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ネコも一緒、明日から

 「おねぇちゃん、ベッピンさんだから、サンマもう1匹おまけしちゃう!」

 「わぁ、ありがとうございますー! 次もまた来ちゃおうかなぁ。」

 「うれしいねぇ! ごひいきにしてちょうだい!」

 

 「すみません、こちらの大根をいただきたいんですが……」

 「はいはーい。あらま、イケメンだわねぇ!」

 「えっ、そんなことないですよー。おねえさんこそ、お綺麗で……」

 「やぁねぇ、こんなおばちゃんにおねえさんだなんてぇ! もう、タダでいいわ、はい。」

 「いやいや、さすがにタダではいけませんよー。ちゃんとお支払い……」

 「いいからいいから!」

 「いえ、せめて半額だけでも……」

 「あら、そぉ? じゃあそうしましょうか。」

 「なんか、すみません。ありがとうございます。」

 「いいのいいの! また来てね!」

 「はい、ぜひ!」 



 店主から姿が見えなくなるところまで来て、辺りに誰もいないことをよーく確認して、変身を解く。


 こんにちは。1コ前の中ボス、イッコマエ・ノ・チューボス、通称 イッコマエです。

 今日は食料の買い出しで、魔王城からちょっと離れた、商店街がある町に来ました。

 やはり買い物は個人経営のお店がいいですね。

 ちょっと高価かな、と思いますが、質がいいし、お店の方の判断で、値引きできたり、おまけつけたりと融通がきく。

 そうなると、スーパーで買うのと大差なくなるんですよね。

 ポイントは、男性が店頭にいるお店には女性の姿で、逆に女性が店頭にいたら男性の姿になって買うことです。

 え? お前にしか出来ない買い物テクじゃねぇか! ですか?

