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鍬に向ける決意

「いらっしゃい、ノーラちゃん! ケーキは好き? 苺がたっぷりで美味しいわよ? それともクッキーの方がいいかしら」

 カルム侯爵邸を訪れて部屋に入った瞬間、金髪碧眼の美女が眩い笑顔で迎えてくれた。


「こんにちは。ええと、その。ケーキをいただきます」

「堅苦しい挨拶はいいのよ。さあ、座ってちょうだい」


 控えていた使用人に何やら指示を出すと、カルム侯爵夫人……フェリシアはノーラを手招きする。

 名門侯爵家に婚約の挨拶に来たはずなのだが、この砕けたお誘いは一体どういうことだろう。


 個人的には気楽だが、時と場所と相手を考えると混乱してしまう。

 どうしたものかとエリアスに視線を移すと、フェリシアに劣らぬ眩い笑みが返ってきた。


「母さんは自由だから、あまり気にしないで。座ろう、ノーラ」


 促されるままにエリアスの隣に座るが、正面にはカルム侯爵夫妻がいる。

 前を見ても横を見ても麗しいという奇跡の事態に、ノーラの中の美貌メーターが狂いそうだ。


 カルム侯爵家といい。国王であるトールヴァルドやその妃となるアンドレアといい、上位貴族は麗しいという決まりでもあるのだろうか。

 遠目に眺めるぶんには眼福だが、こうも接近すると眩さが目に痛い気さえする。



「フェリシアは極端だが、緊張しなくていいよ。それよりも、君には色々迷惑をかけただろうが、本当にこの馬鹿息子でいいんだね?」

 イデオン・カルム侯爵もまた結構な口ぶりだが、これはもうこういうものなのだと受け入れた方が早い。


「はい。どちらかというと、私の方が釣り合っていないので申し訳ないのですが」


 名門侯爵家の美貌の令息で宰相補佐を務める優秀な人物に対して、貧乏男爵家の令嬢が嫁ぐのは普通ではあり得ない。

 一応、王家公認歌姫という御立派な肩書をいただきはしたが、それでも不足分を補うには足りないだろう。


「そのあたりは気にしなくていいよ。エリアスが跡を継ぐ気になったというだけでもお釣りがくるのに、公爵家とのつながりを作り、果ては宰相補佐にまでなるとは。それもすべて君の影響だからね。十分すぎるくらいだよ」

