いい国作ろう、魔王と一緒に!?
荒れ果てた大地。
破壊された家々が建ち並び、その中では人々が息を潜めるようにひっそりと暮らしている。
何かに怯え、絶望しか映さないその目。
荒んだ状況の中、頑是ない子供達の笑顔が救いとなる。
そんな町中に突如現れた黒マントの訪問者。
「だれか来た-!」
怪しげな訪問者に、何のためらいもなく駆け寄り、取り囲む子供達。
「おにーちゃん、だれー?」
「なにしにきたんだー?」
背後に回り込んだ子供は、訪問者が背負った大荷物に興味津々といった様子で尋ねる。
「なにが入ってるの-?」
「食べもの? おかし?」
「おなかすいたー。なんかちょーだい。」
矢継ぎ早の問いかけに、訪問者は荷物を降ろし、子供達と目線を合わせるように屈んでニッコリと笑う。
自分達に近しい空気を感じたのか、少し遠くから様子を伺っていた子供達も、訪問者に近付いてきた。
登山者が背負うような大きなリュックから、チョコレートやクッキーを取り出し、子供達に配り始める訪問者。
子供達はワッと歓声を上げそれらを受け取り、夢中で食べ始める。
「ありがとー、おにーちゃん!」
「ありがとー!」
「おいしーっ!」
一通り配り終えると、訪問者はリュックを手に、遠巻きに見ている大人達のほうへと歩き出す。
目を伏せる者
オロオロする者
逃げ出す者
怪しい訪問者に警戒を強める人々。
そんな中、亜麻色の長い髪をポニーテールにした女性が、訪問者の前に立ち塞がった。
「あんた、何者だい?」
訪問者をまっすぐ見据える強い眼差し。
20代前半といった感じの若い女性。
女性はさらに訪問者に詰め寄り、臆することなくその胸倉を掴み、声のトーンを落として咎めるように言う。
「面倒な奴らに見付かったら、ここにいるみんなが捕まるかも知れないんだ。あまり勝手なことをしないでもらえるかい?」
訪問者はうろたえる様子もなく冷静に女性を見、敵意のない笑顔で、女性の手をそっと振り解いた。
「面倒な奴らって、物騒な物持って、その辺をうろちょろしてた連中? ホント、面倒ッスよねー。あっちからこっちから次々と出てきて邪魔だったから、ちょっとお昼寝させてあげたッス。」
「はぁ? 何言って……」
黒いマントを軽く広げると、訪問者の足元に、ライフル銃やサーベルがバラバラと落ちた。
「危ないおもちゃも取り上げてきたから、安心していいッスよ、お姉さん。」
軽い口調で物騒なことを言ってのける訪問者。
フード付きのマントで全身を覆っているためよくわからないが、屈強な感じには見えず、背丈も程々で、声にもどことなく幼さを残した謎の訪問者に、女性は怪訝な顔をする。
「お姉さんは皆さんのリーダーッスか?」
「えっ?」
怪しげな訪問者に怯えた様子だった人々が、女性が間に立った時から安堵の表情を見せ始めたのを、訪問者は感じ取っていた。
「……リーダーなんてもんじゃないよ。この国がこんな風になった一因はあたしにもあるから、あたしの目と手が届くところくらいは、責任をもって守らないと……そう思っているだけさ。」
「詳しいコトはよくわかんないッスけど、皆さんはお姉さんのコト、すっごく信頼してるみたいに見えるッス。だから、これお願いするッス。」
訪問者は、持っていたリュックを女性に差し出した。
「水とかちょっとした食料ッス。少ないッスけど、皆さんでいいカンジに分けて下さい。」
「あんた一体……」
「見ての通り、怪しい者ッスよ。」
「自分で言うかい? 怪しいって。」
怪しいには違いないが、悪人のようには見えない。
女性は警戒の度合いを緩め、差し出された荷物を受け取った。
「!」
片手でひょいと渡されたリュックは想像以上に重く、女性は少しよろけた。
(これだけ重い荷物を片手で軽々と……こいつ、ホントに何者?)
「あ、ゴメンッス。重いよって言い忘れてたッス。」
よろけた女性を軽く支えて気遣い、訪問者はニコッとした。
「この物騒な物も、あのヒト達の手に戻らないように、預かっておくッスね。」
訪問者はサーベルを1本拾い、その切っ先で地面に何かを描き始めた。
書き終えると、そこに武器を全て集め、スッと右手をかざした。
次の瞬間、大量にあった武器は跡形もなく消えていた。
「! あんた、本当に何者……」
「あんなモノ持ってるから強くなった気になって威張ってるだけッしょ? あのヒト達。丸腰ならそれほど強気になれないと思うッス。」
ニコニコとはしているが、目は笑っていない。
「じゃ、後はよろしくッス。」
どこかへと向かう訪問者。
「ちょっと待ちな! その先には……」
「『魔王の城がある』ッスか?」
「わかっていながら……やめときな。あの城には近付かないほうがいい。一体どんな目に合うか……」
「心配してくれてありがとねー。でも、大丈夫ッス。」
訪問者は、顔だけを人々に向け、
「ちょっと『ご挨拶』してくるだけッスから。」
世にも美しく、ゾッとするほど冷たく、それでいて恐ろしいほど無垢な笑顔を残し、フッと姿を消した。
かつては笑顔に満ちた美しい国だった。
豊かな大地は美味しい作物を実らせ、どこまでも広がる草原は健康な家畜を育み、人々に恵みをもたらしていた。
他国との交流も盛んで、小さいながらもこの国は活気づいていた。
国民のために様々な整備を行い、そのための支出は惜しまず、自らは質素で慎ましやかに暮らしていた王 ミルト。
歴史を重ねた城はかなり傷みが出てきて、見かねた人々が王に城の修繕を勧めたが、
「雨漏りがするようになったら検討しよう。そもそもこの国は雨が少ないからまだまだ先になるかな?」
などとやんわり躱し、『質素過ぎる王』などと少しあきれられながらも民衆から愛されていた。
そんな王の突然の逝去。
国中に涙の雨が降り注いだ。
王との別れは国をあげて盛大にと人々は望み、次期国王となる一人息子、セリューにも嘆願した。
しかし葬儀は、セリューと数人の使用人のみで執り行われた。
『質素過ぎる王』であった父はきっと、自分の葬儀に莫大な国費が投じられるのをよしとしないだろうからと、セリューが頑なに固辞したためである。
王子の言うことももっとも。
確かに『質素過ぎた王』には相応しい最期かも知れないと、近隣に住む者は城門の前で、遠方の者は城の方角に向かって、各々で旅立つ王を見送った。
しかし、亡き王の恩に報いたかったという想いは、人々の心に引っかかっていた。
亡き王に返せなかった恩を未来に託してはどうか。
まだ雨漏りはしていないが、歴史を刻みすぎている城を修繕し、新たな王の誕生を祝す事で恩返ししてはどうだろうか?
誰からともなく出されたこの提案は、瞬く間に国中に広がり、瞬く間に修繕費が集められた。
この申し出を始めは断っていたセリューだが、民意に反して内々で済ませてしまった葬儀の件を少なからず申し訳なく思っていたため、あまり強くは言えずにいた。
逡巡しているうちに、修繕のための大工が自主的に各地から集まり始め、有無を言わせてくれそうにない人々の熱い視線に取り囲まれる日々が続き、セリューの心は揺れた。
思い悩んだ彼は、ある女性の元を訪れた。
「国民のためにもなるんだから、直してもらえばいいよ。」
あまりにもあっさりとした、しかも考えてもみなかった回答に、セリューはあっけにとられた。
「城の修繕が、国民のためになる? なんで?」
「綺麗な国なのに、城だけボロボロなんて……ってみんな心を痛めていたんだ。国民のために尽くしてくれる素晴らしい王をあんな城に住まわせておくなんて申し訳ない、って。」
「そうだったんだ……」
「しっかりしろよ! これからはあんたがこの国を引っ張って行くんだからね!」
憂い顔のセリューの背中をバシッと叩き、叱咤する女性。
「レイナ様が亡くなってから、もう10年くらい? それからずっと頼りにしてたミルト様も急に亡くして、不安に決まってるよな。」
「ホント、不安しかないよ。」
「まだ19歳だしな。でもそれが逆にいいかも。『まだ若いから』って、多少の失敗は多目に見てもらえそうだろ?」
「無責任なコト言わないでよー。」
「楽天的、って言って欲しいね。」
女性の笑顔につられ、セリューにも少し明るさが戻る。
「みんなが望んでいることに耳を傾けて、どうすればいいのか考えて実行する。それでいいんじゃないかな。」
スッと小指を差し出す女性。
「国民の声をしっかり聞いて、立派な王になりなよ、セリ。」
「……うん。色々ありがとう、サリヤ。頑張ってみるよ。」
セリューと指切りすると、女性は笑顔でうなずき、亜麻色のポニーテールを揺らした。
身分は違えど、幼い頃から交流があり、誰よりも信頼のおける2歳年上の彼女の言葉に、セリューの迷いは消えた。
翌日から早速修復工事が始まった。
大勢の腕利きの大工達が、交代しながら昼夜を問わず作業にあたり、1ヶ月間としないうちに、城は美しさを取り戻した。
セリューが20歳を迎える日に合わせ、人々の是非にとの言葉に押される形で盛大な戴冠式が執り行われ、若き王の誕生に国中が歓喜した。
だがこれらが、若き王を魔王へと変えてしまうことになろうとは、誰が予測出来ただろうか。
「綺麗になったねぇ、お城。」
「ああ、この国の象徴、って感じだな!」
「やっぱり修繕してよかった。」
「この城を見るために、よその国からもたくさんの人が来るようになったわよね。」
「そういう人達が泊まれるような場所が必要になってきたな。」
そんな声を耳にすると、すぐさま宿泊施設の建設を指示した。
宿泊施設ができて、さらに増える観光客。
「人が増えて、行き来が不便になってきたな。」
「新しい道を作るか、広くしたらいいんじゃないかしら?」
道路の新設、拡張に伴い、町並みも新しく整えられる。
「いろんなところからいろんな人が来るのはいいけど、治安が少し悪くなってきたかも……」
「それを注意したり罰したりするような役割の人間がいたほうがいいかも知れん。」
喧嘩すら滅多にないほど平和で、悪事を働く者もいないこの国には、争い事や犯罪を取り締まったり裁いたりする役割の人間はおろか、そういった概念すらなかった。
1番近いのは、城や自分を警護している兵士だろうと考え、兵士を増員し、各地に派遣して、治安維持に当たらせた。
「小さな子供達をまとめて面倒みてくるような場所があったら、みんなもっと働けるんだけどね。」
「田舎のほうには医者がおらんのだ。大きな病院でなくていい。ちょっとした怪我や病気を診てもらえる診療所は出来んものかのう。」
