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番外編 フローラ・コッコの楽しみ

「ノーラ・クランツ。話があるわ」


金髪の可愛らしい少女が、腰に手を当てて立っている。

フローラはその姿にピンときた。

きっと、彼女だ。




歌い終えてステージ袖にいた『紺碧の歌姫』は、その少女を見ると不思議そうに首を傾げた。

「……どなたですか?」

「あなた、いい加減に」

「冗談ですよ。お店で騒がないでくださいね、ソフィア様。……フローラ、奥の部屋を借りていいですか?」

「ええ、いいわよ。ノーラ」

『紺碧の歌姫』ノーラは、怒りの声をあげかけた少女を制すると、小さく手招きして店の奥へと連れて行く。


「……ノーラを見ていると、本当に飽きないわね」

二人を見送ると、フローラは店内に急いで戻った。





フローラの友人であるノーラ・クランツが夜会のど真ん中で婚約破棄をされたのは、もう半年も前のことになる。


後日ノーラに『婚約した覚えはないけど、婚約していたらしくて、婚約破棄されたらしい』という報告をされた時には、理解ができずに思わず笑ったものだ。

なんだかんだとあって、どうにかアラン・カルム侯爵令息との婚約は解消され、エリアス・カルム侯爵令息と『お友達』を始めたノーラ。

フローラは、その様子を見守っている。


友人として心配だったり、応援しているというのは当然だ。

だが、それ以上に見ていて面白いからというのは、内緒である。




「ソフィアが?」


灰茶色の髪の美青年二人が、息の合った声をあげる。

ノーラの歌が終わったので、ちょうど乾杯をし直していたらしい。

グラスをテーブルに叩きつける勢いで置き、椅子から立ち上がる動作まで、ピッタリと一緒だ。

さすがは双子とフローラが感心していると、空色の瞳の青年が険しい表情になる。

「その部屋に、案内してくれる?」

「勿論よ、エリアス様。そのために呼びに来たんだから。……アラン様、いけるかしら?」

檸檬色の瞳の青年もまた、表情が険しい。

「ああ、俺がまいた種だからな」




「――だから、あなたがアラン様に何か吹き込んだんでしょう!」

扉の向こうから、ソフィアの声が耳に届く。

だいぶご立腹のようだ。

「何か吹き込むのはソフィア様の特技でしょう? 私は何もしていませんよ」


ノーラの静かな返答に、ソフィアの眉間に皺が寄る。

ソフィアがアランに嘘を伝えたことで、夜会の真ん中での婚約破棄につながったとフローラは聞いている。

やはり、気まずいのだろう。

あの時のノーラの苦痛を思えば、それくらいは安いものだとフローラは思う。


「あなたとの婚約は解消されたのに、私とアラン様の婚約が進まないのはおかしいでしょう! 一体どれだけ私の邪魔をすれば気が済むのよ」

「ですから、何もしていませんよ。婚約話が進まないのなら、何か非があるのでは?」

「何ですって!」

「――そこまでだ」



エリアスがそう言って扉を開けると、ソフィアは怪訝な表情となり、すぐに可愛らしさを前面に出した令嬢の顔になった。

その一瞬の顔芸に、フローラは感心しきりである。

「アラン様!」

倒れこむようにアランの腕に飛び込む様は、もはや職人芸。

何も知らなければ、ノーラにいじめられていたと言われても信じてしまいそうだ。

だが、アランが避けたために、ソフィアは危うく転びそうになっている。


「ソフィア。ノーラに何の用があって来たんだ?」

「私達の婚約の邪魔をしているのは、この人でしょう? それをやめてもらおうと思っただけです」

「邪魔か。……ソフィアは俺と結婚したいのか?」

「勿論です」

アランの問いに、ソフィアは即答した。

「俺が、カルム侯爵家を継がなくても、か?」



「は、――え?」

間の抜けた声を出すソフィア。

「エリアスは縁談を断って他の女性に求婚する時に、爵位を辞退した。だから、俺が継ぐことになったのは、知っているな?」

「ええ。だから、次期侯爵はアラン様ですよね」

「だが、俺はそもそも爵位を継ぎたいわけじゃなかった。次期侯爵の条件でもあった縁談はとっくに破談になっているし、何も俺である必要はないんだ」

「……どういうことですか?」


「白紙に戻すだけだよ。それでも、俺と結婚したいか?」

「――まさか。あの噂は、本当に?」

驚きのあまりソフィアが固まる。

そこは、嘘でも『アラン様をお慕いしています』とでも言ってあげればいいのに。

侯爵夫人になるという熱意のあまり、正直な声が出たのだろう。

演技の上手いイメージだったが、意外と粗が出るものだ。

予想はしていたのだろうが、わかりやすいソフィアの態度にアランも苦笑する。



「……そういうことだ。ソフィアが結婚したいのは、俺じゃなくて次期侯爵。俺はお役御免というわけだ」

それまで成り行きを見守っていたエリアスは、ねぎらうようにアランの肩を叩くとソフィアに視線を移す。

