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いただきます、おやつは3時になってから

 「と、いうわけで、今日のおやつはケーキッス。」

 「……なにがどうで、『と、いうわけで』なのかわかんねぇけど、いつものことか。」

 「なんスか、その言い方。まるでオレ様の発言はいつも突飛でイミフみたいに聞こえるじゃないッスか!」

 「まるで、じゃなくて、まさにそうだろうが。」

 繁忙期を過ぎ、1代目魔王城内にある食事処 魔王庵でのバイトが4連休となった初日、朝食中に何の脈絡もなくそう切り出された勇者の反応はごく当たり前だろう。

 「ちょっと前に、魔王討伐に行ってきたじゃないッスか、オレ様。」

 「ああ、魔王が魔王討伐って何だよ、ってなこと言った記憶があるな。どっかの国の王だっけ?」

 「そうそう。セリューさんっていうんスけど、今やすっかり仲良しなんスよ。」

 「旧魔王城のほうでも話題になってたな。最近、魔王はあの国にばかり顔を出して、旧魔王城こっちに来てくれなくなった、って。」

 「あ、そんなこと言われてるんスか? じゃあ近いうちに遊びに行くッス。」

 「いや、来なくていいけど。」

 「ちょっ……」

 「で? その国王がどうしたって?」

 「幼なじみのサリヤさんに突然プロポーズしたんスよ! 交際ゼロ日で!」

 「……へぇ。」

 あまりの反応の薄さに、はてな顔の魔王。

 「何で驚かないんスか? 告白もお付き合い期間もぜーんぶすっ飛ばして、いきなりプロポーズッスよ?」

 「いや、幼なじみなら、なくもないケースかなと思ったし、お前の友達ってくらいだから、そのくらいのコトしでかすようなヤツでもおかしくねぇな、って。」

 「なんスか、その言い方。まるでオレ様がいつもとんでもないコトをしでかしてるみたいに聞こえるじゃないッスか!」

 「まるで、じゃなくて、まさにそうだって言ってんだよ!」

 「類は友を呼ぶ、ってヤツですね。魔王さん相手に、鋼のオノで挑んだ勇者さんも、充分とんでもないヒトですからね。」

 「うっ……」

 イッコマエに黒歴史を掘り返され、勇者は言葉に詰まる。

 「……まぁ、そうだけど、同類にされるのはなんか……」

 「魔王と国王の同類だなんて、名誉じゃないッスか。」

 「フツーの魔王と国王ならな。」

 「失礼ッスね! オレ様はともかく、セリューさんはフツーの国王ッスよ!」

 「あ、自分はフツーじゃないって自覚はあるんだ……」

 「と、いうわけで、今日のおやつはケーキッス。」

 「と、いうわけで、じゃねぇよ! 『と、いうわけで』の部分の説明がまるっきり抜けてんだよ!」

 一向に話が進まず、見かねたイッコマエが口を挟む。

 「えっと、魔王さんは、セリューさんの結婚式にウエディングケーキを贈りたいそうなんです。」

 「あ、なるほど。」

 「なんでイッコマエさんの説明なら即納得なんスかっ!」

 「『友達がプロポーズしました』って情報から『今日はケーキです』の結論は導き出せねぇよ! なるほど、とは言ったけど、何でウエディングケーキ贈るんだよ? あれは結婚する当人が用意するモンだろ?」

 「え、そうなんスか?」

 「まあ、そうですね。そもそも、式や披露宴をしない方もいらっしゃいますし……」

 「あー、そっかぁ。特にセリューさんは、お金の無駄遣いだって言って、式挙げなそうッスね……ま、オレ様が作ってみたいから、式挙げなくてもお祝いとして贈るッス。贈っても悪くはないッスよね?」

 「あんまり聞かねぇけど、向こうの迷惑にならなきゃいんじゃね?」

 「ッスよね! よーし、頑張って作るッスよーっ!」

 「あ、急に仕事入ったわ。夜まで戻らねぇから、俺の分いらな……」

 「緊急連絡入ったフリして逃げんじゃねぇッスよ、大根役者勇者。」

 「逃げるわっ! 大根役者言われようが、残念勇者言われようが、全力で逃げるってのっ! もう、失敗フラグか死亡フラグか、いや、いっそ両方がキレイにそびえ立ってるじゃねぇかっ!」

 「失礼ッスね! 世界一のパティシエも唸る実力の持ち主なんスよ、イッコマエさんはっ!」

 「イッコマエさんはなっ! 今回作るのはお前なんだろっ?」

 「そうッス! 生まれた時からイッコマエさんの味に慣れ親しんだオレ様ッスよ? 作れないハズはないッス!」

 「慣れ親しんだだけで作れるなら、料理教室はいらんわっ! なんでそんなに自信満々なんだよっ!?」

 「オレ様には力強い味方がいるっスからね。」

 先ほどからことの成り行きを静かに見守っているイッコマエを見やる勇者。

 勇者と目が合うと、イッコマエはニコッとして、

 「今回、魔王さんの先生をつとめるのはこちらです。」

と、テーブルの上にパソコンを置く。

 その画面には……

 「レシピ投稿検索サイト───っ!」

 「便利な世の中ッスよね-。」

 「あ、でも、イッコマエさんにも手伝ってもらうんだよな? それなら……」

 「いえ、今回は魔王さんお1人で挑戦なさるそうです。」

 「……終わった。完全に。」

 「失礼ッスね! プロ顔負けのレシピ揃いなんスよ『こっくぱっと』さんはっ!」

 「『こっくぱっと』さんはなっ! 心配してるのは、レシピじゃなくて、お前の腕前っ!」

 「大丈夫ッス! おかし作り初挑戦ッスけど、失敗する気は1ミクロンもしないッス!」

 「初挑戦でケーキって、フラグをより強固なモンにすんなよっ!」

 「初挑戦ッスから、時間がかかると思うッス。早速取りかかるから、オレ様がいいって言うまで入ってきちゃダメッスよ。」

 「いいって言うまで、って、どれくらいかかるんだ?」

 「わかんないッスけど、おやつの時間までには完成予定ッス。お昼は外で食べてくるといいッス。」

 そう言いながら魔王は、勇者とイッコマエを食堂から追い出した。

 「……ダメだ。安心要素が1つも見当たらねぇ。」

 「初心者向けのレシピもありますから大丈夫だと思いますよ。」

 「あいつがちゃんとレシピ通り作ると思うか?」

 「そうですねぇ。魔王さんの遊び心さえ発動しなければ。」

 「……不安要素が増えた。」

 「大丈夫ですよ。いつでもサポートできるように、待機してますから。勇者さんは何かご予定は?」

 「あー……特に考えてねぇだよなぁ。ここにいても不安が増すばっかだし、軽ーくレベル上げにでも行くかな。昼メシもその辺で食ってくるわ。」

 「わかりました。では、3時ちょっと前にメールしますね。」

 「マジで? あざーっす。」

 「それより早くメールが届いた時は、3代目魔王城に引っ越すイベントが発生したとお考えください。」

 「……予定変更して、引っ越し準備したほうがいいのか?」



3時5分前

 「できたッスよー。あれ? 勇者は?」

 「レベル上げに行きましたよ。メールの返信もありましたし、そろそろ……」

 「た……ただい…ま……」

 もたれかかるようにして玄関の扉を開け、勇者が帰って来た。

 「……どうしたんスか?」

 「怪我……とかではなさそうですね。」

 心配げな2人に、勇者は少しバツが悪そうに言った。

 「あ、うん。怪我とか具合悪いとかじゃなくて、色々あって、昼メシ食ってないもんだから、めっちゃ腹へって……て、ごめんなさいっ! イッコマエさんっ!」 

 昼食をとっていないと聞いた瞬間に変わった、食育の鬼 イッコマエの表情にいち早く気付き、勇者は速攻で謝る。

 「HPもだいぶ減ったし、回復も兼ねてそろそろ昼メシにしようと思ったんだよ。その時エンカウントした敵に会心の一撃喰らって、久々の教会行き。前に蘇生してもらった時よりだいぶレベルが上がってたから、蘇生代もアホかってくらい高くなってて、昼メシ代なくなってさ。」