「家畜に流行り病が出て大きな被害が出ています。どうか援助をお願いします!」
「干ばつで、農作物の収穫が激減だ。他国との交渉で何とかならないだろうか?」
「セリュー様!」
「王様!」
「国王!」
………………
次から次へと舞い込む要望や諸問題。
次から次へと求められる決断。
戸惑いながらも必死にこなしていたセリューだったが……
「……様、セリュー様?」
執務室の机で虚ろな目をして座り込んでいるセリューに、大臣が声をかける。
「あ、ごめん。何か用?」
「いえ、随分お疲れのように見えましたもので……」
「ん……ちょっと、ね。でも大丈夫。みんなの声を聞いて、1日も早く、しっかりした王にならないと。」
「就任されてから、休みらしい休みが取れずにいますからね。」
言いながら大臣は手帳をめくる。
「諸問題もだいぶ落ち着いて来ましたし、明日1日、休息されては如何でしょう?」
「……そうだね。そうするよ。ありがとう、大臣。」
先代の王にも仕えており、自身も幼い頃から知っている大臣の気遣いを感じ取り、セリューは素直にその提案を受け入れた。
久しぶりに触れる外の空気。
ラフな服装のせいか、国王だと気付く者もおらず、気楽に城下町を歩ける。
ちゃんと国家運営できているのか全く自信がなかったが、以前と変わりなく活気のある様子に、少しだけホッとする。
「綺麗なお城だったねー。」
通りすがりの人々の声が、セリューの足を止める。
「内装もステキだったわ。ただ、大広間が少し寂しい感じだったわね。」
「そうねー。絵画とか彫刻とか合ったら、もっといいかもね。」
壁やイーゼルに並ぶ絵画を真剣に見て回る若者に画廊の店主が声をかける。
「いらっしゃいませ。どのような絵を……セ、セリュー様っ!?」
「お邪魔してます。」
若者の正体が国王だと気付き、白髪の店主は腰を抜かさんばかりに驚いた。
「大広間に飾るような物を探しているんですが、よくわからなくて。」
「お、大広間? お城の、でございますよね。でしたら、歴代の王の肖像画などは如何でしょう?」
「なるほど、肖像画ですか。でも、なんだか恥ずかしいですね。他には何かありませんか?」
「セリュー様がお好きな画家がおられるようでしたら、その方の作品を……」
「特にそういう人もいないので、見に来てくれる人達が喜んでくれそうな物がいいんですが、ご主人の感性で、何点か選んでいただいてもいいですか?」
「よ、よろしいのですか? それで。」
「はい、お願いします。」
「承知致しました。後日、お城のほうへ伺わせていただきます。」
「わかりました。突然お邪魔してすみませんでした。よろしくお願い……あ、あと、石膏彫刻とかって、どこに行ったら購入できるんですか?」
画廊店主に教えてもらった彫刻家の工房は少し遠方だったため今日行くことは諦め、再び町中を歩く。
「あれ? セリュー?」
「あ、ブラト、久しぶり。」
学生時代の同級生 ブラトにバッタリ遭遇し、相好を崩すセリュー。
「戴冠式で見かけて以来だな-。忙しそうだな。」
「まあ、それなりにね。早く一人前にならないと。」
「って思ってんなら、まずその格好。」
「えっ? 何かヘン?」
「ヘンじゃないけど、フツーの兄ちゃんにしか見えねぇよ、それ。王様だろ? お前。」
「今日は休みだからこんなだけど、普段はちゃんとした服装だよ。父さんが着ていたスーツとか。」
「おいおい、質素過ぎる王の息子はさらに質素かよ。ミルト様はわりと体格良かったから、お前がそれ着たらブカブカだろ?」
「でも、傷んでないからもったいないなぁって。」
「庶民感覚で親しみ易いのも悪くないけど、自分用のスーツ、ちゃんと仕立てろって。」
「自分用なんて贅沢だよ。国費は国のため、国民のために使われるべきだ、って、父さんがよく言ってたし。」
「『一国の王が先代のお下がり着てる~』って、他の国の連中にナメられたら、国民が泣くぞ? 王様らしい貫禄も必要なんだよ。戴冠式の時みたいな正式なヤツじゃなくていいけど、公務中はやっぱちゃんとした格好しねぇと。その為の出費は贅沢とは別物、むしろ必要経費だって。」
「そっか。王らしさ、か。見た目も大事なんだね。考えもしなかったよ。ありがとう。」
「考えもしなかった、って……素材のよさでカバーされてるから、着るモンには無頓着だよなぁ、お前は。今日は休みだって言ったよな? 今から仕立て屋んとこ行こうぜ。」
ブラトに伴われ、テーラーを訪れたセリューは、そこでもまた店主を驚かせることとなった。
ブラトと別れる頃には日が傾き始めていた。
とある店の前で足を止めるセリュー。
「……臨時休業、か。」
仕方なく帰路につこうと店に背を向けた時、
「おい、セリュー。セリューだろ?」
聞き覚えのある声に振り返る。
「お久しぶりです、大将。」
大柄な壮年男性が、セリューの肩をポンポン叩きながら満面の笑みを浮かべる。
「相変わらずひょろっひょろだなあ! いや、前より痩せちまったんじゃねぇか? ちゃんと食ってるか?」
「はい。以前と変わらず。」
「それだ。そのせいだな。ミルトには散々言ってやったんだがな。お前は質素なメシでもいいかも知れねぇけど、息子はまだ育ち盛りなんだから、いいモン食わしてやれ、ってよぉ。たまーに食う大衆食堂のメシがご馳走だなんて、一国の王が、どんだけ粗食なんだよ、って。」
「その『ご馳走』目当てで来たんですけど、お休みだったんですね。」
「あー、そうだったのかぁ。悪かったなぁ。今日はサリヤを見送りに行っててよぉ。」
「えっ……サリヤ、どこへ?」
「隣の国へ、花嫁修業しにな。」
絶句するセリューをしばらく見ていた大将は、こらえきれなくなって大笑いした。
「冗談だ、冗談。あの跳ねっ返りをもらってくれるヤツなんざいやしねぇよ。わかりやすいなぁ、お前さんは。」
からかわれていたことに気付き、セリューは顔を赤くする。
「まあ、隣の国に行ったのは本当だけどな。修業は修業でも、料理人修業だとさ。」
「料理人目指してるなんて知らなかった……」
「急に言い出したことだから、知らなくても無理はねぇよ。ったく、どこの宮廷料理人目指してんだかな。」
「えっ?」
「ま、あれだ。これ以上ガリガリになんねぇように、腕のいいコック雇って、もう少しマシなモン食え。せっかく立派な厨房があるんだからよ。」
「今のままで大丈夫ですよ。コックさんを雇ったりするとなると……」
「国費の無駄遣いだ、ってか? ミルトの野郎、やっかいなモン遺して逝きやがって。国王の健康のために使うカネがムダなわけねぇだろ? 痩せるだけならいいけど、病気にでもなってぶっ倒れたら、それこそ国家的損失だ。『国のため、国民のため』のミルトイズムもほどほどにして、もっと自分自身も大事にしろ。」
「み、ミルトイズム……」
「国民より質素に暮らしてんだ。ちょっとくらい自分のために使ったって、誰も文句言いやしねぇよ。むしろ、節制し過ぎで心配なくらいだ。国民を安心させるのも、国王の仕事だぞ。よし、知り合いのコックを格安で紹介してやるよ。」
「そ、そこまでしてもらわなくても大丈夫です。大臣とも相談して、自分でやりますから。」
「……絶対だぞ?」
「はい。お気遣い、ありがとうございます。」
「おう。今日は休みにしてて悪かったな。また来てくれ。『ご馳走』用意しといてやるからよぉ。」
「はい。楽しみにしてます。」
「しっかり頼むぜ。セリュー国王!」
先代の王 ミルトの友人は、ちょっと冷やかすように言って、セリューの頭をくしゃくしゃっと撫でた。
「料理人修業、か。」
隣国へ旅立ったという、サリヤの言葉を思い出す。
『国民の声をしっかり聞いて、立派な王になりなよ、セリ。』
自分なりに頑張ってきたつもりだったが、
『庶民感覚で親しみ易いのも悪くないけど、王様らしい貫禄も必要なんだよ。』
『国にため国民のためも大事だけど、もっと自分自身も大事にしろ。国民を安心させるのも、国王の仕事だぞ。』
「僕もまだまだ頑張らないとね。」
しっかりしなければ、という思いを新たにし、城へと戻った。
だいぶ慣れては来たが、相変わらず忙しい日々は続く。
1つの問題を解決している間に、新たな問題が3つ4つと増えている、そんな毎日。
自分の下した判断が正しかったかどうかを確かめる間もなく、次の課題に取り組まねばならず、山積みの書類を前に、不安が蓄積していく。
(なんか……頭がスッキリしないな……)
モヤモヤした気持ちを抱えたまま執務室を出、何気なく大広間へ向かう。
観覧時間が終わり、大広間には誰もいない。
画廊店主に厳選してもらい、大臣の同意も得て飾られた絵画や彫刻。
今までじっくり見たことがなかったが、それらを見ていると、様々な不安が消え、気持ちが軽くなることに気付いた。
「セリュー様、こちらでしたか。執務室にもお部屋にもいらっしゃらないので……」
「絵とか彫刻とか……美術品には興味なかったけど、いいものだね。何だか心が落ち着く感じ。」
難しい顔をしていることが多くなっていた王が久しぶりに見せる穏やかな表情。
王の状態を気にかけていた大臣が提案する。
「それでしたら、もう少し飾られては如何でしょう? なかなか評判もいいようですし、まだスペースもありますし、今度はセリュー様のお気に召すものをお選びになってみては?」
「展示物を増やすのはいいけど、僕の好みのものでなくていいよ。国民や観光客が喜んでくれそうな物で。それで充分癒されているし、僕の好みで選ぶとなると、自分のために国費を使うみたいで、何だか悪い気がするしね。」
「そのようなこと、お気に病まれずとも……国民を想うのと同様に、もう少しご自身のこともお考え下さい。」
『もっと自分自身も大事にしろ。』
「……そう言えば同じようなこと、大将にも言われたっけ。」
「大将? ああ、ミルト様のご友人の。」
「うん。」
壁に掛けられた1枚の絵を見ながら大臣に言う。
「この絵、なんかいいね。」
「セリュー様……」
「この画家さんの作品を1点、後は人気のあるものや有名な作品を数点、お願いしようかな?」
「畏まりました。画商に問い合わせます。」
「ありがとう、大臣。」
どこか安心したような、嬉しそうな大臣の様子を見て、大将の別の言葉を思い出す。
『国民を安心させるのも、国王の仕事だぞ。』
(こういうこと……なのかな?)
