魔王、転職に伴い、今日からここは勇者城となります
「情報によると、この森を抜けた先に……」
「見て、勇者っ!」
僧侶が杖で指し示す先には、巨大な城がそびえ立っていた。
一体、どれほどの高さがあるのだろうか。
城の周辺だけを怪しく覆う霧のため、最上階まで見ることはかなわない。
いかにもな雰囲気を纏った城に、いやが上にも緊張感が高まる。
「どうした? ここまで来てビビってんのか?」
魔法使いがからかうように勇者に言う。
「はっ! 何言ってんだよ。何のためにここまで来たと思ってんだ?」
城を見上げ、グッと拳を握り、気合いを入れる。
「よし、行くぜ、みんなっ!」
巨大な城門が、重々しい音を立ててゆっくりと開いていく。
城門から入り口へと至る道のりとて、一瞬の油断もならない。
慎重に歩を進め、玄関扉に辿り着く勇者一行。
「────っ!」
「どうしたの、勇者っ!」
「……あれを、見ろ。」
「! ウソ…だろ? こんなことって……っ!」
『ごめんねー、ただいまお出かけ中ッス。待っててもいいけど、いつ戻るかはわかんないッスよ。 魔王より。』
扉にペタリと張られたメッセージに、愕然とする一行。
「何だよ……お出かけ中って。」
試しに扉を開けようとしてみるが、しっかりと施錠されている。
「こっちにも何か張ってあるわ!」
『10名様以上で、団体割引適用です。』
「……団体割引? なぁ、こっちの城で合ってるんだよな?」
「ちゃんと『魔王より』って書いてあるし、この城で間違いないはずよ。」
「以前の魔王城だったら、観光地になってるから、団体割引とか分かるけど……」
「10人以上、か。」
パーティーメンバーの人数を確認する勇者。
「魔王も留守のようだし、あと2人、探してくるか。」
とある大型ショッピングセンター。
「キャットフードと、爪とぎ、トイレ砂もそろそろ買っておいたほうが……」
「イッコマエさん、イッコマエさんっ!」
カートに飼い猫用の品物を入れているところへ、魔王が何かを抱えて走ってきた。
「店内で走ってはいけませんよ、魔王さん。何を持って来たんですか?」
「じゃーんっ!」
『おたのしみパック』と書かれた大きな紙袋を差し出す魔王。
「何ですか、これ?」
「500円で、中身は1000円以上のお菓子が入ってるって書いてあったッス。ただし、何が入っているかはわからないって。」
満面の笑みでイッコマエを見る魔王。
「まさか、買うんで……」
「買うッス!」
間髪入れずに答えられ、苦笑いのイッコマエ。
「嫌いな物が入っていても、残してはいけませんよ?」
「大丈夫ッス! オレ様が食べられないものは、勇者にあげるッス!」
袋をさっさとカートに入れ、自身のサイフから500円を出してイッコマエに渡す。
「……仕方ないですね。」
「あざーッス、イッコマエさんっ! あ、見て見て! にゃんこのおたのしみパックも売ってるッス!」
「これこそ、ハズレだった時、どうにもなりませんから、やめましょうね。」
「向こうの魔王城に持っていけば、ワンコのお部屋ニャンコのお部屋で、ミアくんが何とかしてくれ──はい、やめておくッス。」
イッコマエの無言の圧力に、魔王は商品をそっと戻した。
魔王とイッコマエが城に戻ると、扉を塞ぐほど大きな背中が見えた。
「シューバンさーんっ!」
魔王に呼ばれた巨躯が振り返る。
額にツノ、大きな口には鋭い牙。
「あー、魔王さん、イッコマエさん。どーもー。」
その恐ろしい姿からは想像できない人懐っこそうな笑顔で2人を迎えたのは、城の周辺で勇者一行を待ち構える大型モンスター シューバンノキョウテキ 通称 シューバンだ。
「留守にしていて、すみません。何かご用でしたか?」
「いえー、誰が扉を開けようとしたらしく、防犯システムが反応したんで、来てみたら──」
シューバンの足元に倒れている謎の8人。
「勇者一行、ッスか?」
「こっちに気付いてー、攻撃してきたから応戦したんですけどー、初期モンスターにすら勝てるのかー?ってくらい弱々でー。」
「パーティーの編成もいささか妙ですしねぇ。勇者、僧侶、魔法使い、商人、盗賊、吟遊詩人、踊り子、遊び人……戦闘向きのメンバーとは思えませんね。」
「勇者がすごく強かったとか、魔法使いが強力な魔法を修得してたとか?」
「どーなんですかねー。こっちの全体攻撃で、1ターンで全滅だったのでー。」
「もしかして、勇者一行コスプレで観光に来た一般のヒトだったんスかね? 攻撃もノリでやっちゃった、とか?」
「あー、やっぱりそうだったんですかねー。だったら悪いコトしちゃったなー。」
申し訳なさそうに、倒れた8人を見下ろすシューバン。
「装備も割と本格的で、しかも攻撃してきたんスよね? だったらシューバンさんは何も悪くないッスよ。気にしなーい、気にしなーい。」
「そうですね。『攻撃されない限り、手は出さない』が新ルールで、勇者一行風の集団が攻撃してきたから応戦したまでですからね。とりあえず、この方々は教会に……一般の方だったら、病院のほうがいいんでしょうか?」
「教会でいいんじゃないッスか? オレ様が送っておくッス。ケ・デント!」
魔王の呪文と共に、8人の姿が消えた。
「留守中の警備、ありがとうございました。お茶でも飲んでいきませんか?」
「お菓子も買って来たから、一緒にお茶するッス!」
張り紙をはがして鍵を開け、扉を開けるイッコマエと、シューバンの腕を引く魔王。
「いいんですかー? ではちょっとだけお邪魔しますー。」
「こんなの売ってたんスよ!」
イッコマエがお茶を用意する間に、スーパーで買って来たおたのしみパックをシューバンに見せる。
「500円なんスけど、1000円以上のお菓子が入ってるらしいッス。」
「へー、それはお買い得ですねー。」
「開けてみていいッスか?」
お茶を運んできたイッコマエに尋ね、返事を聞く前に袋をひっくり返し、食堂の大きなテーブルの上に派手にぶちまける魔王。
「あーあ、粉々になっちゃいますよー。」
テーブルから落ちたスナック菓子の袋を拾い、シューバンが、おっ、と声を上げる。
「懐かしいですねー。『キャベツ……』あれ、違うなー。『芽キャベツだろう?』だろう?って言われてもー……」
「パッケージは似てますけどねぇ。」
開封し、芽キャベツだろう?をひょいっと口に放り込む魔王。
「名前は違うッスけど、味も形も激似ッス。」
テーブルの上の他の菓子も見てみる。
「『食べると減ってく へるへるへ~るへ』? いや、食べたら減るでしょー、なんだってー。」
「『たけきのこの林』……『永遠の戦いがついに決着? きのことたけのこがなかよく結着!?』うまいコト言おうとして、スベってる感が凄いですね。」
箱を開けると、有名なきのことたけのこのチョコスナックを半分にしてくっつけた、謎の形の菓子が。
「1つで両方の味と食感が楽しめるッス。おいしいかどうかはさておき。」
「これはー『よっとっと』?」
「色んな形のヨットが入ってますが……似たり寄ったりで違いがよくわかりませんね。」
「『ハッピーじゃーん?』いや、だから聞かれてもー。」
「『期間限定! みんな大好き、あの幸せの粉が、通常の50倍かかってるよ!』幸せの粉と言われると、何故か、非合法なものではないかと疑ってしまいますね。」
「てか、50倍って、濃すぎないッスか?」
「あ、待ってください、魔王さん。」
ハッピーじゃーん?を食べようとした魔王に、イッコマエが待ったをかける。
「非合法な粉ではないと思いますが、万が一のことがあってはいけませんので、私が先に試食させていただきます。」
包みを開けた時点で、パラパラとこぼれる幸せの粉。
指先についた粉を舐めてみる。
「……味はいわゆるアレで、問題はなさそうですね。」
続いて本体のせんべい部分も一緒に1口。
「……ゴフッ!」
「だっ、大丈夫ですかー、イッコマエさーんっ!」
咳き込みながら、手のひらを2人のほうに向けてうなずき、無事をアピールする。
お茶を一気に飲み干し、落ち着いたところで、結論。
「あのせんべいに間違いありませんが、粉が多すぎてむせるので、注意しながら食べてください。」
「みたいッスね……ハッピーもほどほどがいいんスね。」
まだ時折咳き込むイッコマエの背中を魔王がさする。
「なんかー、一捻り二捻りしたようなものばかりですねー。」
「そうッスねー。オレ様、ホワイトチョコのコレなら知ってるんスけど……」
「どれですかー? あー、『カラフルロータリー』。確かに、カラフルしゃなくてー、ホワイトなら聞いたことありますねー。」
「ミルク、ストロベリー、ホワイト、抹茶、オレンジ。5種類入ってるんですね。」
「あ、ようやく定番のが合ったッス。ポテチ。これなら大丈夫……」
「どうしました? 魔王さん。」
「『謎味』って書いてあるッス。」
「……何だか、嫌な予感しかしませんね。保留しておきますか?」
「そうッスね。勇者が帰ってきたら食べさせてみるッス!」
不在中に毒見係決定の勇者。
「これ知ってるー……と思ったら、『カンドリママン』? カンドリ母さんの特製ですかねー。カンドリさんて誰ー?」
「おいしいッスよ、カンドリママン。……ムリッス?」
「えっ? たった今、おいしいって……」
「これこれ。ほら、『ムリッス』って。」
魔王は『ムリッス』と書かれた商品を手に取り、封を切る。
「見た目は細いプレッツェルのアレっぽいけど、なにが『ムリ』なんですかねー。」
何気なく1本口にしたシューバンの動きが止まる。
「どうッスか? シューバンさん。」
「歯が折れそうなくらい硬いですよー。たしかに『ムリッス』です、これはー。」
「えーっ、こんなに細いのに?」
「あっ、気をつけてー。マジ硬いですよー!」