 ……そうでした。

 あ、でも、笑顔で話しかけるのはお勧めです。

 決して悪い気はしないでしょう? 笑顔を向けられるの。

 お店の方だって人間です。

 サービスするなら、こっちは客だぞ、って威張っているようなヒトより、ニコニコしているヒトにしたいと思うんじゃないかな、って。

 まあ、ヒトではなく、魔族なんですが、私。


 変身を解いた時と同じように辺りを確認し、移動魔法で魔王城へ。

 ……よく考えたら、ある程度レベル上がった冒険者なら、移動魔法使えるんですから、誰かに見られても特に問題ありませんでしたね。

 城門前へ降り立った時、

 「!」

 まずい、この気配は……

 相手に気付かれぬよう、静かに、でも急いで居場所を探す。

 ……いた。

 魔王さんに見つからないうちに……

 「ただい……何してんの? イッコマエさん。」

 「イヤッホイ!?」

 油断してました。

 振り返ると、私の奇声に驚いて立ち尽くす、バイト帰りの勇者さんの姿が。

 「お、お帰りなさい。お疲れさまでした。」

 「お、おう……あれ?」

 私の隣にしゃがむ勇者さん。

 万事休すです。

 焦る私のことなど知る由もないソレは、私の足元からヒョコッと顔を出し、 

 「ニー」

 「わ、ちっちぇ~! めっちゃ可愛いじゃん、この猫。」

あっさり見つかってしまいました。

 子猫を抱き上げた勇者さんの表情は、凄く和やかです。

 「イッコマエさんが連れてきたのか?」

 「いえ、その草むらにいたんです。」

 「へー。今まで気付かなかったな。」

 勇者さん、非常に幸せそうで、気が引けるんですが……

 「あのですね、魔王城ここでは猫は……」

 「あれ? 玄関先で何してんスか?」

 「ウヤッホイ!?」

 城の中にいると思っていた魔王さんの声を背後から浴び、またもや妙な声が出てしまいました。

 「お前、知ってた? コレ……」

 「! ダメです、勇者さんっ!」

 「えっ?」

 「わーっ! 猫ッス、猫! 子猫ッス!」

 「おっ?」

 目にも止まらぬ速さで、子猫は勇者さんから魔王さんの手に。

 そしてそのまま、瞬間移動したかのような速さで、子猫と共に城の中に消える魔王さん。

 「すっげぇはしゃいでるな、アイツ。」

 勇者さんは苦笑してますが、笑っている場合ではありません。

 魔王さんを追って、慌てて城内へ。

 「魔王さん!」

 エントランスホールでこちらに背を向けて立ち止まる魔王さん。

 状況が飲み込めない様子で、私の後ろからやってくる勇者さん。

 「わかってますよね? 城で猫は……」

 ゆっくりとこちらを振り向く魔王さん。

 いたずらっぽく笑って見せた、次の瞬間、

 「跳んだ! いや、飛んだ!?」

魔王さんは軽やかに跳躍し、一気に最上階へ。

 そのまま自室へと姿を消してしまいました。

 「魔王さんっ!」

 魔王さんほど跳躍力のない私は、3階6階を経て9階へ。

 「ちょっ……なんなんだよ、おい!」

 状況的にも物理的にも置いてけぼり状態の勇者さん、ごめんなさい。


 魔王さんの部屋の前。

 咄嗟に追いかけて来ましたが、

 さて

 どうしたものか……

 「いったい……なにが…起きてん……だ…?」

 ただならぬ事態だということはわかったらしく、1階から全力で駆けつけた勇者さんが、息を切らしながら尋ねてきます。

 「すみません。バイト帰りでお疲れのところ、バタバタしてしまって。」

 「それはまあ…構わねぇけど……よしっ、復活っ!」

 即座に呼吸を整え、シャキッとなる勇者さん、タフです。

 「イッコマエさんが慌ててるなんて珍しいから、どうしたのか、って。」

 『……ニー…ニャー……』

 扉の向こうから聞こえる鳴き声に、2人でそちらに目を向ける。

 「イッコマエさん、猫、苦手?」

 「いえ、そうではないんですが……」

 「じゃあなんで……」

 その問いに答えるようなタイミングで、扉越しに聞こえる

 『……ッくしゅん!』

魔王さんのクシャミ。

 「……猫アレルギーなんです、魔王さん。」

 「ぅおおおーいっ! ホントに魔王か、アイツ!」

 「アレルギーなんですが、猫大好きで。」

 「しかも厄介なパターン! でもさ、本人もわかってんだろ? アレルギーだって。そんなに慌てなくても……」

 「重度なので、命にかかわることもあって……」

 「! おい、入るぞ!」

 なんのためらいもなく魔王さんの部屋に突入した勇者さんでしたが、

 『イテッ! な、何だよ、どうした、落ち着け…っい……イタタタタッ! ちょっ、やめ……ギャーッ!』

引き返してきました。

 「何だよ、あれ? 強暴化、ってか、猫化してんぞ、アイツ?」

 「ええ、ですから重度の猫アレルギー……」

 「俺が知ってんのとちゃう!」

 「あ、そうなんですか? 猫化症状をご存知の上で飛び込んで行ったんだとばかり……」

 「命にかかわる、って言うからっ!」

 「猫化していても、元は魔王さんですからね。うかつに飛び込んでいっては、命にかかわることもありますよ、と。」

 勇者さんの顔についた、絵に描いたような見事な引っかき傷を回復させ、改めて魔王さんの部屋を見る。

 「なんとか落ち着かせることは出来ないのか?」

 「そうですねぇ……」

 「今までだってあったんだろ? こういうこと。」

 「まだ魔王さんが幼かった頃に1度だけ。それ以来、猫と接触させないようにしてきたので。」

 「そん時はどうやって事態を収めたんだ?」

 「その時はまだ私のほうが強かったので、魔王さんを抑えている間に、他のモンスターに猫を逃がして来てもらいました。」

 「猫から離れれば、アレルギー症状も収まる、か。難しいなぁ。しっかり子猫抱いてたからなぁ、アイツ。」

 「そんなにしっかりと?」

 「お前、母猫かよ、ってくらい。」

 「困りましたねぇ……」

 考えあぐねていると、

 「イッコマエさんならいけるんじゃね?」

実に簡単に、あっけらかんと、勇者さんが言いました。

 「イッコマエさんの言うことなら聞く耳もつんじゃねぇかな、って。魔王がガキん頃から一緒にいるんだろ?」

 「確かに、魔王さんが幼い頃からお仕えさせていただいてますし、教育係のようなこともしていましたが……」

 「ならなおさら大丈夫じゃん。イッコマエさんの言うことなら絶対聞くって。」

 「あくまでも、魔王さんが幼かった頃のことですよ? 長じてからは、彼に進言することも少なくなりましたし、世界征服を開始した5、6年前からは、『魔王』と『中ボス』として立場を保つため、求められない限り、意見を述べることもなくなりましたし……」