本当は、今ある美術品だけで充分癒されていた。
しかし、あまりにも心配げな大臣に配慮し、ちょっと言ってみただけだったのだが。
それを大臣がことのほか喜んでくれたことに驚きつつ、相手が安心してくれるなら、こういう言動も必要なのかと感じた。
たとえそれが本意でなくとも。
程なくして、新たな絵画が大広間に加わった。
充分だと思っていたはずだったが、いざ、手にしてみると、不思議な高揚感と、心が晴れる爽快感を覚えた。
その抗いがたい感覚に魅了され、様々なものを次から次へと買い求めるようになっていった。
ただただ国民や観光客のためにと思って買い付けた始めた美術品だったが、いつしか自身の欲求を満たすためだけに購入するようになり、それらに費やされる国費も加速度的に増えていった。
この頃から王の様子が少しずつ変わり始めていたが、周囲の人間も、王本人ですらも気付いていなかった。
「大将、テレビテレビ! セリュー出てる!」
「他の客に迷惑だろ! 静かにしろ!」
「常連以外いねぇじゃん。」
大衆食堂の小さなテレビを食い入るように見る店主とセリューの友人達。
そこには海外からの要人を出迎える国王 セリューの姿があった。
「あれ! あのスーツ、オレが作らせたヤツ! バッチリじゃん!」
「馬子にも衣装、ってくらいだからな。本物の王がちゃんとしたカッコしたら最強だな。」
「ミルト様とレイナ様のいいトコを全部受け継いだ、ってカンジの美男子だしねー。」
自分の親ほど年の離れた要人にも決して引けを取らない堂々とした振る舞いを見せるセリューを画面越しに見守る一同。
「……こうして見ると、やっぱ王様なんだなって思うな。」
「なんか遠い存在になったみたいに感じるよな。」
しんみりとした空気の中、1人がポツリとつぶやいた。
「遠く感じるのってさー、雰囲気変わったせいもあるよねー。」
「まあ、確かに前みたいな柔らかい感じはなくなったよな。国王らしさが身についてきたってことじゃねぇの?」
「国王らしさなのかー。なんかピリピリしてるみたいな、怖いカオになったみたいな。」
「最近、財政が厳しいみたいなウワサも聞くし、国王なんだから以前みたいにのほほんとはしてらんねぇだろ。」
「その財政難の原因が、セリューの浪費のせいだ、ってウワサもあるよな。」
「まっさかぁ。『質素過ぎる王』の息子だぞ? ちゃんと自分用のスーツ仕立てろって言ったら、そんなのは贅沢だ、って言い返したくらいだぞ? そんなヤツが浪費なんて……」
「でもさー、大広間の美術品だけじゃなくて、お城周辺もなんか派手になってきてるよねー。」
「ジワジワと税金上がってきてるしな。」
「大広間とか城の周りは、観光客向けのモンだろうし、インフラ整備とか公共施設の建築とか色々やってるし、増税もそのせいじゃ……大将はどう思う?」
「前会った時よりまた痩せてるじゃねぇか。ちゃんと食ってんのか?」
「……大将だけ着眼点違ぇし。」
「ミルト様の政権下では、税金はほぼないに等しかったが……」
「えっ?」
大将とセリューの友人達しかいないと思われていた店内に、しわがれた声が加わる。
店の隅で新聞を読んでいた初老の男性が、新聞を畳みつつ続ける。
「ミルト様以前の時代には、様々な物に税がかけられておった。王が変われば政策も変わる。政策が変われば国の在り方も変わる。国民の生活も変わる。今、この国はセリュー様の物、セリュー様次第ということじゃな。さて……どうなって行くかのう。」
「これ以上の増税は、さすがに国民が黙っていません!」
「今一度、お考え直し下さい!」
セリューの浪費は美術品に留まらず、以前は贅沢だと言っていた衣類、靴、腕時計や懐中時計などの装飾品の収集、家具や調度品、その他細々した日用品にまで及び、国の財政を急速に圧迫していた。
短期間に幾度となく増税が実施され、豊かだった国民生活に暗い影が差し始める。
国民の間に広がりつつある不満をなんとか抑えてきた補佐官達だが、更なる増税の指示に、ついに声を上げた。
その訴えに、セリューは冷たく言い放った。
「今、この国を納めているのは僕だ。僕のやり方に異議がある者、従えない者は、今すぐに僕の元から去ってくれて構わない。」
次々と城を去る補佐官達。
留まり、異を唱え続けた者もいたが、その後の消息は誰も知らない。
悲痛な面持ちで、何か言いたげな大臣にも、王は冷ややかな眼差しを向ける。
「いつ辞めてもらってもいいよ、大臣。」
「いえ、わたくしは……」
「……あ、そ。」
国民想いで慎み深かった王は、いつしか独善的で冷淡な王となっていた。
国のため、国民のために使われていた国費は、すべて王のためだけに使われるようになり、派手で贅沢になっていく王の生活。
そのために重い税を課せられ続けた人々の生活はあっという間に困窮し、豊かで笑顔に満ちていた国は、暗澹とし、争いが絶えない国に変貌を遂げた。
国の酷い現状を訴え、どうにか王の目を覚まさせようと、連日多くの市民が城を訪れたが、王が姿を見せることはなかった。
自由に見学できた城内も立ち入り禁止となり、城の周囲を取り囲むように立ち並んだ兵士達が、抗議者を追い返したり、拘束するようになった。
治安維持のため、各地に派遣されていた兵士達は犯罪者だけではなく、少しでも王に反抗的な態度を見せる人々も取り締まるようになり、中には武力を笠に着て自らが暴徒と化す兵士も現れ、市民や観光客、貿易商達を襲撃し、他国との交流もほぼなくなってしまった。
逃げるように自国へ帰った者達は、この国をこう呼んだ。
『魔王に支配された悲劇の国』
カシャンっ
手にしていたナイフとフォークを投げ捨てるように置き、不機嫌な顔で王は言った。
「もういらない。さっさと下げて。」
傍に控えていた大臣はおずおずと王に言う。
「ほとんど召し上がっておられないようですが……」
「こんな不味いもの、食べられないって言ってるんだ。あのシェフは今すぐ解雇して、別のシェフを呼んで。」
「彼はこの国で最高の腕を持つ料理人です。その料理がお気に召さないとなりますと……」
「僕に口答えするの?」
「あ、いえ、そういうわけでは……」
「えーっ、この料理不味いッスか? フツーに、てか超美味しいッスよ?」
「ええ。一流の食材を一流の料理人が扱うのですから……って、何者だっ!?」
自分と王しか居ないはずの部屋に突如加わった第3の声に、大臣は驚きを隠せない。
「はじめまして、どーもッス。オレ様、魔王ッス。」
マントのフードを取り、勝手に手にしたパンをもぐもぐしながら魔王は答え、目を丸くしている大臣と無表情な王を交互に見る。
「そのひょろいヒトがセリューさん?」
「ひょろ……せ、セリュー様に対してなんという……」
「ホントにもう食べないなら、オレ様がもらっちゃうッスよ?」
「……好きにしたら?」
セリューは席を立ち、赤いビロード張りのソファに移動した。
「マジッスか? 席まで譲ってくれて……じゃあ遠慮なく。あ、ご飯の時にこんなの着てたら、イッコマエさんに怒られちゃうッスね。はい、よろしくッス。」
「えっ、はっ、お預かりいたします。」
魔王と名乗る飄々とした若者に、戸惑いながらもなぜか逆らうことができず、大臣はマントを受け取った。
マントを外した姿からは先程までの怪しさは消え、どこか気品さえ感じさせる。
だからだろうか、大臣はごく自然に椅子の後ろに回り、魔王が腰を下ろすのに合わせてスッと椅子を移動させた。
そんな2人の様子を、ソファに深く身を沈め無表情で眺めていたセリューがポツリともらす。
「なんだか、僕よりキミが座るほうがしっくりくるね。」
嫌味と本音が混ざり合った口調で。
「え、そうッスか? あざッス、セリューさん。」
「……そんなしゃべり方なのにね。」
ほんの一瞬苦笑し、またつまらなそうな表情に戻る。
しかし、肘掛けに頬杖をつくように座り直して魔王を見る目には、魔王への興味が伺える。
「いただきまーす!」
手を合わせてそう言うと、新しく用意されたナイフとフォークを取った。
手慣れた様子で食事を進める魔王を、大臣も興味深げに見ている。
「美味しいッスけど、栄養バランスが悪いッスね。」
「セリュー様がお好きな物だけをお出ししております故……」
セリューを気にするようにチラチラ目をやりながら大臣が答える。
「好き嫌いは良くないッスよ。しかも、その好きなモノさえ食べないなんて。大臣さんもちゃんと言わなきゃダメッス。」
「は……はぁ。」
王の無言の圧力と魔王のむちゃブリの狭間で、大臣は困った顔でひたいの汗をポケットチーフで拭く。
「オレ様も昔から厳しく言われたッス。バランス良く何でも食べなさい。残してはいけません、て。普段は優しいんスけど、食事に関してはすっごく怖いんスよ、イッコマエさん。」
「……誰? イッコマエさんって。」
「そうッスねぇ……セリューさんで言うところの、大臣さんみたいなヒト?ッスかね。」
「だから、『大臣さんもちゃんと言わなきゃダメ』ってワケか。ふーん……」
しきりに汗を拭っている大臣に、意地悪そうな笑みを向けるセリュー。
「言ってみる? 『好き嫌いするな』って。」
「め…めめめ滅相もないっ! わたくし、その様ことは決して申しませんっ!」
「だよね。僕に意見しようものなら、どんな目に合うかわからないもんね。」
「うわー、おとなしそうに見えて、結構怖いコト言うんスね、セリューさんて。」
ナプキンで口元を拭いてテーブルに置きながら、魔王はさらに続ける。
「その辺りも『魔王』って呼ばれる所以ッスかね?」
魔王の言葉に、セリューの眉がピクッとなる。
「ごちそうさまでしたー。美味しかったッス。あ、食器の後片付け……」
「わ、わたくしがっ! わたくしが致しますのでっ!」
ピリピリしたセリューの様子を察した大臣は、部屋を出るいい口実が出来たとばかりに、空いた食器を素早くトレイに乗せ、素早く部屋を出て行った。
「で? キミは何をしにここへ来たの?」
「そっちに行ってもいいッスか?」
セリューの向かいの椅子を指差し、尋ねる魔王。
「……どうぞ。」
ローテーブルを挟み、向かい合って座る2人。
「セリューさんと、この国のウワサを聞いて、ちょっとご挨拶しに来たッス。」
「僕と、この国のウワサ?」
魔王はテーブルに指先で魔法陣を描き、パソコンを召喚する。
「手品?」
「召喚魔法ッス。えーっと……はい、こんな感じッス。」
「『魔王に支配された国』『魔王に笑顔を奪われたかつての楽園』『魔王の悪政 貧困に喘ぐ国民』『魔王の暴挙 孤立する国』『魔王と化した若き王』ふーん、散々な言われようだね。」
「そうなんス。いい迷惑ッス。これだとパッと見、オレ様が暴君みたいな印象受けるじゃないッスか。」
「えっ?」
「オレ様、こういうコト大っ嫌いなんス。権力振りかざしてやりたい放題とか、弱いモノいじめとか。オレ様を倒しにくる勇者達だって、オレ様からしたら全っ然弱っちぃんス。正直、弱いモノいじめになっちゃうッス。だから、オレ様んトコにたどり着く前に諦めてもらおう、って、城に近くなるほど強いモンスターが出るようにしたり、1個前の中ボスに勝てなきゃ進めなかったり、最終的には伝説の剣に認められたヒトとしか戦わないんスよ。」
「あのー、話がよく見えない……」
「確かに、世界征服するって動き出した当初は、無計画にモンスターに悪ささせて、ちょっと皆さんにご迷惑かけたケド、今は一般のヒトには攻撃しないようにモンスター達に言って、時々、世界滅ぼすぞ~、って勇者御一行を煽るフリしつつ、おとなしく世界征服してるんス。なのにネット上にこんな書き込みがたくさんあって、たまたま見かけたオレ様がどれだけショックを受けたか、わかるッスか、セリューさん! というワケで……」
魔王は椅子から立ち上がり、ビシッと人差し指をセリューに突きつけ、
「速攻で国政を立て直すコトを要求するッス!」
「ちょ、ちょっと待って。」
ヒートアップする魔王を前に、セリューは戸惑いを見せる。
「ネット上で言われているこれって、この国のことだよね?」
