伝説の勇者? 明日から
どうも、勇者です。
今、旧魔王城にいるんだけど……
「みなさーん、お集まりくださーい。いよいよお城の中に入りたいと思いまーす。」
魔王城周辺を見学していたツアー客達が、ガイドさんの呼びかけで、城門前に集まって来た。
これ、ちょっとマズくね?
城ん中、誰もいないと思ってるよな? ツアーの人達。
そこに魔王いたら……
「自由に使っていいとは言ったケド、城内見学も始めたんスね。」
「遭遇したらマズいですかね、私達。」
「まあ、あまり好ましい状況じゃないッスよね。特に……」
魔王が俺のほうを見る。
「えっ、俺?」
「『キッチリ始末した』ってコトになってるッスからね。その勇者がいたら、あれ?ってなるッス。」
「皆さんがここまで来ないうちに、早く探しましょう。」
今俺達がいるのは、最上階の魔王の部屋。
俺が置き忘れた装備品を取りに来たんだけど、見当たらないんだよなぁ。
「ホントにこの部屋なんスか?」
「後片付けの時外して、端っこのほうにまとめて置いておいたハズなんだけどなぁ。にしても……」
部屋に散らばる、空き缶やら紙くずやらパンフレットやら……
「なんなんだよ、このゴミはっ!」
「お、オレ様じゃないッスよ!」
「右に同じく!」
「……わかってるよ。」
移転先で片付け片付けうるさく言い過ぎたか?
萎縮した2人を見て、ちょっとすまない気分になる。
「観光地化するともれなく発生するよな、ゴミ問題。」
「悠長にゴミ拾いしてる場合じゃないですよ、勇者さん!」
「ココ、9階ッスから、到着まで時間かかるんじゃないッスかね? そんなに慌てなくても……」
ポ~ン
「ん? なんの音ッスか?」
「はーい、こちらが最上階、魔王の部屋でーす!」
「!!」
大きな本棚が半分から割れ、ガイドさんを先頭に、ツアー客がぞろぞろ出てきた。
とっさにバカでかい玉座の後ろに3人で隠れる。
「なんで本棚から人が出てくるんだ!?」
「エレベーターに改造されたみたいッスね。1週間あれば、こんなリフォームできちゃうんスねー。便利な時代ッス。」
「なんということでしょう。部屋の雰囲気を壊さぬよう、本棚を模し、エレベーターと気付かせない心憎い匠の演出。」
「感心してる場合かよっ!」
近づいてくる人々の気配に焦りまくる。
「外からも見えていた崩れた外壁、まだ記憶に新しい、魔王と勇者の激戦の跡ですねー。敢えて修繕せずに残してありますのて、覗き込んで落っこちないよう、近付きすぎないようにお願いしまーす。」
「確かに危険ッスね、あのままだと。雨の日とかも問題ッス。」
「透明度と強度の高いガラスでもつけます?」
「新たなリフォーム計画はいいからっ! てか、俺の装備品探しももういいから、移動魔法でさっさと退散しようぜ。」
「そうはいかないッス。戦いはすでに始まっているッス。」
「戦い?」
「題して『装備品一式、見つけるまで帰れま戦』ッスよ。」
「なるほど。それは勝利せねばなりませんね。」
「何言ってんの? 誰と戦ってんの!?」
「オレ様がみんなの注意を引くッス。その隙に2人はこの部屋を出て、戦いを続行するッス!」
「わかりました。魔王さん、ご武運を!」
「ちょっ、おいっ……」
止める間もなく、魔王は姿を消し、次の瞬間、
「はーい、ガイドさんの言う通りッスよー。ココ9階ッスから、落ちたらマジヤバいッスよー。」
ツアー客が今まさに注目している、崩れた壁の上に降り立った。
一瞬の静寂、次第にザワザワするツアー客達。
「えっ……魔王?」
「ウソ! ホンモノ!?」
「ども、魔王ッス。本物ッス。城がどうなってるか、様子見に来たッスよー。」
ワッと歓声が上がる。
「勇者さん、今ですっ!」
イッコマエさんに言われ、素早く魔王の部屋を出る。
「撮影はいいッスけど、サインは有料ッスよー。壁の修繕費にするんで-。」
そっと覗いてみると、にわか撮影会、サイン会が始まっていた。
「サインの転売とか、写真、動画の有料提供は禁止ッスよー。発覚したら、即、モンスター派遣して、世界滅ぼしちゃうッスよー。」
「出た。目ぇ笑ってない笑顔。」
ツアー客も引くんじゃないか、と思いきや、黄色い歓声が一際大きくなる。
「ヤバっ! カッコよ過ぎ~っ!」
「動画で見るより、全然いい!」