 「でしたら、移動魔法で一旦帰ってきたらよかったのでは?」

 「そう思ったんだけど、バトルで使いすぎてMP足んなくてさ。教会って、生き返らせてはくれるけど、MPまでは回復してくれねぇんだよ。まさか教会の世話になって、無一文になると思ってなかったから、MP回復アイテムも用意してなかったし。なるべく戦闘避けながら、ようやく帰って来れたってわけ。」

 「……連絡くだされば、迎えに行きましたのに。」

 「……あ。」

 「久々に聞いたッス、残念エピソード。」

 「おう。おかげでどんな残念ケーキが出てきても完食できるほど空腹だぜ。」

 当然、言い返してくると思いきや、

 「確かに残念ケーキかもッス。」

意外な返答に、拍子抜けする勇者。

 「『残念ケーキって言えずに残念っ!』っていう意味での残念ケーキッスけどね。」

 言いながら魔王は、2人の背中を押して、食堂へ。

 「……おーっ。」

 テーブルに置かれたケーキを見て、勇者は驚きの声を上げる。

 「見た目はフツーにうまそうじゃん。」

 「ッしょ? いいカンジっしょ?」

 「本当に魔王さんお1人で作ったんですよ。」

 「マジか? すげぇじゃん!」

 「へっへー。やればできる子ッスよ、オレ様は。ただ……」

 不吉な接続詞が飛び出し、にわかに緊張感が漂う。

 「ちょっと作り過ぎたッス。」

 4号サイズのケーキが2つ追加され、計3つのケーキがテーブルに並んだ。

 「なんだ、そんなことか。脅かすなよー。お前のコトだから、とんでもない材料使ってるとか言い出すじゃねぇか、って、ヒヤヒヤしたわ。それほどデカくねぇし、食い切れるんじゃね? なぁ、イッコマエさん。」

 「そうですね。糖分の摂り過ぎは気になるところですが、量的には問題ないでしょう。」

 「マジッスか? よかったー。ニャンズはケーキ食べられないし、おすそ分けするご近所さんもいないから、どうしようかと思ってたッス。じゃあ1人1ホールずつッスねー。」

 魔王がケーキとフォークを用意するかたわらで、イッコマエは手際よく紅茶を淹れて配り、勇者は着替えるために一旦部屋に戻る。

 3人が揃ったところで、魔王がポンと手を合わせる。

 「では、いたーだきますっ!」

 勇者とイッコマエの反応をじぃっと伺う魔王。

 「ん、おいしいですよ、魔王さん。」

 「マジッスか?」

 「ええ。クリームの甘さも固さもちょうどいいですし、生地もキメが整ってますし。ねえ、勇者さん?」

 「…………」

 「勇者さん?」

 1口食べたきり手が止まっていた勇者がおもむろに語り出す。

 「……2人とも、見た目は人間と変わんねぇし、早寝早起きだとか、1日3食だとか、食育だとか、猫を保護してみたり、その動画投稿して喜んだり、ホント、やってることも人間みたいだから忘れてるんだけど、ふとした瞬間に、あ、人間じゃなかったんだ、って思い出すんだよな。」

 「いきなりなんスか? 遺言ッスか?」

 「なんでだよっ!」

 「いや、走馬灯見えちゃってるみたいッスから。」

 「んなモン、見えてねぇよ!」

 「じゃあなんスか?」

 「魔族の猫アレルギーの症状の1つに、猫化する、ってのがあるんだよな?」

 「あるらしいッスね。オレ様自身、猫化してる時の記憶はないんスけど。」

 言いながら視線を送ると、イッコマエはコクリとうなずく。

 「ありますけど、それが何か?」

 「人間にも猫アレルギーってあるけど、猫化って症状はないんだ。そういうちょっとしたことで時々、魔族と人間の違いを感じるっていうか……だから、これも2人にとってはフツーなのかも知れないけど……」

 フォークでケーキを半分に切り、

 「魔界のケーキって、鮭の皮が入ってるモンなのか?」

生地の中に点在する鮭皮の破片を見せながら尋ねる。

 「えっ? 魔界のケーキには鮭の皮なんて入れないッスよ。」

 「じゃあ、このケーキはなんなんだ?」

 「えっ? こういうのじゃないんスか? 『カワケーキ』って。」

 「か……カワケーキぃ? なんだよ、それ?」

 「知らないッス。」

 「なっ……」

 作った本人から信じられない言葉を聞き、勇者は絶句する。

 「フツーのケーキじゃ面白味に欠けると思って、ぐぐーるさん見てたらあったんスよ『カワケーキ』って言葉が。で、こっくぱっとさんで調べたんスけど、ヒットしなくて。カワケーキって言うくらいだから、何かの皮が入っているんだろうなって思って、想像で作ってみたッス。」

 「だからって、なんで鮭の皮……」

 「冷蔵庫にあったからッス。魚の皮好きなヒトもいるから、もしかしたらケーキに入れるのもアリなのかなって。塩を振って生臭さを取って、オーブンでじっくりしっかりサクサクに焼いて、細かくして生地に混ぜたッス。人間ってヘンなケーキ食べるんスねー、って思いながら作ったんスけど、やっぱ違うんスね、カワケーキ。」

 「私もビックリしました。ずいぶん長く生きてますし、人間界のこともそこそこ知っていると思っていましたが、まだまだ私の知らない物があるのだなぁと思いながら食べてました。」

 「そう思ってたんなら言ってくれよ! イッコマエさんがフツーに褒めるから、魔界じゃこれがフツーなのかと気ぃつかって……」

 「ああ、それでなんか歯切れの悪い言い方してたんスね。」

 「鮭皮の絶妙な塩加減がマッチしてましたし、しっかり焼いた皮の香ばしさもいい感じで、クリームも甘過ぎず、斬新ではありましたがおいしかったので、素直な感想を述べさせていただいたのですが……コラーゲンも摂れると考えれば、なかなか優れたケーキかと。」

 「そこまで分析するって、すげぇな、イッコマエさん。俺なんか、見た目と味のギャップで、2口目行けなかったってに。」

 イッコマエの話を聞き、先入観を取っ払って、もう1度ケーキを口にしてみる。

 「……確かに、ちょっと塩気のあるケーキだと思えば食えるか。目指してるウエディングケーキとは全く別モンだけど。」

 「まあ、練習ッスからね。色々試してるところッス。それにしても、人間も知らないカワケーキってなんなんスかね?」

 「果物の皮が入っているケーキなら聞いたことがありますよ。」

 「なるほど-。さすがイッコマエさんッス! 作り直してみるッス! えーっと、キウイとバナナとドリアンと……」

 「わざとか? わざとだな? 数ある果物の中から、なんで食えそうにない皮ばっかりチョイスすんだよ!」

 「ちょうどウチにあるからッス。」

 「なんでドリアンがあるんだよ……」

 「あ、買い出しの時に、お店の方からオマケとしていただいたんです。」

 「豪華なオマケだなあ、おいっ!」

 「もぉー、クレーマー勇者ッスねー。なんの皮ならいいんスか?」

 「なんの皮とかじゃなくて、そもそもカワケーキがなんなのかもう1回調べてみろ。こっくぱっとじゃなくて、ぐぐーるで。」

 「あ、なるほど。ぐぐーるさーん。」

 起動中のパソコンに呼びかける。

 「ぐぐーるさん、『カワケーキ 画像』ッス。」

ピコンっ

 画面をのぞき込む3人。

 「あ、ウチのニャンズみたいなケーキがあるッス!」

 「こちらのは見事な球体ですねぇ。どうやって作ってるんでしょう?」

 「ハート型とか星型とかだったり、動物の形だったり、カラフルだったり、そんな感じのばっかだな。」

 画像検索ではなく、普通にカワケーキを検索してみる。

 「あ、ほらほら、書いてあるッス。『カワケーキ』!」

 「……よぉーく見てみろ。カワケーキの前後の文章。」

 「『女の子に大人気! 超カワケーキ♡ SNSで話題の超カワイイケーキがたくさんっ♪』カワケーキの『カワ』って……」

 「『カワイイ』の『カワ』ッスかぁ!? もぉーっ、紛らわしいッス!」

 「紛らわしいッスってほど、紛らわしくねぇよ! よく見ればわかるじゃねぇか! こっくぱっとにレシピがない時点でおかしいと思えよ。てか、初のケーキ作りなのに、いきなり想像でとか……まずは基本からだろ?」