「そうッス。」
「てことは、ここで『魔王』って言われてるのは僕だよね?」
「そうッス。」
「じゃあ何でキミがショックを受けるワケ?」
「何で、って、『魔王』と聞いて、世間一般のヒトが真っ先に連想するのは、オレ様のコトだからッスよ!」
「何言ってるの? その言い方だと、まるでキミが本物の魔王みたいに聞こえるんだけど。」
「あれ? オレ様さっき名乗ったッスよ。『オレ様、魔王ッス。』って。」
「……えっ? えぇーっ!?」
無表情、無関心で捉えどころがなかったセリューが、はっきりと驚きの感情を現す。
「内容までしっかり読めば、オレ様のコトじゃないってわかるッスけど、見出しでオレ様のコトだと勘違いしたまま読み進められたら、イメージ最悪じゃないッスか。」
「まあ、そうだけど、『魔王』ってそもそもいいイメージないよね?」
「フツーの魔王はそうッスね。ところがオレ様は癒し系魔王なんス。」
「い……癒し系? 魔王が?」
「そうッス。だから悪印象の拡散を止めるために来たんス。それと……」
魔王は真顔になり、セリューの目をまっすぐに見ながら言った。
「この国が本当にウワサ通りなのか確かめるために、ウワサ通りの惨状にあるなら、即刻改善してもらうために来たんスよ、王サマ。」
魔王から今までの軽い雰囲気が消え、室内の緊張が一気に高まる。
「ウワサって大袈裟になったり、真実とは違ってたりするじゃないッスか。だからこの国のコトも、誇張されてるんじゃないかって思いながら来てみたッス。ウワサ通り、いや、ウワサ以上にひどかったッス。建物はボロボロ。武器を持って我が物顔で歩く兵士に怯えて、隠れるみたいに過ごしてる人達。食べるものもロクにないみたいだったッス。チビッコ達が元気なのは救いだったケド、みんな暗い目をしてたッス。」
「…………」
「それに引き換え王サマは、立派なお城で何不自由なく贅沢に暮らしてて、何とも思わないんスか?」
「……帰ってくれる?」
冷静さを取り戻したセリューはため息交じりに言って、立ち上がった。
「魔王だかなんだか知らないけど、キミの評判がどうなろうと僕には関係ないし、この国に関してとやかく言われる筋合いもないからね。帰ってくれないなら、ちょっと手荒な方法でお引き取りいただくことになるけど……」
机に歩み寄り、呼び鈴を鳴らそうとした瞬間、
「たっ、大変です、セリュー様っ!」
大臣が血相を変えて、王の部屋に飛び込んできた。
「なに? 騒々しい。」
「兵士が……兵士達が、1人もいませんっ!」
「なんだって?」
「あー、ゴメンねー。お城に入ろうとしたら邪魔されたから、全員消しちゃったッス。」
さらりととんでもない発言をする魔王。
「け……消し……た?」
「オレ様、弱いモノいじめは嫌いなんスけど、降りかかる火の粉は全力で払うッス。まあ、オレ様が全力出したら、世界ごと消えちゃうから、その辺はちゃんと制御してるッスよ。」
「世界ごと消滅させる力……ま、まさか、まさか本物の魔王!?」
「そうッスよ。最初からそう言ってるッス。王サマもだけど、大臣さんも信じてなかったんスか?」
軽い口調が、逆に恐怖心を煽る。
2歩3歩と後ずさる大臣。
「ゴメンねー。魔王らしく見えない魔王で。」
無邪気な笑顔の奥から伝わってくる凍てつくような波動に、大臣は2度3度転倒しながら逃げ出した。
冷静さを保っているように見えるセリューだが、その表情は今までより固く、青ざめている。
改めて、セリューと正対する魔王。
「この国に関してとやかく言われる筋合いはない、って言ったッスよね?」
「……言ったよ。だってそうでしょ? この国は僕のものなんだから、僕の好きなようにしてもいいよね?」
「確かにこの国はセリューさんのモノでもあるッス。」
「『でも』ってどういう意味?」
「そっか。オレ様のコトすら知らなかったセリューさんは、世界がどうなっているかも知らないッスよね。教えてあげるッス。この国を含めた『全世界』は今、オレ様のモノなんスよ。」
「全世界が、キミのモノ……?」
「数カ月前、オレ様の世界征服を阻止しようと、身の程知らずにもオレ様を討伐しにきた1人の勇者がいたんス。秒殺でオレ様の勝利。その瞬間から世界はオレ様のモノになったんス。全世界がオレ様のモノなんスから、この国ももちろんオレ様のモノ。だから、とやかく言う筋合いがあるんスよ、オレ様には。」
「───っ!」
「この国を納めるセリューさんがこの国を好きなようにしていいって言うなら、この世界を統べるオレ様だって……この国を好きなようにしてもいいッスよね?」
セリューの顔を覗き込むようにして、ニコッとする魔王。
だがその目は笑っていない。
セリューは力なく椅子に座り込み、ガックリと頭を垂れた。
「……いいよ。キミの好きなようにして。」
「!」
「僕にはもうわからないんだ。この国を元の姿に戻すにはどうしたらいいのか。どう納めていけばいいのか。確実にわかるのは……このまま僕が王であり続けたら、この国は崩壊する、ってこと。わかっているんだけど、どうしたらいいのかわからない。何も考えられない。だから……」
「セリューさん、そんなこと本気で……」
「本気で言ってるのかい? セリっ!」
王の部屋に響く若い女性の声。
「サリ……ヤ?」
「さっきのお姉さん。」
魔王が荷物を託し、セリューが誰よりも信頼していた女性 サリヤ。
サリヤはツカツカと2人のほうへ向かってきて、魔王を突き飛ばす勢いで、セリューの前に立った。
「サリヤ……隣の国に行ってたんじゃ……」
「あんたの悪いウワサを聞いて、ちょっと前に帰って来たんだよ。まさかとは思ったけど、なんだい、この国の荒れようはっ? 立派な王になるって、頑張ってみるって約束したの、忘れたのかい?」
「忘れたわけじゃ……」
「じゃあ何でこんなことになってるんだいっ? なんでこんな怪しいヤツにこの国を任せようとしてるんだよ!?」
「僕には……僕には無理だからだよっ!」
机を激しく叩いて立ち上がり、感情を爆発させるセリュー。
「父さんが急に亡くなって、国のことなんて何1つわからないまま王になって、キミに言われたようにみんなの意見を聞いて、僕なりに色々やってきた。初めのうちは、何となくうまく進んでるように思えたけど、色々な意見や要望を聞けば聞くほど、ちゃんと対応できているのか、正しい判断が出来ているのか、不安だけが膨らんで、自分が何をしているのかさえよくわからなくなってきて……」
怒りなのか、悲しみなのか、悔しさなのか、コントロールしきれない感情で声が震える。
「国が酷い状態になっているのもわかっていた。みんなを苦しめていることも。でも、それに気付いた時にはもうどうすることもできなくて、どうしたらいいのかわからなくて……なんとかしなきゃいけない、って思うんだけど、何も考えられなくなって……」
「セリ……」
「なるほど-。この国をダメにした真犯人は、サリヤさんだったんスね。」
「えっ?」
「セリューさん、今、言ったじゃないッスか。サリヤさんとの約束通り頑張った結果、国が酷い状態になった、って。」
「! ちっ、違う、サリヤのせいじゃ……なっ……?」
魔王の瞳が赤く変わり、その目で見られた瞬間、セリューは身動き出来なくなった。
「どうしたんだいっ、セリっ!」
「か……体が、動かない……」
「なんだって? あんた、セリに何を!」
「ちょっと大人しくしてもらってるだけッス。ねぇサリヤさん、サリヤさんのせいなんスよね? 外で会った時、言ってたッス。この国がこんな風になったのは自分のせいだ、って。そういうコトだったんスね-。」
「魔王の目を見ちゃダメだ、サリヤっ!」
セリューの叫びは一瞬遅かった。
指1本たりとも動かせない状態になり、気丈だったサリヤが顔色を失う。
「王サマを唆した傾国の美女を排除して、この国の実権はオレ様が握る。それでいいッスね? 王サマ。」
魔王の左手が淡く光りはじめる。
「やめろっ! サリヤに手を出すなっ! 彼女は何も悪くないっ!」
「セリュー様っ、ご無事ですかっ!」
「大臣……!」
逃げたと思われていた大臣が、消されたはずの兵士達を引き連れて戻ってきた。
「……大臣さんズルいッス。逃げたフリして、兵士さん達を探しに行ってたんスね。武器庫もノーマークだったッス。」
完全武装した兵士達を見て、魔王は自嘲めいた笑みを口元に浮かべる。
「セリューっ!」
「セリュー様!」
「サリヤっ!」
「大丈夫かっ! 2人ともっ!」
「2人から離れろ、魔王っ!」
兵士達の背後には、食堂店主やブラトを始めとするセリューの友人達、老若男女関係なく大勢の国民が、鍬やスコップ、竹ぼうきやフライパンを手に押し寄せていた。
「あれー? オレ様が魔王だって、何で知ってるんスか?」
「大臣さんに聞いたんだよ。城に魔王が現れた、セリュー様が危ない、って。」
「えー、チクったんスか? 大臣さん。しかも、オレ様が悪者みたいに。オレ様は王サマとお話してただけじゃないッスか。それにしても……」
集結した大勢の人々を見やり、魔王はフッと口角を上げた。
「サリヤさん以外にも元気があるヒト、わりとたくさんいたんスね。怖いモノ持って、何しに来たんスか?」
「魔王からセリューを助けるために決まってんだろ!」
「助けに? 何で? このヒトはこの国を、皆さんの暮らしをめちゃくちゃにしたんスよ? そんなヒト、助ける必要あるんスか?」
「信じてるんだよ、セリュー様のこと!」
「今はこんな状態になっちまってるけど、絶対立ち直ってくれる、ってな!」
「! みんな……」
「聞いたッスか? 王サマ。皆さん健気ッスねー。お人好しばっかりッスねー。皆さんは王サマのコト信じてるケド、残念ながら王サマはこの国をオレ様に託して、退位なさるみたいッスよ。国の財産使い果たして、やりたい放題やって、手に負えなくなったから、ポイッて。ヒドいヒトッスねー。」
「嘘じゃっ! 儂らが知っているセリュー様はそのような薄情なお方ではない!」
「そうよ! 国民想いで真面目で一生懸命な素晴らしい人よ!」
「それは以前のセリューさんッしょ? 王サマになって変わっちゃったんスよ。もしかしたら、元々いいヒトなんかじゃなかったかもッスよ? ホントにいいヒトなら、苦しんでるヒト達をほったらかしになんかしないッしょ? どうなんスか? 王サマ。」
「…………」
「皆さんはどう思うッスか? 王サマは、本当に皆さんが思っているような『いいヒト』ッスか?」
唇を噛み締め、沈黙したままのセリューの姿が、魔王の問いかけが、人々の動揺を誘い、不信感を増長させる。
「みんなっ、魔王の言うことに惑わされちゃダメだよっ! セリ、あんたもしっかりしなっ!」
「サリヤさん……」
「サリヤ……」
魔王の術で動けないままだが、力強い口調でサリヤが訴える。
その言葉が、人々の心をまた1つにまとめる。
「さすがッスね。王サマだけじゃなく、皆さんのココロまで掌握済みなんスね。皆さん、サリヤさんのコト、すっかり信じちゃってるみたいッスけど、騙されちゃダメッスよ。王サマやこの国がこんな風になった原因は、サリヤさんにあるんスよ。」
「サリヤがセリュー様に発破かけた、って話かい? なら、みんな知ってるよ。」
「セリュー様があんな風に変わってしまったのは、自分が無責任なアドバイスをして、立派な王になれって、プレッシャーをかけたせいだ、自分のせいだ、って、ずっと悩んでいたからね、サリヤは。」
「アンタのせいじゃないよ、って言っても、責任を感じて、みんなの面倒をみて、理不尽な輩からみんなを守って、セリュー様に現状を訴えるために毎日毎日城に出向いてたんだ。」
「追い返されても、拘束されても、時には突き飛ばされたり、殴られたりしても、毎日毎日……」
「サリヤ、なんでそんなことを……」
「『セリを信じてるから』って。今は魔王なんて言われてるけど、絶対に立ち直ってくれる。立派な王になれるって信じてる、って。」
「……僕のせいで……僕がしっかりしてなかったからこんなことに……ごめん……っ」