 「あ、そっか。らしくないから『魔王と中ボス』っての忘れるんだよな。でもさ、『中ボス』って立場でいようって思ってるの、イッコマエさんだけで、アイツの中では何も変わってないんじゃないか? イッコマエさんとの関係性。」

 「そうでしょうか……」

 「イッコマエさんもさ、中ボスで『あろうと』してるだけで、今までと変わってないんじゃね? 以前の2人を知らないから、テキトーなこと言うな、って思うかもしんないけど、俺から見た今でも充分、イッコマエさんは魔王の『親』みたいっていうか、『保護者』みたいな感じがするけど。」


 『……コ……吾輩の子孫を、よろしく頼むな、イコ。』


!!

 「ジュウゼン…さま……」

 

 「? イッコマエさん?」 

 「…そう……でしたね。」

 私の役割は……

 「大丈夫か? イッコマエさん?」

 「……勇者さん、あなたは不思議なヒトですね。」

 本人は全くの無自覚ですが、勇者さんには、ヒトの本質を見抜く力があるのかも知れません。

 「俺、なんか変なこと言ったか?」

 「いえ。むしろ、大切な事を思い出させてくれました。私は『1コ前の中ボス』であり、歴代魔王を『守護する者』だと。」

 「? えっとー……」

 「あなたの言う通り、『保護者』ですからね。しっかり言い聞かせるのも、保護者の務めですね。」

 大きな扉の前に立ち、深く息を吐く。

 「魔王さん、イッコマエです。入りますよ。」

 重い扉を開けると、

 「! いない!?」

私に続いて部屋に入った勇者さんと一緒に探すも、魔王さんの姿は室内になく、

 「イッコマエさん、窓開いてる!」

指摘された窓に駆け寄り、バッと下を覗く。

 「魔王さんっ!」

 城の裏手に走って行く魔王さんが。

 「この高さから飛び降りたのかっ!?」

 「魔王さんなら余裕ですね。私には無理ですが。」

 「どうする?」

 「もちろん、追いかけます。少し、離れていてください。……シェン・イ・ソ・パサレ」

 「っ……!」

 変身の度に眩しくてすみません。

 光が和らぎ、目の前に現れた巨大な鳥に驚く勇者さん。

 「え……イッコマエ…さん?」

 「はい。空から魔王さんを追跡します。乗って下さい。」

 「お、おう。」

 「しっかり掴まって下さい。行きますよ!」

 9階の窓から、勇者さんと共に飛び立つ。

 「魔王さんが見えたら教えて下さ……」

 「いた!」

 「はやっ!」

 城の裏手、塀の隅にいた魔王さん目掛け、急下降。

 「うおっ……あぶなっ…」

 あ、背中の勇者さんのこと、忘れてました。

 「わっ、な、なんスか?」

 目の前に降りると、魔王さんは一瞬たじろいだものの、巨大な鳥の正体が私だと即座に見抜き、逆サイドに逃げようとしましたが、

 「おっと、逃がさねぇぜ。」

勇者さんに行く手をふさがれ、足を止めました。

 「あんまり、イッコマエさんを困らせんなよ。」

 「う……」

 シュンとした様子の魔王さん。

 これ以上逃げることはなさそうです。

 魔王さんは、元の姿に戻った私のほうを向き、

 「ゴメンなさいッ! でも、あと少しだけ待って欲しいッス!」

 「あと少し?」

 「おい、イッコマエさん、こっち!」

 勇者さんに呼ばれ、草むらを覗くと、先ほどの子猫と他2匹、さらに、

 「このコ達のお母さんッス。」

やせ細った猫が横たわっていた。

 「何日か前に見つけた時は、もっとグッタリしてたッス。だからどうしても放っておけなくて、ここで世話してたッス。で、さっき様子を見に来たら1匹いなくなってて、探してるところに2人が帰って来て……」