「君はアラン以外にも複数の貴族令息に声をかけているね。それも、後継ぎばかりに」

「そんなこと」

「今後、カルム侯爵家とノーラに関わらないことだ。もし関わればどうなるか……わかるね?」

エリアスの美貌と笑顔が、今は恐怖を増す要素にしかならない。

ソフィアは青くなった顔色のままうなずくと後退り、部屋から飛び出していった。




「……あんな感じで、良かった?」

エリアスは先ほどの威圧感が嘘のような、穏やかな口調に戻っている。

「エリアス様の怖さが活かされて、良い感じでしたよ」

「ノーラ、それ褒めてるの?」

エリアスは不満そうにノーラを見る。

実際、圧力をかけるのなら普段穏やかなエリアスの方が、ギャップが効果的だ。


「ソフィアは上流貴族の妻になるのが目的だから、侯爵家に逆らってまでアラン様を追いかけないわ。次に支障が出るもの。次期侯爵じゃないアラン様は、彼女にとって価値が無いんだから」

フローラが事実を告げると、アランがうなだれた。

「フローラ、言い過ぎです」

「あら、失礼」

ノーラにたしなめられて一応謝罪すると、アランは首を振った。


「いや、その通りだ。君がソフィアの交友関係を教えてくれたおかげで、早く対応できた。感謝する」

夜会でノーラに婚約破棄を告げていた時には、何て憎らしい俺様貴族だと思っていたが、殊勝なことを言うではないか。

失恋は、男を成長させるのかもしれない。


「食事の場というのは、口が軽くなるもの。まして、お酒が入ればね。……『紺碧の歌姫』のおかげで貴族の客が増えていたのも、運が良かったわね」

レストランで、とある貴族令嬢が後継ぎを渡り歩いている噂を聞いたフローラ。

ノーラの歌を聴きに来ていたカルム侯爵令息二人に、たまたまその話をしたのが始まりだった。


事実を知ったアランは多少落ち込んだものの、うすうす勘づいてはいたらしく、意外と早く立ち直った。

ソフィアとの婚約を考え直そうと思っていたところに、両親から本当にソフィアでいいのかと問われたのも大きかったようだ。

侯爵家は次期侯爵夫人の可能性があるソフィアを、当然調べたのだろう。

自分で妻を見極められないようなら、爵位を継ぐ資質もないという事らしい。

そのままソフィアと婚約すると言えば、アランは次期侯爵ではなくなったのかもしれない。

そこでソフィアと別れると言ったアランに待ったをかけたのが、フローラだった。




「噂通りの人物なら、後継ぎの侯爵令息を手放すとは思えない。別れ話をしたら、またノーラを逆恨みする可能性が高いわ」

既に、勝手にノーラを邪魔者扱いして色々やらかしてくれているのだ。

「だが、ソフィアと結婚はできない。個人的感情を抜きにしても、貞淑さに欠ける女を侯爵夫人にするわけにはいかない」

「意外とまともなことを言うわね」

「……俺を何だと思っているんだ」

アランの抗議は聞き流すと、フローラは笑った。

「だったら、次期侯爵じゃないアラン様になればいいのよ」




「それにしても、本当に次期侯爵でなくなる必要はなかったのに」

「ええ? あれは嘘じゃなかったんですか?」

ノーラが驚きの声をあげる。

ソフィアが別れ話を受け入れやすくするために、次期侯爵ではなくなったことにすればいいと言ったのはフローラだ。

だがまさか、本当に白紙にしてくるとは思わなかった。


「フローラの話を聞く限り、ソフィアの後継ぎ問題に対する情報力は凄まじい。その場しのぎで嘘をついても、すぐにばれるだろう」

実際、ソフィアの耳にも噂は届いていたようだったので、アランの対応は正しかったのかもしれない。



「そうなると、しばらくの間は次期侯爵は白紙か。父上も馬鹿息子達には困ったものだと笑っていたよ。……アランがさっさとちゃんとした女性と結婚して、侯爵を継いでしまえば話が早いんだが」

侯爵家の後継ぎを心配するエリアスに、アランは首を振る。

「しばらく、女性はいいよ。もともと俺は継ぎたかったわけじゃないし……それに、さっさと結婚して継げばいいのはもう一人いるしな」

そう言って、アランはエリアスとノーラを見てにやりと笑った。


「もう一人……?」

ノーラは何度か瞬くと、エリアスと顔を見合わせる。

アランの言いたいことがわかったらしく、ノーラの頬が微かに赤く染まる。

これで『お友達』だというのだから、先は長いような、短いような。



「……ノーラを見ていると、本当に飽きないわね」

フローラはため息をついた。

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― 新着の感想 ―
[一言] 面白かったです。 アランも実は素直で良い人だったのも良かった。 アランがノーラの事を好きになって、もっとドロドロになる展開かと思いましたが、無駄に話を引っ張らずにハッピーエンドになって良かっ…
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