「魔王さまーっ! こっち向いて~っ!」
「……ああいうのがウケるのか。よくわかんねぇな。」
「ギャップ萌えってヤツですかねぇ。さ、そろそろ行きましょう、勇者さん。」
あの日、魔王の部屋以外に立ち入った所と言えば、
「イッコマエさんの飯、食わしてもらった食堂、だよな。」
「行ってみましょう。」
1階の食堂へ移動。
9階からって、大変だな。
……いいなぁ、あの魔王部屋直通エレベーター。
「エレベーター、いいアイディアですよね。帰ったら向こうの城にもつくりましょうか。」
「俺も思ったけどさ、勇者ご一行に超有利になるから却下だよな。」
「城の住人のみ使用可能にしては?」
「あー、なるほど。エレベーター使って、あの最難関の7階スルーされたら許せねぇなぁって思っ……なに見てんだよ?」
「……勇者さんって、ホントはこっちサイドのヒトなのでは?」
「……うん、そうかも。」
食堂に近付くにつれ、なんかいいにおいがしてきた。
「誰かいるんですかね、食堂。」
「! イッコマエさん、あれ!」
食堂の入り口に掲げられた『お食事処 魔界庵』の看板。
中にはたくさんのテーブルが並び、女の人が数人、各テーブルに料理を運んでいた。
「ん? 誰かいます?」
ヤバっ! 見つかったか?
「勇者さんっ!」
腕を引かれ、振り返ると、イッコマエさんが俺の目の前に手をかざし、何かをつぶやいた。
カメラのフラッシュをたいたような閃光に覆われ、思わず目を瞑る。
「ああ、ガイドさんと運転手さんでしたか。」
その声で目を開けると、俺の横には、まだ魔王の部屋にいるハズのツアーガイドさんがいた。
「もう少しで昼食の準備整いますから。ガイドさんと運転手さん含めて、50人分でしたよね?」
配膳をしていた女性のうちの1人が食堂の外へ出てきて、ガイドさんと俺を交互に見ながら尋ねる。
「はい、そうでーす。お料理配るの、お手伝いさせていただいてもいいですかー? 今、お客様は自由行動で、私達、手が空いてるんですよー。ね、運転手さん。」
言いながら、俺のほうを見るガイドさん。
その口元が無音の言葉を紡ぐ。
『私です、勇者さん。』
ガイドさんがイッコマエさんの変身だと気付くのと同時に、自分の服装も変わっていることに気付く。
さっきの光、あれで俺の格好も変えたのか。
イッコマエさんの変身能力は知ってたけど、他の人にも使えたとは。
「いいんですか? 助かります。後は配るだけなんですけど、まだ始めて間もない試みだから、バタバタしちゃって。」
配膳の手伝いとして、食堂に入り込む。
「お手伝いしながら、装備品探してみてください。」
小声でそう言い残し、イッコマエさんは手際よく女性達の手伝いを始めた。
「お茶、配るの、お願いしていいですか?」
「あ、はい。」
たくさんの湯呑みが乗った大きなお盆を持ち、各席に配っていく。
「さすが、男の人は力あるわねー。重くて持てないから、キッチンワゴンで配って回ってるんだけど、通路狭いから他の人の邪魔になるし、時間もかかるのよねー。」
「そうなんですか。大変ですね。」
「大変だけど、楽しいわ。ちょっと前に、引っ越すからこのお城自由に使っていい、って魔王が言ったでしょ? 翌日、すぐに城内ツアーの話が持ち上がって、ツアー客用としても、個人客用としても利用可能な食事処を作りましょう、調理スタッフ募集しましょう、ホールスタッフも必要ですね、って、一気に話が進んでね。わたし、働くところがなくて困っていたから、もう、ホント助かったの。大きな声じゃ言えないけど、魔王さまさまって感じ。」
魔王城を観光スポットにして、地域を活性化させる、なんて、荒唐無稽な話だと思ってたけど、案外うまくいってんのな。
ここで働いている人達もだけど、魔王効果で助かってる人達がまだまだ大勢いるんだろうな。
2代目魔王城のほうも、今はまだビミョーに知られてない感じで、
『大変だ! 魔王城が現れた! モンスターが暴れている!』
みたいな混乱状態も、
『話題の魔王城がこの地にやってきた! 町おこしのチャンス!』
みたいな歓迎ムードもなく、静かそのものだけど、そのうちここと同じように賑やかになっていくんだろうな。
魔王さえ居れば、勇者達なんて必要ないんじゃないか?