 ポカーンとする魔王とイッコマエ。

 「な、なんだよ、そのカオ。」

 「……冒険の基本、回復アイテムを持たずに出かけて、MPもおカネも使い果たして、腹ペコで帰還したヒトに、まさか基本うんぬんを説かれるとは思わなかったッス。」

 「ぐっ……蒸し返すなよ、それっ!」

 「ついでにもう1つ蒸し返すと、どんな残念ケーキでも完食できるほど腹ペコなんスよね?」

 自分の分のケーキを、勇者のほうに押しやる魔王。

 「オレ様、ちゃんとお昼食べたし、基本、少食ッスから、こんなに食べられないッス。だから、腹ペコ勇者にあげるッス。」

 「なにが少食だ、12段アイス魔王っ!」 

 「あれは写真撮った後、セリューさんと売店のお姉さんとシェアしたから、12個全部食べたわけじゃないッス。あ、イッコマエさん、お茶おかわりー。」

 「お茶おかわりする余裕あるなら、カワケーキ食えーっ!」


 ※カワケーキは、勇者が1ホールと2分の1個、イッコマエが1ホールと4分の1個、魔王が4分の1個、仲良くシェアして、おいしく(?)完食しました。



 「あー、あれくらいのサイズなら余裕かと思ったけど、結構キツかったな。」

 ニャンズルームで子猫達をじゃらしながら勇者は胃の辺りをさする。

 「フードファイターともあろう者があれしきの量で音を上げるとは何事ッスか!」

 「勝手に転職させんなっ! いつの間にか大食いイメージついてるけど、違うからなっ!」

 「違うんスか?」

 「お前が夕飯いらないだの、ケーキ押し付けてきたりするから食ってるだけで、フードファイターでも大食いキャラでもねぇからなっ! 残すとイッコマエさん怖ぇから……」

 「……そうッスね。フォローしていただき、あざッス。」

 事前連絡なしでの夕飯いらない発言時の無言プレッシャーを、昼食食べてない発言時の表情変化を各々思い出し、乾いた笑いをもらす。

 「イッコマエさんの食に対する厳しさって、なんなんだろうな。」

 「もちろん、オレ様のためッス。」

 「まあそうだろうけど、それにしても……」

 「オレ様、生まれた時、呼吸してなかったらしいッス。」

 「……マジか?」

 衝撃の発言に、真顔になる勇者。

 「自分じゃ記憶がないからわかんないッスけど、イッコマエさんが教えてくれたッス。」

 それに対し、魔王はケロッとした様子で答える。

 「しかもフツーよりだいぶ小さく生まれて、危機を脱してからも病気がちだった、って。なんとか丈夫に育つように、って、イッコマエさんが色々考えてくれたみたいッス。」

 「なるほどな。おかげで今じゃ、元気過ぎるくらい元気で……」

 「そうッス。超健康で、超大きくなったッス!」

 ソファから立ち上がり、くるっと回ってみせる魔王だが、

 「無駄に元気だけど、大きくはねぇよ。」

勇者の言葉通り、近くにある170センチのキャットタワーよりちょっぴり小さい。

 「まだ本気出してないだけッス! オレ様まだまだ成長期ッス! 最終的には合体ロボと同じくらい大きくなるッス!」

 「デカすぎだろ、それ。」

 「そうですね。5、60メートルにまで成長したら、城に入れなくなってしまいますよ。」

 猫のエサを手に、イッコマエがニャンズルームにやって来た。

 「ラスボスらしく、それくらいのサイズにならないといけないかなって思ったんスけど。」

 猫のエサを受け取りながら魔王が言う。

 「大きく見えますが、スタジオに収納可能ですから、10メートルくらいだと思いますよ、ラスボス。」

 「へぇー、そんなモンなんスか、ラスボス。」

 「……どの世界のラスボスの話してんだ?」

 「『ラスボス』で検索してみるといいッス。ごはんスよー、ニャンズー。」

 魔王の呼びかけに、一斉に集まってくる3匹の子猫。

 「はい、ママさんのはこっちッスよー。」

 仲良くごはんタイムの猫達を見て、魔王はハタと気付いたように言う。

 「そうッスね。合体ロボサイズになって城に入れなくなったら、ニャンズと遊べないッス。断念するッス。」

 「断念もなにも、無理だろ? ロボサイズ。」

 「いや、わからないッスよ。なんたって、やればできる子ッスからね、オレ様は。」

 「やらなくていいからな。」

 「あ、そうだ! オレ様が大きくなったら、併せてニャンズも城も大きくすればいいんス!」

 「やらなくていいからなっ! てか、絶対やるなよっ!」

 「頑張るッスよー! 5、60メートルと言わず、ドーンと100メートル級目指すッス!」

 「頑張るなってのっ!」

 「魔王さんならきっとなれますよ、100メートル級。」

 「その気にさせんなって、イッコマエさんっ!」

 「では、目標達成のため、さしあたってしっかりごはんを食べましょうね。」

 「はーいっ!」

 「勇者さんも、100メートル級の魔王さんの暴走を止めるため、しっかり食べて、大きくなってくださいね。」

 「200メートルになっても、暴走止められる自信ねぇよ……」



 「あ、まおちゃん、始まったー。」

 うれしそうにパソコンの前に座る彼女の隣に、飼い猫の『まねこ』と一緒にお邪魔する。

 『こんにちは。『まおーちゃんねる ニャンズルームからどーもッス!』猫シッターのイチコです。』

 「キャーッ、あいかわらずイチコさん美人ーっ!」

 『……ユウです。』

 「久々の登場だけど、あいかわらず機嫌悪そうだね、ユウさん。」

 『えっと、ちょっと事情がありまして、魔王さんの到着が遅れています。』

 『ぶっちゃけ、ケーキ作りにハマってて、配信のこと忘れてやがりましたー。』

 「け……ケーキ作りぃ!?」

 『だ、ダメですよ、ユウさん。それは伏せておいてって、魔王さんが……』

 『知らねぇよ。『まおーちゃんねる』って冠してるんだから、本人不在って失礼だろうが。しかも、配信時間も予告してたんだから、不在の理由はきっちり伝えるべきだろ。』

 「へー、わりと筋の通ったコト言うんだね、ユウさんて。」

 「それより僕は、ケーキ作ってる魔王のが気になるんだけど……」

 以前は、勇者一行が来なくて暇をもてあまし、猫を飼い始めたって言ってたけど、今回はさらに暇で、おかし作りに手を出したってことだろうか?

 『つーか、今日もケーキ作りって……昨日のカワケーキで懲りてなかったのかよ。』

 「カワケーキ、ってなに?」

 「んー、私もしらないなー。」

 『むしろハマってしまったようですね。』

 『ハマってもいいけど、『まおちゃんの配信、今日だったの忘れてたッス。2人でよろしくッス!』じゃねぇっての。特に予定もなかったからいいけど、急に言うなよ、まったく……』

 「ああ、それで機嫌悪いんだ。」

 「それでもこうやって出てくれるんだから、なんだかんだいいヒトだよねー、ユウさん。」

 『え-、そういうわけで、魔王さんは今、ケーキ作りの真っ最中です。もうそろそろ終わると思いますが、それまで私達2人でニャンズの様子をお伝え……』

 『もーっ! なんスか、これーっ!』

 声が聞こえ、皿を持った魔王が画面に映る。

 「やだ、パティシエ服の魔王、超カワイイっ!」

 「『話題の若手パティシエ』とかテレビで紹介されてそうなくらい、違和感ないね。」

 いつもの服装も、もしかしたら『魔王』というコスプレなのでは……

 『どうしたんですか? 魔王さん。』

 『ちょっとこれ、見て欲しいッス!』

 『その前に、まおちゃん見てくれている人達に謝れよ。』

 『えっ? ああ、そうだったッス。どーも、今日のオレ様はパティシエ魔王ッス。ケーキ作ってて遅れちゃったッス。ごめんなさい……あ、遅刻の理由、言っちゃった。まあ、このカッコでバレバレだからいいッス。それより、これッスよ、これ。みなさんも見て欲しいッス。』

