだ。


「ちょうど良かったです。話したいことがあったんですよね」

「あら。珍しいわね」

 ノーラから積極的に話があるなんて、これは一歩前進だろうか。


「慰謝料の件で、ちょっと」

 無駄に胸を高鳴らせてしまった、とフローラは後悔した。



 結局、今日も大した変化なしか。

 安心したような、つまらないような、複雑な気持ちのまま、置いておいた書類を手に取る。


 フローラはコッコ男爵家の跡継ぎで、今は経営も学んでいるところだ。

 父の事業は意外と手広いので、ただ爵位を継ぐだけではとても足りない。

 まずは手始めに、この店のお金の出入りを確認していたところだった。


「今日も経営の勉強ですか。フローラは将来を考えていて、偉いですよね」

「……ノーラは、将来を考えているの?」

 ちょうど良い質問なので返してみると、口元に手を置いて考え込んでいる。


「クランツ家は弟のペールが継ぎますし、やはりどこかに嫁ぐことになるのでしょうね」

「エリアス様は?」


 核心に迫ろうと尋ねると、ノーラは驚いたらしく何度か瞬きをしている。

「だって、お友達なだけですし。身分の差も酷いですし。顔が良いし。足も長いし」


 後半はよくわからないが、エリアスのことが嫌ではないというのはわかった。


「そんなの、エリアス様は気にしていないと思うけど。大体、既に一度婚約話を進めようとしていたんでしょ? まあ、ノーラは知らなかったみたいだけど」

「そうですけど。一度あれだけごたついたんですから、難しいんじゃないですか? それに」


「それに?」

「そんな上流貴族に嫁いだら、もう歌えないでしょう? ……それは、寂しいです。私の唯一の取り柄で、楽しみなのに」


 否定する理由は、それか。



 ノーラにとって、歌はお金を稼ぐ術であると同時に、大切な楽しみでもある。

 確かに上流貴族の妻が公衆の面前、それもお酒をふるまう店で歌を披露するなど、聞いたことがない。

 普通に考えれば、はしたない振舞いとして忌避されるのだろう。


「確かに『紺碧の歌姫』が歌わなくなったら、皆寂しいわ。……まぁ、そのあたりはエリアス様とよく話し合うのね」

「ええ。……ええ? いえ、話し合うも何も、別にエリアス様と何かあるわけじゃないんですけど」

「はいはい」


 はたから見れば、二人は友達以上恋人未満だ。

 だが、どうやらノーラに自覚はないらしい。

 どこの侯爵令息が、ただの友人でしかない男爵令嬢のバイトのために、毎回歌を聴きに来て送迎までするのだ。


 ノーラはバイトに明け暮れすぎて恋愛経験が乏しいのと、常軌を逸した婚約破棄騒動のごたごたのせいでエリアスはあれで普通なのだと思い込んでいるようだった。

 違うと教えてもいいのだが、これはエリアスが頑張るかノーラが気付くべき問題のような気がするので見守っている。


 決して、面白いからという理由だけではない。

 たぶん。



「やっぱり、お金のある平民の商人がベストな気がします。そのまま歌わせてくれそうですしね」

「――ええ?」


「まあ、伝手もないし、向こうにだって選ぶ権利がありますから、どうしようもないです。……せめて、私がもっと可愛い顔だったら、話も早かったんでしょうが。こればっかりは仕方ありません」

「何を言うのかと思えば……」


 ノーラは別に不美人などではない。

 絶対的美貌の持ち主ではないというだけで、人類を美人と不美人の二択で分けるとしたら、間違いなく美人の部類だ。

 特に歌っている時には魅力三割増しになるので、男性ファンも多い。


 だが、ノーラの自己評価は低い。

 もともと母親と弟の顔が整っているせいで、それより劣っているという思いがある。

 家の財政難とそれに付随するオシャレへの投資不足から、自信不足でもある。

 さらに最近では、美貌の双子が周りをうろついているせいもある。


 一度、ノーラを頭のてっぺんからつま先まで飾り立ててやりたい。

 絶対に、そこらの女には負けないはずだ。

 フローラのプロデュース魂が揺さぶられて仕方ない。

『紺碧の歌姫』の衣装だって、お古を手直しして着ている。

 薄暗い店内だからわからないが、そこそこ傷んできているのであれもどうにかしたい。


 ……違う、今はその話じゃなかった。



「ノーラも素敵よ? いえ、そこじゃなくて、ノーラはそんな理由で結婚相手が決まっても良いの?」

「もともと家のためにそうするつもりだったし、端くれとはいえ貴族なんだから、好きな人と結婚なんて夢見ていません。まして、うちは一応貴族という以外は何もないどころか、借金で貧乏ですし。うちの借金返済の足しになる人なら、ありがたいというくらいです」


 フローラは自分の眉間に皺が寄るのがわかった。

 何とも、困ったところばかり貴族の自覚があるものだ。


「じゃあ、借金の足しになって、歌を歌わせてくれる人なら誰でも良いの?」

「誰でもって。さすがにお父様より年上とかは遠慮したいですけど」


 なんて低い要望だ。

 それでは、世の男性は大体許容範囲ということではないか。



「ふうん、その程度なのね。……わかったわ」

「あ、ええと。ペールに申し訳ないから、家は出たいし。歌を歌って自立して生活できるのなら、それが一番良いんですけど。難しいのはわかっていますから」


 フローラの低い声に何かを察したらしいノーラが、慌てて説明を始める。

 だが、そんなことは問題ではない。


「――よくわかったわ。しっかりと伝えておく」

「伝える?」


「双子に何か話があるんでしょう?行ってらっしゃい」

「え、ええ」

 有無を言わせない笑顔に送られ、ノーラが楽屋を出ていく。



 ノーラはエリアスのことが嫌いなわけではない。

 だが、特別好きだということもなく、好かれているという自覚が乏しい。


 仮に自覚があったとしても、身分差や自信不足から、そのまま友人を続けかねない。

 これは、面白いからと見守っている場合ではなかったのかもしれない。

 明日にでもそこらの平民の商人にプロポーズされたら、うっかり受けてしまうかもしれない。

 この危機を、彼に伝えなければ。 


「……ノーラを見ていると、本当に飽きないわね」


 フローラは書類を机に置くと、ため息をついてお茶を飲んだ。

リクエストにお応えして、「婚約破棄されたが、そもそも婚約した覚えはない」の後日談を連載開始します。

主人公ノーラ以外の視点の短編連作のような感じです。


よろしければ、おつきあいください。

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