シューバンと同じく、動きが止まる魔王。
「魔王せんべいもッスけど、なんで食べ物を硬くしたがるんスかぁ? もしかして、人間の歯は魔族やモンスターより丈夫なんスかね?」
「そう言えば、我々が断念した魔王せんべい、勇者さんはかろうじて食べてましたよね?」
「俺がなんだって?」
噂をしていたところへ、本人が顔を出す。
「あ、お帰りッス。今日は早いッスね。」
「ああ。仕事が早く片付いたから帰っていい、って言われてさ。あ、シューバンさん、ちはー。」
「お邪魔してますー。」
こちらに越してきて間もない頃、ほぼ丸腰状態で戦いを挑み、瀕死状態で、お姫様だっこされて城に運んでもらって以来、すっかり顔馴染みな勇者とシューバン。
「お茶しながらー、魔王さんが買って来たお菓子をいただいていたんですがー……」
魔王はムリッスを1本出して、勇者に差し出す。
「これ、すっごく硬くって。魔王せんべいみたいだ、って。」
「で、我々は無理でしたが、勇者さんは魔王せんべい食べられましたよね、という話をしていたんです。」
「なるほど。で、これが? どう見ても、おなじみのアレで、魔王せんべいのほうが断然硬そうだけど……」
魔王からムリッスを受け取り、1かじり。
ガギッ
勇者の攻撃
ムリッスに1のダメージ
「おっ、スゴいですねー!」
ムリッスの反撃で勇者に13のダメージ
「かっ………てぇーっ! 何だよコレ! お子様がケガしたらどうすんだ!」
「『研究に研究を重ね、とことんまで硬くしてみました。歯や口の中を傷めないよう、よく噛んでお召し上がりください。特にお子様、入れ歯、差し歯の方は充分ご注意下さい。』だそうです。」
「充分ご注意してどうにかなるレベルの硬さじゃねぇし、よく噛む以前の問題だってのっ!」
怒りを露わにし、力任せにムリッスを床に投げつける勇者。
「どんな物だとしても、食べ物をその様に扱っては……と言いたいところですが。」
勇者がかじったことによって、先端が少し鋭くなったムリッスが床に突き刺さっている様子を見て息を吞む4人。
「これは、食べ物ではなく、新手の凶器ですね。」
「開発途中で誰も気付かなかったのかよ。硬さ追求しすぎて、すでに食いモンじゃねぇ、って。」
「気を取り直して、これ、開けてみるッス!」
保留しておいた『謎味』のポテチを、魔王がワクワクしながら開封する。
「おいおい、何だよ『謎味』って……イヤな予感しかしねぇよ。」
「はいはーい、みんな1枚ずつ取ってー。せーので食べるッスよー。」
「強制参加かよ。早めに帰宅しなきゃよかったな。」
「早くてもいつも通りでも、強制参加は決定してたッス。」
袋を差し出され、渋々1枚取り出す勇者。
イッコマエとシューバンもポテチを手にしたところで、魔王が合図を出す。
「ではでは。せーのっ!」
「……」
「…………」
「………………」
「塩味……か?」
「コンソメっぽいッス。」
「餃子味ですねー。」
「えっ、私は梅のような酸味を感じましたが……」
同じ袋から取り出したにもかかわらず、各々違う味を主張する4人。
「……もう1枚?」
「食べてみますか。」
パリッ
「甘い?」
「チーズみたいッス。」
「さっきはウツノミヤ餃子っぽかったけどー、これはハママツ餃子風味ですねー。」
「ウツノミヤとハママツの違いが出せるポテチがすげぇのか、違いがわかるシューバンさんがすげぇのか……」
「先程はしそ風味でしたが、これはハチミツ漬けの梅干しっぽいですね。」
「なんで2人とも些細な違いがわかるんだよ!?」
「スゴいッしょ? イッコマエさんもシューバンさんも。」
「なんでお前がドヤるんだよ。」
イッコマエとシューバンの味覚の鋭さに、何故か得意気に胸を張る魔王。
「からっ! ワサビか? これは……バナナチップみたいな味だし、これは酢みたいな酸味……なんなんだ、この商品。」
「躊躇せず、よく次々と食べられますね……」
「そういうところが、やっぱり『勇者』なのかなー。」
この期に及んで、ようやくポテチの袋に書かれた説明文を読む。
「『当社が創設時から現在に至るまでに開発した全てのフレーバーをこの1袋に詰め込みました!』だって。」
「1袋に詰めんなよ……ん? タコ焼き風?」
「『全50種類! ご当地限定味も入ってるよ!』ウツノミヤ餃子とかハママツ餃子とかッスかね?」
「だから、50種類を1袋に詰めんなって……わっ、これ、チョコベッタリついてる!」
「なんだかんだ言いながらも、ハマっちゃってますよ、勇者さん。」
「50種類、制覇しそうだなー。ん?」
足元に落ちていた箱を見つけ、シューバンが拾い上げる。
「魔王さーん、落ちてましたよー。」
「あざーッス! あ、これ、ちょっとしょっぱいビスケットで、動物の形だけと、ビミョーわかりにくいやつッスよね!」
さっそく開けると、
「あーあ、バラバラですねー。」
「派手にぶちまけたからですよ。」
「テーブルから落ちたくらいで、こんなにバラバラになるもんッスか?」
イッコマエに軽く諫められ、反論する魔王。
「お店の人が落としたのかもだし、もしかしたら、もともとこういう……やつみたいッス、これ。」
魔王が指さすパッケージに書かれた商品名。
「『バリッとどうぶつ』ぅ?」
「『バリッと2つにわかれているどうぶつビスケット。ペアになるものを探しながらたべてみよう!※製造過程で割れてしまったものを使用しているのではなく、元々こういう商品です。』注意書きのせいで、疑いが増しますね。」
「ペアになるものを探すにもー、そもそもの形がビミョーだなー。」
テーブルに紙を敷き、全てのビスケットを出してみる。
「形の他に、印刷されてる名前もヒントになりそうッスけど……」
「印刷もにじんでいて、読みにくいですね。」
難易度高めのビスケットパズルと格闘すること数分。
勇者が参加していないことに気付いた魔王が呼びかける。
「いつまで利きポテチしてんスか。一緒にどうぶつ達を元の姿に……って、なんで失神状態!?」
食べかけのポテチを手にしたまま、テーブルに突っ伏している勇者。
「ノドに詰まりましたかー?」
勇者が持っているポテチのにおいで、イッコマエがある可能性を示す。
「勇者さん、苦手だったんですかね、パクチー。」
「パクチー?」
「勇者さんが持っているそれ、多分パクチーフレーバーです。」
イッコマエに言われ、シューバンも鼻を近付ける。
「あー、パクチーですねー。」
「オレ様、パクチーって食べたコトないんスよねー。」
ポテチを取り上げ、ためらいなく口にした魔王は、勇者と同じ末路を辿った。
「ま、魔王さーんっ!」
テーブルに倒れ込む2人に、イッコマエは状態異常回復魔法で復活させる。
「あ゛──、油断したー。そういやぁちょっと前に出てたな、パクチー味。」
「フキノトウ以上の衝撃ッス。ポテチでこの威力ッスから、ホンモノは絶対ムリッス。」
バリッとどうぶつで口直し。
「ん? 味が違うッス。」
「パクチーショックで、味覚が一時的におかしくなってるんじゃねぇか?」
言いながら勇者もバリッとどうぶつを口にする。
「……確かに、ちょっと違うかも。」
「勇者さんも?」
どうぶつ達を元の姿に戻す作業などもはや二の次三の次とばかりに、イッコマエとシューバンもビスケットを食べてみる。
「あの独特の塩気が全くありませんね。」
「あー、作ってる会社、違いますよー、コレー。」
「よく見たら、これ以外にもパクリ商品あるじゃん。いいのか? こういうバッタもん売ってて。」
「消費者や、元のメーカーから訴えられない限りはいいんですかね? だいぶ紛らわしいですが。」
「でも、楽しかったからいいッス!」
「そうですねー。おかげで、随分長居してしまいましたー。そろそろ帰りますねー。」
3つの椅子を使って座っていたシューバンが立ち上がる。
「長々と引き留めてしまってすみませんでした。」
「いえいえー、みなさんと過ごせて楽しかったですー。」
「あ、これ、ギギくんとハザーくんなら食べられるッスかね?」
「確かに、ギギステルクとハザッカークなら、大丈夫かもしれませんね。」
「ッしょ? おみやげにどうぞッス。」
「ありがとーございますー。渡しておきますねー。」
「また来てねー。次はちゃんとしたお菓子用意しておくッスから。」
「楽しみにしてますー。ではー。」
3人に見送られ、シューバンは城を後にした。
住処である森の中の洞窟へ戻る途中、シューバンは見覚えのある集団に遭遇した。
「あのー。」
「うわあっ!」
背後から声をかけられ、文字通り跳び上がって驚く勇者一行。
「お、お前はさっきの……っ! クソッ! バックアタックとは卑怯なっ!」
「今度は簡単にやられないぜ! 新たに、賭博士と遊撃手が加わったからなっ!」
確かに、8人だったパーティーは10人になっていたが……
「遊撃手、って、野球選手じゃ……」
「えっ、そうなの?」
「あのー、確認なんだけどー、あんたら、何者?」
巨大なモンスターに尋ねられ、バッと身構える一同。
「見てわからないの? 私達は、魔王討伐のために集結した精鋭部隊よっ!」
「コスプレ集団じゃなく?」
「しっ、失礼だなっ! 俺達はれっきとした勇者パーティーだ!」
何故このメンバーを揃えたのか、いまいち意図不明な顔ぶれ。
「このメンバーで、よくここまで来れたなー、あんたら。悪いことは言わないからー、戦闘向きの……戦士とか武闘家辺りを加えてー、レベルももっと上げてから出直したほうが……」
「賭博士を加えて、ラック値ガン上がりのオレ達をなめてかかると痛い目見るぜ。」
「運だけでここまで来たのは驚異的だけどー、このまま魔王さんに挑んだら、それこそ痛い目見……」
「先手必勝っ!」
賭博士の攻撃!