…………………
「準備完了しましたー。ありがとうございます-。」
「え、いや、俺なんか……」
「いえいえ-、すっごく助かりましたよ-。」
「ホントにねぇ。お兄さん、男前だから、おばちゃん達はりきっちゃって、予定より早く準備できたわぁ。」
「そうねぇ。これから毎日来てもらっちゃおうかしら?」
「あら、いいわね! どう? お兄さん、ここで一緒に働かない?」
「あ、そう……ですね……」
……そうだよな。
魔王に着いていってみたけど、ただ居候してるだけで、何してんだかって日々だし、
魔王と戦う気がないんだから、勇者続けてる意味もないしな。
「ダメですよー。ユウさんはウチの期待の新人くんなんですからー。」
ガイドさんに変身したイッコマエさんが、スタッフさん達と俺の間に割って入る。
そして、くるっとこちらを向き、
「……居なくなってもらっては、困ります。」
「!!」
ゾクッとした。
俺の胸の内を見抜いたようなその言葉に
初めて見るその厳しい眼差しに
「そろそろお客様をお連れしますねー。行きますよ-、ユウさん。」
ポ~ン
1階にある大時計が真ん中から開き、ツアーガイドを先頭に、客達がゾロゾロと出てくる。
なんということでしょう。
城の雰囲気を壊さぬよう、大時計に模されたエレベーターに、匠の心意気を感じます。
「はーい。ただいまよりお食事と、自由行動のお時間となりまーす。1時間30分後に出発となりますので、それまでにバスにお戻りくださーい。」
ガイドは食堂を覗き込み、中のスタッフに声をかける。
「もうお客様ご案内して大丈夫ですかー?」
「えっ? さっきご自分で、お客様お連れします、って……」
「えっ? 私がですか?」
「若い運転手さんと一緒に、ねぇ。」
「若い運転手さん?」
ツアー客の1番後ろにいる運転手は、お世辞にも若いとは言えない中年男性。
双方、何が何だかわからない、といった顔をしていたが、
「準備できてますから、どうぞ-。」
「あ、はーい。皆さんどうぞお入りくださーい。」
何事もなかったように、ツアーは再開した。
無言のイッコマエさんの後について、階段を上がって行く。
8階の1室のドアを開けたところで、ようやくイッコマエさんが口を開いた。
「どうぞ、お入りください。」
俺もよく知ってるイッコマエさんの部屋だ。
2人掛けテーブルの椅子を俺に勧め、もう一方にイッコマエさんが座る。
『……居なくなってもらっては、困ります。』
あの言葉が、あの表情が頭から離れず、まっすぐイッコマエさんを見れない。
「何だか不思議ですね。この部屋で、こんな風に向かい合っているなんて。」
「あ、はいっ、そうですねっ!」
「なんで敬語なんですか?」
そう言って苦笑するイッコマエさんは、いつも通りの穏やかな雰囲気で、ちょっとホッとする。
「この城ん中で、1番なじみの部屋かも、ここ。イッコマエさん、メッチャ強いから、何十回戦ったことか。」
「何十回負けても、ずっと鉄のオノと、さほど強度のない防具で挑んで来て……色々な勇者達を見てきましたが、これほど勇者らしくない勇者はあなたが初めてでしたよ。」
「やっぱそうだよな。俺、勇者ってガラじゃな……」
「たからわざと負けたんです、私。」
「……えっ?」
「何だか無性に会わせてみたくなったんです、魔王さんに。だから、あなたが鉄のオノから鋼のオノに変えてきたあの日、負けてみたんです。」
「魔王に、会わせてみたくなった?」
「直感、ですかね。魔王さんに相応しいのは、この勇者だ、って思ったんです。」
「なんで? 勇者らしくない勇者だったんだろ? それが魔王に相応しいワケ……」
「魔王さんもまた、魔王らしくない魔王だったから、かも知れません。」
魔王を初めて見た時のことを思い出す。
デカくて、厳つくて、角とか牙とか生えてて、いかにも凶悪そうな姿を想定していた。
けど
扉の向こうにいたのは、普通の人間と変わらない姿で、凶悪さのかけらもない、俺よりも小さくて華奢なヤツ。
見た目もだけど、まとっている空気も、なんていうか『魔』っぽい迫力とか、威圧感とか、重々しいダークな感じが一切なくて……
「そう。勇者さんの感じた通り、魔王さんは、世間一般が抱く『魔王』のイメージとかけ離れているといいますか……実際『魔』っぽさがあまりないんです。世界征服というと、世界中に魔物を送り込み、人間達が恐怖する様に愉悦し、絶望感を煽り、支配する、みたいなイメージかと思いますが、そういう陰惨な空気、あまり好きではないんですよ、魔王さん。」
「本当に魔王なのか? アイツ。」
「余談ですが、敬われたりするのも苦手で、『様』付けで呼ばれるのも抵抗があるそうです。」
「本当に魔王なのかっ!? アイツ!」
だから、イッコマエさんも『魔王さん』で、逆にアイツがイッコマエさん呼ぶ時も『さん付け』なのか?