 「で、俺が持ってた子猫が探してるヤツだったから、慌てて連れて逃げた、と。」

 「そうだったんですか……」

 改めて、猫達の様子を見る。

 元気そうな子猫達とは対照的に、警戒の視線で唸りはするものの、あまり動かない母猫。

 「怪我してる感じじゃねぇよな?」

 「そうですね……」

 「あ、イッコマエさん近付いちゃダメッス!」

 「えっ?」

 「猫アレルギーッしょ? イッコマエさん。」

 「えっ……ええっ? そうなんですか? 私!?」

 「いや、俺に聞かれても……」

 「イッコマエさんが猫アレルギーだから、城では猫NGなんスよね?」

 「いえ、アレルギーなのは、私ではなく、魔王さんのほうで……って、平気そう、ですね。」

 「でも、さっき猫化してたじゃねぇか。」

 「逃げるための時間稼ぎッス。」

 「んだよ、それ? 引っ掛かれ損かよぉ~っ!」

 嘆きつつ、膝から崩れ落ちる勇者さん。

 「!!」

 驚いて母猫の後ろに隠れる子猫達。

 「フシャーっ!」

 母猫の猫パンチ!

 「っ…ギャーッ!」

 会心の一撃!

 「急に大声出すからそうなるッス。」

 「弱っていても、子供を守ろうとするんですね。」

 「帰って来るなり、9階まで猛ダッシュだわ、猫魔王に引っ掻かれるわ、急下降されて落ちそうになるわ、本気の猫パンチ喰らうわ、1日の締めくくりがハード過ぎ……」

ぐうううぅ~

 「腹も減ったし……」

 言われてみれば、辺りは薄暗くなり始めていて、そろそろ夕食の時間。おまけに、 

 「あれ? 雨降って来たッス。」

 「ホントだ。コイツら、どうする?」

 「一時的に城内へ避難させましょう。」

 「えっ? いいんスか?」

 「どういうわけか、魔王さんのアレルギー症状も出てませんし、それなら何の問題もありませんからね。」

 「やったー! イッコマエさん公認で連れていけるッス! みんな、オレ様のおうちにご案内ッスよ-!」

 3匹の子猫を抱え、瞬く間に城内へと消える魔王さん。

 「猫用のスペース作りますから、少し待って下さーい!」

 慌てて魔王さんを追いかける。

 広い城内、子猫が自由に動き回っては迷子になってしまいます。

 「……あのー、母さん猫、さっきの件と、子猫連れていかれたせいで、俺への敵意、ハンパないんですが……」

 「フーッ!」

 「子猫達ビックリさせて悪かったな。ほら、みんな城ん中だから一緒に……」

 「シャーッ!」

 「イテッ! なんもしねぇって、大丈夫。ほら、抱っこ……そんな全力で爪立てんなよ、刺さってる刺さってるっ、いててててっ! おーいっ、誰か救援に来いやーっ!」

 勇者さんと母猫は、この後、魔王さんがちゃんと回収しました。


 「あー、ダメッス。ジッとしてないッス。」

 急遽、クッションを敷き詰めた段ボール箱を用意し、猫達を入れたものの、元気な子猫達は箱から出てきて、魔王さんや勇者さんにまとわりついています。

 「お2人が目を離さずに、食堂から出さないようにすれば、自由にさせておいていいですよ。」

 「マジッスか? よかったッスねー。好きに遊んでいいッスよー。」

 一時的とはいえ、猫と過ごす時間に大はしゃぎな魔王さん。

 母猫も落ち着いたようなので、2人に任せて、食事の支度を始める。

 「おいおい、それ以上行くと、テーブルから落ちっ……っぶねぇ~!」

 「わ、わ、カーテン登っちゃダメッスよ!」

 「ん? あれ? 1匹どこだ?」 

 …………任せておいて大丈夫でしょうか?