「エスリームダート!」
賭博士は20面ダイスを投じた!
「来た来たぁーっ! 最大値20!」
パーティー全体の攻撃力が20倍になった!
「ナイス、賭博士! 行くぜーっ!」
勇者の攻撃!
シューバンノキョウテキに3のダメージ!
「……20倍の攻撃力でー、3のダメージってー。」
剣は確かに当たったが、傷らしい傷は全くない。
「物理攻撃が効きにくいヤツかもな。なら、俺の出番だ。」
魔法使いの攻撃!
「イグ・タシュ!」
炎を纏った石つぶてがシューバンノキョウテキを襲う!
シューバンノキョウテキに2のダメージ!
「回復魔法がダメージになるパターンかも……私にまかせて!」
僧侶の攻撃!
「サナーレ!」
僧侶は回復呪文を唱えた!
シューバンノキョウテキのHPが5回復した!
「あー、回復、どーもですー。」
「ふ……普通に回復したわっ!」
「一体どうすれば……っ!」
「いやー、だからー、ちゃんとレベル上げてから……おっと?」
盗賊はシューバンノキョウテキから何かを奪った!
「へへっ、いっただきぃー! なに、これ? 『ムリッス』?」
「どれどれ、鑑定してみますかな。」
商人はムリッスを鑑定した!
「スティック状プレッツェル菓子のようですな。」
「お菓子ぃ? アタシ、超おなか空いてるんですけどぉ。」
「あたいもー。」
「あー、それ食べないほうがー……」
遊び人と盗賊はムリッスを食べた!
「────っ!? は……歯があああっ!」
「マジ、ムリなんですけどぉ!」
遊び人と盗賊は倒れた!
「遊び人と盗賊がやられたぞっ!」
「何ですと!? まさか、菓子に見せかけた武器だったとはっ!」
「卑怯ですわっ!」
「いやー、それ作ったの、人間だしー、ちゃんと警告したしー……」
「こうなったら、一斉攻撃だ。行くぜ、みんなっ!」
勇者一行8人による一斉攻撃!
ミス!
ダメージを与えられない!
シューバンノキョウテキの攻撃!
「ほいっ!」
シューバンノキョウテキは金棒を一振りした!
「ぐわあああぁぁっ!」
「初期の魔法では、ここまで……か……」
「うん、いっそ、初期の魔法だけでー、ここまで来たのが奇跡ー。」
「私が……回復させたせいね……」
「回復させなくてもー、結果は同じだったよー。」
「ラブ踊り、マスターしましたのに……」
「胸の中にあって、いつか見えなくなる前に披露できるといいねー。」
「吟じたかっ……た…」
「詩吟? 吟遊詩人じゃなくて、吟詠士?」
「また……所持金が減りますな……」
「10人分の蘇生費用だからねー。」
「ギャンブルはほどほどに……ね。」
「お小遣いの範囲だねー。」
「自分、野球選手っすから……」
「うん、なんでパーティーに加わったのかなー。」
勇者一行は全滅した!
「……本当に、運だけで来たんだなー。」
「あれ? 何してんの、シューバン。」
「んー? おー、ギギとハザー。」
森の中から、サメのような鋭い歯のモンスター ギギステルクと、頑強な顎を持つモンスター ハザッカークが姿を現した。
「ちょうどよかったー。これ、魔王さんからー。」
盗賊からムリッスを取り返し、2人のほうに差し出す。
「すごーく硬いお菓子なんだけどー、あんたらならイケるかもー、って。」
「へー。どれどれ?」
いとも簡単にムリッスを制覇するギギとハザー。
「ちょうどいい歯ごたえで、旨いな。」
「何これ? うちら専用の菓子?」
「作ったの人間だからー、一応人間用なんだろうけどー……」
ムリッスを1本ずつ手にしたまま倒れている盗賊と遊び人を指さし、
「人間じゃー歯が立たないみたいだなー。」
「食えないモノ作るとか、人間てワケわかんねー。」
「てか、そいつら何者?」
「んー、自称 勇者一行。」
「自称って……」
「格好はそれなりなんだけどー、めちゃ弱くてー。」
「なるほど。それで『自称』か。で? 何で放置してんの?」
「んー。ちょっとどうしようかなーって……」
ぴぽぽぽ ぴぽぽぽ ぴぽぽぽ……
「おーい、魔王ー、スマホ鳴ってんぞー。」
「はいはーい。ん? シューバンさんからッス。もしもしー?」
『あー、魔王さん、今、電話、大丈夫ですかー?』
「大丈夫ッスよ。なんかあったんスか?」
スマホをスピーカー通話にして、勇者とイッコマエにも聞こえるようにする。
『はいー。あ、その前に……』
『魔王さーん、ギギステルクです。』
『ハザッカークです。』
「あ、ギギくん、ハザーくん、お久しぶりッス。」
『お久しぶりでーす。シューバンからもらったムリッス、ウマかったですよ。』
「あ、食べられたッスか? よかったッス。オレ様もシューバンさんも歯が立たなくて……」
「勇者さんがかろうじて囓れたんですが、私達の手に負えなくて困っていたんです。」
『勇者さん、これイケたのかよ!』
『パネェな! 勇者さん!』
「ギギくんもハザーくんも、城の近くに来たら、遠慮せず寄ってねー。」
『ありがとうございまーす。』
『でー、本題なんですけどー、あの集団にー、また会いましてー。』
「あの集団? ああ、コスプレ集団ッスか?」
『はいー。どうやらー、ホントに勇者一行だったみたいでー。』
「えっ、マジッスか? シューバンさん、無事ッスか?」
『はいー。2人増えて10人になってたんですがー、やっぱりかなーり弱くてー。2人はムリッスで自滅してー。』
「盗賊辺りが、お土産のムリッスを盗んだんですかね?」
「それで自滅って……」
『後の8人は、また一撃で全滅させてしまったんですがー、どうしましょう、このヒト達。』
「……どう思うッスか? イッコマエさん。」
「教会に送ったところで、弱いままでまた懲りずにやってきそうですしねぇ。」
どうしたものかと思案顔の2人に、勇者が事もなげに言う。
「2代目魔王城から1番遠い教会に送ればいんじゃね?」
『あー、1から出直せ的なねー。ホント、それくらい弱いんですよー。』
「そんなヒト達が、よくここまで来れましたね。」
『運だけはあるみたいでー。なるほどー、教会は教会でも、遠くの教会かー。さすが、ほぼ初期装備で地道にレベル上げして魔王さんの元に辿り着いた勇者さん、いい考えですねー。』
「……褒められたのか、ディスられたのか……」
『じゃあ、ハジマリノ村の教会に送りますねー。』
「面倒かけてごめんねぇ。よろしくお願いするッス。」
『いえいえー。ではまたー。』
シューバンとの通話を終え、マジマジと勇者を見る魔王。
「……んだよ。」
「残念だ残念だと思ってたけど、実はわりとまともな勇者だったんスね。」
「どういう意味だ、コラ。」
「そうですね。武器防具はとんでもないものでしたが、レベルはしっかり上げてましたからね、勇者さんは。」
「訂正してお詫びするッス。残念勇者改めて、まとも勇者。」
「まとも勇者ってなんだよ。毎回毎回、頭に何かくっつけるけど、フツーに『勇者』でいいだろ?」
「『フツー勇者』?」
「……ぜってぇわざとだな。」
「……あれ? 昨日、同じような状況を見た気がするんだけど。」
バイトから帰った勇者が食堂を覗くと、昨日と同じように、スナック菓子がテーブルの上を占拠していた。
「お帰りッス。昨日はバッタもんとか、期間限定商品ばっかりだったから、今日はちゃんとしたのを買って来たッス。」
「ポテチの数がハンパねぇんだけど……」
昨日と違う点と言えば、スナック菓子の数、主に、ポテチの袋がやたら多いところだ。
「謎味に入ってた49種類、集めたッスからね!」
どや顔の魔王だが、勇者に一抹の不安がよぎる。
「こんな無駄遣いして、イッコマエさんに怒られねぇのか?」
「大丈夫ッス。イッコマエさん公認ッスから。買ったけど、食べられませんでした、だと怒られるッス。」
「なるほど。だから、パクチー味除いて49種類か。1袋100円として、4900円……ちょっと待て。魔王庵で燃やした竹カゴ40個分弁償するのに、4000円稼がなきゃいけないとか言ってたのに、ポテチ49袋買う金はあるのかよ?」
「これは月々の生活費から買ったものッスからね。竹カゴは、自分で働いて貯めたお金で弁償したいのに、フツー勇者が旧魔王城に来るなって言うから、バイトアプリで日々お仕事探し中ッス。」
「……頑張れよ。求職魔王。」
ずらりと並ぶポテチを改めて見てみる。
「マジであるんだ、『しそ梅風味』と『ハチミツ梅風味』、『ウツノミヤ餃子』と『ハママツ餃子』。他にも似たような味のがかなりあるな。『からあげ味』と『ザンギ味』と『竜田揚げ味』とか、区別つくのか?」
「前に、いろんな味のアメを売ってるのを見かけたんスよ。」
「急に何の話だ?」
「種類が豊富だなぁってよーく見たら、『イチゴ』と『ストロベリー』、『みかん』と『オレンジ』、『ぶどう』と『グレープ』、『桃』と『ピーチ』、『サイダー』と『ソーダ』……」
「だから、何の話だよ?」
「区別つくのか繋がりで、思い出したんスよ。もしかしたらあのアメも、ちゃんと違う味だったんスかね?」
「いや、それはたぶん、同じ味だったんじゃねぇかな。」