自分のせいで、大切な人を酷い目に合わせていたことを知り、胸が締め付けられる。
「あんたのせいじゃないよ。あたしが勝手にしてたことなんだから、気にすんなって。」
事もなげに言われ、罪悪感で押し潰されそうになる。
「サリヤがプレッシャーかけたってんなら、俺も同じだ。ガキの頃からずっと見てたんだ。お前さんの真面目過ぎる性格、両親譲りの優し過ぎで、妙に頑固なところもある性格、わかってたハズなのによぉ。」
「大将……」
「そんな性格だから、みんなの言うこと全部聞いて、馬鹿正直に全部1人で受け止めて、抱えきれなくなっちまったんだろう? もっと早く気付いてやれれば……っ!」
「この国が荒れたのは、セリュー様だけのせいじゃない。もちろん、サリヤさん、大将さんだけのせいでもない。セリュー様お1人に全てを背負わせた、国民全員のせいでもあるんだ。」
「悪かったな、セリュー。好き勝手なことばっか言って、悩ませて、魔王なんて言われるまで追いつめて。」
「ブラト……みんな……」
「あんたは魔王なんかじゃないって、みんなわかってる。みんな信じてるんだよ、セリ。以前の優しい王に戻ってくれるって。」
「もちろん、同じ失敗はさせねぇ! お前さん1人に任せっきりにしねぇよ!」
「ああ。今度はオレ達みんなでセリューを支えて、一緒にこの国を作っていくんだ。みんなでセリューを立派な王にしてやろうぜっ!」
「……僕のせいなのに、全部僕が悪いのに、みんな、どうしてそこまで……」
胸が熱くなり、セリューは言葉に詰まる。
「そうか。ヒドイのは王サマじゃなくて、皆さんのほうだったんスね。」
言いながら魔王は、セリューの背後に回り込む。
「王サマは一生懸命皆さんの声を聞いてくれたのに、皆さんはどうして王サマの声を聞いてあげないんスか? 自分はもう無理だ、この国を納めることは出来ないって王サマの声、少なくともサリヤさんは直接聞いたッスよね? 王サマのココロからの叫びを聞いてもなお『信じてる』なんてプレッシャーかけて。」
「そんなつもりで言ったわけじゃ……」
「信じてるだとか、みんなで支えるだとか、一緒にだとか、耳障りはいいッスけど、満身創痍の王サマには重荷でしかないッス。もう無理だって言ってるのに、誰ひとりその声に耳を傾けることもなく、無責任に応援して、勝手に期待して、まだ追い詰めるつもりッスか? 可哀想な王サマ。」
セリューの両肩にそっと手を置き、妖しい笑みを浮かべながら囁く。
「安心していいッスよ。王サマに代わってオレ様が責任をもってこの国を再建してあげるッス。オレ様が統治する、オレ様の国ッス。昔以上にステキな国にしてあげるッスよ。セリューさんをいじめるヒト達も、オレ様に楯突くヒト達もいない、平和な国に、ね。」
「ちょっと待って、何するつもりっ!?」
「邪魔が入ったせいで忘れてたッス。この国はすでにオレ様のモノ。前国王は黙って見てるッス。」
見る者の心を凍りつかせるほど冷ややかな、それでいて目が離せないほど美しい微笑みが、王の部屋に押し寄せた人々に向けられる。
「! 兵は中へ! 魔王を包囲し、お2人をお護りせよっ!」
「ダメだ、大臣っ! みんなを避難させてっ!」
「なぁんだ。何も考えられないなんて言ってたケド、最善の判断ができてるじゃないッスか、王サマ。立派に武装した兵士さん達ッスけど、この100倍の人数がいてもオレ様の相手にはならないッス。いい判断ッスけど……もう、遅いッス。」
赤く光る魔王の目が、人々の動きを封じる。
魔王はセリューの背後を離れ、サリヤの前に立ち、パチンと指を鳴らす。
「!?」
サリヤの体がフワリと浮き上がる。
魔王がすっと右手を動かすと、サリヤの体は見えない力に押されたかのように、部屋の入り口付近へと運ばれた。
「1カ所に集まってくれてたほうが、始末するのも楽ッスからね。」
「し、始末って……」
胸の前に差し出された魔王の左手に、淡い光が浮かぶ。
「みーんな消してあげるッス♪」
「や……やめろっ! みんなは悪くないっ! 悪いのは僕だ! 始末するなら僕だけにしろっ!」
「誰に向かって口利いてんスか。オレ様はこの国の王ッスよ? 指図される筋合いはないッス。」
左手の光がどんどん大きくなり、光度を増していく。
「どうせ動けないんスから、大人しく見てるッス。自分が治めていた国の最期を。」
逃げることはおろか、身を守るための防御姿勢すら取れない人々。
恐怖に歪む人々の表情に、セリューはたまらず叫んだ。
「やめろ─────ッ!!!」
のどが張り裂けんばかりの声を上げた瞬間、魔王の呪縛が解け、セリューの体が動いた。
セリューは人々を守るように両手両足を大きく広げ魔王の前に立ちはだかり、険しい表情で魔王を睨み付けた。
「キミの好きにはさせない。みんなには指1本触れさせない。みんなを傷つけるようなことは、絶対に許さない!」
「何度も言わせないでもらいたいッスね、セリューさん。この国は──」
「この国は僕の国だ! 僕の大切な人達が暮らす国だ! 僕の手で必ず再建してみせる。キミには渡さない。この国は、この国の全ての人々は僕が護る!」
「セリ……っ!」
「ずいぶんデカいコト言っちゃったッスねー。ホントにそんなコトできるんスか? また1人でぜーんぶ抱えちゃって、潰れちゃうんじゃないッスか?」
「……できるよ。僕1人じゃ無理だけど、力強い味方がいるって、信じてくれている人達がいるって気付いたからね。」
「そうだぜ、セリューっ! 俺達がついてるぞ!」
「セリュー様!」
周囲の声を力に変えて、セリューは毅然と言い切る。
「僕は……僕はこの国の王だ!」
ぴろりーん
「はい、言質取ったッス。」
光がフッと消え、その手に持った何かを見せながら、魔王が言う。
「ボイスレコーダーで、セリューさんの決意表明、バッチリ録音したッス。皆さんもちゃんと聞いてたッスよね?」
ついさっきまでの緊張感との落差に、あっけにとられる一同。
「いつまで固まってるんスか? もう動けるはずッスよ、皆さん。」
魔王に言われ、動けるようになっていることに気が付く人々。
「もー、ここまで大ごとになるなんて想定外ッス。国王1人で贅沢してないで、国民にも分けなさいって、ちょっとだけ脅して改善させようと思っただけだったのに、セリューさんがこの国をオレ様に任せる、なんて言いだすから、マジあせったッス。謝罪を要求するッス!」
「ご……ごめんなさい……?」
「軌道修正をはかる間もなくサリヤさんが来て、大臣さんが来て、皆さんが来て、そっからはもう台本ナシ、アドリブオンリーの即興芝居開幕ッス。めっちゃ大変だったッス。魔王をここまで手こずらせるなんて、この国のヒト達はみんな、勇者ッスね。」
なぜか嬉しそうに話す魔王に、一同、どうリアクションしていいのか戸惑う。
「自力でオレ様の術を解いたスゴい王サマと、たくさんの頼れる勇者がいるこの国は怖いモンなしッスね。元の豊かな国に戻るのも、そう時間はかからないッしょ。オレ様の悩みのタネもなくなったし、そろそろお暇するッス。あんまり頑張り過ぎずに、でもしっかり頑張るッスよ、セリューさん。」
「う、うん。難しい注文だね……」
「難しくないッスよ。皆さんの力を借りたらいいんス。ね、皆さん?」
魔王の言葉に、勇者達は大きく頷いた。
「みんなで協力して、いい国作るッスよ。また悪いウワサを聞いたら、今度こそオレ様がもらい受けるッス。じゃあねー。」
ニコニコと手を振る魔王の姿が一瞬にして消えた。
「……なんだったんだ、アイツ。」
「『癒し系魔王』だってさ。あながち間違いじゃないかもね。荒療治だけど……」
セリューは苦笑し、緊張の糸が切れたようにその場に崩れた。
「セリュー様っ!」
セリューの元へ駆け寄る人々。
「大丈夫ですかっ? 誰か医者をっ!」
「大丈夫だよ、大臣。医者は必要ない。ただちょっと……」
「ちょっと?」
「どうしたんだい? セリ!」
セリューの言葉に皆の注目が集まる。
「……おなか、すいたかも。」
一瞬の沈黙の後、部屋中に爆笑が響く。
「お食事の時にキチンとお召し上がりにならなかったからですよっ!」
「ご、ごめんなさい。」
大臣とのやり取りがさらに笑いを誘う。
ブラト達に抱えられ、ソファに移動するセリュー。
サリヤと大将が心配げな顔で歩み寄り、尋ねる。
「食事取ってないって、どこか悪いのかい?」
「悪いところはないよ。」
「じゃあどうした? しっかり飯食えって言ったろうが。コック雇って、いいモン食えってよぉ。」
「それなんだけど……どうも口に合わなくて、だんだん食欲も薄れて来ちゃって……」
「……っとーに厄介なモン遺して逝きやがったなぁ、ミルトの野郎っ! 粗食で育っちまったから、それ以外、舌が受け付けねぇんだな。大臣さん、厨房借りていいか?」
「ええ、構いませんが。」
「待ってな。大将の『ご馳走』食わせてやるから。」
「あ、ちょっと待って大将。」
厨房へ向かおうとする大将をセリューが呼び止める。
「大臣、食糧庫に食材は大量にある?」
「ええ、ありますが……」
「じゃあ、それを全部使って、できるだけ大勢の人に行き渡るような料理を作って欲しいんだけど。」
「はぁ?」
「町には食べるものもロクにないみたいだ、って魔王が言ってたから、おなかを空かせている人達にも提供して欲しいんだ。」
「……ったく、本当にオヤジにそっくりだな。」
少しあきれたようにため息をつき、セリューの頭をくしゃくしゃとして、苦笑する大将。
「セリュー国王のご命令だ。みんな手伝ってくれ!」
「えっ、料理なんてしたことないぜ、オレ。」
「じゃあ、外行って、料理作れるヤツを、片っ端から集めてこい。」
「了解!」
大将について厨房へ向かう者、ブラトについて人集めに向かう者、それぞれに散って行く。
「あたしも手伝うよ。」
サリヤも大将の後を追おうとしたが、
「ああ、お前さんはセリューの傍にいてやんな。」
「なんでさ! 人手が必要だろ?」
「セリューのおもりしてろっての。大臣さん、食糧庫はどこだ?」
「ご案内します。」
「ちょっ……もうっ!」
あっという間に誰もいなくなり、部屋にはセリューとサリヤ2人きりになった。
「あたしを残して行くなんて、何考えてんだか、大将は。」
不機嫌さを隠そうともせず、セリューの向かいの椅子に座るサリヤ。
「そうだよね。1番の戦力を置いて行くなんてね。」
「えっ?」
「修業に行ってたんでしょ? 宮廷料理人目指してるって、大将が……」
「はぁ? そんなコト言ってたのかい? あの人。」
「違うの?」
「まあ、料理の勉強ってのは間違いじゃないけど、修業なんていう大袈裟なもんじゃないし、ましてや、宮廷料理人なんて。どこからそう言う話になんのかね。」
肩をすくめて見せるサリヤに、クスッとするセリュー。
「血が繋がってないあたしを、ホントの子供みたいに面倒見てくれた大将の役に立てるようになりたいな、って思ってさ。大将の店を手伝えるように、ちょっと変わったメニューが増えてもいいかなぁって、色々見て回ってたんだ。勉強って言ってもその程度だよ。」
「そうだったんだ……」
少しホッとした様子のセリューを見て、サリヤは、あ、と声をあげた。
「もしかして、『僕のせいで料理人修業中断させて、帰国させちゃった』とか思って、気にしてた?」
「うん、してた。」
「まったく、何でもかんでも気にし過ぎで、深刻に考え過ぎなんだよ、セリは。そんなヤツに、みんなの声を聞いて、しっかりやれ、なんて言ったら……相当な重荷だったよな。ごめん、セリ。」
「サリヤこそ、魔王に言われたコト気にし過ぎ。もう大丈夫だから、僕は。」
以前のような穏やかな表情を浮かべるセリューに、サリヤも安心したように、柔らかな表情を見せた。
『おーいっ、鍋焦げてるぞーっ!』
厨房から聞こえくる、大将達の声。
『それは塩っ! 砂糖と間違ったらエラいコトになるわよっ!』
『ちょっ、どいて~っ! 前、見えてないんだから! うわっ!』
ガシャガシャガシャーン!