 気になって、様子をうかがおうとふりかえると、

 「おっ、と。」

いつの間に厨房こちらへ来たのか、私の足元には、行儀良く座る母猫がいました。

 鼻をヒクヒクさせる母猫。

 「ああ。気になりますか? サンマのにおい。ちょっと待って下さい。」

 焼き上がったサンマをちょっと味見。

 これくらいの塩気ならあげても大丈夫でしょうか。

 小皿にほぐしたサンマを少し入れ、母猫の前に置いてみる。

 警戒しながら皿に近付き、スンスンとにおいを嗅ぎ、チラッとこちらを見る母猫。

 「しっかり食べて元気になって下さい。子供達を守れるように。」

 1口2口と食べ、危険な物ではないとわかると、あっという間に皿は空っぽに。

 「もう少し食べますか?」

 「……ニャー」

 どことなく遠慮がちな鳴き声に、頬が緩む。

 おまけにもらったサンマは、このためのフラグだったのでしょうか。

 おかわりの皿を置くと同時に、

 「助けてーっ、イッコマエさーんっ!(×2)」

魔王さんと勇者さんからのヘルプ。

 「どうしたんですか?」

 カーテンの1番上で爪が引っかかった子猫。

 それを助けようとしたのであろう、勇者さんに肩車され、目いっぱい腕を伸ばして子猫を支える魔王さん。

 その魔王さんの頭の上で、これまた動けなくなっている2匹目の子猫。

 遅ればせながらと、勇者さんの背中を登り始めている3匹目の子猫。

 なんと言いますか、これは……

パシャ

 「写真撮ってる場合じゃないッスよ~っ!」

 「すみません、動画のほうがいいですよね。」

ポーン

 「そうじゃねぇだろっ!」

 撮影をやめようとすると、母猫がフレームイン。

 まずは魔王さんの頭上の子猫をくわえて救出。

 次に、勇者さんの肩まで到着していた子猫を。

 「あ、爪外れたみたいッス。」

 カーテンぶら下がり子猫も、魔王さんの手で無事地上におろされました。

 思わぬいい映像が撮れました。

 後で動画サイトに投稿してみましょう。

 「あー、猫の運動能力、ハンパないッス。」

 「だな。身軽だし、すばしっこいし。」

 「お疲れさまでした。子猫達もミルクの時間のようですし、私達もご飯にしましょう。」


 段ボール箱の中で、親子揃って丸くなっている猫達を見ながら夕食。

 「魔王さん、本当に何ともないですか?」

 「んー……そうッスね。くしゃみもでないし、目がかゆいとかもないし。」

 「成長して、アレルギーも治ったんじゃねぇか?」

 「治るもんなんですか? 猫アレルギー。」

 「詳しくはわかんねぇけど、治るってヤツもいるし、猫アレルギーだと思ってたら、実は違うのが原因だった、とか。」

 「それよりイッコマエさんッスよ。オレ様、ずーっとイッコマエさんが猫アレルギーだと思ってたッス。小さい頃、そう言われた気がするッス。」

 「小さい頃……あ。」



 「なんでねこさんとあそんじゃだめなの?」

 猫アレルギーの症状の1つ、猫化が収まった後のこと。

 「何故って、さっき大変だったじゃないですか。くしゃみが止まらなくなったり、猫さんみたいになって、壁を登って降りられなくなったり……」

 「えー、そんなことしてないよー。」

 まっすぐにこちらを見るその目に、ウソを言っている様子は見られない。


 『猫アレルギー 魔族 猫化』 検索 


 『猫化はアレルギーの中で最も重度であり、症状が収まった後は、その時の記憶がないこともある』

 

 これか……

 これは少し厄介かも……

 

 「くしゃみがとまらなくなっても、だいじょーぶだよ。ねこさんとあそびたいー! ねー、いっこまえさん、おねがいー!」

 ……少しどころか、かなり厄介かも。

 魔王さんと目を合わせるようにしゃがみ込み、別の方法で説得を試みる。

 「私ね、猫さんが近くにいると、くしゃみが止まらなくなったり、目がかゆくなったりするんです。猫アレルギーって言うんですけどね。」

 「ねこあれるぎぃ?」

 「このアレルギーがひどくなると、猫さんみたいになっちゃうんです。」

 「いっこまえさん、ねこさんになるの?」

 あ、マズイ。目が輝いてます。

 「そうなんです。猫さんは魔王さんより強いですか? 弱いですか?」

 「んー、かわいい!」

 「あ、うん。かわいいですね。可愛くて、魔王さんより弱いですよね。」

 「うん。」

 「私が猫さんみたいになって、魔王さんより弱くなってしまった時に勇者達が来たら、どうなるでしょう? 私は勇者達にやっつけられてしまって、魔王さんを守れなくなってしま……」