「同じ味って言えば、かき氷のシロップって、実は同じ味なんスよ。」
「らしいな。違う味に感じるんだけどな。」
「不思議ッスよねー……ん? 何の話してたんだっけ?」
ようやく、話が脱線しているのに気付く魔王。
「同じような味のポテチがたくさんあるな、って話だよ。しっかし、よく集めたな。」
「イッコマエさんと、あっちこっちのお店をハシゴして、1日かけてコンプリートしたッス!」
「……猫に留守番させられないとか言いながら、すっげぇ留守にしてんじゃねぇか。」
「ニャンコって、1日の半分以上寝てるし、夜行性だから、昼間は留守にしてても大丈夫だってわかったんス。定点カメラも何カ所かにセットして、出先からでもニャンズの様子がスマホで見れるし、ちゃんと玄関に鍵もかけて、勇者一行が来ても入れないから、安全ッス。」
「勇者一行ほったらかして、楽しく遊び回ってんじゃねぇよ! 買い物とかバイト探しの前に、魔王の仕事ちゃんとやれよ!」
ようやく辿り着いた魔王城に魔王不在の上、玄関施錠で門前払いの勇者一行に同情を禁じ得ない。
「いつ来るかわからない勇者一行を待ってるのって、超ヒマなんスよ。シューバンさんとか、ギギくん、ハザーくんが手に負えないような勇者達が来たら、ちゃんと自室待機するッス。」
「まあ、いいけどよ……ところで、イッコマエさんは?」
魔王と一緒に買い物に行ったというイッコマエの姿が見えない。
「実は1個、見つからないお菓子があって、なんか、コンプ魂に火がついちゃったらしくて、まだ探してるッス。」
「そんなキャラだったのか? あのヒト。」
「ただいま帰りましたー。あ、勇者さん、お帰りなさい。」
「イッコマエさんもお帰りー。」
「イッコマエさん、見つかったッスか? パクッとどうぶつ。」
力なく首を横に振るイッコマエ。
「パクッと海水浴ならどこのお店にも置いてあるんですが、パクッとどうぶつは何故か置いてなくて……」
「海水浴のほうが人気になって、フツーのは作らなくなっちゃったんスかね?」
「いや、そういう情報はねぇけど……」
菓子メーカーのホームページを検索して、勇者がスマホを魔王とイッコマエに見せる。
「そうですね。特に生産終了とは書いてありませんし、期間限定商品でもないですしね。」
「それより……こんなに色々あったんスね、パクッとどうぶつシリーズ。」
「バター味、チーズ味、うすしお味、チョコ、イチゴチョコ、メープル、やさい?」
「大きいのとか、厚焼きのとかもあるッス。」
「生産はされているのに、何故お店に置いてないんでしょう。」
「探し回るのも大変だろうし、ネットで買えば? えーと……」
ネット購入をしようとした瞬間、勇者の手の中からスマホが消えた。
「……なあ、俺のスマホ、知らね?」
「何言ってんスか。ついさっきまで見てたのに、一瞬のうちにどこにやったんスか。」
「だよな? ついさっきまで持ってたよな?」
「しょーがないッスね。代わりにオレ様が……あれ? ここで充電してたオレ様のスマホも行方不明ッス。」
謎の現象に顔を見合わせる魔王と勇者の耳に、イッコマエの大きなため息が届く。
「最近の若者は、なんでもかんでも簡単にネット購入。嘆かわしい限りです。」
「……えっ?」
「確かに、ネットで購入すれば、遠方でしか買えないものや、欲しいものが確実に手に入ります。効率的なのも認めます。しかしっ!」
イッコマエの演説が熱を帯びてくる。
「人々から情報を集め、己の足で探し回り、ようやく手にする。これこそが、宝探しの醍醐味ではありませんか! 古代の遺跡に眠る伝説の武器。近隣住民の曖昧な情報や、昔から伝わるわらべ歌に隠されたヒント、遺跡に施された罠に行く手を塞がれ、辿り着いた宝箱の前には、強力な守護者。戦いに敗れれば、容赦なく遺跡の外へ放り出され、1からやり直し。しかも、遺跡内は訪れる度にその表情を変える、自動生成ダンジョン。何度も心を折られながらも挑み続け、やっとの思いで手に入れるからこそ、喜びも感動もひとしお。違いますかっ? それを、ネットでお手軽にだなんて、勇者さん、あなたはそれでも勇者ですか!」
「差し出がましいマネをいたしまして、申し訳ありませんでした。勇者の心得、しかと肝に銘じますので、スマホをお返しくださいますでしょうか?」
「勇者さん、私の話、ちゃんと聞いていましたか?」
「……まさか。」
今までに見たことのない最高の笑顔でイッコマエが言う。
「この城のどこかに、古文書にも記されている『勇者のスマホ』があると言われています。頑張って探してください。」
「ちょおおおっ! 菓子1個注文しようとしただけで、なんでここまでの仕打ち!」
「がんばるッスよ、伝説のスマホを探す旅。」
「他人事ではありませんよ、魔王さん。」
「えっ?」
「この城のどこかに、朽ちかけた石碑にも記されている『魔王のスマホ』が以下略。頑張って探してくださいね。」
「えーっ! 超とばっちりッス、巻き添えッス! どうしてくれるんスか、スマホ依存症勇者っ!」
「別に依存症じゃねぇよ! 探しに行くぞ!」
食堂を飛び出した勇者の姿が一瞬にして消える。
「あれ? もういないッス。一体どこ……えっ? なんでここに落とし穴があるんスかっ!?」
食堂を1歩出たところに、今までなかった落とし穴が口を開けていた。
「なんなんだよっ! あの落とし穴っ!」
ものの見事に落とし穴にはまった勇者が、移動魔法で食堂に戻ってきた。
「なかなか楽しいですね。自動生成魔王城。」
嬉々とした表情のイッコマエ。
「Sか? Sだな? ドSだなっ! 虫も殺せないようなカオして、こーゆうヤツが1番タチが悪いわっ!」
「こんなこともできちゃうなんて、スゴいッスね、イッコマエさん!」
「褒めてる場合かっ!」
「わー、8階のイッコマエさんの部屋が、すぐそこにあるッス! ちょっと探検して来るッス! 一緒に行くッスよ!」
いつもと違う城の構造に、魔王は子供のように目を輝かせ、勇者を道連れに、食堂を飛び出す。
「いつもと違うんだから、慎重に進めって!」
「あれ? なんスか、この銅像?」
「おい、不用意に触んなっ!」
「あっちの床に、ちょうどはまりそうなくぼみがあるッスよ。」
「だから、不用意に触ったり動かしたりするなって! 罠かも知れね……」
勇者が止める間もなく、銅像をくぼみまで押して行く魔王。
銅像がくぼみに収まった瞬間、
ゴゴゴゴゴ……
「ん? なんの音ッスか?」
頭上から何かがパラパラと落ちてくるのに気付き、勇者が上を見る。
「ほら見ろっ! 天井が下がってきたじゃねぇかっ! 停止装置があるはずだ。探すぞ!」
「あっちにも同じような銅像とくぼみがあるッス!」
今度は2人で銅像をくぼみまで押す。
ガガガガガガ……
「わーっ! 壁がーっ!」
「ひとまず、このエリアから脱出するッス!」
「お気をつけてー。夕食までには帰って来てくださいねー。」
迫り来る天井と壁を回避するため、階段を駆け上がっていく魔王と勇者を笑顔で見送るイッコマエ。
夕食の支度をと、いつも通り食堂の隣に向かうと、
「にゃー?」
「おや、ニャンズルームがここに。困りましたね。厨房はどこでしょう。」
自動生成ダンジョン
発動させた本人にも、どんな構成になるか予測ができない、ステキな魔法。
魔王と勇者が、伝説のスマホを無事手に入れたのを期に、生活するには不便すぎる自動生成魔王城も元に戻った。
そんなプチ騒動があってから約1週間後。
「あ、ゆうさんゆうさん。」
仕事を終え、魔王庵から出てきた勇者を、元魔王庵調理場スタッフで、現在は同じ魔王城内の新施設、ワンコのお部屋ニャンコのお部屋スタッフになった、ミアという青年が呼び止めた。
「おー、お疲れー。」
「お疲れ様です。お仕事、終わりですか?」
「おう。」
「ちょうどよかった。ゆうさんを待ってるお客様がいらしていて、仕事が終わったら呼んできて欲しいって。」
「俺に、客?」
「今、ワンニャン部屋にいらっしゃるので、どうぞ。」
ミアに促されて、ワンニャン部屋に入る。
犬用猫用、それぞれのスペースはあるが、自由に行き来できるようにしてあるため、同じ空間に両方がいることも珍しくない。
今もそんな状態で、数人の客が犬猫との時間を楽しんでいる。
「やっぱり犬のほうがかわいいって。ご主人様一筋、って忠実なとこが最高なワケよ。」
「いやいや、やっぱネコでしょ。犬みたいな忠実さはないかも知れないけど、その気まぐれなとこがいいんだって。」
犬の良さを語る犬派の客と、猫の良さを語る猫派の客。
「アンタは当然、猫派だよな?」
膝に乗せた猫を撫でながら、猫派の客が別の客に尋ねる。
「特に猫派ってワケじゃないッスよ。」
「猫耳つきのパーカー着ておきながら、そりゃないだろ?」
「今日はネコ耳ッスけど、ワンコバージョンもウサコバージョンも持ってるッスよ。ネズミ耳のカチューシャつけたヒトが、実際のネズミが好きか?っていったら、そうとも言い切れないッしょ?」
「あのカチューシャは、ネズミ派じゃなくで、あのキャラが好きな人でしょ?」
