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恥じらいって、何でしょうか

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「恥じらいって、何でしょうか」

 ノーラが真剣に尋ねると、楽譜を手にしていたフローラの動きが止まった。


「何なの、その質問」

 フローラは眉をひそめながら、ノーラに楽譜を何枚か手渡す。


『紺碧の歌姫』として歌った曲も増えてはきたが、世の中にはまだまだノーラの知らない歌がある。

 知っている歌でもアレンジを変えれば一から憶えることになるので、こうして楽譜を受け取るときは自然と緊張するものだ。


「アンドレア様に言われました。貴族令嬢としての言動や行動は経験不足があるものの、大きな問題はないそうです。あとは、ちょっと大袈裟に恥じらうようにすれば、かなりの部分が解決するのだとか」


 アンドレアは生粋の侯爵令嬢であり、じきに王妃となる高貴な女性だ。

 まさに貴族女性としてあるべき姿を具現化したともいえる存在。

 せっかくアドバイスをもらったのだから、是非とも活かしたいところである。


「ああ、うん。まあ、言いたいことはわかるわ。確かにノーラはちょっと男前というか、いわゆる女性のなよなよした部分が少ないものねえ」


「なよなよ。……それが、あるべき恥じらいの姿でしょうか」

 なよなよというと、か弱くて儚げなイメージだ。

 自分で言うのもなんだが、ノーラの真逆と言ってもいいだろう。


「今からなよなよしようにも、圧倒的に経験不足ですね」

 何ひとつか弱くないし、儚い要素も持ち合わせていない。

 なよなよ方向から恥じらいを責めるのは、かなり難しそうだ。



「別に、なよなよすればいいってことじゃないわ。大体、なよついたノーラなんて、ノーラじゃないし。それに、なよなよしたご令嬢は木箱で果物を運べないわよ?」


「それは困ります。特売日に大量購入するのが一番効率のいい方法ですから」


 借金こそなくなったものの、クランツ家が貧乏であることに変わりはない。

 特売日に果物を大量購入し、それをジュースやジャムに加工して売りさばくのは、ノーラの日常だった。


「効率とか言っている時点で、なよなよからも恥じらいからも離れているのよねえ」

「でも、材料費との兼ね合いで、特売日は譲れません」


 どうせ作って売るのならば、利益が高い方がいいに決まっている。

 固い意思を伝えると、フローラは楽譜を置いてため息をついた。


「譲らなくてもいいし、効率重視は賛成だけど、なよなよと恥じらいからは遠いのよ」



「それはつまり、私に恥じらいは無理ということでしょうか。確かに、頑張ってもどうも不足している気はします。カルム侯爵夫妻の前でスカートをめくって池をジャンプしましたし」


「……何がどうなると、そんな事態に陥るのよ」

「ちょっと帽子を助けようとしただけです。それに、本当は裸足になりたかったのですが、ぐっと恥じらって靴のまま飛びました」


 ノーラとしては当時最善の策のつもりだったが、よくよく考えるとやはりよろしくない。

 それを証明するように、フローラの眉が顰められていた。


「裸足よりはマシだけど、靴でジャンプもまったく恥じらってはいないわね」

「やっぱりそうですよね」

 エリアスもかなり引いていたし、恥じらいの欠片もないことは確かだ。


「救いは、フェリシア様には意外と好評というところでしょうか」

「カルム侯爵夫人でしょう? 好評って何?」


「本の主人公が池を飛び越えるシーンが好きだとかで。ええと、何でしたっけ。男装の何とか……」

 確か本の題名を聞いた気はするのだが、何せそれどころではなかったのであまり記憶にない。


「『男装の麗人ウルリーカ』? 最近、貴婦人の間で大人気の小説ね」

「ああ、そんな名前でした。よく知っていますね、フローラ」

「流行り廃りを知るのも、商売には必要なの」


 なるほど、さすがである。

 日々ジャムにジュースにポプリを作っては売っているノーラとは、視点が違う。



「まあ、読んだことはないんだけど。何でも、男装の麗人が大活躍らしくて、どちらかというとヒーローとして好まれているみたい」


 男装の麗人というからには、主人公は女性だろう。

 フェリシアの話では鍬を振り回すこともあるようだが、それでも好まれるというのは不思議である。


「恥じらいがなくても好まれるのですね」

「まあ、物語だからね。自分達にはできないことを求めているんじゃない?」


 なるほど、普段自分たちは淑やかに恥じらいを持って生きているからこそ、それをものともしない存在を楽しめるということか。


「何にしても、今後はもう少し恥じらいを持てるようにしないといけません。……とりあえず、明日の芋の特売が終わったら考えます」

「……うん。無理なんじゃないかしら」


 フローラはノーラの持っていた楽譜を取り上げると、何やら書き足して戻す。

 どうやら少しアレンジを変えるらしいので、間違えないようにしっかりと憶えなければ。


「フローラはいいですよね。自然な恥じらいが可愛いです。アラン様とはその後どうですか?」

「ど、どうって。普通よ、普通! 今度カルム侯爵家に挨拶に行くわ。ノーラもでしょう?」

「そうでした。それもありました」


 頬を染めるフローラを堪能している場合ではなかった。

 既に会っているとはいえ、さすがに緊張する。

 ここで『やっぱり息子には相応しくない』と言われでもしたら……納得である。



「そういえば、ノーラの噂、聞いた?」

「何ですか? 清き歌姫、汚い金の次は何です? そろそろ尊いとか言い出しました?」

 もちろん冗談で言ったのだが、フローラは真剣な顔でうなずいた。


「そんな感じよ。建国祭の歌姫の声に魅了された各国が、引き抜こうとしているとか。国王に打診している国もあるとか。その歌声は神をも癒すとか」


「それはまた、大袈裟ですねえ」

 歌を気に入ってくれたのなら嬉しいが、いくら何でも言いすぎだ。


 噂に尾ひれがついて立派な魚になって勝手に泳ぎ出したらしい。

 どこまで泳ぐのかは知らないが、今は魚よりも明日の芋の方が大切だし、まずは今夜の歌が優先だ。


 ノーラは楽譜をテーブルに置くと、『紺碧の歌姫』の出番のため、楽屋からお店の中に向かった。




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― 新着の感想 ―
[一言] 過剰な恥じらいは貧乏生活には不要だからねぇ お偉いお貴族様基準からすれば足りてないだろう
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