 突然、ぎゅっと抱きついて来た魔王さん。

 「だめーっ! いっこまえさんやっつけられちゃったらかわいそう!」

 「魔王さん……」

 自分にではなく、私に危険が及ぶことを危惧するとは予想外でした。

 「わかった! おしろにねこさん、つれてこないようにする!」

 「外で見つけても、触っちゃダメですよ。魔王さんに猫さんの毛がついてくると、それだけで私はアレルギー出ちゃいますからね。」

 「うん! いっこまえさんがゆうしゃたちにやっつけられないためだもんねっ!」

 私が思っている以上に優しすぎる魔王さん。

 この優しさが

 将来、大きな障壁とならなければいいのですが……



 「おお~、チビ魔王、超健気じゃん。」

 「今だって健気ッスよ。イッコマエさんが猫アレルギーなの信じて、城に入れないようにしてたんスから。」

 「お気遣い、ありがとうございます。」

 「オレ様のほうこそ、ありがとうッス。オレ様がアレルギー発症しないように、自分がアレルギーってコトにして、守ってくれて。」

 

 歴代の魔王は成長するにつれ、魔王らしくなっていきましたが、彼は幼い頃のままです。

 その純粋さ、素直さに触れるにつけ、ついあなたの面影を重ねてしまいます。

 私は

 あなたが託した願いに、しっかり応えられているでしょうか。



 「さて、コイツら、どうする?」

 箱の中ですっかり落ち着いて眠っている、親子4匹。

 「城の中ではわりと狭いと思って食堂に置いてみたんですが、カーテンやら食器棚やらシャンデリアやら、意外と危険なものがありますね。」

 「あまり物がなくて広くない部屋と言えば……」

 魔王さんと同時に視線を送った先は、

 「えっ、俺んとこ?」

 「モデルルームか、ってくらい物が少ないッしょ?」

 「まぁ、ほぼ寝るだけの部屋だからな。」

 「猫には最適ッスね。」

 「別にいいけど。」

 「決まりッス! 早速行くッスよ!」


 本当に必要最小限の物しかない勇者さんの部屋。

 夜になって少し冷えて来たので、暖炉に火を入れる。

 「暖炉の前、暖かくてよさそうッスね。」

 段ボール箱を暖炉から少し離れたところに置くと、移動開始直後から目を覚ましていた母猫は箱から出て、用心深く周囲を探索し始めた。

 「柵はあるッスけど、あんまり火の近くに行っちゃダメッスよ。」

 魔王さんの声に反応して、ニャーと応えると、母猫は子供達の元へ戻った。

 「かわいいッスねー。」

 「ですねー。」

 段ボール箱を両脇から挟むように、魔王さんと床に座り込み、猫達を眺める。

 私達の後ろからのぞき込むように猫達を見ていた勇者さんは、しばらくすると、ソファにゴロリと横になり、スマホを見始めました。

 安心しきった様子で無防備に眠っている子猫を、時間が経つのも忘れ、魔王さんと見入っていると、

 「あれ? こっちも寝ちゃってるッス。」

振り向くと、スマホを手にしたまま、すっかり寝入っている勇者さんが。

 「子猫に負けないくらいの無防備っぷりですね。」

 「もー。こんなに隙だらけじゃ、勇者失格ッスよ。」

 そういいながら、ベッドから持ってきた毛布を勇者さんにかける魔王さん。

 「勇者さんは、あまり猫には関心がないんでしょうかね? 子猫を抱っこしてた時は、幸せそうな顔をしてたんですが……」

 「関心ありありッスよ。ホラ。」

 「あ、ダメですよ、他人のスマホを勝手に……」

 と言いつつ、魔王さんと一緒に勇者さんのスマホを覗くと、


 『猫 飼育環境』

 『子猫 月齢 エサ』

 『鳴き方でわかる猫の気持ち』


などなどの検索履歴が並んでいて、魔王さんと顔を見合わせ、クスっとしてしまいました。

 「ほんの数時間のことだったのに、1日中猫に振り回されてた感じッスね。」

 「そうですね……あ、夕食後の片付け、忘れてました。ちょっと行ってきます。」

 「手伝うッスよ。」

 「魔王さんはここで、子猫達を見ていて下さい。目を覚まして、暖炉のほうに行ったりすると危険ですから。」

 「わかったッス。」

 