「そんな魔王さんですが、先祖代々の夢だし、先祖代々やってきたことだから自分も、って感じで世界征服を始めたようです。」
「……なんか、大変なんだな、血筋ってのも。」
イッコマエさんが深くうなずく。
「正直、心配でした。勇者達がやって来て、対峙し、これを斥け、世界を手にした時、彼はどう振る舞うのだろうか。自身の思いとは裏腹に、過去の魔王達のように恐怖で人々を支配し、無理にでも魔王らしくあろうとするのか? それで心を痛めてしまわないか、と。」
「……魔王もだけど、イッコマエさんも相当『魔』っぽさ少ないよな。」
『世界征服するッス!』って言い出した魔王に、反対もできず、密かにオロオロするイッコマエさんが容易に想像できた。
「魔王さんのことはもちろん心配ですが、問題はその先。本来の自分と魔王らしくあろうとする自分とのギャップに心のバランスを失い、自暴自棄になって暴走でもし始めたら……」
「し始めたら?」
「世界は滅びます。」
「世界が? 人類がとかじゃなく?」
「魔王さんが100%の力を解放したら、私達魔族も含め、全ての生命体は滅びます。何しろ、それらが存在しているこの世界そのものが消滅しますから。一瞬にして、跡形もなく。」
「……そんなに、すげぇのかよ、アイツの力。」
「どんなにらしくなくても、やはり魔王なんです。彼は。」
その言葉が嘘ではないことを、イッコマエさんの真剣な顔が物語ってる。
「でも、あなたと出会い、関わっていくうちに、魔王さんは初めて世界征服とはどういうものなのか、実際に手にした世界をどうしたいのか、真剣に考えはじめました。あなたの何気ない一言がきっかけとなって。」
「なんか言ったっけ? 俺。」
「世界を手にした後どうするんだって聞かれた、と。」
そう言えばそんなこと言った気がする。
「食事の時間になっても部屋から出て来ないので見に行ったら、玉座に座って考え込んでいました。世界征服した後どうするのか聞かれて答えられなかった。そんなこと、考えてもみなかったし、どうしたいのかわからない。あまりに深刻な顔で悩んでいたので心配になりましたか、魔王さん自身で考え、答えを出さなければならない問題だと思い、黙って見守ることにしました。翌日、姿が見えなくなった時は焦りました。あなたが魔王せんべいを手土産に城を訪れたあの日のことです。」
「世界征服後のこと、なんとなく聞いただけだったんだけど、なんかすげぇ悩み始めたから、気になって様子見に行ったんだっけ。」
「あなたと入れ違いで帰ってきた魔王さんは、晴々した顔で言いました。『世界征服、明日から始めるッス!』って。でも、人々が苦しむ様を嬉々として見ているような、いわゆる『魔王らしい』征服の形は自分には難しい。『魔王らしい魔王』を演じ続けられないし、笑顔のない世界に君臨したくもない。だから、『自分なりの世界征服』を考えた、と。」
「それで辿り着いたのが、町おこし世界征服、ってことか。」
「あなたがいなければ、世界は本当に終末に向かっていたかも知れません。いわゆる『勇者』らしい勇者ではありませんが、図らずも魔王さんをいい方向へ導き、世界の平和を守ったあなたは、まぎれもなく、『勇者』なのではありませんか?」
「…………」
「あの『魔王らしくない魔王』と、今の平和な世界には必要なんです、『勇者らしくない勇者』のあなたが。」
親の顔も知らずに育ち、人間らしい扱いをされずに過ごした日々。
俺を受け入れてくれる人なんかどこにもいない。
俺の居場所なんてどこにもない。
親に見捨てられたんだ。
そんなヤツ、この世に必要のないだろ。
いつ終わらせてもいいと思っていた。
道具のように使われていることにさえ何も感じなくなり、死んだように生きている人生なんか。
そんな時、魔王が現れた。
いつ終わらせてもいい人生。
