圧が強いです
「え?」
鳩が豆鉄砲を食らうという言葉があるが、今のメイド達がまさにそういう顔だ。
何とも麗しい豆ではあるが、あの豆はそれなりに油断ならないので気を付けていただきたいものである。
「ど、どうって」
「客人の望むもてなしをできなかったことを、他者に吹聴してどうするのかな。何がいけなかったのか検討して、次回に活かすべきだろう?」
エリアスが麗しい美貌で正論を言うものだから、メイド達は少し泣きそうになっている。
ノーラの言葉が刃の欠けた果物ナイフならば、エリアスの一言は美貌加算によって鋭利な槍の束に相当する。
あまりの武力の差に、メイド達が少しかわいそうになってきた。
「エリアス様、仮の話の割に圧が強いです」
ノーラが思わず指摘すると、きょとんとしたエリアスは、次いで微笑んだ。
その微笑みに、メイド達が歓声を上げたのは言うまでもない。
嗜められてすぐに感嘆の声を上げられるとは、情緒の動きが子供並みの速さである。
「ごめんね。ノーラがそんなことを言うはずないね」
「いえ。まだ味わっていないので、気に入ることも気に入らないことも不可能です」
それこそ万が一だが、メイドの淹れる紅茶が死ぬほど不味かったのなら、一言言わないとは限らない。
どちらにしても、紅茶を飲んでいない以上は、何の評価もしようがなかった。
「……へえ。今まで一度も?」
「だから、圧が強いです」
眩い笑みを一切崩していないくせに、圧だけを強めてくるとは一体どういう仕組みなのだ。
じろりとノーラが視線を向けると、笑みはそのままに妙な圧だけが消えた。
「ところで、エリアス様は何故ここに?」
宰相補佐として王城で日々学ぶなり働くなりしているのは知っているが、この部屋を訪れる理由がよくわからない。
仮に送迎だとしてもまだ早いし、何か用があったのだろうか。
「うん? ノーラに早く会いたかったから。せっかくだし一緒に休憩しようかと思ったんだけど……これじゃあ、難しいかな」
テーブルの上にはバイオリンとフルートの二人分の用意だけだし、メイドの横のワゴンに余分なティーカップもない。
少し残念そうに目を伏せるのを見たメイド達は、小さな悲鳴を上げている。
「お茶を飲みに来たのですか? それなら、座ってください。フローラも」
お茶の用意は二人分だったが、もともと室内にある椅子は四脚だ。
バイオリンとフルートの二人はずっと座ったままで様子をうかがっていたが、同じテーブルにエリアスが着席したことで、俄かに色めき立っている。
持参したワゴンをテーブルの横に着けると、紅茶を蒸らしながらティーカップを用意する。
パウラが念のためだと多めに載せてくれたが、ちょうど良かった。
今度は大きな皿にかぶせられていたクローシュを外すと、中から出てきた真っ白な円柱状のものに取り掛かる。
「ノーラ、それは何なの?」
「ケーキですよ。ちょうどクリームでコーティングされたばかりです」
フローラに答えると、ノーラは絞り袋を取り出した。
皿を回しながら全体にクリームでフリルを描くと、次にケーキの上部にクリームで薔薇をあしらう。
一通り飾り終えると、薔薇の間に苺を添えた。
「カットする前に、紅茶ですね」
七人分の紅茶を用意してテーブルに並べると、フローラの眉間に皺が寄っている。
「ちょっと。色々聞きたいことはあるけれど、まず何でこんなに紅茶が並んでいるの?」
「せっかくなら全員でお茶にした方がいいかと思いまして。あなた達もどうぞ」
メイドに声をかけてケーキカットのためにナイフを取り出していると、モジモジとして動かない二人の様子が目に入った。
何と、こんな時まで恥じらうのか……いや、今回はエリアスのせいか。
美貌の侯爵令息と同じテーブルの上にある紅茶を飲むというのは、少しばかり刺激が強いのかもしれない。
「……あ。なるほど」
彼女達は子爵令嬢と伯爵令嬢だと聞いた。
ということは、メイドとして云々とかエリアスがどうと言う前に、立ったまま紅茶を飲むこと自体がありえないのか。
何とも面倒くさい……いや、こういう地道な積み重ねが恥じらいを育むのかもしれない。
ノーラはナイフをワゴンに戻すと、ピアノのそばに行き、演奏用の椅子を持ち上げようと手をかける。
結構重そうなので、引きずった方がいいだろうか。
いや、高価な絨毯を傷つけるわけにはいかないから、ここはひとつ気合いを入れて持ち上げよう。
「俺が運ぶよ」
いつの間にかノーラの横に立っていたエリアスは、そう言うとあっさりと椅子を持ち上げてしまった。
「……ありがとうございます」
麗しい顔に騙されがちだが、やはり男性なので力はあるのか。
少しばかり感心しながら後ろをついていくと、ちらりと振り返ったエリアスに微笑まれた。
常に麗しいくせに、更に割増しで眩い笑みを送ってくるのは反則だ。
まったく、顔がいいというのは本当に困ったものである。
「座面が広いので、二人で座れますよね。どうぞ」
ノーラの勧めはどうでもいいのだろうが、椅子を運んできたのはエリアスだ。
さすがに無下にはできなかったらしく、二人はおとなしく並んで座った。
手を拭いて手早くケーキをカットすると、皿に乗せて差し出す。
すると、それを見たフローラがため息をついている。
「ねえ、ノーラ。何故クリームで薔薇を作れるのよ。しかもかなり上手じゃない?」
「そうですか? 街の菓子店でバイトした時に、山ほどクリームを絞りましたから、そのおかげでしょうか」
「本当に、どこでもバイトしているわね」
「繁忙期の菓子店は、狙い目ですよ」
本来はクッキーの包装などをする予定だったが、まかないでもらったケーキに余ったクリームを絞っていたら、何故かクリーム担当になったのだ。
絞れば絞るほど薔薇の形が整うのも面白かったし、バイト代も少し上乗せされて、まさに一石二鳥である。
「普通はね、クリームを絞っても薔薇にはならないのよ」
フローラは呆れた様子でケーキを口に入れ、エリアスは一口食べてにこにこと微笑んでいる。
「美味しいよ、ノーラ。特に紅茶の香りがいいね」
「この間もそうだったけれど、これ茶葉じゃなくてノーラの淹れ方の違いじゃない?」
「ありがとうございます。でも、ごく普通ですよ。メイド長の指導の通りにしただけですから」
バイオリンとフルートの二人もケーキを食べ、紅茶を飲んでは目を丸くしている。
さすがにこの状況で食べないわけにもいかないらしく、メイド二人も口をつけたかと思うと、顔を見合わせては何度も紅茶とケーキを見ていた。
どうやら、厨房でもらったケーキが相当美味しかったようだ。
後でパウラにお礼を言わなければ。
「ところで、ノーラはどこで食べるつもりなのかな?」
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