 魔王が持ってきた皿には、クッキーのようなものが乗っている。

 『クッキーじゃん。お前、ケーキ作ってたんじゃねぇのか?』

 『そうッスよ。ちゃーんとレシピ通り作ったら、ケーキじゃなくてクッキーになったッス。』

 『はぁ? 何言ってんだよ。』

 「ケーキを作ってたのにクッキーができたって、どういうこと?」

 「もしかして、魔王が作ったのって……」

 「心当たりあるの?」

 スマホを操作し始める彼女。

 まおちゃんでは、魔王が同じようにスマホを操作している。

 「これこれ。」

 『これッス。』

 『なんだ、これ? ロック──』

 「──ケーキ? どう見てもケーキじゃないのにケーキってのもだけど……」

 魔王がカメラに向けているスマホの画面と、彼女のスマホ画面が全く一緒。

 「……こっくぱっと見ながら作ってるんだ、魔王。」

 僕の中で、『魔王コスプレ疑惑』がますます濃くなる。

 『ああ、ロックケーキですか。ケーキと名前がついてますが、クッキーに近いというか、ほぼクッキーというか……』

 『えーっ、そうなんスか?』

 『そうなんスか?じゃねぇよ! 写真みればケーキじゃないってわかるだろうが!』

 確かに、写真を見る限り、ケーキには見えない。

 『だいたい、なんでちょっと変化球なケーキばっか作るんだよ?』

 『オレ様は、最終的に大きいケーキを作りたいんス。』

 『で?』

 『ロックって、岩って意味ッスよね?』

 『そうですね。』

 『岩みたいに大きいケーキなのかなぁって思ったッス。写真じゃ大きさまではわからないじゃないッスか。作ってみたら、こんなサイズで、しかもクッキーみたいで。なんかおかしいなぁって思ったんスけど、もしかして、『おや? ロックケーキ達が集まって……なんと、キングロックケーキに!』みたいなことになるのかなぁって……』

 『なるわけねぇだろ! なんでケーキが意思持って勝手に集合すんだよ! 怖ぇわ、そんなケーキ!』

 『やっぱりどれだけ集まっても、キングロックケーキにはならないッスかー。困ったッスねぇ……』

 珍しく深刻な顔をした魔王は、テーブルの上に皿を置き、カメラに背を向け、床に何やら書き始めた。

 次の瞬間、画面の中央に現れたきつね色の山。

 『こっくぱっとさんに載ってたロックケーキのレシピ、片っ端からぜーんぶ作っちゃったッス。』

 「えっ、もしかしてあの山、ぜーんぶロックケーキ!?」

 銀のトレイに山と積まれたロックケーキ、一体どれくらいあるんだろう?

 『凄いですねぇ。意思を持って集まりはしませんが、キングロックケーキですよ、これは。』

 『ッスよねー。あ、コラコラ、登っちゃダメッスよ、ニャンズー』

 『のんきなこと言ってる場合かよっ! どーすんだよ、こんなに大量のクッキー!』

 『クッキーじゃないッス! ロックケーキッス!』

 『呼び方なんかどっちでもいいっての!』

 『毎日少しずつ食べていけばそのうち……』

 『飽きるわ、湿気るわ、カビるわーっ!』

 『確かに、これだけあると、私達だけでは消費しきれませんねぇ……』

 『うーん……あ、みなさんにおすそ分けしたらいいッス!』

 子供みたいな笑顔に戻り、魔王がカメラに向かって言う。

 『まおちゃん遅刻したお詫びに、先着500名様に、魔王謹製ロックケーキをプレゼントするッス!』

 『500名って、500枚もあるのか、これ!?』

 『1000枚ッス。2枚1組で500名様ッス。応募方法は、コメント欄に合言葉を入力して送信するだけ。便利な世の中ッスねー。オレ様、100円ショップハシゴして、ちょうどいい小袋500枚調達してくるッス。買ってすぐに転送するから、2人で包装作業よろしくッス!』

 『ちょっと待てっ! クッキー片付けろ! 猫がサッカーし始めたぞ!』

 山から崩れ落ちたロックケーキを、華麗なパス回しで部屋中を駆け回る子猫達。

 『あらら……1枚減ったので、先着499名様になったッス。』

 『あらら、じゃねぇよ! あ、コラっ! こっちに来るなっ!』

 ロックケーキの山に向かってまっすぐに走ってくる子猫達を見て、ユウさんがロックケーキのトレイを持ち上げる。

 その勢いでさらに崩れるロックケーキの山。

 『なにしてんスか! みなさんにプレゼントする分がさらに減っちゃったじゃないッスか!』

 『お前がこんなとこに召喚したのが悪いんだろうが!』

 魔王とユウさんの言い争い。

 それをニコニコと静観しているイチコさん。

 というのが、まおちゃんの定番だが、

 『……食べ物を粗末にしてはいけません。』

 静かだけど凄みを感じさせるイチコさんの声に、魔王とユウさんの顔色が変わる。

 『ちゃーんとわかってますよね? お2人とも。』

 そう言うイチコさん、笑顔だけど、有無を言わせぬ威圧感がある。

 『も、もちろんッス! 即刻、食堂に帰還させるッス!』

 魔王がすっと手をかざすと、ユウさんが持っていたトレイが一瞬で消えた。

 「落ちたのも、3秒以内に拾ったから大丈夫ッス! ちゃんと食べるッス! ね、ユウさん!』

 『お、おおっ! 早速1枚……あ、フツーにウマい。』

 『ニャンズサッカーに使われたのも、後ほどおいしくいただくッス!』

 「……イチコさん、いつもと雰囲気違うけど、過剰にビビり過ぎじゃない? 魔王とユウさん。」

 「美人は怒ってても美人だよねー。」

 「……君はどんな時でも君だよね。」

 魔王にタメ口、喧嘩腰のユウさんもだけど、2人をあれだけビビらせるイチコさんが何者なのかも俄然気になってきた。  

 『えー、改めまして──』

 何事もなかったかのように、まおちゃんが再開する。

 『魔王謹製ロックケーキ、先着496名様にプレゼントするッス。』

 「あ、さらに減っちゃったー。」

 『応募に必要な合言葉は『たべものはだいじに』ッス。じゃ、100円ショップ行ってくるッス!』

 魔王が画面から消えて間もなく、パソコンにエラーメッセージが表示され、まおちゃんに接続できなくなった。

 「あれ? どうしたんだろう?」

 「みんなが一斉に合言葉を送信して、サーバーが落ちたんじゃないかな?」

 「私も送ったんだけど、間に合ったかな-?」

 「間に合ったとしても、合言葉送信されただけじゃ、送り先とかわからないよね? 本気でプレゼントするつもりだったのかな?」

 「だよねー? 欲しかったのになー、魔王クッキー。ねー、まねこ。」

 「ニャー?」



 まおーちゃんねる配信翌日、

ピンポーン

 「……誰だろう?」

チャイムが鳴らされ、外に出てみると、

 「うわぁっ!?」

大きなこうもりが家の前でホバリングしていた。 

 「どーしたの? あ、リリアークだー。」

 「り、リリアーク?」

 「到達目標レベル10くらいの森によく出るモンスターだよー。」

 「……何気に詳しいよね、冒険者事情。で、そのモンスターがなんでここに?」

 「ん? 首になんか下げてる?」

 「ちょっ、不用意に手ぇ出しちゃ危な……」

 彼女が手を伸ばすと、リリアークはちょこっと頭を下げた。

 「取りやすいように頭さげてくれたの? ありがとーねー。なんだろう、これ……」

 「『魔王謹製ロックケーキ』……えっ?」

 表には手作り感満載のシール、裏には食品表示シールまでしっかり貼られた小さなビニール袋には、ゴツゴツしたクッキーのようなものが2枚入っている。

 「まさかこれ……ホントに魔王クッキー?」

 「手の込んだイタズラならモンスターが届けにこないだろうから、たぶん本物なんだろうね。」

 「そっかー、魔王のおつかいで来たんだねー。偉いね-、リリアーク!」

 「極フツーに頭撫でてるけど、モンスターだよね、それ。」

 「いいじゃん! カワイイし、ねーっ!」

 警戒心ゼロの人間もマズいけど、抵抗も攻撃もせず、むしろ撫でられて嬉しそうに羽根をパタパタさせてるモンスターもどうなんだろう……

 「届けてくれてありがとねー。まねこ-、ほらほら、魔王クッキーだよー!」

 ハイテンションで部屋に戻って行く彼女。

 「あ、えっと……お疲れさまでした。魔王城の皆さんによろしくお伝えください。」

 コクリとうなずき、パタパタと飛び去るリリアークの姿、確かにカワイイかも。

………………

 いやいやいや、和んでる場合じゃない。

 合言葉送信だけで、どうやって住所特定したんだよ、魔王──っ!