「……ずいぶん派手にやってるみたいだね。大丈夫かな?」
厨房を気にするセリューを制して、スッと立ち上がるサリヤ。
「やっぱ、参戦してくるわ。ゆっくり休んでなよ。」
「うん。行ってらっしゃい。」
サリヤを見送り、1人になった。
と思いきや、
「この絵のモデルって、サリヤさんッスか?」
「えっ、ああ、その絵? 違うと思うけ……ど、って、魔王っ!?」
壁に掛けられた1枚の絵を見ながら、どーもッス、と軽く手を上げる魔王に驚き、思わず立ち上がるセリュー。
「どーもッス、じゃないよ。帰ったんじゃ……ていうか、いつからいたの?」
「マント忘れたの思い出して取りに来たッス。いつからって言うと、そうッスねぇ……お2人がなんかいいカンジでお話してる頃から? お邪魔しちゃ悪いなぁって、机の下に隠れてたッス。」
「……隠れて聞いてるほうがよっぽど悪いよ。」
他愛のない話しかしていなかったとは思うが、誰かに聞かれていたとなると、妙に恥ずかしい。
「わかった、今度から気をつけるッス。」
「また来る気?」
「来るッスよ。この世界はオレ様のモノ。その世界に存在する国々が平和かどうか、ちゃんと見て回らないと。」
「平和って……魔王だよね、キミ?」
「そうッス。魔王ッス。それよりこの絵。」
魔王が先ほどから見ている絵には、1人の若い女性が描かれている。
「サリヤさんに似てると思うんスけど。」
「んー……そう言われてみれば?」
「サリヤさん似だから飾ってあるワケじゃなかったんスね。」
「色々余裕がなかった頃、大広間でこの絵を見た時に気持ちが落ち着いたっていうか……だから、この部屋に持ってきてもらったんだ。」
「無意識のうちに惹かれちゃうくらい好きなんスね、サリヤさんのコト。」
「えっ……? ええぇーっ!?」
魔王のストレートな物言いに、セリューは狼狽する。
「ぼ、僕、一言もそんなコト言ってないよっ!?」
「分かり易いッスねー、セリューさん。ただ、肝心のお相手は……」
「できたよ、セリ。大将のご馳走プラス看板娘の特製卵焼き……えっ、魔王!?」
持ってきたトレイをローテーブルに置き、魔王に詰め寄るサリヤ。
「なんだい? またセリにいちゃもんつけに来たのかい?」
「……保護者気分なんスよねぇ。国の再建より難しい問題ッスよ、セリューさん。」
「なっ……何言ってんの? 僕は別に……」
「こんなに分かり易いのに……あ、大丈夫ッスよ、サリヤさん。マント回収したらすぐ帰るッスから……卵焼きおいしそうッスね。ゴチ!」
ヒョイと1切れ失敬する魔王。
「あ、コラっ! お行儀が悪いよっ!」
「ん、おいしいッス。セリューさん、サリヤさんにお願いしたらいいんじゃないッスか? 『僕の専属料理人になってください』って。ねぇ、サリヤさん。」
「えっ?」
「ちょっ……もう、マント持って早く帰ってよっ!」
外套掛けからマントを外し、魔王に押し付ける。
「国王命令ッスね。御意ッス! サリヤさん、セリューさんのコトよろしくッス。」
「? ああ、もちろんさ。」
「じゃ、お元気で。また遊びに来るッス。」
「来なくていいってばっ!」
いたずらっ子のような笑顔を残し、魔王は消えた。
「ホントに魔王なのかねぇ、あいつ。時々ゾクッとするようなカオするけど、それ以外はどうも魔王っぽくないっていうか……」
「間違いなく魔王だよっ!」
「なんかあったのかい? カオ、赤いけど。」
「べ、別になにも!」
ソファにどかっと座り、気持ちを整えるように、大きく息をつく。
「魔王だけど……悪いヤツではない、と思う。」
「うん。あたしもそう思う。なんかヘンなヤツだけどね。」
「あー……イッコマエさん、ごめんッス。おなかいっぱいでちょっと晩ごはん食べられない……ッス。」
「外で食べて来るときは、事前に連絡する決まりでしょう?」
「わ、わかってるッス。今回はちょっと想定外の事態で、連絡する時間がなくて……」
イッコマエに無言で見据えられ、魔王は口ごもる。
「ただいまー。あー、腹減った-。」
「お帰りなさい、勇者さん。」
「おかえりッス、腹ペコ勇者。」
「『勇者』の前に、いちいち妙な枕詞つけんなよ。」
「まあまあ。そんな腹ペコ勇者に朗報ッス。本日はなんと2人前の夕食をご用意!」
「魔王さんっ!」
イッコマエに怒られ、サッと勇者の後ろに隠れる魔王。
「なに? コイツ、なんかやらかしたのか?」
「外で食べてきたから、夕食はいらないとおっしゃるので……」
「そりゃ怒られるわ。食育の鬼だもんな、イッコマエさん。それを承知でいらないって言うんだから、なんか事情があるんだろ?」
「そうなんスよ。看板娘の卵焼き、おいしかったッスよ。何気に1番おいしかったかも……今度レシピ聞いて来るッス。」
「……ちょっと何言ってんだかわかんねぇけど、俺が2人分食うから、今回は勘弁してやってよ。」
「……仕方ありませんね。今回だけですよ。」
「ありがとうッス、イッコマエさん!」
「おい、俺には?」
「ありがとうッス、フードファイター勇者!」
「どんなだよ、フードファイター勇者って。ま、いっか。着がえてくるわ。」
バイト先の仕事着のまま帰宅した勇者は、そう言って一旦自室に。
「ではその間に準備を……」
『なんじゃこりゃあああーっ』
7階の部屋から、1階の食堂にまで届く勇者の叫び。
「……何事でしょう?」
「あっ、マズいッス。」
あることを思い出し、食堂から逃げだそうとした魔王だったが、信じられない速さで勇者が部屋から戻ってきた。
「どうしましたか? 勇者さん。」
「俺の部屋、銃器やらサーベルやら、物騒なモンが山積みなんですが、心当たりはございませんかねぇ、魔王さん?」
「……ございます。今さっき思い出したッスよ。あれは、魔王退治の戦利品ッス。」
「魔王退治ぃ!? それは勇者の役目だろうが。なんで魔王が魔王退治してんだよ?」
「魔王って言っても、そう呼ばれてただけの王サマのことッス。悪政の改善要求に行ったら、町中の兵士さん達に、不審者だ、って囲まれて、面倒だったからちょっと眠らせて、ついでに武器没収したッス。」
「その没収した武器がアレってわけか。で、なんでそれが俺の部屋にあるんだよっ!」
「転送魔法使ったんですね?」
「そうなんス。あの部屋は長いコト物置になってたから、転送先がそこになってたんス。というわけで……」
勇者の肩をポンポンと叩き、
「お片付け、よろしくッス!」
そう言うやいなや、魔王は食堂から逃げ出した。
「あっ、待てこの……っ!」
魔王を追おうと踵を返すと、またも肩をポンとされる勇者。
「夕食が先ですよ、勇者さん。まさか、あなたまで食べない、なんて言わないですよね?」
食育の鬼 イッコマエの仏のような笑顔が逆に怖い。
「はい……心していただきます。」
「うーん……どうしたもんスかねぇ。」
勇者の食事中に自室に移動させた武器の山を前に思案顔の魔王。
そんな時に流れたテレビCMが魔王の興味を引く。
「……なるほど-。便利な世の中ッスねー。早速やってみるッス。」
「……で、出品しちゃったの? 大量の武器を。」
「『不要な物を売っちゃえ!買っちゃえ!』って言うから、売り上げ金を寄附しようと思って出品したッス。そしたら、出品停止されたッス。」
突然現れた魔王に、始めは少し面食らった様子だったセリューだが、その話を聞くうちに、あきれ顔に変わる。
「それを言うために、わざわざ来たワケ?」
「そうッス。さらに強制退会ッスよ? ヒドくないッスか?」
「うん、ヒドいね。」
「ッスよね! セリューさんもそう思うッスよね!」
「ホントにヒドいね、キミは。」
「えっ? オレ様?」
矛先が自分に向いたことに驚く魔王。
「出品したのって、この国の物だよね? なんで勝手に不要品扱いな上、フリマアプリに出品するワケ? 僕に返却してくれれば済むことでしょ?」
「甘いッス、セリューさん。まだ不安定なこの国、あの武器が反乱分子の手に渡ったら危険ッスよ。」
「武器庫で厳重に保管するから!」
「え、マジッスか? 了解ッス。後でお城に着払いで届けておくッス。」
「持って来てよっ! 余計なコトに使うお金はないんだから! あと、今仕事中……」
「あれ、なんスか?『めちゃ濃いアイス』?」
「ああ、あれはこの国営農場1番人気の商品で……って、聞いてないし。」
先ほどまで目の前にいた魔王は、広い農場の一角に建つ、ログハウス風の売店前に移動していた。
「すみませーん、アイスくださーい!」
「はーい、いらっしゃーい。あら、セリュー様も。お身体の具合はもうよろしいんですか?」
「ええ。ご心配、ご迷惑お掛けして、本当に申し訳ありませんでした。」
深々と頭を下げる国王に、慌てる女性店員。
「や、そんな迷惑なんて……セリュー様が国のため、国民のためを思って一生懸命頑張ってくれていたこと、国民はみんな、ちゃーんとわかっています。ですから、そんな風に仰らず、頭をお上げください。」
「……ありがとうございます。」
女性の温かい言葉を受け、セリューは顔を上げ、穏やかな笑顔を見せた。
「ところで、どうですか? 風評被害は収まって来ましたか?」
「そうですねぇ。伝染病根絶宣言後、お客様も少しずつ戻って来てますが、以前ほどの賑わいはまだないですねぇ。」
「そうですか。何か対策したほうがいいかな……」
「セリューさん、なにビジネスライクなお話してんスか? まるでお仕事中みたいッス。」
「まるで、じゃなくて、ガチ仕事中! 遊びに来てるんじゃなくて、視察に来たの!」
「えっ? そうなんスか? しばらくしっかり休養したらいいのに……」
「ええ、ホントそうよねぇ。ビックリするくらいの速さで復興が進められて、全国各地を気に掛けて、ご視察なさってらっしゃるようですし……大丈夫ですか? 無理なさってませんか?」
「復興事業は、みなさんからご尽力いただいて進めていますし、公務も無理のない範囲で行ってますので、大丈夫ですよ。」
「って言われても、セリューさんは頑張りすぎちゃうから心配なんスよ。ねー、お姉さん。」
「あらやだぁ、お姉さんだなんて。ステキなお友達がいらっしゃるんですねぇ、セリュー様。」
「お友達? 違いますよ、このヒトは……」
「魔王ッス。セリューさんの大親友ッス。」
「もっと違うよっ!」
2人のやり取りを、目を細めて見守る女性。
「お姉さん、お姉さん、お勧めは?」
「やっぱり王道のバニラアイスねぇ。広い牧草地でのびのび育った牛のミルクとニワトリのたまごをたっぷり使った濃厚な味わい。1番人気よぉ。後は、果樹園で採れる旬のくだものを混ぜ込んだものだったり、清流で育てたわさびを使った変わり種もわりと人気ね。」
「わさび? おもしろそうッス! わさびアイスください!」
「やめておきなよ。」
「オレ様とセリューさんの分で2つッス!」
「ちょっ……巻き込まないで! 自分の分だけ頼んでよ!」
「遠慮しなくていいッスよ。オレ様のおごりッス。」
「遠慮とかじゃないって。さっきも言ったけど、僕は遊びに来てるんじゃなくて、視察中なの!」
「これもお仕事ッスよ。人気商品の質が維持されているかどうか、チェックするッス。」
「次から次へと、よくもまあ都合のいい解釈が出てくるよね。」
「これぐらいのアドリブが利かなきゃ、劇団 魔王座の座長は張れないッスからね。はい、お仕事ッスよ、王サマ。わさびでいいッスか?」
「よくないっ!」
「じゃあ何にするッスか?」
「バニラとブルーベリーダブルで!」