「あ、そっか。でもでも、そのヒト達って、海のほうに行ったら、クマさん派にもなったりするッしょ?」
「あー、確かに、そういう人もいるか。」
「ッしょ? どっち派、なんて決めなくていいんスよ。オレ様はニャンコもワンコも好きッス。犬派も猫派もハト派もタカ派もないッス。かわいいは正義ッス!」
周りに集まって来た犬と猫をギューッと抱きしめる猫耳黒パーカーの客。
「じゃあ、おにーちゃんもせいぎなの?」
「そうねー。にゃんこのおにいちゃん、とってもかわいいねー。」
「えっ、マジッスか? あざーッス! でも、オレ様、正義とは真逆で、魔王なんスけどねー。」
「魔王だなんて、おもしろいコト言うわねぇ、アナタ。」
「別におもしろいコトなんて言ってないッスよ。オレ様、正真正銘、魔王100%ッスよ。」
盛り上がっているワンニャン部屋。
その盛り上がりの中心にいる、猫耳パーカー男、こちらからは後ろ姿しか確認できないが、
「……なあ、俺を呼んでた客ってまさか。」
「はい。いつもと違う格好ですけど、魔王様、ですよね? 本人もそう言ってますし。」
わざわざ一般人のような格好で訪ねて来るなど、嫌な予感しかしない。
「悪ぃ。呼びに行ったけど、もういなかったってコトにしといてくれ。」
「えっ、ちょっ……」
魔王が気付く前に、勇者が立ち去ろうとした瞬間、
「GO! 101キロわんちゃんっ!」
魔王の号令と同時に、大型犬を始めとして、数頭の犬が勇者を追う。
「ゆうさん、危ないっ!」
「えっ? うわっ!?」
背後から大型犬に飛びつかれ、倒れる勇者。
倒れた勇者に、次々と犬が飛び乗る。
25キロのダルメシアンとゴールデンレトリーバー、22キロのシェパード、17キロのシベリアンハスキー、9キロの柴犬、最後に3キロのトイプードルが勇者の頭に乗り、101キロわんちゃん完成である。
「ぐえっ……」
6頭の犬につぶされ、身動きが取れない。
「すげぇ……いつの間に手懐けたんだ?」
「犬使い猫耳男だ……」
号令1つで6頭の犬を動かした、自称 魔王に、客達がざわつく。
「にゃんこのおにーちゃん、すごーい!」
「ありがとねー。でも、よいコはマネしちゃダメッスよ。」
魔王はにっこり笑って、小さな子供の頭を撫でた。
「だっ、大丈夫ですか、ゆうさん! コラっ、みんなっ! ダメじゃないか、こんなことしたらっ!」
ミアに叱られ、ショボン顔の6頭。
「みんなは悪くないッス。ミアくんがせっかく呼んできてくれたのに、ゆうくんがこっそり帰ろうとしたから、引き留めてもらっただけッス。」
101キロわんちゃんの下敷きになっている勇者の前にやってきて、ひょいっとトイプードルを抱き上げる魔王。
「だから、あんまり叱らないであげて。ミアくん。」
抱き上げたトイプードルと一緒に、上目遣いで頼む魔王だが、ミアは首を横に振り、毅然とした態度で注意する。
「ダメですよ、魔王様! ちゃんとしつけないと、他のお客様にも飛びかかったりしたら……」
「大丈夫ッス。この101キロわんちゃんは、オレ様の指示でしか発動しないし、しかも、ゆうくん限定ッスから。」
「ふざけんなっ! 今すぐ解除しろっ!」
「なるほど。ゆうさん限定なら安心ですね。」
「おいっ!」
「と言うコトで、はい、みんなー、お部屋に戻っていいッスよー。」
魔王の言葉に従い、勇者から離れ、部屋に戻って行く犬達。
「ゆうくん呼んできてくれてありがとねー。また遊びに来てもいいッスか?」
「はい! いつでもどうぞ!」
「じゃあ、年間パスポート買って、毎日来るッス!」
「ねぇよ、そんなモンっ!」
101キロわんちゃんから解放された勇者が起き上がり、早速ツッコミを入れる。
「年間パスポート……いいかも知れませんね、それ! 今度、上の人と相談してみます!」
「発行が決まったら教えてねー。じゃ……あ、うっかり誘拐するトコだったッス。」
抱いていたトイプードルをミアに返し、犬猫部屋をひょいと覗く。
「ワンズー、ニャンズー、また来るねー。犬派さんも猫派さんも仲良くするッスよー。」
「ばいばーい、にゃんこのおにーちゃん!」
「ばいばーい! さ、ゆうくん、行くッスよ。」
上機嫌で勇者を引っ張って歩き出す魔王。
「行くって、どこにだよ?」
「……お前、本当にここ好きだな。」
魔王に連れてこられたのは、魔王城から少し離れた地域にある100円ショップ。
以前、魔王が魔王庵のアルバイターとして乗り込んできた際にも立ち寄った店だ。
「買い物なら、1人でもイッコマエさんとでも来ればいいのに、なんでわざわざ……」
「それはもちろん、『ゆうくん』の力が必要だからッスよ。」
「俺の?」
魔王は、パーカーのポケットから封筒を取り出し、勇者に見せる。
「じゃーんっ!」
「いや、じゃーんっ、て言われても。」
「バイトで貯めた、4000円ッス!」
「おー、マジで? どこでバイトしてたんだよ?」
「内緒ッス。あ、法に触れるコトはしてないッスよ。で、魔王庵で使ってる竹カゴに近いヤツを一緒に見てもらおうと思って。」
「だから俺を引っ張ってきたのか。」
とりあえず、面倒事に巻き込まれるフラグではなかったようで、一安心する。
「この前来た時も思ったんスけど、このお店は3階まであって、品揃えもすごいッスよねー。見て回るだけで楽しいッス!」
ワクワクしている魔王とは対照的に、
「こんだけ広いと、どこに何があるか、探すの大変じゃん。」
と、面倒くさそうな勇者。
「城でスマホ探しした時も思ったんスけど、あちこち探索して回るの、好きじゃないんスか?」
「好きとか嫌いとかって言うか、まあ、サクッと見つかればそれにこしたことはないな。」
「……ホントに勇者やってたんスか?」
「どういう意味だよ?」
今更ながらに向けられた疑惑の視線に、ムッとした様子で返す。
「祠に洞窟、幽霊ビルや地下迷宮や盗賊のアジト、遺跡、神殿、警察沙汰にされないのをいいことに、ヒト様の家のタンスから何から、ありとあらゆるところへ赴いて、レアな武器や防具やアイテムを収集するために勇者やってる、ってトコあるじゃないッスか?」
「勇者に対する偏見すげぇな。先に進むためにどーしても必要な物なら探すけど、そうでもなければ、危険を冒してまで怪しげな場所を探索することはなかったな。レア武器とかあれば、確かに戦いもラクだろうけど、今まで使ってた武器防具でも支障なければ、まあ、いっか、ってカンジで。」
「そうだった。このヒト、対魔王武器すらスルーして、鋼のオノでオレ様のトコまで来たツワモノだったッス。でも、お宝探しが嫌いってワケでもなさそうッスから……」
魔王は勇者に人さし指を突きつけ、
「どっちが先に竹カゴ見つけられるか、勝負ッス!」
「あ、すみませーん。料理とか盛り付ける、竹カゴってどこですか?」
勝負を挑まれた勇者は、受けて立つ気はないと言わんばかりに、近くの店員に声をかける。
「ズルいッス! お店のヒトに聞いたら、簡単に見つかっちゃうじゃないッスかっ!」
「情報収集でヒントをもらうのは基本中の基本だろ。それをズルいとか……」
「お店でそれやったら、ヒントじゃなくて、ズバリ答えの場所までご案内されちゃうじゃないッスかっ!」
「それを買いに来たんだから、すぐ見つかったほうがいいだろ?」
「竹カゴですね? こちらです。」
勇者を伴って、歩き出す店員。
その背後で、魔王が呪文を唱える。
「ケンキ・ナ・ゼルーナ!」
空間が一瞬、グニャリと歪む。
「あ、あれっ? 文房具コーナーは2階なのに、なんでここに?」
「すみませーん、園芸コーナーってこの辺りじゃなかったでしたっけ?」
「レジの場所、変わったの? 見当たらないんだけど……」
ザワザワし始める店内。
「てめぇ、何しやがった?」
魔王の仕業であるとすぐに察知し、詰め寄る勇者。
「イッコマエさんに教えてもらった魔法、試してみただけッス。」
「イッコマエさんに教えてもらった?」
「このお店は、店員さんや常連さんが知っているいつものお店に非ず! お客さんが入店する度に、売り場の配置が変化する、自動生成100円ショップになったッス!」
「すっげぇ迷惑じゃねぇか、それっ!」
自動ドアが開き、客が入ってくると、先ほどのように空間が歪み、配置が変わる。
「なんで、レジがエレベーター内に!?」
「ギャーっ! 大量の収納ボックスが山積みになってて、トイレに入れないーっ!」
「おい、マジやめろ! 俺だけならともかく、他の人まで巻き込むな!」
「この店を元に戻し、人々の生活に平和を取り戻したくば、オレ様より先に、魔王庵御用達の竹カゴを見つけ出すがいいッス!」
改めて勝負を挑む魔王。
「やってやろうじゃねぇか! 俺が先に見つけたら、すぐに店を元に戻せよ!」
ようやく勝負に乗ってきた勇者に、満足げにニヤリとする魔王。
「もちろんッス。オレ様が先に見つけたら、竹カゴ代、そちらにご請求させていただくッスね!」
次々と客が入店、目まぐるしく変わる配置。
その度に空間が歪み、頭がクラクラする。
「……なぁ、このシステムだけはどうにかなんねぇか?」