 「492ー、493ー……ちゃんと数えてるッスかー?」

 「連休だってのに、なんで徹夜明けでこうもり数えさせられてんだ、俺は……」

 双眼鏡を覗きつつ、カウンターをカチカチしながら、勇者はアクビをする。

 「包装作業と送り先の確認作業で、徹夜になるとは思わなかったッスねー。」

 「包装だけなら、お前が帰ってくる頃には終わってたんだよ。透明な袋じゃ味気ないからとか言い出して、シールのデザイン始めて、ラベルシール買いに行って、シール貼ってみたらしわになるから一旦クッキー出そうとか言いやがって、途中でプリンターのインクなくなるし、ようやくシール貼って、クッキー詰め直したら、食品表示シールも作って貼ろう、ラベルシールなくなりました、中味ある状態でシール貼るとしわになるから出しましょう、インクなくなりました──」

 「クッキーじゃないッス、ロックケーキッス。」

 「どっちでもいいって……」

 徹夜作業で、ツッコミに勢いがない。

 「その後もなんやかんやあって、気付いたら空が明るくなってたッスねー。でも、今日中にお届けできてよかったッス。」

 「休日なのに休めないって……むしろ、普段より疲れてるとか、マジふざけんな。」

 「お休みの日って、そーゆーモンなんスよ。」

 「少しは悪びれろよ、疲労の元凶っ!」

 「495-、やっぱり1人帰ってきてないッスねー、リリアーくん。」

 双眼鏡を下ろし、魔王は少し心配そうな顔で、玄関ホールに集まったリリアーク達を見渡す。

 「序盤の森の中でよく見かけたけど、こんなにたくさんいるんだな、コイツら。」

 「ここにいるのはほんの一部ッスよ。最後のリリアーくんもそろそろ帰って来るだろうし、配り始めちゃうッスか。」

 495匹の巨大こうもり リリアークに、魔王が呼びかける。

 「みなさ~ん、配達ありがとねー。お礼を配るッスから、1列に並んで-。」

 行儀よく並んで羽ばたくリリアークに、粗品を手渡しする魔王と勇者。

 「ありがとうッス。またよろしくッス。」

 「お疲れさんっしたー……って、なんで徹夜明けでモンスターにバナナ配ってんだ、俺。」

 「勇者って、そーゆーモンなんスよ。」

 「そっか、そーゆーモン……じゃねぇよっ! そういや、このバナナも徹夜の原因だったんだ!」



 「ところで、この496名の方に、どうやってお届けするんですか?」

 496袋の包装作業が完了し、先着496名の住所を、企業(?)秘密の方法で特定し終えた段階で、イッコマエがふと疑問を口にする。

 「シロイヌさんか、右山さんか……その辺りッスよねぇ、お届け物は。」

 「今何時だと思ってんだよ。それに、496個分て、どれだけ送料かかるんだよ?」

 「遠方の方もいらっしゃいますし……なるべく早くお届けしたいんですよね?」

 「そうッスねぇ。できたら今日中に……」

 「今日中って……」

 時計は深夜12時を回っている。

 「無理だ、ムリっ! 今日中に届けられるって、どれだけ人間離れした配達員だよ、それ。」

 「人間離れ……それッス!」

 勢いよく椅子から飛び降り、魔王は食堂から出て行った。

 「……今度はなにを始める気だ? アイツ。」

 玄関ホールのほうが一瞬明るくなる。

 「……見に行きます?」

 「見る前からイヤな予感しかしねぇけどな。」

 食堂を出た2人が見た物は、

 「なっ……」

玄関ホールでホバリングしている巨大こうもり。

 「リリアークをんだんですか?」

 「そうッス。リリアーくん達なら今日中にお届けできるッス!」

 魔王は食堂からロックケーキの小袋と細いリボンを持ってくると、小袋にリボンを結びつけて輪を作り、それをリリアークの首にかけた。

 「ほらっ! こうやって持っていってもらうッス!」

 「うまく行くか? それで。」

 「実験してみるッス。リリアーくん、ここにお届けお願いするッス。」

 住所の書かれた紙を見たリリアークは、コクリと頷いて飛び立った。

 数分後、魔王のスマホが鳴る。

 「あ、もしも──」

 『いい加減にしてよ、魔王っ!』

 電話口から離れていても聞こえる怒鳴り声。

 「もー、なんで怒ってるんスか? セリューさん。」

 『なんで、って……キミだよね!? 巨大こうもり送り込んできたのは!』

 「そうッスよ。リリアーくんの宅急便ッス。」

 『宅急便?』

 「リリアーくんの首元、よーく見て欲しいッス。」

 『……なにこれ? 『魔王謹製ロックケーキ』?』

 「そうッス。オレ様が作ったッス。ビックリしたッスか?」

 『ビックリするなってほうがムリでしょ。巨大こうもりが突然現れるなんて!』

 「えっ、そっち? リリアーくんにビックリしたんスか?」

 『そうだよ! バスルームの天井に大きなこうもりがぶら下がってるんだよ? ビックリするに決まってるよっ!』

 「……そりゃ、怒るわ。」

 「謝ったほうがいいですよ、魔王さん。」

 「ごめんッス。まさかのお色気ハプニングとは想定外ッした。」

 『変な言い方しないでっ! 入浴中だったワケじゃな……』

 「でもまぁ、無事にお届けできたみたいでよかったッス。そのうちまた遊びに行くッスねー。じゃーねー。」

 『ちょっと、まお……』

 セリューはまだ何か言おうとしていたようだが、魔王はさっさと通話を終了させた。

 「実験成功ッス。リリアーくんの首にかけられるように、今からリボンを切って、袋に結ぶ作業開始ッス。」

 「い……今からぁ!?」

 「そうッス。でないと間に合わないじゃないッスか。」

 「ようやくチマチマした作業から解放されたと思ってたのに……」

 「あ、おかえりッス、リリアーくん。」

 セリューへのおつかいを終えたリリアークが城に帰ってきた。

 「お疲れ様ッス……ん?」

 リリアークの首に何かかけられているのに気付く。

 「セリューさんからお手紙ッス。」

 「急にこうもりが押しかけてきて迷惑だったろうに、手紙くれるなんて、奇特なヒトだな。」

 「えっと……『魔王謹製ロックケーキ、ありがとうございました。美味しくいただきました。』セリューさんにおいしいって言ってもらえたッス!」

 「それはなによりですね、魔王さん。」

 「ああ、そのヒトにウエディングケーキ贈るために、試行錯誤してるんだっけ。まだまともなケーキできてねぇけど。」

 「『突然のことでしたので、お返しの品も用意できず、申し訳ありません。』謝罪されちゃったッス。」

 「謝らなきゃいけないのはこっちだってのに、すげぇいいヒトだな。」

 「『代わりといっては何ですが、こんな言葉をお贈りいたします。『親しき仲にも礼儀あり』……ん?」

 「ちょっと様子が変わってきましたね。」

 「『誰かの家を訪ねる時は、事前に連絡して先方の都合を聞いたり、訪問して差し支えない時間帯かを考慮し、ちゃんと入口から入るようにしましょう。いきなり家の中に現れるなんてことは、決してしてはいけません。たとえ、友達の家でも、です。』なんかお説教されたッス。」

