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見事な恥じらいに衝撃を受けました

 結構な量の荷物を載せたワゴンを押しながら、回廊を進む。

 何人かとすれ違って不思議そうな顔をされたが、それもそうか。

 メイドでもない人間がワゴンを押して歩いているのだから、違和感があって当然だ。


 だが、それでも首を傾げる以上のことが起きないのは、ひとえにノーラがごく普通の容姿だからだろう。

 メイド服を着てはいないが使用人には間違いない、という確信が生まれたのだろうから、なかなかのものである。


 これがアンドレアのような気品あふれる美女なら、こうはいかない。

 普通の容姿は、こういう時に面倒を減らしてくれるのでありがたいものだ。

 よくわからない自信を深めていると、ふと重大なことに気が付いた。


「あら。これは、恥じらい的にはどうなのでしょう」


 嫌がらせを気にせず自分でお茶を用意するのは、恥じらっているのだろうか。

 だが、おとなしく嫌がらせをされて泣いておくというのも何だか違う気がする。

 それは恥じらいというよりも、ただの泣き寝入りだ。


「……まあ、これから恥じらうということで、帳尻を合わせましょう」


 うなずきながらワゴンを押していると、目の前に黒髪の男性が立っている。

 急角度で曲がればそのまま避けられるが、ワゴンに載せたものが落ちても困る。

 少しスピードを落として避けようとすると、男性はこちらに近寄ってきた。



「ノーラ・クランツさんですよね?」

 まさか名前を呼ばれるとは思わず驚くが、これが公認歌姫になった知名度というものかもしれない。


「そうですが、何か御用でしょうか」

 黒髪に茶色の瞳、容姿はどちらかと言えば整っていると思うのだが、常日頃麗しい双子を見ているせいで、点が辛くなりがちな気もする。


 何にしても、見たことのない顔なのだから、知り合いではないはずだ。

 用件はわからないが、開口一番に文句を言われる可能性もあるのだと自身を戒める。


「その。私はノーラさんに好意を持っていまして」

「……はあ」


 これはまた、意外な方向から攻めてきた。

 褒めた後に貶すつもりなら、なかなか手が込んでいる。

 とりあえずは出方を見ようと、じっと男性を見つめた。


「よろしければ、私との将来を考えていただきたいのです」

「……それが、用件ですか?」

 思わず尋ねると、男性は少し照れたようにうつむきながらうなずいた。


 ――何と見事な恥じらいだろう。


 ノーラは衝撃を受けた。

 確実に今のノーラよりも、この男性の方が恥じらいの腕前が上だ。


 恥じらいというのは淑女の嗜みかと思っていたが、どうやら認識を改めなければいけないようだ。

 見て学べるものは学ぼうとじっと見つめていると、男性は気まずそうにノーラに視線を向けた。



「あ、あの。申し遅れました。私は、フーゴ・ポールソンです」


 ポールソン……聞いたことがあるような、ないような。

 少なくとも公爵家や侯爵家ではないことはわかるし、身なりと立ち居振る舞い、王城に入っていることからして、貴族であろうということが精一杯の推察だ。


「ノーラ・クランツです」

「知っています」


 それもそうか。

 うっかりした。

 どうやら、見事な恥じらいに多少動揺しているらしい。


「ええと、その。私は婚約者がいますので」

「それも知っています。それでも、諦められないのです」

 なけなしの恥じらいを総動員して静かに言ってみたのに、あっさりと弾かれてしまった。


「ですから、婚約者がいますので困ります」

「私の中に(くすぶ)るこの心を、どうかわかっていただきたい」


 わかるも何も、婚約者がいると言っているのだから、さっさと引いてくれないだろうか。

『勝手に燻ってください。さようなら』と口が動きそうになるのを、ぐっと堪える。


 恥じらう淑女は、勝手に燻れとは言わないはず。

 だが、ここから恥じらいつつしっかり断る術が見つからない。

 どうしたものかと困っていると、ふと背後に人の気配を感じた。



「こんなところで何をしているのかな、ノーラ」

 振り返ってみて見れば、紅の髪に橙色の瞳という派手な色彩に劣らぬ麗しい青年が立っていた。


「スヴェン様、こんにちは」

「あ、良かった。ちゃんと名前を憶えていてくれたね。久しぶりだから、忘れられたかと思ったよ」

 にこりと微笑んでノーラの隣に来ると、スヴェンはフーゴをじっと見つめた。


「ポールソン伯爵令息、だね。ノーラに言い寄っていたようにも見えたけれど、気のせいだよね?」

「いえ、あの。今日は失礼します」


 逃げるように立ち去るフーゴを見送るスヴェンの笑みは眩い。

 上位貴族は麗しい顔立ちが多いと思っていたが、気のせいか笑顔で圧をかけてくる人も多いような気がする。


 麗しいから圧が高いのか、上位貴族だから圧が高いのかはわからないが、どちらにしても一般貴族には威力が強すぎるので、少し抑えてほしいものだ。


「ノーラが一刀両断で断らないなんて珍しいね。もしかして、少しは心が揺れていた?」

「あと一歩で『勝手に燻ってください』と言うところでした。ありがとうございます、スヴェン様」


「礼を言う内容がおかしくない?」

 頭を下げるノーラを見ながら、スヴェンは楽しそうに笑っている。



「それで、こんなところで何をしているんだい?」

「ウルリー会……いえ、夜会の歌の練習で。お茶の用意を」


「……もう、メイドじゃないよね?」

「はい」

 ワゴンに載せられたティーカップとノーラを交互に見ると、何やら納得した様子でうなずいている。


「まあ、要は女性の嫉妬というやつかな? カルム侯爵令息と婚約したとなれば、そういうこともあるだろうね。ノーラは今、色々な意味で狙われやすいからね」

「そうなのですか?」


 エリアスとの婚約や公認歌姫の件で嫉妬されるというのはわかるが、狙われるというのは何なのだろう。

 気になってスヴェンの言葉を待っていると、にこりと微笑まれる。


「俺なら、君を守ってあげられるよ?」

「結構です」

 思わず即答すると、スヴェンは楽しそうに笑う。


「それは残念。いつでもいいから、気が向いたら教えてくれるかな。あとは、カルムによろしく言っておいて」

 ひらひらと手を振って立ち去るスヴェンを見送ると、ノーラは重大なことに気が付いた。



「……恥じらい、忘れていました」


 うっかり、スヴェンの申し出を即答で断ってしまった。

 断ること自体は問題ないのだが、断り方がどう考えても恥じらっていない。


 フーゴとのやり取りの頃までは何とか持ちこたえていたのだが、やはり恥じらいというものは難易度が高い。


「終わってしまったものは、仕方がありませんよね。次です、次」

 さっさと諦めて気を取り直すと、ノーラはワゴンを押して回廊を進んだ。




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次話 メイドの嫌味にノーラが意見を。そしてついにあの人が……!

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― 新着の感想 ―
[一言] もう相手を恥じらわせる方向に舵を切った方がいいんじゃないだろうか 何でも自分でやろうとせずできる人に頼るのも大事
[良い点] ポールソンさんには、見られたのがエアリスじゃなくてよかったねとだけ言っておこう。 貴族令嬢的な恥じらいは、たぶんノーラには無理だと思うなあ…
[一言] エアリス以外の言い寄ってくる人には、 恥じらいなんてポイ捨てして一刀両断で良いと思います。
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