なら、最後にデカいことにやらかして終わりにしようか。
魔王討伐のため、魔王城を目指して飛び出したあの時には想像さえしていなかった。
討伐しようとしていた魔王側の奴に、必要だ、なんて言われるとは。
その上、そいつらと過ごしてる今のほうが、あの時よりずっと人間らしく生きているとは……
「イッコマエさんも『中ボスらしくない中ボス』だよな。勇者は追いかえさなきゃダメだろ? なんで引き留めてんだよ。」
「私は魔王さんの世界征服を成就させたいだけです。後々脅威とならないように、手懐けるために甘言を弄しているだけかも知れませんよ? 簡単に乗せられぬよう、気を付けて下さい。」
「それ。その顔。イッコマエさんまで、アイツみたいな笑い方すんなよー。」
「いわゆる『中ボスらしくない中ボス』ですが、それでも一応『中ボス』ですからね。」
目が笑ってない笑い方。
これって、魔族らしくないのをごまかすために見せる笑い方なんじゃないか、ってなんとなく思った。
「『お食事処 魔王庵』のウエイターも悪くないかなぁって思ってたけど、転職するのはまた今度にするか。」
「バイトでならいいんじゃないですか?」
「バイトかぁ。その稼ぎで新しい装備品を……あ。」
イッコマエさんも思い出したようで、ほぼ同時に、あ、と言って、互いに顔を見合わせた。
「装備品探しに来たの、すっかり忘れてた。」
「ですね。」
「あー、いた! やっと見つけたッス!」
ドアが開き、魔王がプンスカしながら入ってきた。
「『装備品一式、見つけるまで帰れま戦』は続行中ッスよ! 勝手に戦線離脱して、何やってんスか!」
「ちょっと作戦会議を。な、イッコマエさん。」
「ええ。今から復帰するところでした。」
「ったくもぉ……なんスか、その格好。」
俺を指さす魔王。
「なにって、別にいつも通り……じゃねぇ! イッコマエさん、自分は変身解いてんのに、俺は運転手の服のまんまかよ!」
「すみません、忘れてました。」
「掃除屋、ツッコミ師の次は運転手に転職ッスか?」
「したらどうする?」
「ダメッス! 許さないッス! 居なくなったら困るッス!」
ちょっと意外な反応。
「『劇団 魔王座』の勇者役俳優が居なくなったら、話にならないじゃないッスか! 座長の許可なく退団は認めないッスよ!」
「いつ旗揚げしたんだよ、『劇団 魔王座』。てか、お前が座長なのかよ。」
「そうッス。オレ様が座長ッス。勇者役俳優として連れていったのに、掃除屋にツッコミ師に次々と転職しないでもらいたいッス。」
「してねぇよ! 俺は今までもこれからも勇者だっての!」
「でもまあ、その格好も似合ってるッスね。」
「ですよね。術を解き忘れるくらい、違和感ないですよね。」
「他の衣装も見てみたいッス。」
「了解です。リクエストどうぞ。」
「おい、何勝手に……」
「じゃあとりまRPG職業っぽく、魔法使いッス!」
「オプションでメガネつけていいですか?」
「眩しっ!」
「武闘家!」
「オプションでメガネ。」
「おい……っ!」
「僧侶! 神父さん風で!」
「メガネプラスで。」
「お医者さん!」
「メガネは絶対です。」
「保育士さん!」
「子供たちに『メガネせんせー』と呼ばれましょう。」
「ホスト!」
「メガネで知的キャラに。」
「男子学生!」
「メガネ男子キター(・∀・)」
「執事!」
「モノクルでもいいですね。」
「カフェ店員!」
「丸メガネで、いっそオーナー風に。」
「いい加減にやめーいっ!」
「ちょうどMP切れました。」
「残念。イッコマエさん、お疲れッしたー。」
「俺もいたわれっ!」
「お疲れッス。どれも似合ってたッスよ。」
「そりゃどうも! あと、イッコマエさんのメガネ推しは何なんだよ!?」
「趣味です。完全なる。」
「どれも似合ってたッスよ。」
