わかってくれたようです
テーブルのそばにはメイド二人が控えているが、もしかしてノーラは不在だったので用意できなかったのだろうか。
いや、事前に何人来るかは聞いているだろうから、あえて用意していないということになる。
「あ、あの。これは……」
じっとテーブルを見るノーラに、何故かバイオリンの女性があたふたと慌てている。
対してメイド二人はにこにこと笑みを絶やさない。
一目で何をしたいのか丸わかりで実に芸がないが、一応確認はしておくべきだろう。
「あれはメイド二人がここでお茶を飲む、ということで間違いありませんか?」
「そんなわけないでしょう。私とノーラのぶんは用意したくないらしいわよ」
隣にやってきたフローラが忌々しそうに眉をひそめている。
「ということは、あちらの二人のぶんですね?」
視線を受けたバイオリンとフルートの二人は気まずそうにちらちらとメイドとノーラを見比べている。
この様子では、二人が指示したわけではないらしい。
「では、こちらはこちらで用意しますので、お気になさらず」
ノーラは部屋の入口に置いていたワゴンを押してテーブルの近くにいくと、紅茶の用意を始める。
メイドとしてアンドレアに紅茶を淹れること何十回以上。
普段は『どこまでいけるか白湯チャレンジ』をしているノーラも、さすがに茶葉の量が体に叩きこまれている。
温めたティーカップに紅茶を注ぐと、あたりにいい香りが立ち上る。
ついでにパウラがくれたクッキーを添えると、ノーラも椅子に腰を下ろした。
「ああ、王城の茶葉はやはり上質ですね。香りが違います」
堪能するノーラの横では呆れた様子でフローラも紅茶に口をつける。
「嘘、美味しい。ちょっと待って、何の茶葉なの?」
フローラはワゴンの上の茶葉の缶をしげしげと見つめる。
産地のラベルをじっと見ていたかと思うと、首を傾げながら缶を戻した。
「隣国ノッカの茶葉ね。確かに上質だけど、飲んだことはあるわ。……こんなにいい香りじゃなかったと思うけれど」
「さすがにフローラは詳しいですね。茶葉も取り扱っているのですか?」
「多くはないけど。……それよりノーラ、これ、本当にこの缶の茶葉?」
クッキーをつまみながらノーラはうなずく。
紅茶を淹れるところを見ていたのに、どうしたのだろう。
「それよりも、そろそろ練習を始めましょうか」
王城に集まったのは紅茶を飲むためではない。
ウルリー会までに仕上げなければいけないのだから、時間を無駄にはできない。
四人が動き出したことでメイド達は不満そうにティーカップを下げて退室した。
もちろん、ノーラが運んできたワゴンはそのままである。
せっかくだから一緒に下げてくれてもいいのだが、まあ練習の後にまたお茶を飲めるのでちょうどいいかもしれない。
「ピアノは基本的に伴奏だし、そこまで難しくはないわね。他の楽器との掛け合いの練習が主体かしら」
「歌は独唱もありますね。それにしても凄い歌詞ですが」
『男装の麗人ウルリーカ』の主人公が鍬を持って悪漢を撃退するとは聞いていたが、まさか鍬の刃のきらめきを歌うことになろうとは。
歌の世界も奥が深い。
「まずはノーラの独唱部分、聞かせてくれる? 全体の雰囲気を知りたいわ」
うなずくと、ノーラは大きく息を吸った。
鍬の力を舐めないで。
畑を耕すだけじゃない。
綺麗な畝を作れるし、草を取ることもできるの。
あなた達には負けないわ。
普段は土にまみれても、きらめく刃は陰らない。
「……やっぱり、何だか凄い歌詞ですね。まだ練習が必要です」
楽譜通りに歌っただけでは、この愉快な歌詞の持つ力にはまだ及ばない。
口元に手を当ててうなるノーラを、バイオリンとフルートの二人がぽかんと口を開けて見ている。
「どうかしましたか?」
「あ。ええと、その」
バイオリンの女性が何故かモジモジしているが、もしかして恥じらい中なのだろうか。
……いや、ノーラに対して恥じらっても仕方がないので、さすがにそれはないか。
「陛下に気に入られたからという言葉、撤回するわ。私も音楽を嗜む人間だもの。善し悪しがわからないほど馬鹿じゃないから」
その言葉の意味を理解したノーラは、ゆっくりとうなずいた。
「私の胸は皆無ですが、アンドレア様は豊か。わかっていただけて嬉しいです」
「いや、そうじゃなくて」
「男性ならばアンドレア様を選んで当然。私に惑わせる要素などない。純然たる事実ですが、こうして気持ちを共有できたのですから、きっといい演奏ができますね」
ノーラが手を差し出すと、二人は顔を見合わせて首を傾げた後に、ようやく手を重ねてくれた。
最後の一人であるフローラに目を向けると、何やら呆れた様子で眉をひそめているが、そのまま手を乗せる。
「では、ウルリー会! 皆で力を合わせて頑張りましょう!」
ノーラが高らかに叫ぶと、力ない声が後に続く。
「……ノーラは本当に、見ていて飽きないわよね」
フローラはため息をつくと、楽譜を手にピアノに向かった。
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