「それは、エリアス様自身の力では」


 公爵家との橋渡しをしたわけでもないし、もともとトールヴァルドに宰相補佐の話はされていたらしいから、ノーラがいようといまいと結果は同じだった気がする。


「だとしても、使う気はさらさらなかった。それを奮起させたのは、間違いなく君だ」


 イデオンとフェリシアが共に微笑んでいるが、ちょっと眩しいのでほどほどにしてほしい。

 自身も伴侶も息子も麗しいので加減がわからないのだろうか。



「それに、聞けば君が初恋の女の子だったんだろう? エリアスの執念の勝利だね。私達が何を言ったところで君を手放すことはないだろうから、覚悟しておくといい」


 眩いのに腹黒い笑みはエリアスにそっくりで、血のつながりを感じさせる。

 何となくだが、エリアスはイデオン似、アランはフェリシア似のような気がした。


「あまりノーラをからかわないでくださいよ」

「本当のことだろう。それとも、反対してほしいのか?」

「反対されたところで、従いませんが」


 美貌の親子の微笑みが麗しくて怖い。

 こんな時はどうすればいいのだろうとフェリシアの方を見てみると、美味しそうにケーキを頬張っている。

 あれが正解なのかもしれないが、ノーラには難易度が高い。


「以前は反対されたら平民になっても構わないと言っていたのに、変わったな」

「ノーラが安全に歌うためには力も必要だと身に沁みましたので。使えるものは使います」


 イデオンの言葉も衝撃だが、それ以上に眩い対決に目が限界を訴えてきた。

 少し顔を背けて瞼をマッサージしてみるが、目を開けたら眩いので効果は一過性でしかない。


「ノーラ、どうしたの?」

「いえ。眩いので目に疲労が。気にしないでください」



「イデオン様もエリアスも堅苦しいし小難しいのよね。ケーキを食べましょう、ノーラちゃん。美味しいわよ」


 フェリシアに勧められ、ノーラもフォークを手にする。

 どうせ眩いのだから、諦めて慣れるしかない。

 ひとまずは美味しいものでも食べれば元気が出るだろう。


 一口頬張れば、ノーラの口の中には幸せが舞い降りた。

 滑らかなクリームに、しっとりとして柔らかいスポンジ。

 苺は程よい酸味でクリームとのバランスもいい。


「人生最高のケーキに巡り合いました……」


 やはり侯爵家ともなると、ケーキ一つでも質が段違いだ。

 みっしり詰まって固いクランツ家のケーキも好きだが、このケーキの幸福度はとんでもない。

 うっとりと目を閉じて幸せをかみしめていたノーラは、ふと視線を感じて目を開ける。


 すると、麗しいカルム御一行様がきょとんとこちらを見ていた。

 うっかり幸せを口に出してしまったと気付いたノーラは慌てるが、そこにイデオンの笑い声が響いた。


「そうか、人生最高か。エリアス、おまえケーキに負けたんじゃないか?」

「ご安心を。人間で一番を目指していますので」

「そうでしょう? さあ、もっと食べてちょうだい!」


 再び笑みを交わす父子に構わず、フェリシアの指示でノーラの前にケーキが並ぶ。

 勧められるままにケーキを二つ食べ終わる頃には、ノーラのお腹は限界を訴えていた。



「そうだ、ノーラちゃん。今度王城で『男装の麗人ウルリーカ』の催しがあるのよ」

「フェリシア様の好きな小説でしたよね」


「そうよ。それで、巷での人気を受けて、次期王妃にご紹介という形で夜会が開かれるの。当初は朗読を考えていたみたいだけれど、ノーラちゃんという公認歌姫が誕生したわけだし、せっかくだからウルリーカの一場面を歌にしてはどうかと思って!」

 それはつまり、小説を歌って表現する演劇のようなものだろうか。


「ですが、私は演技をしたことがありません。それに陛下から特に何も話を聞いていませんが」

「本当は演技込みがいいけれど、時間がないからそれは諦めているわ。代わりに衣装と小道具を持って歌ってくれればいいから。私が全力で後押しするから、任せて!」

 どうしたものかとエリアスを見れば、困ったように微笑まれた。


「そういう催しを企画していて、ノーラの公認歌姫としての初仕事にしようという話は聞いている。今日話そうと思っていたんだが……内容はまだ決まっていないはずだけど」


 宰相補佐であるエリアスがこういうのだから、本当に未定なのだろう。

 だがカルム侯爵夫人が全力で押してしまったら、実行するしか選択肢がないような気がする。



「やっぱり、(くわ)を持って悪漢を撃退するシーンがいいと思うの。見栄えもするし、鍬を持つノーラちゃんは、きっと素敵よ!」


 将来の姑に鍬を持つ姿が素敵と言われるのも微妙ではあるが、フェリシアに悪気はないどころか好意しか感じない。

 ここはひとつ、望まれたものを完璧にこなして喜んでもらいたい。


「わかりました。私で良ければ。拙い鍬さばきではありますが、頑張ります」

「ありがとう、ノーラちゃん!」

「……いや。小道具に鍬もどうかと思うし、振り回す必要はないよ」


 イデオンの言葉を完全に無視したフェリシアはノーラの手をしっかりと握りしめて感謝を伝えてくる。

 至近距離での美女の微笑みと謝礼の言葉は、ただのご褒美だ。


 未だ正式には依頼されていないが、ノーラは鍬を持って立派に歌おうと心に決めた。




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