「ダブルとかズルいッス! じゃあオレ様はトリプル! あ、やっぱ、ここにあるフレーバー全部で!」
「ぜっ、全部ぅ? 無理だよ、12個も重ねたら倒れるって、絶対!」
「全部乗せねぇ。やってみるわ! その前に……はい、セリュー様の分。」
「あ、ありがとうございます。大丈夫なんですか? 全種類なんて……」
「大丈夫かどうかはわからないけど、1度やってみたかったのよねぇ。」
アイスディッシャーとコーンを手に、気合い充分の女性。
「お姉さん、かっこいいッス! この国の女のヒトは頼もしいッスね。みんなサリヤさんみたいッス。」
「……なんでそこでサリヤの名前が出てくるの。」
「ああ、彼女はホント、ステキな人よねぇ。美人だし、面倒見もいいしねぇ。」
「ッスよねー。皆さんから慕われてるカンジだし。」
「小さい頃から仲良しだから、セリュー様のこともよく理解しているだろうし、お似合いだって、みーんな言ってるのよぉ。」
女性の言葉に驚き、アイスを落としそうになるセリュー。
「みっ、みんなって、どういうコトですかっ!?」
「なーんだ。国民公認カップルなんスかー。」
「えっ……えぇぇーっ!?」
「そうなのよぉ。でも、肝心のサリヤちゃんがねぇ、いつまでもお姉ちゃん気分ていうか……」
「ッスよねー。気付いてないの、サリヤさんだけッスよねー。」
「そうなのよねぇ。だから……ねぇ。」
何やら含みのある視線をセリューに向ける魔王と女性。
「……なに? なにか言いたそうなその目は。」
「告っちゃえよっ!って話ッスよ。」
「そういう話はいいって……」
「そうそう。サリヤちゃんが傍にいてくれたら、セリュー様も心強いでしょうし。」
「いえ、ですから……」
「復興の起爆剤として、この農場でドーンと結婚式挙げるのとかどうッスか?」
「あらステキーっ! いいアイデアねぇ。見晴らしがいいから、ガーデン風の式場とかピッタリ!」
「いいッスねー。この国は年間を通じて雨も少なくて、過ごしやすい気候らしいッスから、屋外に常設してても問題なさそうだし。」
「……あのー、勝手に盛り上がってるけど……」
「なんスか? 王サマたるもの、ちゃんと市井の声を拾い上げないと!」
「下のほうのアイス、とけて来てます。」
「あらっ、大変っ! あと5つ!」
おしゃべりを中断し、12段アイスに意識を戻す女性。
「……うまいコト逃げたッスね、王サマ。」
「えっ? 何のこと?」
したり顔のセリューに、ぷぅっと頬を膨らませる魔王。
「まあ、いいッス。楽しみはもうちょい後まで取っておくッス。」
「いつまで付きまとうつもり?」
「そうッスねー、セリューさんの……」
「はーい、できたわよーっ!」
今にも倒れそうな12段アイスを受け取り、魔王は目を輝かせる。
「わーっ、スゴイっ! セリューさんっ、これっ!」
セリューにスマホを渡す魔王。
「写真! 写真撮るッス! SNSに上げるッス!」
「こういうの、あまり詳しくないんだけど……えっ? カメラどれ?」
「私が撮りましょうか?」
「あ、お願いします。」
「せっかくですから、セリュー様もご一緒に。」
「いえ、僕は……」
「イケメン2人で、農場の宣伝効果も2倍ですよ。是非!」
「セリューさん早く早く! マジ、ヤバいッス! 傾いて来てるッス!」
女性にスマホを渡し、絶妙なバランスで12段アイスの傾きと格闘する魔王の隣に立つ。
「撮りますよぉ。はいっ……あっ!」
見事な弧を描いて、今まさに倒れんとする12段アイス。
少しでも被害を抑えようと、手を差し出す2人の王。
『このテのアイスで12段てスゴすぎ!』
『どう考えて過積載www』
『よく積めたな』
『わたしもコレ、注文してみたーい!』
『食べ物で遊ぶのはちょっとどうかと……』
『この後、アイスどうしたんだろう。もったいない……』
『ちゃんと食べたんですよね?』
決定的瞬間を捉えたこの写真は、賛否両論巻き起こしたが、12段アイス目当ての観光客を増やすことにも一役買った。
見た目のインパクトもさることながら、しっかりとした材料を使用した確かな味が評判となり、めちゃ濃いアイスを柱に、農場全体に活気が戻ってきた。
「ちはーっ、大親友が遊びに来たッスよー。」
「来なくていいってば! 仕事中なの!」
「大丈夫ッス。邪魔しないッスから……あ、あれ! あれなんスか?」
「この地域名産の……じゃなくて、帰ってよ、もうっ!」
その後も魔王は、セリューの視察先に頻繁に現れ、まおーちゃんねるで写真や動画を配信。
まおーちゃんねるで紹介された地を巡る、魔王巡礼の観光客を増やした一方、ネット上に新たな噂が流れ始めた。
『国混乱の原因はやはり魔王だった?』
『国王を操る魔王の影』
『魔王にストーキングされるセリュー国王』
「って、ヒドくないッスか? この表現っ! オレ様は、この国の復興のお手伝いになればと思って、セリューさんを追っかけてるだけッスよ? それをストーカー扱いって!」
「……言われたくないなら、来なけりゃいいでしょ?」
定期的に休みを取ることにし、この日は大衆食堂を訪れていたセリューの元へ、どこで行き先を聞きつけたのか、いつも以上の賑やかさで魔王が姿を見せる。
「いらっしゃーい。あ、なんだ、あんたか。まぁたセリを追っかけて来たのかい?」
「あ、サリヤさん、ちはーッス! サリヤさんもこれ見て!」
スマホでネット記事を見せる魔王。
「はははっ! ストーキングって!」
「ね、ね、ヒドいッしょ?」
「大正解じゃないか! なぁ、セリ?」
「えっ?」
「ホントだよ。行く先々にいるからね。いないと逆に、あれ? 僕、視察先間違えたかな?って思うくらい。」
「セリを立ち直らせた、って意味で捉えれば『国王を操る魔王』ってのも間違いじゃないし、いっそ、財政難の一件も、このウワサ通り『原因は魔王だった』ってコトに……」
「あ、いいね、それ。」
「よくないッスよっ! 今すぐ各局のテレビカメラ呼んで、釈明会見開くッス!」
「新たなウワサが流れるだけじゃないかい? 『魔王、セリュー国王を洗脳!?』みたいな。」
「あり得そう!」
「2人ともヒドいッス! 魔王に対する偏見ッス!」
プンスカする魔王を、笑いながらなだめるセリュー。
「ごめん、ごめん。そうだよね。キミはただの魔王じゃなくて、癒し系魔王だったね。」
「そうッス! バリバリの癒し系ッス!」
「ホント、キミには助けられたよ。ありがとう、魔王。」
「そうッス! ありがとう魔王……ッス?」
思いがけない感謝の言葉に、キョトンとする魔王。
「とんでもない国家運営で取り返しの付かない状態にしてしまったと気付いた時には、僕の傍には大臣しかいなかった。いや、僕のほうから、みんなを遠ざけたんだ。重圧からくる強いストレスがあったとはいえ、財政難に陥らせるほどの散財をした僕を、国民が許すはずがない。愚かな行動を悔やむばかりで、何1つ有効な政策を取ることもできない自分の無力さを痛感して、情けなくて、顔向けできなくて、みんなを遠ざけた。遠ざけたくせに、本当は誰かに助けて欲しくて、でも、自分が犯した大きな過ちを思うと、助けて欲しいなんて言えるはずもなくて……毎日、苦しかった。逃げたかった……消えてしまいたかった。あの日、キミが現れなかったら、この国も僕自身も本当に終わっていたと思う。」
「セリ……」
「セリューさん……」
「最初は、自分の評判がどうこうなんて言ってたけど、本当は この国のことを心配して来たんだ、って感じて、僕よりキミに任せたほうがいいんじゃないかって、本気で思った。」
「あの時はマジあせったッス。サリヤさんや皆さんが来てくれなかったらどうなっていたか……よくぞ来てくれたッス。」
「あんたが城に行くって言い残して姿を消した時、なんかイヤな予感がして、あたしも城に向かったんだ。そしたら、兵士がいなくて、大臣さんが飛び出してきて、『魔王が来た』って。」
「そこで逃げるんじゃなくて、乗り込んでくるんスから、スゴいッスよねー。」
「ホント、スゴいよね。僕もビックリしたよ。まさかサリヤが来るなんて思ってもみなかったからね。僕自身はどうなってもよかった。でも、サリヤやみんなが危険に晒されるのは許せなかった。自分だってみんなのこと、散々苦しめていたくせにね。」
自嘲的に言って眉根を寄せるセリューの背中に、サリヤがそっと触れる。
「ありがとう、サリヤ。大丈夫だよ。国を混乱させた僕を、国王なんて器じゃない僕を、サリヤは、みんなは信じていてくれた。絶対に許してもらえない、助けてもらえるわけがない、そう思っていたのに……みんなの声を聞いて、自分を追いつめていたのは自分だったんだ、って気が付いた。1日も早く一人前にならなきゃ、国王らしく、国のため、国民のために正しい判断をして、正しい決断を下して、正しく進めていかなきゃ、って焦るばかりで、周りが見えていなかったんだね。よく見れば、手を差し伸べてくれる人がたくさんいたのに、勝手に孤独になっていた。今回のことで、本当の意味での『みんなの声を聞く』ってことが、ようやくわかった気がするよ。」
「何でも1人でやらなきゃ、って突っ走ってたコトも、決してムダじゃないッス。」
「そうさ。セリが頑張っている姿を見ていたからこそ、国がどんな状況になっても、みんな、信じていていてくれたんだからね。国王もこの国もきっと大丈夫、ってさ。」
「おおー、ずいぶん信頼されてたんスね、セリューさん。」
「……全然自信がなかったから、そんな風に思われてたなんてビックリだよ。今度こそ、その信頼を裏切らないように、しっかりとした国家運営をしないとね。」
迷いが消えたような清々しい表情のセリューに、魔王も嬉しそうに笑う。
「セリューさんをストーキングするのも、今日でおしまいッスかねー。」
「どうしたの、急に。」
「12段アイス待ってる時、セリューさん、聞いたッスよね。『いつまで付きまとうつもり?』って。」
「ああ、そういえば……途中でアイスが完成して、聞きそびれたけど、なんて答えようとしてたの?」
「『セリューさんのBMI値が正常範囲になるまで』ッス。」
「び……BMI値?」
「あまりにもヒョロくて心配だったんスよ。視察先で色々食べさせた甲斐があったッス。」
「確かに、だいぶ健康的になったな、セリ。」
「行く先々で、あれはなんだ、これ食べたい、品質チェックだお仕事だ、おごるからって、そのためだったワケ?」
「そうッス。何をするにもまずは健康第一ッス。心身の健康は、正しい食生活から。偏食家のセリューさんも、視察先で出されるものなら食べないわけにはいかないッしょ?」
「そういえば、最近わりと何でも食べられるようになったよな。」
「マジッスか? 大成功ッス! ではめでたく、イッコマエさん完全監修の安心安全食育プロジェクト、本日で終了ッス。」
「しっ、知らないうちにそんなプロジェクトに巻き込まれてたなんて……ネットの噂通り『国王を操る魔王』じゃないかっ!」
「操る、なんて人聞きが悪いッス。教育ッスよ、食育ッス。オレ様の食育プロジェクトはここまでッスけど、これからもしっかりとした食生活が必要ッス。というわけで、サリヤさん、後はよろしくッス。」
「ああ。任せときな。」
「さて……今度は何を口実にして付きまとうッスかねー。」
「ダメだよ。ストーキング禁止。」
厳しい口調では言われ、目をパチパチさせる魔王。
「これは国王命令だよ。今後、付きまとい行為は一切禁止。僕が、付きまとわれてるって判断したら、入国禁止措置を取るからそのつもりで。」