 「……お礼の手紙じゃなく、抗議文だったな。まあ、当たり前か。」

 「王サマたるもの、不法侵入くらいで怒っちゃダメッス。もっと、ドーンと構えてないと。魔王城ここなんか、不法侵入はもちろん、窃盗にも寛容に対応してるッス。」

 「特殊なんだよ、魔王城ここは。」

 「あ、そうなんスか。今度、よそのウチに行く時は気を付けるッス。おつかい、ありがとねー、リリアーくん。何かお礼しないとッスね。」

 「あ、あれがいいかも知れません。」

 そう言ってイッコマエは食堂からバナナを持ってきた。

 「こうもりにバナナ?」

 「いいッスね、それ。リリアーくんは果物好きなんスよね。はい、どーぞ。」

 「うわっ、ホントだ。すげぇテンション上がってる。」

 「おつかい、ありがとねー。またよろしくッス!」

 爪でしっかりとバナナを掴み、リリアークは飛び去った。

 「さて、新たな戦いの幕開けッス。」

 くるっと勇者に向き直る魔王。

 「バナナ、496本買うまで帰れま戦っ! 任せたッス!」

 「……えっ?」

 すかさず財布を渡すイッコマエ。

 「頑張ってください、勇者さん!」

 「ええぇーっ!?」

 「配達してくれるリリアーくん達を手ぶらで帰すわけにはいかないッしょ。」

 「自分で行けよ!」

 「オレ様とイッコマエさんは、これからチマチマとリボンを496本切って、そのリボンを496個の袋にチマチマと結ぶ作業を担当するッス。そんなチマチマした地味な作業を、勇者サマにさせるわけにはいかないッスからね。」

 「よかったですねぇ、チマチマから解放されましたよ。」

 「た、確かに、飽き飽きしてたけどっ! 今から買い出しって、店開いてねぇよ!」

 「オレ様は、さっきのセリューさんの件で、あることに気付いたッス。」

 急に真剣な顔をする魔王に、勇者の表情も引き締まる。

 「この世界には『時差』というものが存在するッス。」

 「……………は?」

 「ここは深夜ッスけど、セリューさんトコは入浴タイム、夜8時9時くらいッスか? 時差があるんスよ。」

 「まあ、あるよな、時差。なんで今さら、大発見!みたいに言いだしたのかはわかんねぇけど……」

 「今、この辺りは真夜中ッスけど、世界のどこかでは、今お昼のところもあるんスよ? お昼ってことは、お店も絶讃営・業・中っ! 今こそ旅立ちのとき! 行け! 勇者よ! 496本の伝説のバナナを求めてっ!」

 「496本のバナナを買い占める俺が伝説になるわっ!!」



 「で? 伝説にはなれたッスか?」

 「いや、伝説への道のりは果てしなく険しいと思い知った。100グラムあたり10円の特価バナナを、歴戦の勇者達が一瞬にして殲滅していく様を目の当たりにして、勝てる気が一切しなかったぜ……」

 「ああ……最強ッスよね。おばちゃんという名の勇者達は。」

 「若い感じの人達も割と多かったけどな。」

 「ああ……最強ッスよね。ダイエットという名の禁断の呪文は。」

 「なるほど。前日にバナナダイエット特集があったのか。」

 「思った以上に厳しい戦いだったッスね。お疲れ様ッした。お礼にバナナあげるッス。」

 何本か残ったバナナを差し出す魔王。

 「全力でお断りします。バナナも黄色いものも、しばらく見たくねぇわ。」

 500本近くのバナナを確保すべく、スーパーや果物屋を奔走した結果、妙なトラウマができてしまったようだ。

 「あ、最後のリリアーくんが帰ってきたッス。」

 495匹のリリアークが城を去って数分後、496匹目のリリアークが帰ってきた。

 「おかえりッス! おつかれー……あれ?」

 「なんか、飛び方おかしくね?」

 少しよろめきながらこちらに向かってくるリリアーク。

 その爪でしっかりと握っていたレジ袋を、魔王に差し出すようにちょいちょいと揺らしてみせる。

 「えっ? オレ様にッスか?」

 受け取ったレジ袋は見かけによらずズシッときた。

 「リリアーくんが持つにはちょっと重いッスね。」

 「それで帰りが遅かったのか。」

 「ありがとねー。お疲れ様ッした。」

 魔王は残っていたバナナを3本、リリアークに渡した。

 「他のリリアーくんには1本ずつしかあげてないから、3本もらったことは内緒ッスよ。」

 最後のリリアークを見送り、改めてレジ袋を見る。

 「なんかメモが貼ってあるッス。『魔王様 魔王謹製ロックケーキありがとうございます! お返しの品です。つまらないものですが、お受け取りください。』お返しもらっちゃったッス!」