「ッスね。さすがにオレ様もちょっと目眩するッス。」
客入店の度に配置が変わる現象は、魔王の手直し(?)で収まったが、いつもとはまるっきりレイアウトが変わった店内。
「なんか急に商品の場所が変わったよな?」
「どうなっとるんじゃ。」
目当ての品の場所を聞くため、客達が店員の元に押し寄せるが、店員もどこに何があるか把握できていないため、対応に苦慮している。
ピンポンパンポーン
『ご来店中のお客様ー、どーもー、魔王ッス。』
混乱中の店内に響く魔王の店内放送に、ざわつきが一瞬静まる。
「……今、なんて?」
「まおう、って聞こえた気がしたけど……」
『本日は、100円ショップ魔王店に偶然にも訪れちゃって、ご愁傷様ッス。ただいま店内、オレ様の気紛れにより、商品の配置がすっごーく変わっちゃっておりまーす。』
「えーっ!?」
『店員さんはもちろん、オレ様も商品の場所を、一切把握できておりませーん。』
「なにーっ!?」
『ご来店のお客様同士、情報交換しあうなり、自力でなんとかするなり、楽しく目的の商品を探してくださーい。あ、レジ、お手洗い、エレベーター、エスカレータ、階段はいつも通りの場所にあるッスから、ご安心をー。ではでは、ごゆっくりとお買い物をお楽しみくださいませー。』
パンポンペンポン
「ふー、これでOKッスね。」
「全然OKじゃねぇけど、状況は伝わったみてぇだし、後はなるべく早く竹カゴを探し出すだけだな。」
「じゃあ、今から勝負開始ッス! よーい、どーん!」
自らスタートの合図を出し、上の階へと駆けだした魔王。
「なら俺は1階から探すか。」
通路を1つ1つ見て回りつつ、すれ違う客に声をかける。
「あ、すみません。竹製のカゴを探してるんですが、どこかで見かけませんでしたか?」
「見てないなぁ。あ、兄ちゃん、コップとか知らんか?」
「コップですか? ガラスのとプラスチックのは、向こうで見かけたような……紙コップは見てないですね。」
「ちょうど良かった。ガラスのヤツなんだよ、探してんの。ありがとな! 俺も竹カゴ見つけたら教えるわ。」
「ありがとうございまーす。」
そのやり取りを見ていた近くの人が、勇者に声をかける。
「あなた、竹カゴ探してるの? なら、あっちのほうに合ったわよ。」
「ありがとうございます! 助かります!」
有力情報を得て、早速向かってみるが、
「あー、確かにこれも竹カゴか。竹カゴじゃなくて、天ぷらカゴって聞かなきゃダメだったな。」
それは勇者が探していたような物ではなく、くだものなどを入れておくような、少し大きめな竹カゴだった。
(なるべく早く見つけて、店を元に戻させねぇと……)
「おっ、さっきの兄ちゃん! 目的のもの、見つかったみたいだな。」
「教えてもらったんですけど、残念ながら思ってたヤツと違ってて……あ、コップはありましたか?」
「おう。兄ちゃんのおかげですぐに見つかったぜ。ほれ。」
手にしたコップを嬉しそうに見せる男性客。
「ありがとな! 兄ちゃんも宝探し、頑張れよ!」
戦利品を手に、男性客はレジへと向かっていった。
「パパーっ! あったよーっ、こっちこっちー!」
「おっ、やったなぁ! お手柄だぞー!」
イェーイとハイタッチして、喜ぶ親子。
「新装開店したと思えば、これはこれで楽しいわね。」
「そうそう。知らなかった品物とか発見できたりね。」
最初のうちこそ混乱していたが、今では普段と変わらず買い物を楽しんでいる様子の客達を見て、焦っていた気持ちが少し緩む。
「宝探し、か。」
不正解だった竹カゴを棚に戻し、勇者はよしっ、と気合いを入れ直す。
「ぜってぇ魔王より先に、天ぷらカゴ見つけてやるぜ!」
一通り見て回り、1階にはないと判断し、勇者は2階へと向かう。
「ねーねー、おにーちゃん。そのにゃんこのおようふく、どこにあるのー?」
その頃3階にいた魔王は、3歳くらいの女の子に呼び止められていた。
「これはねー、このお店では売ってないんスよー。ごめんねぇ。」
「おミミ、さわってもいーい?」
「いいッスよー。ほい。」
魔王がひょいと屈むと、女の子はそーっとパーカーのネコ耳に触れる。
「わー、ふわふわーっ!」
「あらっ! まぁー、うちのコがすみませーんっ!」
女の子の母親が駆けつけて、魔王に謝る。
「ちょっと目を離したら、いなくなっちゃって……ご迷惑おかけしませんでした?」
「大丈夫ッスよ。ねー。」
魔王と一緒に、ねー、と言って笑う女の子。
「あのね、おにーちゃんのおようふく、かわいいね、っておはなししてたのー。」
「あら、ホントにかわいいですねー。どこで買ったんですか?」
「んー、たしかムラシマさんだったと思うッス。」
「帰りがけに寄るつもりだったんですよー、ムラシマ。探してみよっか?」
「うんっ!」
母親が差し出した手にギュッと掴まり、
「おにーちゃん、バイバーイ!」
と、手を振る女の子と、笑顔で会釈する母親を見送って、魔王はハタと気付く。
「竹カゴ情報、聞き忘れたッス。」
「そこの君、ちょーっといいかな?」
「んー?」
振り返ると、スーツ姿だが、サラリーマン風ではなく、なんとなく軽い印象を受ける若い男性がいた。
「あ、思った通り、可愛いなぁ。僕、こういう者なんだけど──」
名刺を魔王に渡す男性。
「雑誌でモデルやってくれるコを探してたんだー。君、読モとか興味ないかな?」
「どくも? 携帯電話の会社ッスか?」
「あー、それはちょっと違うかなぁ。」
「じゃあ、タランチュラとかセアカゴケグモとか?」
「ははっ、おもしろいなぁ、君。じゃあ、ファッションとか興味ない?」
「ないッスねー。」
「えっ、そうなの? あ、じゃあ、芸能界とかは? 興味ない?」
「今、1番興味があるのは、このお店のどこに竹カゴがあるか、ってことッスね。」
「た、竹カゴ……? ま、まぁいいや。急にこんな話されても、びっくりだし、怪しさ満載だよねー。もし、興味わいたら連絡してよ。名刺に電話番号もメアドも書いてあるから。君みたいな可愛いコは、すぐに表紙を飾れるようなモデルになれると思うし。」
「マジッスか? あざーッス。」
「うーん、その中性的な感じの声もいいんだよねー。あれ? もしかして男の子かも?みたいな感じでウケそうだなぁ。」
「もしかしなくても、男の子ッスよ、オレ様。」
「…………えっ?」
フードを取って見せる魔王。
フワッと柔らかそうな金色の髪
透明感のある白い肌
綺麗に整った顔
その人間離れした美貌に、スカウトマンは釘付けになる。
(ホントに男……なのか? つーか、この顔、どこかで……)
「もしかして君、テレビとか出てたりする?」
「テレビは1度ッスね。動画配信はよくやってるッス。」
「あー、動画かなぁ。どこかで見たことあるな~って、思ってね。ちなみに、名前聞いていいかな?」
「オレ様? オレ様は──」
「あー、やっぱ魔王だー!」
「こんにちはー、魔王様。」
2人の女子高生が手を振りながら魔王に近付いてくる。
「そうかなーって思ってたんだけど、フードでカオよく見えなかったから、声かけんの、ためらってたんだよねー。」
「えっとー……あ、魔王庵の! 格好が違うからわかんなかったッス。制服姿もかわいいッスねー。」
「リアルJKが制服似合わなかったらヤバいっしょ? 今日のそのカッコはなに? 猫かぶり魔王?」
「あ、いいッスね、そのネーミング。」
「そういうカッコ似合いますよねー、魔王様って。」
「マジッスか? ワンコとウサコのも持ってるんスよ。」
「えーっ、ヤバイ、それも見たーいっ!」
「もう、絶対かわいいですよね!」
「いっそ、うちらの制服着せちゃう?」
「似合いすぎて、そのまま学校行けそうですね!」
「オレ様、人間の学校に行ってみたいッス!」
女子高生2人とキャッキャと盛り上がっている様子は、どう見ても同年代の普通の少年。
しかし、
「えっえっ、ちょ、ちょっと待って。えっ、まおう、って……あ、『マオ』くんかな?」
「あれ? 魔王知らないのー?」
「知ってるけど……えっ、だって100円ショップに魔王って……えーっ!?」
女の子だと思ってスカウトしたのが、実は男の子で、しかも魔王だとわかり、焦る男性。
(おいおい、魔王って、マジもんの魔王かよ? ニセ芸能事務所のスカウトだってバレたら、殺されるんじゃね? 何で魔王が女子みてぇな服着て、フツーにこんなトコにいるんだよっ!)
スカウトマンの焦りなど知るよしもなく、会話を続ける3人。
「2人は何を買いに来たんスか?」
「プチプチ。ほら、割れ物とか包むヤツ。3階だったはずなんだケド、なぁんか配置変わってるー?」
「あ、オレ様の仕業ッス。」
「また何かしでかしたんですか?」
「覚えたばっかりの魔法を試してみたッス。」
「なにそれー。ここで試すとか、超めいわくじゃーん。」
(! 魔王相手に迷惑とか言うか!?)
「ごめんッした。」
(魔王も魔王で謝るのかよっ! 何なんだ、この女子高生達……もしかして、この2人も魔王の仲間か? てことは、魔族!?)