「ですよね! メガネは正義です! 私が世界を手にしたら、老若男女はもちろん、モンスター達も全て、メガネ着用を義務づけます!」
「とりあえず今は、サングラスだったらありがたかったかな……」
衣装チェンジのたびに光に包まれるもんだから、まだ目がチカチカしてる。
「これだけのキャラがいれば、『劇団 魔王座』も安泰ッスね。」
「1人で何役させる気だよ……」
「メガネとか髪型とかで印象変わって、『あれ? きっちり始末された勇者?』ってバレなさそうだし、どーしてもって言うなら運転手への転職許可……」
「だから、転職しねぇって! 転職はしねぇけど……」
「けど?」
「バイト、始めてもいいか?」
「バイト? 運転手の?」
「いや、ウエイターの。1階の食堂だったとこ、食事処に改装されててさ。ツアー客来ると、結構忙しいらしくて。」
「魔王さんが撮影&サイン会をしている間、勇者さんの装備品探しがてら、給仕のお手伝いをしてたんです。とっさにガイドさんと運転手さんになって。」
「それであの服装だったんスか。」
……そう言えば、運転手の時もメガネ装備だったな。
「で、ホールスタッフの人に、一緒に働かないか、って言われてさ。2代目魔王城でレベル上げしようにも、敵強すぎだろ? 新しい武器防具揃えたくても、モンスター倒さないことにはカネ手に入らねぇし。じゃあここでバイトでもして稼ごうかと思ってさ。」
「バイトとしてなら、城内をうろついても怪しまれず、堂々と『装備品一式、見つけるまで帰れま戦』も続行できますし、2代目魔王城から離れたここなら、さほど強いモンスターもいないから、バイトの合間に、レベル上げも可能ですね、って。」
「さっき言ってた作戦会議ってそれッスか?」
「そ、そうそう!」
装備品探しとかレベル上げのことまで考えてなかったし、作戦会議発言もド忘れしてたから、慌ててイッコマエさんに同調する。
「いいッスよ、バイト。」
「マジで?」
「ただし!」
魔王が珍しくまじめな顔でこちらを見る。
「こっちに住み込むのは禁止ッス。ちゃんと2代目魔王城から出勤して、バイト終わったらちゃんと帰ってくること! これが守れなかったら、魔王座、退団させるッスよ!」
「『装備品一式、見つけるまで帰れま戦』なのに、帰っていいのか?」
「揚げ足とらないっ! 返事は?」
「はいはい、わかったよ、座長。」
「よし! 許可するッス!」
魔王はなんかホッとした顔になり、魔王の隣のイッコマエさんも、いつも以上に穏やかな顔で小さくうなずいた。
「ところで、2代目魔王城からここまで、どうやって通うつもりですか? 勇者さん、移動魔法習得してませんよね?」
「あ。」
「あ。じゃないッスよ、あ。じゃ! なんで覚えてないんスか!」
「えっ、勇者でも使えるのか? 移動魔法って。」
「……徒歩で通うといいッス。」
「……ですね。」
「いや、無理だろっ? あっちの城、1歩出たら終盤の強敵出るんだぜ? 旧魔王城来るどころか、城門前から先進めねぇよ! なぁ、どうやって習得すりゃいいんだ!?」
「ぐぐーるさんに聞けばいいッス。『勇者 移動魔法 レベル』で検索ッス。『移動魔法、覚えるまで帰れま戦』開始ッス! これは覚えるまで帰ってきちゃダメッスよ!」
「夕食の仕度があるので、私達は先に帰りますね。勇者さん、ご武運を。」
「えっ、ちょっ……マジで帰りやがった……」
『勇者 移動魔法 レベル』 検索
「あ、次のレベルでイケるじゃん。」
ラッキーなことに、この近くのモンスター2、3匹分の経験値あればレベル上がりそうだ。
そうび
丸メガネ
カマーベスト
ギャルソンエプロン
シルバートレイ
……えっ? これって。
「カフェ店員の格好のままじゃねぇか!」
旧魔王城付近で、モンスター相手に銀のお盆で戦うカフェ店員が現れたと、しばらくの間話題となった。