 「大したモンやってないのに、なんか悪いな。」

 「そうッスね。でもありがたくいただくッス。何が入ってんスかねぇ……」

 レジ袋から取り出した品に、魔王と勇者は首をかしげる。

 「なんスかねぇ、これ。」

 「さあ……ん? メモ、まだ続きがあるじゃん。」

 「あ、ホントだ。えっと……へぇー、これもケーキらしいッスよ。」

 「これが? カッチカチだぞ?」

 「オーブントースターとかで焼くらしいッス。やってみるッス。」

 厨房へと向かう2人。

 「そういえば、イッコマエさんは?」

 「オレ様がケーキ作りで色々消費しちゃったから、買い出しに行ったッス。」

 「……大変だな、イッコマエさんも。」

 自分と同様、もしくはそれ以上に魔王に振り回されているであろうイッコマエに、思わず同情する勇者。

 「トースターに入れたら放置するんじゃなくて、ちょこちょこひっくり返しながら焼くみたいッス。」

 「なんか面倒なケーキだな。」

 数分後

 「あ、膨らんできたッスよ!」

 「おー、すげぇー……」

 扉を開け、取り出してみると、 

 「あれ? 一気に縮んじゃったッス。ヘンなケーキッスねー。お菓子っぽい甘いにおいもしないッス……」

 「柔らかくはなったな。」

 「…………」

 「………………」

 「お先にどうぞッス!」

 「先に食ってみ?」

 ほぼ同時に試食を勧める魔王と勇者。

 「遠慮しなくていいッスよ。あ、ほら、バナナバトルのお礼ッス。」

 「いやいや、メモに『魔王様』って書いてあるじゃん。お前宛なんだから、な。」

 「……半分こにするッス。」

 「……ラチがあかなそうだからな。」

 「では、切りまーす……あれ? 包丁にくっついたッス。ちょっとそっち持って。」

 「くっついたって、どういう……熱っ! わっ、なんだこれ? すげぇ伸びるんだけど?」

 ある程度伸びたところで半分にちぎれた未知の食べ物を、なかなか口にすることができない。

 「せーの、で食べてみるッス。」

 「おう。」

 『せーのっ!』

 「……」

 「…………味、ねぇな。」

 「ッスね……焼く前のがまだまだたくさんあるッスよ。」

 「マズくはねぇけど……」

 謎の食べ物を手にしたまま対処に困っているところへ、イッコマエが帰ってきた。

 「ただいま戻りましたー……お昼はおモチですか?」

 「おモチ? なんスか、それ。」

 「なにって、お2人が持っているそれですが……」

 「これは、ロックケーキのお返しでもらった、ライスケーキってやつッス。」

 「ええ、ですからおモチですよね?」

 「えっ?」

 「?」

 イッコマエと話が噛み合わず、魔王はスマホに問いかける。

 「ぐぐーるさん、『ライスケーキ おモチ』」

ピコンっ

 「……ライスケーキっておモチなんスね。ケーキじゃなくて、むしろ主食っぽいッス。」

 「……そんなのばっかりだな、この2、3日。」

 「もーっ! ケーキと名乗りながらケーキじゃない上に、お菓子ですらないなんて何事ッスか! 世界を混乱から救うため、紛らわしい名前のモノをすべて抹消するッス!」

 「ま、まあまあ、ちょっと待ってください。」

 イッコマエはエコバッグから何かを取り出し、ライスケーキこと、モチに手を加える。

 「はい、食べてみてください。」

 「……あれ? おいしいッス。」

 「うん、うまい。どっかで食ったことある味だな……あ、魔王せんべいだっ!」

 「それっ! それッス! 魔王せんべいっておモチからできてるんスか?」

 「厳密には違うんですが、原料はだいたい同じものですね。」

 「そうだったんスかー。魔王せんべいと違って柔らかいから、こっちのほうが好きッス。おいしい食べ方がわかったから、抹消は撤回するッス。」

 「マジで消す気だったのかよ……」

 「醤油をつける以外にも美味しい食べ方はありますよ。お昼はおモチで何か作りますね。」

 消費困難と思われていた1キロのモチは、雑煮、きなこ餅、バター醤油味、揚げ餅、果てはモッフルに姿を変え、あっという間になくなった。

 好評だったため、モチつき機能もあるホームベーカリーの導入を検討するイッコマエだった。



 「今日のおやつはケーキッス。」

 連休最終日の朝食後、魔王の言葉に、お茶を飲む手が止まる勇者。

 「えっ、デジャヴ? それとも連休初日まで時間が戻った?」

 「そんな、漫画や小説じゃないんですから、時間が戻るなんてこと起こりませんよ。」

 「そうッス。時間は決して戻らないもの。だから、一瞬一瞬を大切に過ごさないといけないッス。」

 「……誰かのおかげで、連休をすげぇ無駄に過ごした気ぃすんだけど。」

 ケーキに振り回された連休が、走馬灯のように蘇る。

 「で? 今日はどんなケーキを作るつもりだ?」

 「今日は作らないッス。作る前に研究しようと思って、ネットで買ってみたッス。」

 「なら安心だ。」

 「失礼ッスね! まだ勘違いケーキしか作ってないッスけど、まあまあおいしかったッしょ? カワケーキもロックケーキもライスケーキも!」

 「ライスケーキはお前が作ったんじゃねぇけどな。」

 「で、気付いたんスよ。作る前に実物を知っていれば、勘違いケーキにならないって。というわけで、今日はお医者さんに行くッス。」

 「は?」

 「魔王さん、さすがに話題が飛び過ぎです。あのですね、今日はニャンズのワクチン接種なんですよ。」

 「ああ、動物病院か。」

 「全員をオレ様だけで連れて行くのは大変ッスから、一緒に行くッス。」

 そう言って、勇者を見る魔王。

 「え、俺? イッコマエさんじゃなくて?」

 「私は、万が一勇者一行が来た時、城内にモンスターを召集するために留守番を。」

 「それに、勇者達が来た時、勇者が出迎えたら、ややこしいコトになるッスからね。」

 「なるほどな。OK-。何気に初だな、動物病院行くの。」

 子猫達を入れたキャリーバッグを魔王が持ち、母猫はそのまま勇者が抱きかかえ、城を出た。



 動物病院から戻ると、イッコマエと見知らぬ人物が玄関先にいた。

 「2代目魔王城、記念すべき第1号の勇者ッスか?」

 「フツーに宅配のヒトだろ。魔王城に届け物って、ある意味勇者だけど……」

 「ども、ありがとうございましたーっ!」

 「はーい。お疲れ様でしたー。」

 振り返った配達員は、魔王と勇者に気付くと、どーもー、と会釈し、車に乗り込んだ。

 「たぶんあのヒト、ここがホンモノの魔王城だと思ってないッスね。」

 「俺達のことも、フツーの住人だと思ってるっぽかったな。まあ、フツーのカッコしてるしな、今。」 

 魔王城に配達し、魔王本人に遭遇したにも関わらず、爽やかな笑顔で去って行った配達員を見送る、どう見ても一般人の魔王と勇者。

 「あ、お帰りなさい。」

 「ただいまーッス。お届け物ッスか?」

 「ええ。ケーキみたいですよ。」

 「意外と早く届いたッスね。」

 「3時まで冷蔵庫に入れておきましょう。」

 「よろしくッス。」

 荷物はイッコマエに任せ、猫達を部屋に連れて行く。

 「はーい、お疲れッしたー。みんないいコだったッスねー。」

 キャリーバッグを開けると、3匹の子猫は一斉に飛び出した。

 「ワクチンの影響で元気がなくなるかも、って言われたけど、今のところ大丈夫そうだな。」

 抱いてきた母猫を床に下ろしながら、勇者が言う。

 「念のため、午後からはここでニャンズの様子を見ながらお仕事するッス。」

 「仕事? そういや、勇者が城に来るまで、魔王って何して過ごしてんだ?」

 「モンスター達にあれこれ指示を出したり、ダンジョンに罠を仕掛けたり、勇者が来た時に言うセリフの練習とかしてるんじゃないッスか? フツーの魔王は。オレ様の仕事は今のところ、写真や動画の整理編集作業と、大きなケーキの作り方の研究ッス。」

 「さすが、フツーじゃない魔王だな。」

 「そう言う、フツーじゃない勇者の予定は?」

 「特に予定はねぇけど……部屋の掃除でもするか。」

 猫の飲み水を変えていた魔王の動きが止まる。

 「……部屋って、自分の部屋ッスよね?」

 「そうだけど。」

 「なんスか? 無菌室にでもするつもりッスか?」

 「どういう意味だよ。」

 「お掃除ロボが出動して、やることなくて秒で帰って来るような部屋をさらに掃除するって、もはや滅菌するくらいしかないかと……」

 「いやいや、フツーに掃いたり、拭いたりするだろ? てか、何でヒトの部屋の様子を知ってんだよ?」

 「だから、お掃除ロボの試運転を……」

 「ヒトの部屋で勝手に試運転すんなっ! いつ買ったんだよ、お掃除ロボ。」

 「ちょっと前ッス。で、試運転は障害物が少ないトコがいいんじゃないかって、イッコマエさんが……ね、イッコマエさん。」

 「障害物どころか、ホコリもないらしく、お掃除ロボが心なしかうろたえていましたね。」

 「うわっ! イッコマエさん、いつの間に……」

 背後に立たれていたが、まったく気配を感じなかった。

 「おしゃべりできたらきっと、『えっ? マジッスか?』って言ってたと思うッスよ、お掃除ロボ。」

 「やべぇ、ちょっと見たくなってきた……」

 「後で持っていっていいッスよ。」

 「後で?」

 「今はニャンズルーム専属になってるッスから。」

 魔王が言うのとほぼ同時に、勇者の足元をお掃除ロボが通り抜けて行った。

 「この部屋わりと来るけど、初めて見るぞ、コイツ。」

 「この時間帯に出動する設定にしてあるせいですね。」

 「そっか。バイト行ってる時間か、いつもなら。あっ、この感じ、すげぇ見たことある!」

 子猫を乗せて部屋の中を移動するお掃除ロボを、思わずスマホで撮り始める勇者。

 「かわいいッしょ? 子ニャン達にも人気なんスよ。」

 「盛り上がっているところ申し訳ありませんが、そろそろお昼にしますよ。」

 「はーい。ほら、行くッスよ。パパラッチ勇者。」

 「おっ、3匹乗ったぞ!」

 「えっ、オレ様もそれまだ見たコトないッス!」

 「魔王さんまで……あ、確かに可愛いですね、これは。」

 反則的なかわいさにイッコマエも抗えず、ツッコミ不在となったニャンズルームは撮影会会場と化し、昼食が麺類だったことを思い出したのは撮影開始から20分以上経過してからであった。