ますます焦るスカウトマン。
「あ、でも、プチプチならあっちのほうで見かけたッスよ。」
「マジ? 探してみるわー。ありがとね。行こ。」
「うん。あ、また魔王城にも来てくださいねー。」
梱包材を探しに向かう、顔馴染みの女子高生2人。
「あ、また竹カゴ情報聞き忘れたッス。ねー、お兄さん……あれ?」
スーツの男性から竹カゴ情報を仕入れようと振り返ったが、いつの間にか彼はいなくなっていた。
「なんだったんスかね、あのヒト。」
手元に残された名刺を見て、ため息をつく。
「意外と難しいッスね、情報収集って。」
2階に向かう階段の途中で、天ぷらカゴを手に下りてくる客に出会い、勇者はすかさず声をかける。
「すみません。俺もそれ探してるんですが、どこにありましたか?」
「これ? 2階のちょうど真ん中辺りだったかな?」
「ありがとうございます!」
ペコリと頭を下げ、階段を駆け上がる。
脇目もふらずに、まっすぐ売り場へと向かう。
「真ん中って言うと、この辺りか? おっ、あった!」
「あったッス!」
聞き覚えがあり過ぎる声に、お互い振り返る。
「あ、いたんスか。」
「いたんスよ。てか、なに持ってんだ、お前?」
天ぷらカゴを手にしている勇者。
同じタイミングであったと声を上げた魔王は、
「見て見て、ほら、これ!」
「パクッとどうぶつじゃん!」
イッコマエがあちこち探したが見つからなかったという、菓子の箱を手にしていた。
「まさかこんなトコにあるとは……100円ショップのお菓子売り場ってあまり見ないからなぁ。」
「思わぬお宝に巡り合えたッス!」
嬉しそうに言いながら、魔王が差し出したコブシに、勇者もコブシをコツンと合わせ、グータッチで喜びを分かち合う。
「早速お会計して、イッコマエさんに届けるッス!」
1階のレジへと走る魔王。
「危ねぇから、店ん中走るなって! ったく、何が目的で来たのかも忘れて……って、そうだよ、これ買いに来たんだろ! おい、待てって!」
「なるほど、100円ショップですか。全く思いつきませんでしたね、そこは。」
パクッとどうぶつの意外な入手先に、驚いた様子のイッコマエ。
「100円ショップに行っても、食品コーナーなんて見ないのに、よく見つけましたね。」
「偶然なんスよ。商品の配置をちょっと……あ、何でもないッス!」
「?」
(100円ショップで自動生成魔法使ったのがバレたら、怒られちゃうッス。)
「ところで、勇者さんはご一緒ではなかったんですか?」
「えっ?」
「魔王庵の竹カゴを一緒に探してもらうって……」
「あ、ヤバい。置いて来ちゃったッス。ま、いっか。」
「よくねぇよっ!」
勇者がイッコマエの部屋に飛び込んでくる。
「あ、お帰りッス。」
「お帰りッス、じゃねぇよ! 本来の目的忘れて、さっさと帰りやがって!」
持っていた封筒を、魔王の頭にペシッと叩きつける。
「イタっ!……くもないッスけど、なんスか、これ?」
封筒を受け取り、中の紙を引っ張り出す。
「天ぷらカゴ、40個も置いてないから、注文して取り寄せてもらうようにしてきた。その注文書の控え。品物が用意できたら、連絡くれるってさ。」
「えっ、マジッスか?」
「勇者さん、気が利きますねぇ。」
「後は知らねぇからな。自分でどうにかしろよ。」
「ありがとッス! お礼にこれを……」
今渡された封筒と一緒に、もう1通封筒を渡す。
「4000円入ってるから、連絡が来たらそれを持ってお店に行って、支払いにお使いくださいッス。」
「うまいコト言って、パシらせんじゃねぇっ! 自分で受け取りに行けよっ! あ、あと、お前が勝手に変えた商品のレイアウトのコトだけど……」
「わっ、ダメッスよ、その話は……」
勇者の話を遮ろうとしたが、
「商品のレイアウトを変えた? 魔王さん、どういうことですか?」
一瞬遅く、イッコマエの表情が変わる。
「イッコマエさんに教えてもらった、自動生成魔法を、100円ショップで、ちょこっと……もうっ! なんで言っちゃうんスか!」
「最後まで聞けって。お客さんの協力もあって、店員さんが売り場の把握できたから、あのままでいいってさ。」
「あ、そういう話ッスか。よかったッス。」
「よくありませんっ!」
胸をなで下ろす間もなく、イッコマエの雷が落ちる。
「公共の場で使って、一般の方々にご迷惑をおかけしてはいけませんっ!」
「ま、まあまあイッコマエさん、落ち着いて。」
あまりの剣幕に、勇者が宥めに入る。
「俺も最初は迷惑なコトしてんじゃねぇよ、って思ったけど、事情説明したら、お客さんもわりと楽しそうに商品探ししててさ。中には宝探しだ、なんて言ってるヒトもいたし。それに、自動生成100円ショップのおかげで、お宝ゲットできたしな。」
テーブルの上のパクッとどうぶつを指さす勇者。
「イッコマエさんに届けるんだーっ!って、カゴのことなんか完全に忘れて帰るくらいテンション上がってて、コイツ、どんだけイッコマエさんのコト好きなんだよ、って思ったわ。」
しん……と静まり返る室内。
「……ずるいですね。勇者さん。」
「えっ? 俺、なんか言った?」
「そんな風に言われたら、これ以上怒れないじゃないですか。」
イッコマエは苦笑しながら、勇者の後ろに隠れている魔王に言う。
「パクッとどうぶつ、見つけてきていただいて、ありがとうございます、魔王さん。」
いつも通りの穏やかな笑顔のイッコマエに、魔王はホッとした様子で勇者の後ろから出てきた。
「イッコマエさん、ごめんッした。」
ペコリと頭を下げる魔王に、イッコマエも頭を下げる。
「私のほうこそ、詳しく話を聞かないままに声を荒らげてしまい、すみませんでした。さて、ちょうどいい時間帯ですし、お茶と一緒にコレ、いただきますか。」
「じゃあ、お茶の準備するッス!」
ティーセットが入っている戸棚を開ける魔王。
「あれ? ティーセットないッスよ?」
「あ、そう言えば、洗うために厨房へ持っていったままでした。」
「はいっ! オレ様が取ってくるッス!」
名誉挽回とばかりに、魔王が名乗りを上げる。
「では、お願いします。」
「お任せッス!」
イッコマエの部屋のドアを開け、飛び出して行く魔王。
「……あれ? オレ様なんで城の外にいるんスか?」
振り返り、ドアを開けて中に入ると、
「えっ? 玄関開けたらオレ様の部屋!?」
中に入り、寝室への扉を開けると、
「にゃー?」
「今度はニャンズルームにつながったッス! どうなってるんスか、この城ーっ!!」
魔王の叫びが、イッコマエの部屋にいる2人の耳に届く。
「イッコマエさん、まさかまた……」
「自動生成魔王城の不便さを思い出していただいて、イタズラにこの魔法を濫用しないよう、もう一度身をもって体験していただこうかと思いまして。」
「確かに、公共の場でやらかしたのは悪かったけど、そもそもあれ教えたのイッコマエさんなんだろ?」
「ええ。ですから、TPOをわきまえて使う分には構いませんけどね。」
「さっき、これ以上怒れない、って……」
「言いましたが、許すとは言ってませんよ?」
ニッコリ笑って、サラリと容赦のないセリフを吐くイッコマエに、このヒトだけは絶対に敵に回すまいと思う勇者であった。
「はあー、大冒険の末にゲットしたカップで飲む紅茶は格別ッスね!」
自動生成魔王城を攻略し、ティーセットを持ってイッコマエの部屋に帰還した魔王。
イッコマエに淹れてもらったお茶を口にして、達成感をかみ締める魔王を見て、勇者はイッコマエに耳打ちする。
「アイツ、全っ然懲りてねぇけど……」
「まあ、想定内です。」
「想定内かよ! 意味無っ!」
あきれる勇者をよそに、イッコマエは菓子の箱をあけ、テーブルの真ん中に置いた。
「はい、魔王さん。大冒険のあとのパクッとどうぶつも、きっと格別ですよ。」
「あざーッス! いただきまーす!」
「勇者さんもどうぞ。」
「あ、どーも。」
一同納得の昔と変わらぬその味。
「この味ッスね!」
「ええ。バリッとどうぶつとは全然違いますね。」
「これ食ったら、今出てる、パクッと海水浴のほうも気になるな。見たことはあるけど、食ったことねぇんだよな。」
「あ、オレ様もないッス。」
「では、今度買い出しに行った時に買ってきますね。あれなら、どこででも見かけましたし。」
「わーっ、楽しみッス!」
和やかな雰囲気のまま、ささやかなお茶会が終わった。
トレイに茶器をまとめ、テーブルを拭くイッコマエに、勇者が声をかける。
「これ、俺が持ってこうか?」
「あ、いいですか? お願いします。」
トレイを持ち上げ、イッコマエの部屋を出た勇者が瞬時に消える。
「あ、今度は部屋の外に落とし穴が出来てるッス。」
「えっ? わわっ、勇者さん、すみませーんっ! 魔法解除し忘れてましたーっ!」
「2人とも、この魔法の使用禁止っ!」
自身は多少のダメージを負いながらも、ヒビ1つつけずにカップもソーサーも守った勇者は、その後しばらく『ウエイターの鑑勇者』と呼ばれることとなった。
自動生成100円ショップ騒動から1週間。
「お先に失礼しまー……なんだ、これ?」
仕事を終え、魔王庵から出てきた勇者は、2階から城の外にまで続いている行列を見て、足を止める。
「あ、ゆうさん!」
ワンコのお部屋ニャンコのお部屋と同じく、魔王城に新しく加わった展示場 モンスター館の案内人で、元バスジャック未遂犯のジャック(偽名)が勇者を呼ぶ。