コンコン

 片付けを終えて戻ってきた勇者さんの部屋の前。

 扉をノックするも、中から応答がありません。

 もしや、と思い、静かに扉を開けると、

 「……もー。こんなに隙だらけでは、魔王失格ですよ。」

母猫に見守られて床でスヤスヤと眠っている魔王さん。

 「魔王さんのお守り、ありがとうございました。」

 「ニャー。」

 「あ、お水、持ってきましたよ。どうぞ。」

 スンスンと確認作業を欠かさない母猫。

 どこかのお2人に彼女の警戒心を見習って欲しいものです。

 魔王さんを部屋まで運んで行くのは造作もないことですが、目が覚めた時猫がいたほうがいいんでしょうね。

 「勇者さん、ベッドお借りしますね。」

 ソファで熟睡中の勇者さんに一応断りを入れて、魔王さんをベッドに運ぶ。

 布団をかけたら自室に戻るつもりでしたが、

 「おっ。」

魔王さんの手が伸びてきて、袖口をガッチリと掴まれてしまいました。

 ベッド脇にスツールがあるのを見つけたので、それを引き寄せて腰を下ろし、様子を見ることに。

 「…ッコマエさん……」

 寝言?

 「どっか行っちゃ……ダメ…ッス…」

 「魔王さん……」

 

 『アイツの中では何も変わってないんじゃないか? イッコマエさんとの関係性。』

 『俺から見たら、今でも充分、イッコマエさんは魔王の『親』みたいっていうか、『保護者』みたいな感じがするけど。』


 本当に、勇者さんの言う通りかも知れませんね。

 それが嬉しいような、もう少し魔王の自覚を持って、自立してもらいたいような、複雑な気持ちですが……

 「大丈夫ですよ。ここにいます。」

 袖口を握る華奢な手をそっと包み、一言、そう告げた。



 「…ニャー、ニャー」

 何で、猫の鳴き声が……?

