怖がりのクマの巣穴
「……オオカミだって?」
リスは最初に、この近くで住んでいるクマの元へ訪ねました。
リスよりも遥かに大きい動物のあのクマです。
「そう、もちろん、手伝ってくれるよね?」
「……」
リスよりも遥かに大きいので、その立ち姿は雄々しさを感じさせます。その雄々しさは、今にもリスが呑まれてしまいそうな勢いです。
しかし不思議な事に、リスはオオカミの時の様に怖気づく事はありませんでした。
「……リス」
「ん?」
リスがクマの方を振り向くと、彼の手が頭上へ伸びて──
「……ぼ、僕が怖がりなのを知ってるだろうっ!?」
クマはリスを襲ったかと思いきや、彼よりも小さくなった様な低い姿勢で怯えていました。
この森に住む動物達は少し変わっていて、クマはとても怖がりなのです。
「もう! 良い機会だから、その怖がりなところを直してやろうと思ったんだよ!」
そんな彼の姿勢にリスは呆れて、彼の頭を数回叩きながら叱ります。
「痛い、痛いって! 頭を叩くのは良くないよ!」
「……はぁ、悪かったよ。でもクマの癖に怖がりなの可笑しいじゃん?」
クマは両手で自分の頭を守る様に抱えていて、心も割れたガラスの様に深刻だったので、リスもそれ以上に叩くのを止めました。
「オ、オオカミだなんて……」
「オオカミでも子供なんだから、大丈夫だって!」
リスは叩いてしまったお詫びのつもりで、彼の頭を撫でて励まそうとします。
「子供って……、でも……」
しかしクマは困った顔をして、それから暫く黙ってしまいます。
「ああ、もう良い! 悪かったよ! 君に頼もうと考えたおいらがバカだった、今の話は忘れて良いから」
沈黙が長く続けば、リスはそれに嫌気が差して、先程の言葉と彼をその場に置き去りにして、他の動物の居る場所へと行ってしまいました。
「……行ってしまった」
クマはリスが先程まで立っていた所を見ました。
しかし其処にリスの姿はもう無くて、彼の去り際の言葉が頭の中で木霊するだけで、誰も居ません。
「この森はただでさえ、危ないものがいっぱいあるんだから、やめた方が良いと思うけどなぁ……」
クマは彼を行かせてしまった事を後悔して、溜め息を零しました。
※ ※ ※
オオカミは迷子のまま、知らない森の中をどんどん進んで行きます。
それでも未だ他の動物と一度も出遭う事がありませんでした……。
「あ、穴がある……」
彼は自分の身体より二回り大きな穴を見つけると、鼻をひくひくと動かしました。
「ちょっと、……近い匂いがする?」
感じ取ったのは、自分と似た様な何かの獣の匂いでした。この穴はどうやら何かの動物の巣穴の様です。
オオカミは巣穴の中を覗き込もうとしました。
「誰かが住んでいるのかな?」
「ひっ!」
此処でやっとオオカミは、この森に住む動物と初めて遭遇します。
巣穴の中に居た獣は、覗き込んできたオオカミに驚いて、殻に閉じ籠る様に身体を丸めました。
「あ、ゴメンなさい……。脅かすつもりじゃなかったんだ」
オオカミは誰かが居るにも拘らず、巣穴を覗き込もうとした事を反省しました。
巣穴の獣は恐怖で身体を震わせながらも、オオカミの方へ振り向きます。
「き、君は……オオカミ?」
「そうだよ?」
「ひぃぃっ!」
オオカミはあどけない態度で答えますが、巣穴の獣はまた殻に閉じ籠る様に身体を丸めてしまいます。
「? オオカミを怖がるクマなんて初めて見た……」
巣穴で頭隠して尻隠さずと怯えていたのは、クマでした。
「怖いものは怖いんだよぉっ!」
クマは身体を震わせながら泣き言を言いました。
それに困ったオオカミは、自分で言っても説得力が無いだろうと思いながらも、彼を如何にか励まそうとします。
「大丈夫、大丈夫。君を襲って食べたりなんかしないから」
「……ほんと?」
「ほんとほんと」
クマは彼を少し疑いながらも巣穴からやっと、オオカミの居る外の世界に目を向けました。
しかし彼は彼の顔を見つけると、また直ぐに巣穴に顔を隠してしまいます……。
「あ、そうだ。此処が何処なのかと、出来たら帰り道を教えて欲しいんだけど……」
オオカミは自分の目的を思い出し、ダメかもしれないと思いながらも、クマに話してみる事にします。
「……此処は"逆さ虹の森"だよ」
クマは巣穴に顔を隠しながらも、分かる事だけ彼に答えてあげました。
「逆さ、虹……?」
「ほら、逆さまになっている虹が見えるだろう……?」
云われてオオカミは、頭上にある木々にきょろきょろと目を向けてみました。
クマが森のとある方を指差す様に右手だけ動かしているのが目に映ると、オオカミはその先へと振り向きます。そして先にある木々の隙間から、大きくて立派な虹が逆さまで一つ架かっているのを見つけました。
「ほんとだ!」
「僕はこの森にずっと住んでいるクマなんだから、他の動物であるオオカミの元居た場所の帰り道なんか、全然分からないよ……」
「ありがとう! じゃあ、他に詳しそうな動物のところに当たってみるよ! 怖がらせてゴメンね!」
オオカミはクマにお礼を言うと、直ぐに他の動物の居そうな場所へと足を運ばせます。
「……何だろう、悪い奴じゃなかった」
オオカミが去ると、クマは巣穴からひょっこりと顔を出して、彼が先程まで立っていた場所を見つめました。彼の云う通りに襲われる事も無く、食べられる事も無く、ただ迷子だから帰り道を探していたところを振り返れば、怖がって彼の手助けをあまりしなかった事に少し後悔してしまった様です。
「しまった、リスが彼にいたずらしようとしてるのを伝えてなかった……。これじゃあ、僕が悪い奴みたいだ」
クマはリスが訪ねて来た事を今更ながら思いだし、その事で更に後悔します。
「あぁ、でも、……あぁ」
クマはその場で行ったり来たりすると、怖い気持ちを巣穴に残して、オオカミの後を追おうと森の何処へ駆け出して行きました──。