ドングリ池の噂
「……大丈夫かい?」
その声に、リスは自分を助けてくれた大きな獣の正体をよく見ようとします。
「え……、クマ!?」
彼らを大胆な跳躍で地上へ運んでくれたのは、なんとあの怖がりのクマでした。
「嘘だろ? あの怖がりのクマなのか!?」
リスは目をぱちくりとさせて、彼の身体をあれこれ遊ぶ様に触れます。しかしクマは全く怖がったりはせず、くすぐったくて照れる様子を見せました。
それから照れる自分をちょっと忘れる様に、無心に戻ってしまいます。
「──恐怖なら巣に置いて来たよ」
クマはオオカミ達の前で、彼の言葉とは思えない気障な言葉を並べました。
「うわ、なに、カッコつけちゃって……!」
「でも事実、カッコいいと思うよ、今のクマ」
オオカミは助けに現れてくれた彼を頼もしく思いました。もう怖がりだったクマの面影は何処にもありません。何がクマを急に此処まで変えたのか、それは後の言葉で分かります。
「僕だけじゃない。他にもかけつけてくれる友達が居た。だから助けに来れた」
クマがそう云うと、彼の背後にはキツネやコマドリを始め、この森に住む色々な動物達の姿が見えました──。
※ ※ ※
「何で皆が?」
リスはクマに付いて来た動物達の皆を見て驚いています。
「クマから事情を聞いて、他人事じゃないと思ったの」
キツネがリスの疑問に答えてあげました。
「リスが何かとんでもないイタズラをするんじゃないかって思ったから」
「リスって、よくトラブルを起こすもん」
それから後に続いて、森の動物達の各々がそう答えます。そんな答えにリスは苦笑いを浮かべていました。
「……それはもういい加減に反省します」
「ほんとに?」
「多分」
「……はぁ」
リスの曖昧な答えに動物達は皆、溜め息をつきました。
「……それでも何で、おいらを助けてくれたんだ?」
そもそもリスは、自分に助ける理由が無いと思っていた様で、助けてくれた理由を訊ねます。
「何かイタズラされようが、私達、友達じゃないか! 友達ならピンチの時は助ける! これ大事!」
コマドリは笑顔でそう答えました。
「コマドリ……」
リスはコマドリの言葉に涙を流しました。
其処へオオカミが一歩前に出て来ます。
「あの。助けてくれて、どうもありがとう」
彼は改めて、クマ達にお礼を言います。
「いやいや、こちらこそ仲間のリスが悪い事をして、ほんとにすまなかった……」
クマは動物達の誰もが思っている事を代表して云い、リスの非礼を詫びようとします。
それから動物達は皆、ゴメンなさいとオオカミに向けて頭を下げます。
「待って」
そんな動物達の行動に、リスは呼び止めます。
「謝らないといけないのはおいらだけだ。こんなに迷惑を掛けたんだから……」
リスは真剣な表情を浮かべて、森の動物達に頭を下げます。そして──
「ゴメンなさい……」
オオカミに向けて、大きく頭を下げて謝りました。
「うぅん、気にしてないよ」
オオカミはもう、此処までリスと一緒に居た事、そして今は大勢の動物達と一緒に居る事が何より嬉しいのです。
「お詫びに、オオカミさんの手助けをしよう」
クマはそう提案します。
「……元の森に帰りたいんだっけ?」
「逆さ虹の森じゃないの?」
これまでずっと一緒に居たリスでも、オオカミは逆さ虹の森の何処かの動物だと思っていた様です。それにオオカミは首を横に振って答えます。
「うぅん、逆さまの虹なんて初めて見たよ……」
「……元は何処の森なの?」
キツネは首を傾げて、オオカミに訊きました。
「──"スギの森"」
オオカミの元の森は、杉の木が多くあるのが特徴です。
逆さ虹の森も自然はとても綺麗ですが、それに負けじと、とても綺麗な川と杉の豊かな緑で囲まれている様です。
「……知らない」
「何処? それ??」
「分からない……」
しかし此処に居る動物達は、誰も"スギの森"を知らなかったのです。
「困ったな。此処に居る皆、誰一人も知らないとは……。何か良い方法ない?」
それからその場に居る皆が頭を捻って考えました。
「あるじゃないか」
先にキツネが良い提案を思い付いた様です。
「なになに?」
「この森にある"ドングリ池"の噂」
その答えに、その場に居るオオカミ以外の動物達の皆は、忘れていた事をやっと思い出した様に納得した声を上げます。
「あぁ、あれか」
「! それって……」
ただ一匹、その噂に詳しいリスは少し険しい表情を浮かべます。
「ただの噂なんだから、叶うかどうかは分からないじゃない!」
「それに詳しいリスでも分からないの?」
リスは久し振りにイタズラっぽく笑って答えました。
「あれって、実は運で決まって、願いが叶わない場合もあるよ」
「嘘……」
その答えに動物達は皆、凄く驚いた表情を浮かべます。
「……でも、やってみる価値はあると思う」
オオカミは真剣な表情を浮かべて頷きました。
「やるの??」
「……オオカミ君、この方法は確実に帰れるとは限らない。帰れない場合もあるという事だ」
クマはオオカミに助言します。しかしオオカミに迷いは無かった様です。
「他に、方法は無いんだよね?」
「そうだけど……しかしそれでも僕達は、他所の森から来た客である君に、出来るだけの手助けはするつもりだ」
「……うん、ありがとう」
※ ※ ※
「──じゃあ、始めよう」
オオカミと森の動物達は皆、ドングリ池に移動していました。
そしてリスがその場で先導して、オオカミはドングリ池で願いを叶えて貰う為の準備をしています。
オオカミの少し開いた口には、一つのドングリが見えます。
「先ずは、願いを頭の中で確り浮かべるんだ」
リスはオオカミにそう促します。
「それからその銜えているドングリを──池に投げ込んで!」
オオカミは云われた通りに、銜えていたドングリを池に投げ込みます。
「よし、最初に浮かべていた願い事を強く願うんだ!」
オオカミは振り返っていました。
この森に来てからの事、リスに出会って此処まで一緒に歩いた事、後から色んな動物達と出会えて嬉しかった事……
そしてオオカミは強く願いました。
元の森に帰って、この思い出を両親に話す事を。
「お」
リスはその起こった出来事に感心します。
「運が良かったね」
リスは凄く良い笑顔を浮かべていました……。
──池の真ん中から、この世界では珍しく、美しい人の姿をした女神が現れています。
そして、オオカミに向けてこう云いました。
ドングリに念じられた願いは確かに受け取った。
此度は私の使いである"風の精霊"を呼ぼう、と。
それから女神の隣に、小さな少女に羽が生えた姿の妖精が現れます。
悩めるオオカミよ、私は"風の精霊"。
お前の為に、元の森へ帰る道を私の風で、
獣道ならぬ風の道を作って差し上げよう──
──風の精霊は優しい吐息で、背が高いだけの何でも無い草の絨毯に向けて、道を作ります。
すると、風が小さな動物になって、その通った後の様な獣道ならぬ、風の道が出来上がりました。