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王城のてっぺんを目指して

 愚痴と諦めを伝えると、トールヴァルドがお腹を抱えて笑い、その背をアンドレアがさすっている。


「そんなに面白い話でしたか?」

「凄く」

 ひとしきり笑って落ち着いたらしいトールヴァルドは、紅茶を飲んで深く息を吐いた。


「ほら、エリアスはあの家柄と容姿に加えて優秀だろう? それはモッテモテにモテていたが、つれない態度でね。幼少期の初恋を引きずっているのは知っていたけれど、まさかその子に再会して、二度目のひとめぼれをするとは思わなかった」


「確かに、幼少期の記憶をどこまで鮮明に保持しているのだと恐ろしくなりますね」

 ノーラという名前と歌声で気付くのだから、頭の構造がおかしい気がする。


「そっちじゃないよ。あいつが一人にあれだけ執着するとは思わなかったんだ。何せ女性に興味がないのかというあしらい方だったからね」

「ああ! なるほど。だから私が気になったのですね」


 合点がいったノーラは、自身の乏しい胸を見下ろした。何もない切ないこの胸部は女性を感じさせるにはあまりにも心もとない。

 それゆえに、女性にモテすぎて恐らくは飽きていたエリアスにも、違和感なく受け入れられたのだろう。


 理解はできるが、納得はし難い。

 不愉快な気持ちのままに眉をひそめていると、アンドレアに手で頬を挟まれ、顔を上に向けられた。



「何を見て納得しているのですか。そうではなくて、ノーラがエリアスにとって特別だということです」


 何か説得されている気はするのだが、目の前にアンドレアの豊満にして優美な胸部があって集中できない。

 豊かな胸でありながらも一切の下品さはなく、それどころか気品すら感じるのだから次期王妃の素晴らしさが胸に……いや、身に沁みる。


「アンドレア様。私はどうしたらきちんと恥じらえるのでしょうか」

「とりあえず、視線を胸から外しなさい。話はそれからです」


 豊満なアンドレアからしぶしぶ視線を逸らすと、ため息と共にノーラの頬を挟んでいた手が離れていく。

 それと同時に風に乗っていい香りが鼻をかすめ、何だか幸せな気持ちになった。


 視界の隅ではトールヴァルドが笑っているが、今は大事な教えを乞うところなので放っておこう。


「それで恥じらい、でしたか。そうですね。危機管理であり、思いやりであり、嗜み……でしょうか」

「難しいですね」


 言われていることはわからないでもないのだが、実行するとなるとこれが意外と大変だ。

 だが、一朝一夕で身につくものではないのだろうから、まずは取り組もうという意思が大切なはず。


「私、頑張ります」

「……ノーラの場合は頑張らない方がいいような気もしてきました」

 アンドレアが何やら呟いていたが、決意を新たにするノーラの耳には届かなかった。




 お茶会を終えたノーラは、そのまま勝手知ったる王城内を移動して厨房まで足を延ばしていた。

 先日まとめ買いした芋の調理法を相談できればと思ったのだが、声をかける前に背後から肩を叩かれた。


「ノーラじゃない! 久しぶりね!」

 王城でメイド勤務をしていた時の先輩だったパウラは、厨房の職人と同じエプロンをして微笑んでいる。


「パウラさん、お久しぶりです。今は厨房勤務なのですね」

 そういえば、そんなことをアンドレアが言っていたような気もするが、実際に見たのはこれが初めてだ。


「そうなの。でも、結構性に合っていてね。天職っていうのかしら」

「良かったですね」


 パウラはもともとメイドだ。

 もう少しでアンドレア付きになれそうだか、なりたいだか言っていたので、メイドの中でもそこそこ上の方だったはず。


 それがノーラとスヴェンを引き合わせたりしたおかげで、罰としてメイドから別の職に移動になったのだ。

 経緯はともかく、やりがいのある仕事に出会えたというのなら、ノーラとしても応援したい。



「昔、全職を網羅した伝説のメイドという人もいたらしいし、こうなったらそこを目指すのもアリだと思うのよね」

「全職、ですか?」


 王城内の職業というのならば、ノーラが知っているだけでもメイドに厨房に庭に服飾に警備と多彩だ。

 それをすべて経験するだけでも凄いのに、網羅するというのはさすがに無理だろう。


 となると、どこにでもあるおとぎ話の類か、あるいは使用人達を鼓舞する架空の話か。

 だが、パウラはどうやらそれを信じているようだし、こういう話も役に立つものである。


「どちらかと言えば、私もそういう方向の方が性に合っているのですが」

 王家公認歌姫として他国に打診されるなんて立場よりも、全職網羅するメイドを目指す方が楽しそうだ。


 だが、ノーラはエリアスを選んだし、歌うことも捨てたくなかった。

 その結果が公認歌姫なのだから、きちんと努めなければ罰が当たるというものだろう。


「頑張ってくださいね、パウラさん。私も頑張ります」

「そうね。互いに王城のてっぺんを目指しましょう!」


 何だか目標がおかしい気もしたが、気合いは伝わった。

 ノーラはパウラと固い握手を交わすと、帰りの馬車に乗り込んだ。




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次話 エリアスの一石二鳥は油断ならない……!

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― 新着の感想 ―
[一言] この伝説のメイドって現侯爵夫人では?
[一言] 表紙だとわかりにくいけど確かにイリスより小さいように見える 本文中の挿絵ならアンドレアが居たりして比較出来るのかな
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