 「……あれ? 俺、ちゃんと昼飯食ったよな?」

 午後3時。

 おやつはケーキと聞いていたはずだが、テーブルの上にはラーメンが1つ置かれていた。

 「おもしろいですよね。ケーキなんですよ、これ。」

 ラーメンの容器を傾けて見せるイッコマエ。

 「お、すげぇ。へー、スープに見えるトコは、ゼリーかなにかでできてんのか?」

 「スゴいッしょ? おもしろいッしょ?」

 厨房から小皿やフォークを持ってくる魔王。

 ナイフで切り分けてもなお、飾りとして乗っているゆで卵やチャーシューを見る限り、ケーキには見えない。

 「では、手を合わせて、いたーだきます!」

 どう見てもゆで卵なそれを口にした勇者は頭を抱えた。

 「……違和感、ハンパねぇ……」

 「えっ、ダメッスか? 美味しいッスよ、甘いナルト。」

 「見た目とのギャップはすごいですが、味はいいですね、このチャーシュ-。」

 「それ! そのギャップ! 平気なのか、2人とも?」

 「んー、平気ッスね。」

 「初めはびっくりしましたが、もう平気ですね。美味しいケーキです。」

 「なんか、有名なパティシエが作ったらしいッスよ。」

 「そうなんですか? だから美味しいんですね。」

 「なんてモン作ったんだよ、有名パティシエ……」

 完全にケーキと認識して抵抗なく食べている魔王とイッコマエとは対照的に、見た目と味のギャップがなかなか埋められず苦戦する勇者。

 勇者がようやくラーメンケーキを倒した頃、

ピンポーン

 『どーもー、お届け物でーす。』

 「あ、オレ様が出るッス。」

 「魔王さん、ハンコハンコ!」

 「あざッス!」

 応対に出た魔王と配達員の声が聞こえてくる。

 『魔王城って言う名前のアパートか何かかなーなんて思いながら来てみたら、ホントにお城があって、びっくりですよー。いやー、立派ですねー。』

 「魔王城どころか、城だとも思われてなかったんだな。」

 「いろんな名前のアパートとかマンションがありますからね。」

 『ここに来てそこそこ経つんスけど、まだまだ知名度低いみたいッスね。勇者達が全然来ないんスよ。』

 『あー、そうですねー。周辺ぐるーっと森ですから、民家もないし、人もいませんしねー。あ、じゃあ、勇者らしき人達見かけたら伝えておきますよ。』

 「勇者達=入居希望者だと勘違いされてねぇか?」

 「可能性大ですね。」

 『マジッスか? よろしくお願いするッス!』

 『お願いされたッス! あ、こちらお品物でーす。じゃ、ありがとうございましたーっ!』

 『お疲れさまッしたー。』

 「おいおい、大丈夫か? ホントに入居希望者きたらどうすんだよ?」

 「部屋数はかなりありますけどね。」

 「トラップ部屋ばっかだけどな。」

 おもむろに立ち上がる勇者。

 「コーヒー淹れてくるけど、イッコマエさんは?」

 「あ、ではお願いします。」

 「魔王はコーヒー飲めるのか?」

 「カフェオレなら。」

 「あー、なんかそんなイメージだな。了解-。」



 「あれ? まだ戻ってこねぇのか? アイツ。」

 コーヒーを淹れてきたが、食堂に魔王の姿がない。

 「1度戻って来たんですが、また荷物が届いたようで。」

 イッコマエの言う通り、テーブルの上には戻ってきた形跡があった。

 「たこ焼き? 出前だったのか?」

 「さあ。たこ焼きの出前なんて聞いたことありませんけど、もしかしたらあるのかもしれませんね。先に食べてていいッスよー、だそうです。」

 「甘いモンの後の口直しのつもりか?」

 コーヒーをテーブルに置き、爪楊枝でたこ焼きを1つ取り上げ口に放り込む。

 「やー、スゴいッスねー。昨日注文したものが今日ぜーんぶ届いたッス。あ、どうッスか? たこ焼きシュークリーム。」

 「……ご覧の通りです。」


 勇者 HP 4

    状態 混乱


 「何で死にかけな上に、状態異常起こしてんスか!」

 重ねて持ってきた箱をテーブルに置き、勇者に詰め寄る魔王。

 勇者はコーヒーを飲み、混乱状態から脱して反論する。

 「シュークリームならそう言っとけよっ! ケーキだ、って言われてても最後まで違和感が拭えなかったのに、たこ焼きだと疑いもせずに食ったモンが甘かった時の衝撃、そりゃ状態異常も起こすわっ!」

 「ラーメンケーキからの流れで、あ、これもただのたこ焼きじゃないかも?って思うもんッしょ? フツー。」

 「……自分のフツーが万人のフツーと同じだと思うなよ?」

 「あ、そうなんスか? 気を付けるッス。今、この瞬間から。」

 「今、この瞬間から?」

 魔王の妙な言い回しに、顔を見合わせる勇者とイッコマエ。

 魔王は次々と箱の中身を取り出し、テーブルに並べた。

 カレーライス、ピザ、オムライス、ギョウザ。

 「魔王さん、まさかこれ全部……」

 「そう! これぜーんぶケーキッス!」


 勇者は逃げ出した!

 しかし、回り込まれてしまった!


 「何で逃げるんスか。ちゃんと先に言ったじゃないッスか。これぜーんぶケーキッス、って。」

 「だからこそ逃げるんだよっ! 事前に言っとけば何でもOKってわけじゃねぇからな! 何だよ、これ全部ケーキって……1度に何個も注文すんなよ!」

 「今日全部届くと思ってなかったんだから、仕方ないッしょ?」

 まぁまぁと2人をなだめるイッコマエ。

 「届いてしまったものは仕方ないですね。1度には食べきれませんから、保存方法を考えましょう。それぞれどういうケーキなんですか?」

 「えっと、カレーはチョコケーキ、ピザはアップルパイ、オムライスはクレープ生地を巻いたチーズケーキで、ギョウザはアイス……わっ、溶けるッス!」

 ギョウザアイスを手に、冷凍庫へ急ぐ。

 「他のものも冷蔵か冷凍で保存できそうですね。問題は、リアルな出来で、勇者さんの食指が動かないことですよね……」

 椅子に座りなおし、マジマジとケーキを見る。

 「すげぇよな。近くで見ても、ケーキに見えねぇもんな。甘いモンだ、ってわかってても、なんかなぁ……」

 「おいしいッスよ、ギョウザアイス。」

 「……何でためらいゼロなんだよ。」

 10個入りのギョウザアイスを1個食べながら帰ってきた魔王は、椅子に座り、勇者の質問に答える。

 「見た目が変わってるだけッスからね。なんか、すごく柔らかいおモチの中にアイスが入ってるんスよ。食べてみるッスか?」

 ナイフで切り分けたギョウザアイスを差し出されたが、勇者は首を横に振る。

 「イッコマエさん、あーん。」

 「……ん、おいしいですね。この組み合わせって合うんですね。」

 「何で平気なんだよ……」

 「むしろ、なんでそんなに無理なんスか。」

 「見た目はしょっぱいものなのに、食べたら甘い、ってのに尽きるな。」

 「じゃあ、目を瞑って食べたらいいんじゃないッスか?」

 「それはそれで違った恐怖感あるだろ。」

 「後は見た目を変えるとか……ちょっと手を加えてもいいですか?」

 「あ、ちょっと待って。写真撮るッス……はい、いいッスよ。」

 イッコマエは、オムライスケーキを加工しはじめる。

 「これでどうでしょう?」

 「いいッスね! これなら元々甘いものだし。これも写真撮るッス……はい、食べていいッスよ。」

 2人の期待の眼差しを受けた勇者は、ひたいを抑え、テーブルに肘を着いた。

 「……2人とも、俺なんかのためにあれこれ考えてくれてありがとな。」

 「えっ、どうしたんですか、勇者さん?」

 「なんスか? 遺言ッスか?」

 「ああ……そう、なるかな。」

 「ちょっと、ホントにどうしたんですかっ?」

 「いつもなら全く問題ねぇんだけど、この見た目、今1番ダメージでかいヤツ。」

 「……えっ?」


 勇者は力尽きた

   

 テーブルに突っ伏した勇者に慌てるイッコマエ。

 「えーっ!? なんで瀕死なんですかっ?」

 魔王も驚きを隠せない様子で、勇者の肩を揺する。

 「さすがに残念過ぎッスよ! 瀕死の原因が、バナナに見えるケーキ……あ。」

 「何か心当たりが?」

 「『バナナ、496本買うまで帰れま戦』の後遺症ッス。バナナも黄色いものもしばらく見たくないって言ってたの、忘れてたッス。」

 「わーっ、すみません、勇者さーんっ!!」


 

 翌日、4日間の連休を終え、まったく休んだ感覚はないが、何故か生まれ変わったような気分でバイトに向かう勇者だった。

 

 

 

 


 

 




 

 

 


 

 

 

 

 


 


 

 


 


 

 

 


 

 



  

 



 

 

 



 

 

  

 

 


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