私がなりたかったのは魔法少女であって魔王少女じゃないんですけど!
巨大なビルが崩れ落ち、高速道路の高架が吹き飛ぶ。
そして、それを凌駕する巨体が、大地に倒れ込んだのだ。
異世界からの侵略者、轟魔征軍の魔人将軍と呼ばれる存在が、である。
「ぐわぁああああ! 貴様、何者だ! それほどの魔法力を自在に操るなど、人間ではあるまい!」
「失礼ね! 紛れもなく人間です! 魔法少女! 魔法少女隊フォーシーズンズの一人! オータム・マオ! ここで逢ったが百年目! とっとと地獄に舞い戻りなさい!」
大都市の建物をなぎ倒して倒れ込んだ魔人の眼前に、一人の綺羅びやかな衣装に身を包んだ少女が舞い降りた。
少女と言うにはいささか、いやかなり、無理しないで魔女って言ったほうがいいんじゃないか? と思える程に長身で、出るとこが出っ張り引っ込むところが引っ込んでいるが。
彼女こそが世界を守る魔法少女達の一人、日本が誇る魔法少女隊「春夏秋冬」の一人、オータム・マオであった。
「貴様があの『AWESOME』・マオ……か。俺でさえ刃が立たぬとは、な……」
「awesomeじゃなくってAutumn! わざとなの!? なんでみんな間違えるのよっ! もういいわ! じゃあね! 必! 殺! 暗黒ジャコビニ流星キーック!」
「ぐわああああああああ」
漆黒の光を纏い、倒れ伏した魔人にとどめの飛び蹴りを食らわせたマオは、グズグズと崩れ落ちる魔人を見届けると、周囲に手のひらを向けた。
「結界解除」
そう呟くと同時に、彼女の手のひらが輝き、周囲を光に染める。
すると、崩れ落ちた建物や、破壊された物が全て元の位置に、そうあるように、そうであった形に戻っていった。
「マオ! 良かった無事だったのね!」
「こっちもなんとか終わらせたぜ! マオの結界だけがなかなか解除されねぇからみんな心配しちまってよ」
「一番心配してたのはあなたでしょ」
「うるせー!」
「うん、ごめんなさい。ちょっと手間取っちゃって。心配させちゃったね」
フォーシーズンズの仲間たち、スプリング・ハルカ、サマー・カオリ、ウインター・トウミの三人だ。
マオも含め、全員がホコリやすすにまみれ、衣装もところどころが破れており、その戦いの激しさを物語っていた。
「何にせよ、今日も全員無事。さあ、帰って報告しましょう!」
皆のリーダー格、ハルカがそう言って手を伸ばす。
そして、それに重ねるようにして、他の三人も手を伸ばした。
「FOUR SEASONS!The Marvelous!」
「yeah!」
そして、マオが掛け声を上げると、それに合わせて他の三人共々重ねていた手のひらを高々と挙げ、勝利を喜びあったのだった。
☆
ある日。
突然。
眠りを覚ました私は、『そう』なっていました。
別に言葉を喋る小動物にお願いされたとか、契約を迫られたとかじゃなくて。
授業中に頬杖をついて居眠りをしていて、カクンと船を漕いだ瞬間でした。
「あ」
その時、私の認識というのでしょうか、意識出来る全ての感覚が、いえ、それ以前には知覚すらしていなかった領域にまで拡大し、それら全てが手に取るように、より緻密に、そして繊細に、深く、広く、理解し、扱えるようになったのです。
「で、どんな事が出来るんだ?」
「んー、色々?」
「なんで疑問形なのよ」
私を挟んで、仲の良いお友達の杉原春香ちゃんと、大谷冬美ちゃんが私をおちょくるように色々と話しかけてきます。
もしかしたら私の言っていることを、嘘か妄想の類だと思ってからかっているのかもしれません。
学校の、中庭の日陰のいつもの場所で、三人並んでお昼ごはん。