セリューの言葉にシュンとなった魔王を見かね、サリヤが取りなすように言う。
「セリ、それはちょっと厳しすぎじゃ……」
「ただし、友人として来てくれるのは大歓迎だよ。」
「! セリューさん……っ!」
ぴろりーん
聞き覚えのある音。
「まさか……」
「言質取ったッス! これで堂々と遊びに来れるッス!」
「いちいち言質取るのやめてよっ!」
「世界を統べる魔王命令で、『言質取るの禁止』を禁止するッス。」
「っ……! キミってヒトは、ほんっとーに次から次へと……っ!」
「なんかおなか空いたッス。サリヤさん、いつもの!」
「い、いつもの?」
「あいよー。大将-、魔王ランチ1丁ー!」
「魔王ランチ!? いつの間に……メニューにも載ってるっ!」
「お、魔王。毎度ありがとよ!」
「すでに常連!?」
「ここンとこ、毎日のように来てるぜ。」
「だって、サリヤさんが卵焼きのレシピ教えてくれないから……」
「あれは教えられねぇわな、サリヤ。何たってあれはセリューの……」
「ハイハイ、大将、魔王ランチ1丁ーっ! 早く早く!」
大将の言葉を遮り、厨房へ追い返すサリヤ。
「あれー? 珍しいッスね、サリヤさんが慌てるなんて。卵焼きのヒミツ、ますます知りたくなったッス。」
何か勘付いたようにニヤニヤしながら尋ねる魔王に、サリヤは顔を赤くした。
「さ、さて、大将を手伝わないと。」
そう言ってサリヤはそそくさと厨房に消えた。
「なぁんだ、そうだったんスかー。サリヤさんも分かり易いッスねぇ……」
「急にどうしたんだろうね、サリヤ。」
「……あんなに分かり易いのに気付いてないッス。2人ともコレじゃあ先が思いやられるッス。食育の次は、縁結びプロジェクトを……」
「なんか、よからぬコト企んでない?」
「……なんでそういうのを察するのは早いんスか。」
ドアが開き、若者が3人、入店してきた。
「ん? よぉ、セリュー、久しぶり!」
「あ、ブラト。みんなも。」
笑顔で近づいてくる友人達を、椅子から立ち上がって迎えるセリュー。
「あれ? 魔王も一緒か。」
「最近よく会うねー、魔王。」
「えっ、何でみんな普通に挨拶してるの!?」
「皆さん、ちはーッス。一緒にどうッスか? 魔王ランチ。おごるッスよ。」
「え、マジで?」
「いいの? おいしいよねー、魔王ランチ!」
「遠慮なく、おごられまーす!」
すっかり顔馴染みといった雰囲気の魔王と友人達を前に、セリューは驚きを隠せない。
「ちょっ……キミ、この国に馴染みすぎっ!」
そんなセリューに、魔王はニヤリとして見せる。
「なかなかのもんッしょ? オレ様の人心掌握術。」
「買収って言うんだよ、それっ!」
「セリューさんもどうッスか? 新しい名物になるかも知れないメニュー、チェックしておいてソンはないッスよ。」
「確かに流行るかもな。」
「男女、年齢問わず食べられるカンジだしー。」
「イッコマエさん全面協力ッスからね。万人受けはモチロン、栄養面もバッチリ考えられてるッス。」
「お名前しか存じ上げませんが、イッコマエさん、色々と巻き込んでしまってすみませんっ!」
時々耳にする謎の協力者に、思わず謝罪するセリュー。
「とにかく1度食ってみろって、な?」
友好的だが着実に拡がる魔王の支配を食い止めるため、これ以上魔王の意のままに行動したくないが、友人達の勧めも無下にできず、セリューは複雑な想いをそのまま表情に出しながら同意する。
「……そうだね。この国の新しい名物料理たり得るか、しっかり見極めさせてもらうよ。」
「オーダーはオレ様にお任せッス。サリヤさーん、追加オーダーお願いするッス。魔王ランチ3つと、セリへの愛情たっぷりつめこんだ卵焼き1つー!」
魔王のオーダーに、店内は一瞬、静まり返る。
「……今、なんて?」
「魔王ランチと……?」
「あいよー! 魔王ランチ3、セリへのあ…い……ちょっ、魔王っ!」
オーダーの復唱を中断し、顔を真っ赤にしたサリヤが厨房から飛び出してくる。
サリヤから逃げるように、魔王はセリューの背後にサッと隠れる。
「大将さんの言う通り、レシピ、教えてくれないんじゃなくて、教えられないんスねー。サリヤさんにしか使えない、セリューさんへの特別な調味料が隠し味なんスもん、教えてもらっても作れないッスからねー。」
「それ以上余計なコト言うんじゃないよっ!」
セリューを楯にしたまま、今後はセリューに向かって言う。
「門外不出の特製卵焼きに隠されたヒミツの調味料、しっかり見極めるッスよ、セリューさん。」
「えっ、うわっ!?」
セリューをサリヤのほうへポンと突き飛ばし、魔王は軽く地面を蹴って、レジカウンターの前に舞い降りる。
「魔王ランチ4つとセリへの愛情たっぷりつめこんだ卵焼きの代金、ココに置いとくッス。」
「勝手なネーミングやめなっ!」
サリヤの追跡を躱し、店の外へ飛ぶ魔王。
「あ、オレ様の分の魔王ランチ、セリューさんにあげるッス。愛情たっぷり卵焼きと一緒に食べると最強ッスよ。」
「何度も言うんじゃないよっ! コラっ、待ちなっ!!」
「幸せな報告、楽しみにしてるッスよ、セリューさん、サリヤさん。じゃーねーっ!」
無邪気に笑う魔王の姿が消え、伸ばしたサリヤの手は空を切った。
「あーっ、逃げられたっ! っとにもう……」
ふと我に返ったサリヤは、店内の状況を瞬時に把握し、慌てて弁明する。
「あ、あいつが適当に言ってるだけで、別に特別な調味料とか使ってないから……じゃなくて、その……」
「隠さなくていいよー、サリヤ。みーんな知ってるから。」
「そうそう。2人とも分かり易過ぎだっての。」
「気付いてないのはセリューだけだけど……ようやく、かな?」
サリヤを見つめたまま立ち尽くすセリュー。
「サリ……」
「あー、忘れて忘れて! 魔王が言うコトをいちいち真に受けてちゃダメだよ。」
セリューに続きを言わせないように早口で言いながら、店内に戻るサリヤ。
「さて、大量注文入ってたんだ。早く作らないと……」
「待って、サリヤ。」
厨房へ向かおうとするサリヤを、いつになく強い口調でセリューが引き止める。
「聞いて欲しいことがあるんだ。みんなにも。大将にも。」
向かい合って立つセリューとサリヤ。
少し離れた位置で、2人を見守る友人達と大将。
「な、なんだい、改まって。あたし、こういう空気苦手なんだけど……」
「うん。僕も苦手。でも、これだけはちゃんと言わなきゃいけないと思うから。」
緊張をほぐすように深く息を吐き、意を決したようにセリューは口を開く。
「僕は、国王としてはもちろん、人間としてもまだまだ未熟だから、こういうのってどうなんだろう、って思ったんだけど、未熟だからこそ必要なのかも知れない。みんなの支えが。そしてサリヤ、なによりキミの支えが。」
スッとひざまずくセリュー。
「好きです、サリヤ。僕にとってキミは掛け替えのない存在です。僕にはキミが必要です。僕がまた道を誤らないよう、ずっと僕の1番近くにいてください。」
少しの沈黙。
仲間達が見守る中、サリヤが心の内を語り出す。
「……あたしはさ、みんなも知ってる通り、ホントの親の顔も知らない、素性の知れない人間だろ? だからなのかどうかわからないけど、こういう感情を抱くのになんか抵抗があるっていうか、何となく怖いっていうか……こういう感情を抱いちゃいけないって思ってた。ましてや王室の人にそんな感情を持つなんて、絶対にいけない、って。だから、セリの王位継承を機に、会うのはやめようって決めたんだ。でも魔王の一件で、セリにもしものコトがあったら、って思った瞬間、気持ちを抑えることができなくなった。絶対にセリを失いたくないって思った。自分の中で、セリがこんなにも大きな存在になってるコトに気付かされた。気付いた今でも、怖さは変わらないし、こんなこと言っちゃいけないんじゃないかって、心のどこかで思ってるけど……」
大きく深呼吸するサリヤ。
そして
「……好きです、セリ。卵焼き作るくらいしかできないけど、ずっとセリの1番近くにいさせてください。」
世紀の瞬間に立ち会い、歓声を上げる友人達。
「おめでとうーっ! サリヤっ!」
「あ…ありがとう……って、正直、急展開過ぎて、よくわかってないんだけど……」
「こっちも同じみたいだぜ。OKもらったのに、魂抜けたみたいにボケーッとして。」
「ちょっ……大丈夫かい? セリ。」
ひざまずいたままのセリューにサリヤが手を差し出す。
「あ、うん……僕が切り出したコトなのに、僕が1番ビックリしてるかも。」
差し出された手を取って立ち上がり、サリヤと目が合った瞬間、セリューは一気に赤くなった。
「な……なに赤くなってんのさっ!」
「そう言うサリヤこそっ!」
「お? 早速夫婦喧嘩ッスか?」
「あー、なんか急に暑くなってきたんじゃね? 大将ー、冷房強くしてー。」
「やれやれ、強力過ぎだろ、ミルトのDNA。」
「えっ? どういう意味ッスか?」
「ミルトがレイナにプロポーズしたのもこの店なんだよ。」
「わぁー、なんかいいねー、それー。」
「そうッスねー。運命的ッスよねー。」
「ここはプロポーズの聖地じゃねぇっての。」
「いっそ、それで売り出すといいッス。『歴代国王の恋を成就させた、縁結び食堂』って。」
「なるほどなぁ。」
「カップル受けしそうなメニュー増やしたりー、お店の雰囲気も変えないとだねー。」
「よし、早速リフォームするか!」
「お手伝いするッスよ、大将さん!」
「待ってくれよ、大将-! オレ達が来づらくなるじゃねぇか!」
違和感を覚えることなく盛り上がるギャラリー。
「……そろそろ、ツッコむべきかな?」
「……ああ。」
冷静に見ていたセリューとサリヤは、その違和感の主に向かって声を揃えて言った。
「なんでいるんだよ、魔王っ!」
「夫婦初の共同作業が魔王へのツッコミって、斬新過ぎッしょ、お2人さん。」
「斬新なコトさせてるのはキミだからね! 帰ったんじゃなかったの?」
「スマホ置き忘れたッス。ああ、あったあった。」
テーブルの上のスマホを取り上げて見せる魔王。
「オレ様がいない隙にいいカンジになってるなんてズルいッス! スマホ取りに戻らなかったら、見逃すトコだったッス。なんスか、この急展開。」
「あんたが仕向けたようなもんじゃないか!」
「そうでもしないと一生気付かなそうだったから、ちょこっとつついただけッス。それが、一気に進展しちゃって……毎度毎度オレ様を困らせて楽しいッスか?」
「……キミが勝手に首を突っ込んで、勝手に困ってるだけでしょ?」
「セリューさんがオレ様の想定の斜め上を行くから困るんスよ。いきなりプロポーズとか反則ッしょ。こう見えて、割と多忙なんスよ、オレ様。セリューさんのおかげで、さらに忙しくなるッス。」
セリューに不満を漏らしながら、魔王はスマホで電話をかけ始めた。
「あ、イッコマエさん? 今、セリューさんトコ。ああ、大丈夫ッス、すぐ帰るッス。」
イッコマエの名前を聞き、セリューが反応する。
「ちょっと魔王、今度は何を……」
「イッコマエさん、ケーキ作れるッスよね? 近々、必要になりそうなんスよ。5メートルくらいのおっきいヤツ。えっ? 直径じゃなくて、高さッス。ぶっちゃけ、ウエディングケーキなんスけどー」
「! やめてっ! イッコマエさんを巻き込まないで! じゃなくて、これ以上、内政干渉禁止───っ!!!」
のちに人々はこの国をこう呼んだ。
『魔王に支配された喜劇の国』