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婚約破棄されたが、そもそも婚約した覚えはない

 

 ノーラ・クランツは後悔していた。



 男爵令嬢のノーラは滅多に夜会に出掛けない。

 貴族の友人が多くない上に社交に力を入れていないので、招待される数が少ないということもある。

 貴族とは名ばかりの貧乏男爵家ゆえに、ドレスを新調できないというのもある。

 だが、一番の理由は面倒くさいからだ。


 何を着るとか、何を話すとか、誰と踊るとか踊らないとか。

 どれもこれも面倒くさいからだ。

 そんなことに時間を割くくらいなら、服を繕ったり、バイトをしたりしたい。

 貧乏暇なしとはよく言ったもので、ノーラもなかなか多忙だった。



 その日は数少ない友人の誘いで、久しぶりの夜会だった。

 主催は誰だったか覚えていないが、事業が上手くいったお祝いだとかで、なかなか盛大な規模の集まりだった。

 つまり、かなりの人数が参加していた。

 そんな衆目の中、灰茶色の髪に檸檬色の瞳のなかなかの美青年が、ノーラの前に立ちはだかった。

 金髪の可愛らしい少女を傍らに連れた青年は、避けて通り抜けようとするノーラに向かって叫んだ。



「ノーラ・クランツ。おまえと結婚はできない。婚約を破棄する!」



 水を打ったように夜会の喧騒が静まる。

 沢山の招待客が、さっきまでの賑やかさが嘘のように動きを止めて、こちらに注目している。

 三角関係か略奪愛かなどとささやく声も聞こえる中、ノーラは口を開いた。



「あなた、どなたですか?」



 その言葉に、灰茶色の髪の青年が少女を背にかばう。

「彼女を傷つけるのは許さない」

 はたから見ると姫を守る騎士のごとき麗しい光景。

 だが、後ろの少女が明らかにこちらを見下した笑顔を浮かべているので、絵面がいまいちだ。

 あの子性格よろしくなさそうだなと思いつつ、首を振った。


「いや、そっちじゃなくて、あなたのことです」

 ノーラが視線で青年を示すと、彼は眉根を顰めた。

「婚約者になんて態度だ。失礼だろう」


 衆目の中で婚約破棄とか言い出している時点で自分の方が失礼だろうに、そこはポーンと気前よく棚に上げたらしい。

 どうも話が通じないので、ノーラはさっさと切り上げようと決めた。


「婚約破棄は構いませんが、ひとつ聞きたいのですが」

「はっ。侯爵家に未練が出たか? 今更殊勝にしたって遅い。婚約破棄の書類はもう提出してある」

 青年はどうやら侯爵家の人間らしい。

 どこまでも上から目線なのは、そのせいだろうか。

 勝ち誇ったように言う青年に、ノーラは首を傾げた。



「そもそも婚約した覚えがないのですが。……あなた、誰ですか?」



 夜会の会場が再び、しんと静まり返った。

 どこか遠くから、スプーンか何かを落としたらしい金属音が聞こえる。

 事態が理解できずに誰も動けない中、一人の青年がノーラの前に歩み出た。

 婚約破棄と騒いでいる青年と瓜二つの相貌。

 青年は、ノーラの前にひざまずくと顔を上げた。

 灰茶色の髪と顔立ちは全く一緒だが、瞳の色は明るい空の色だった。



「ノーラ・クランツさん。私と婚約してくれませんか?」



 そう言うなり、空色の瞳の青年はノーラに手を差し伸べる。

 周囲から黄色い声と息を呑む音が聞こえる。

 ノーラはしばし瞬いて、深いため息をついた。



「お断りします」



 ああ、やはり夜会になんて来るんじゃなかった。

 ノーラ・クランツは後悔していた。



第八回ネット小説大賞受賞した「婚約破棄されたが、そもそも婚約した覚えはない」ですが、2021/6/11に宝島社から発売が決定しました!

詳しくは、活動報告をご覧ください。

(顔がいい双子の顔が、本当にいいので……!)


これも読んでくださる皆様のおかげです。

ありがとうございます。



既に発売中の「残念令嬢 〜悪役令嬢に転生したので、残念な方向で応戦します〜」と、


連載中の「契約外溺愛 ~呪われ猫伯爵に溺愛宣言されたが、勘違いする乙女心は既にない。……いえ、取り戻さなくて結構です!~」も、

よろしくお願いします!



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