さっきの授業中に居眠りした際に感じた事を二人に話してみたら、いかにもはいはい良かったね、的なお子様扱いな反応でした。
「なんでって言われても……なんでもわかるし出来るような気がするから? 説明は出来ないけど」
「へえ、言うじゃない。じゃああれだ、子供の頃の夢的な、手からびーむ風味なアレとかが出来たりするわけ?」
クスクスと笑いながら「出来るんでしょう? 説明は出来ないんでしょうけどね」と言って、春香ちゃんが私の頭の上に掌をぽふぽふと乗せてきます。
私の身長より頭一つ低いくせに春香ちゃんは、いつも私を子供扱いします。同い年なのに。
そりゃあ春香ちゃんは背は低いけど、頭ちっさくて小顔だからトータルすごいスラッとしてて大人っぽいです。たしかに春香ちゃんと比べたらでかいだけの私だけど、世間一般から見れば平均よりちょっと背が高いくらいでそんなに巨大じゃないはずです。
同級生に見られませんけれど。
一回たりとも同い年に見られたことはありませんけど。
それはあくまで身長が違いすぎるだけだからです。
きっと私だっていつかはちっちゃ可愛い! といわれるときがくるはずです!
まあそういった夢や希望は実現して欲しいですけど、人の夢と書いて儚いとか言いますし、下手な努力をするよりは、内面を磨いたほうがいいと思います。
出来れば、気がついたらいつの間にかこんなにステキな大人の女性になってました! 私凄い! 遺伝子さん頑張ってくれてありがとう! っていうのが理想です。
ええ、春香ちゃんみたいになりたいとまでは申しません。でもブラ選びで可愛いのがなくて困るのは嫌です。羨ましいとかよくいわれるけど。嬉しかったことはありません。逆に羨ましいです。
と言うか、春香ちゃんからのリクエストです。
やってやるです。
お弁当を食べ終わってからですけど。
「それでは一番! 秋月真緒、やります!」
思わずムフーっと鼻息が荒くなりますが、空になったお弁当をきちんと包んで冬美ちゃんに預けて立ち上がりました。
「一番も何も、他にやる人いないんだからさ」
真剣な私を見てクスクスと笑いながら、お弁当箱を受け取って一緒に立ち上がった冬美ちゃんですが、まるで信じてくれていません。
春香ちゃんも苦笑いを抑えようともしないです。
ちょっとムカツクので頑張ります。
「かーめー」
「そんな気合入れちゃってぇ」
「まあ私も小さい時にやった事あるけれど」
「かーめー」
「まあ、流石にこの歳になると見てる方も恥ずかしいわね」
「波ーっ!」
なんだかんだと気が散る言葉が耳に入るけれど、スッキリ無視して合わせた両手を空に向けて突き出しました。
すると、思っていたとおり、どこかで聞いたことが有る音と、見覚えのある輝きと共に。
念の為に(どこにも当たらないように)空に向けて伸ばした掌から、水色混じりの白い光の帯が、『ずびしゅーるるるるるる』と音を立てて飛んで行き、ポッカリと浮かんでいた雲に大穴を開けて、青空の彼方へと消えてゆきました。
「ほら出来た」
目を大きく見開いて、春香ちゃんも冬美ちゃんも天を仰いで口を開きっぱなしになってしまいました。
ほんの数秒――多分それくらいだと思います――硬直していた二人が、ほぼ同時に私の方に首を『ぎゅいん』と音がしそうな勢いで向けてきたかと思うと、そのままお互いに顔を見合わせて頷き合い、ガッシと私の腕を片方ずつ掴み、無言で走り出しました。
普通の高校一年生だった、それが最後の記憶。
退屈だった日常が、毎日当たり前のように享受していた優しい時間が、とてもとても大切だったと懐かしく思い返すようになる、最初の日が始まった、その時の事でした。
_(:3」∠)_続かない