 「猫っ? 魔王さんのアレルギーがっ!」

 飛び起きた拍子に、肩からスルリと落ちた毛布。

 いつもと違う風景。

 目の前の猫。

 徐々に自分が置かれている状況を思い出す。

 魔王さんの傍に座ったまま、眠ってしまったようで。

 えっと、今何時……

 時計を見ると、いつもの起床時間を大幅に過ぎています。

 ベッドで寝ていた魔王さんも、ソファで寝ていた勇者さんもいません。

 毛布を拾い上げ、急いで食堂へ向かおうとする足元に母猫がついてきます。

 振り返って見ると、暖炉の前には子猫入りの段ボール箱。

 「一緒に行きましょうか。」

 「ニャー」

 自ら箱に戻る母猫。

 私はその箱を抱え、おそらく2人がいるであろう食堂へ瞬間移動。


 「うわっ! ックリしたぁ。おはよう、イッコマエさん。」

 「あ、おはようッス、イッコマエさん。あ、ニャンズも一緒ッスね。」

 「おはようございます、魔王さん、勇者さん。すみません、寝過ごしてしまって。」

 段ボール箱を床に下ろし、厨房へ向かおうとすると、

 「あ、簡単なモンだけだけど、朝メシ作ったから。」

 「わ、ホントすみません!」

 「いいっていいって。いっつもイッコマエさんに任せっきりなんだから、たまには俺たちもやんないと。」

 「そうッス。いつもありがとうッス!」

 なんだか、胸が熱くなり、気が付くと、2人をギューッと抱きしめていました。

 「苦しいッスよ、イッコマエさん!」

 「あ、すみません!」

 「起きてきて謝ってばっかだな、イッコマエさん。」

 「すみま……」

 「ニャー」

 母猫にまでツッコまれる始末で、3人で笑ってしまいました。

 実際のところ、母猫は 

 「ほら、また謝ってる!」

とツッコんだわけでは当然なく、その後も落ちつかなげにウロウロしながら鳴いています。

 「どうしたんスかね?」

 「トイレじゃね?」

 ひょいと母猫を抱え、

 「外行くぞ。」

駆けだした勇者さん。

 「ママさんが誘拐されたッス! 捕まえるッス!」

 子猫箱を抱えて勇者さんの後を追う魔王さん。

 なんだか兄弟のよう。

 さて、兄弟が戻ってくる前に、食卓を整えましょうか。

 ちょっと焼き過ぎたトーストに、黄身が破れた目玉焼きと6本足のタコさんウインナー。

 悪戦苦闘の跡が見て取れる厨房に苦笑しながら、皿に盛り付け、テーブルに運ぶ。

 あっという間にお湯が沸く電気ポットのスイッチを入れ、レトルトスープを追加したところで、魔王さんと勇者さんが厨房方面からご帰還。

 「勝手口があるなら先に言えよ!」

 「言う間もなく玄関に一直線だったじゃないッスか!」

 言い争う2人の後ろから、母猫を先頭に子猫達も着いてきました。

 「お帰りなさい。食事の準備できてますから、手を洗って来てください。」



 「ゆうべ、子供の頃の話を聞いて、思い出したことがあるんスけどぉ……」

 今日は勇者さんのバイトも休みということで、食後にのんびりとお茶していると、魔王さんが私の顔色を窺うような口調でそう切り出しました。

 「思い出したこと、ですか?」


 「いつか、いっこまえさんよりつよくなれるかな?」

 「なれますよ。魔王さんは魔王さんですからね。」

 「そしたらさあ、ゆうしゃたちから、いっこまえさんをまもれるよね?」

 「そうですね。」

 「じゃあ、いっこまえさんよりつよくなれたら、おしろにねこさんつれてきてもいい?」

 「……そうですね。考えておきます。」

 「やったー! やくそくだよ!」


 「あの約束、まだ有効ッスか?」

 何となく、そう来るかなとは思っていましたが……

 「オレ様のアレルギーも治ったっぽいし、イッコマエさんもアレルギーじゃないってわかったし……」

 「あ、ほら、勇者さんのご意見も聞かないと……」

 「フツーに好きだぜ、猫。」

 「イッコマエさんだって、猫、好きッしょ?」

 「そう…ですけど……」

 テーブルの上でじゃれあっていた子猫達の視線、魔王さんの膝の上で寛いでいた母猫の視線、そして、魔王さんと勇者さんの視線、全ての視線がいつの間にか私に集まっています。

 「……ダメです。」

 「えーっ!」

 「ちゃんと、動物病院で健康状態を診てもらってからじゃないと、飼っちゃいけません。」

 「え、それって……」

 「いつまでも勇者さんの部屋をお借りするわけにもいきませんから、猫用の部屋も確保して。」

 「つまり……」

 「トイレのトレーニングやごはんのお世話、忙しくなりますよ。」

 「飼っていいんスか?」

 「命を預かるんですからね。しっかり面倒みてくださいね。」

 「やったーっ! ありがとうッス、イッコマエさんっ!」

 「よかったな、魔王!」

 ハイタッチで喜ぶ2人。

 その急な動きと、パチンという音に驚いて、ビクッとなる子猫。

 子猫の危険を察知して、魔王さんの膝からテーブルに跳び上がって威嚇の態勢をとる母猫。

 「怒りの矛先は、なんでいっつも俺なんだよ。」

 母猫に睨まれ、ぼやく勇者さん。

 「大丈夫ッスよ、ママさん。このヒト、見た目はちょっとデカいッスけど、中身は残念ッスから、怖くないッスよ。」

 「猫にまで残念って紹介すんな! って、いつまでも猫だのママさんだのだと呼びにくくね?」

 「そうですね。個々に名前があったほうがいいですね。」

 「わー、名前ッスかぁ。難しいッスねー。んーと、1号2号3号!」

 「テキトー過ぎんだろ。」

 「イノ、シカ、チョウ!」

 「花札かよ。」

 「ケン、ケン、パ!」

 「ケン2匹いるぞ! イッコマエさん、コイツのネーミングセンス……あ、1コ前の中ボス、『イッコマエ』さん!?」

 「はい。」

 「終盤の強敵は『シューバン』さんだし……ちょ、名づけストップ!」

 「レツゴー」

 「3匹ー! って、トリオ名になってるじゃねぇかっ!」

 兄弟と思いきや、漫才コンビでしたね。

 

 魔王が代替わりする度に私の名前は変わります。

 今は『イッコマエ』ですが、本当の名前は……

 

 「お前はホント、賢くていいコだよな。あ、まだ名前付けてなかった。んー、賢くていいコだから『カシコイイコ』……言いにくいなぁ。カシコイイコ、カシコイコ、カシコ、イコ……イコ! イコにしよう! よろしくな、イコ!」


 あなたも同じようなネーミングセンスの持ち主でしたね。

 

 あーでもない、こーでもないと案を出し合っている魔王さんと勇者さん。

 猫達の名付けにはまだまだ時間がかかりそうなので、私は動物病院とペット用品がそろうお店の検索をしておくことにしますか。 

   

 

 


 

 


 



 

 

 


 

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