遭遇
「オオカミ?」
リスは次にクマの所より少し離れたキツネの元を訪ねました。
この森のキツネはお人好しで、この森で何か困り事があれば、大抵の事を引き受けてくれます。キツネに頼れば必ず手伝ってくれて、何か良い仕事をしてくれるだろうと期待しました。
リスは最初からキツネを頼るべきだった、と少し後悔しました。
「ちょっと待っててね。この後は確か……」
キツネは葉で出来た帳面を取り出して開くと、其処にびっしり書かれた予定表を見ました。
「おーい、キツネさーん!」
其処へ何処かから、流れる川の様に透き通った綺麗な声が聴こえて来ました。
やがてその声の主である一匹のコマドリが、リス達の頭上へ姿を現します。
「あら、いけない。そうなの、コマドリさんと約束事があったのだわ」
「えぇ……」
リスはキツネに凄く期待していた為に、その分大きくがっかりと落ち込みました。
「ゴメンなさいね」
キツネは申し訳なさそうに手を合わせてリスに謝ると、コマドリと一緒に森の奥の何処かへ行ってしまいます。
今度はリスがその場に置き去りにされてしまいました……。
※ ※ ※
オオカミはクマと別れてから、舞い降りる葉、そして足元に辿り着いた葉達の姿を見ながら進みました。一度立ち止まると頭上を見上げて、木の全体像を目の出来る限りの範囲で捉えます。
またそれから足元に落ちていった葉達を再び見て、優れた鼻を頼りに森の匂いを感じ取ります。
「……やっぱり分からない」
オオカミにとって見慣れない木と、感じた事の無い匂いだったので分かりませんでした。彼はそれでも進み続けます。
「あれ?」
オオカミは一度立ち止まり、辺りを見回しました。
「戻って来ちゃった……?」
クマと別れてから暫く歩いているのに中々、他の動物と出遭う事が無く、そして一度通った事のある場所に戻って来てしまった様です。これ以上がむしゃらに動いても、行きたい場所には簡単に辿り着けはしないでしょう。
彼はそのまま立ち止まり、途方に暮れます。
しかし動かなかったら、周りの景色は変わる事はありません。それでもオオカミは、行きたい場所から余計に遠ざかる事を恐れました。
誰かが襲われる前に退治してやったと言えば良い! これでおいらもヒーローだ!
あれからリスは協力してくれそうな動物が結局見つからずに、諦めてオオカミを探しに、森の一度通った場所を再び駆け回っていました。
オオカミをやっと見つけると、先ず彼に近付いて話し掛けてみようと考えます。しかし地上に降りてからは雑草の中を恐る恐ると、彼の居る所に近付きました。
「ん?」
微かな物音でしたが、彼の耳に入ってしまった様です。
オオカミは耳を真っ直ぐに立てて、物音のした方へ振り返りました。
やばい! 先に見つかってしまった……と口に出さなくても言っている事が分かる表情で、リスは蛇に睨まれた蛙の様に固まって、心の裏で焦りを感じました。
「やぁ、こんにちは」
「こ、こんにちは……」
オオカミから挨拶されると、リスも取り敢えず挨拶で返します。後手に回ってしまったリスは、オオカミがこれからどう動くのか注目して、それから臨機応変で切り抜けるしかありません。
──しかしそれは彼がリスを襲う気であればの話。
どの道、話し掛けるつもりだったんだから、何も……問題無い筈なのに……! どうしてこんなに焦りが止まらないんだろうと、リスは心で自問だけを繰り返しました。
「良かった。この森、初めてだから道を訊きたかったんだ」
こんな筈じゃなかったのに!
リスの思い描いた物語じゃないので、オオカミの言葉が進む毎にただ彼の焦りが増します。
「ねぇねぇ、君はこの森に住んでる子なの?」
「あ、あぁ……」
彼はオオカミの言葉に生返事する様に答えました。
それでもオオカミは嬉しそうな反応を見せます。リスの考えている事を知らなければ、なんと自分だけ幸せな展開でしょう!
「じゃあ! この森の案内をお願いしたいんだけど……、いい?」
「しょ、仕様がないなぁ……」
リスは他にどうしようか考えつかなかった為に、取り敢えずオオカミの言いなりに事を進めようと考えます。