「よう。すげぇ行列だな。モンスター館、なんかイベントでもやってんのか?」
「予定はなかったんですけど、サプライズで凄いゲストがいらっしゃって。その情報を、来ていたお客様がネットで拡散して、そこから一気に人が押し寄せて来ちゃいまして。ゆうさんもちょっと見て行きませんか?」
ジャックに連れられ、モンスター館へ。
「こんな間近で、本物のモンスターを見れるなんて思わなかったー。」
「頭が3つあるけど、それぞれ表情が違うのねー。」
「モコブー、かわい~っ! モンスターじゃなければペットにしたーいっ!」
「本物と比べても見劣りしないって、改めてジャックさんの作品てすげぇな。」
「ルミジェナーちゃ~ん、こっち向いて~!」
「気安く呼ぶとか、写真とか撮るとか信じらんない! なに? 氷像になりたいの?」
「その冷ややかな目、サイコーっ!」
満員御礼のモンスター館。
そこには本物のモンスター達がいて、訪れた客と交流していた。
「……なんで、本物のモンスターがいるんだよ。」
「ああ、それは──」
「まあまあ、ジェナちゃん。写真くらいならOKしてあげて。」
「えーっ。でも、魔王さんがそう言うなら……」
「大丈夫です、魔王様! ルミジェナーちゃんのこの塩……いえ、氷対応がいいんですっ!」
「あ、そうなんスか? じゃあ、ホントに凍らせない程度の氷対応ってコトで。ジェナちゃんもッスけど、ここにいるみんなはオレ様の大切なお友達ッスから、イジメたりしたら──オレ様が直々に、超氷対応しちゃうかもッスから、気をつけてねー。」
「も、もちろんですっ!」
にこやかだが、目が全く笑っていない魔王に、客達は高速で首を縦に振った。
「魔王様ー、他のモンスターも見たいでーす。」
「あんまり召喚したら、この部屋埋まっちゃうッスよー。」
ジャックが答える前に、原因が判明する。
「アイツ、何しに来てんだよ。」
「この前来た時、ちょうど休館日だったから、改めて見に来た、って言ってました。ゆうさんの仕事が終わるまで、ここで待ってるって。そのうち、魔王様に気付いたお客様と話したり、頼まれてモンスター召喚したり……あ、どこへ行くんですか、ゆうさん?」
今回こそ、巻き込まれないうちに帰ろうと踵を返す勇者。
だが、
「GO! 101首わんちゃん!」
魔王の合図で、3つの頭を持つ犬型モンスター カルブセが、魔法陣から大量に飛び出し、勇者に飛びかかる。
「ゆうさん、危なーいっ!」
「えっ? だああああーっ!!!」
前回の101キロわんちゃんを遙かに上回る重量に押し潰される。
「仕事終わるの待ってるのに、なんで毎回勝手に帰ろうとするんスか?」
今日は犬耳の黒いパーカーを着た魔王が、カルブセの下敷きになっている勇者の前にやって来て、不満げに頬を膨らます。
「ま……毎回、こういう目に合うからだよっ! 101首わんちゃんってなんだっ!」
「3つの頭のカルブセくん33人と、2つの頭のカルブドくん1人、合計101首ッス。」
驚いて固まっていた客達だが、34頭もの犬型モンスターに興奮し、写真や動画を撮りに集まって来た。
「撮影はお早めにお願いするッスよー。早くしないとこのヒト、圧死しちゃうッス。」
「お早めに、ちゃうわ──っ!」
自力で34頭をはね除け、立ち上がった勇者を見て、さらに客達が沸く。
「お兄さん、すっげぇ!」
「大型犬3、4頭散歩するのだって大変なのに、34頭の、しかもモンスターよ?」
「マジ、何者? 魔物使い? いっそ、勇者?」
「なんか、展示してあった勇者のフィギュアとこの人、似てない?」
「あ、似てるかも!」
話がまずい流れになってきたのを察し、勇者は魔王の手を引き、マッハでその場を離れる。
「ちょっ……モンスター達このまま置いていかれても困るんですけどーっ!」
「ジャックさん、ごめんッス! すぐ戻るッスー!」
閉店した魔王庵に逃げ込み、ひと息つく。
「なんッスか、急に逃げ出して。」
「正体バレそうだったからだよっ!」
「勇者の話題になった途端、逃げ出すほうが却って怪しく思われるんじゃないッスか?」
「ぐっ……」
珍しく正論を言われ言葉に詰まり、即話題を変える。
「てか、何で俺の仕事終わるの待ってたんだよ?」
「100円ショップから、カゴが届きましたー、って連絡来たから、一緒に来てもらおうと思って。」
「もう受け取ってカネ払うだけなんだから1人で行けよ。もしくは、イッコマエさんと──」
「イッコマエさんは旅に出たッス。」
「は?」
「ついこの前まで、どこのお店でも見かけたパクッと海水浴が、なぜか一斉に、どこに行っても見当たらなくなった、って。」
「で、パクッと海水浴探しの旅に?」
コクリとうなずく魔王。
メガネのブリッジを押さえ、うなだれる勇者。
「たかが菓子1つのために、なんでそこまで……」
「というワケで、カゴ40個、オレ様だけじゃ運びきれないかもだから、お手伝い、よろしくッス。」
「荷物持ちってコトか。仕方ねぇな。城の外で待ってるから、とりあえずモンスター達を──」
『魔王様──っ! どこですかぁ? カルブセが何頭か行方不明ですっ!』
ジャックの声が聞こえてくる。
『寒っ! ルミジェナーさんっ、冷房最大にしないでっ!』
『これくらいの温度じゃないと、アタシ、熱中症になっちゃうのよ。』
『あっ、お客様、いくらかわいくても、モコブーのお持ち帰りはご遠慮ください! 番犬としてカルブセを? いや、それもダメですって!』
「なんか、大変そうッスね。」
『セルピリスっ、お客様に巻き付いちゃダメっ! ちょっ……てめぇら、いい加減にしやがれっ!!』
「あ、ジャックさん、キレたッス。」
「やべっ、早いとこ騒ぎを収めてこいっ!」
「了解ッス!」
移動魔法で、魔王が姿を消す。
「理不尽とか関係なく、キャパ越えるとキレるんだな、ジャックは。」
2階の騒ぎに、1階で並んでいる人々もザワザワしている。
「なんだ? モンスターが暴走でも始めたのか?」
「だったらヤバくない?」
「帰ったほうがいいかな?」
そんな会話が、扉越しに勇者にも聞こえてくる。
(だよな。俺も様子見に行くなり、客避難させるなりしたほうがいいのか?)
「魔王様もいるんでしょ? なら大丈夫でしょ。」
(だよな。アイツがいるんだから大丈夫……いや、むしろ騒ぎがデカくなるんじゃね?)
そっと魔王庵から出て、客達にまぎれ込み、様子をうかがう。
やがて魔王が現れ、階下の人々に手を振った。
「どーもー。こんなカッコだけど、魔王ッスよー!」
犬耳パーカー男の登場をいぶかしげに見ていた人々だが、魔王がフードを脱ぎ、顔を見せた瞬間、わっと歓声を上げた。
「ネットの拡散威力ってスゴいッスねー。オレ様、ただ遊びに来てただけなのに、いつの間にかこーんなにたくさんのヒトが来てて、ビックリしたッス。せっかく来てもらったけど、オレ様、この後用事があるんで、そろそろお暇するッス。」
えーっ、という声に、魔王がまあまあと制する。
「そうッスよね。『魔王、モンスター館なう。』って聞いて来てみたのに、出てきた途端、はい、サヨナラー、なんて酷ッスよね。」
魔王がパチンと指を鳴らすと、召喚されたモンスター達が魔王の周囲に集まってきた。
「あれって、本物のモンスター?」
「うわー、迫力あるなぁ。」
「あのわんちゃん、かおがいっぱいあるよー。」
「えっ、あの美女もモンスター?」
普段、あまり見ることのないモンスター達に、テンションが上がる人々。
「オレ様のお友達もこーんなにたくさん来てくれてるし、帰る前に──」
魔王の口元に妖しげな笑みが浮かぶ。
だが、その目は笑っていない。
(──! アイツ、何する気だっ?)
魔王の変化に気付いた勇者が身構える。
「ちょーっとだけ、遊んであげるッス♪」
魔王がサッと振り上げた手を合図に、モンスター達が階下へと向かってくる。
「やめろっ、魔王っ!!」
客達の中からバッと飛び出し、モンスター達の前に立ち塞がる勇者。
モンスター襲来にパニックに陥る城内。
逃げ惑う人々。
恐怖で動けなくなった幼い姉弟に、1頭のカルブセが迫り来る。
「危ねぇっ!!」
2人をかばう勇者の背中に飛びかかるカルブセ。
その様子を目の当たりにしたジャックの叫びが、城内に響く。
「ゆ……ゆうさ──んッ!!」
「大人しくてかわいかったねー、モンスター達。」
「ルミジェナー様に握手していただいたこの手、一瞬洗えないっ!」
「あ、ずるーいっ! いつの間に魔王様と写真撮ったのー?」
「へへーっ、いいでしょー? めっちゃ気さくだったよ、魔王様。」
「2階からモンスターが飛び降りてきた時は襲われるかと思って焦ったけどな。」
「ああ。あの時、モンスター達の前に飛び出したあの人、すげぇよな。マジ、勇者過ぎ。」
「3首わんこから、小っちゃいコ達かばって……そうそうできるコトじゃないよね。どういう人なのかな?」
「ここの食堂のウエイターさんでしょ?」
「えっ? まおちゃんの猫シッターさんじゃない?」
「どっちにせよ、カッコよかったよねー!」
モンスターや魔王との撮影や交流を満喫した人々は、笑顔で魔王城を後にする。
「皆さん、大満足で帰って行きましたよ。」
「そりゃ良かった。」
「えと……大丈夫、ですか?」
魔王城の空き部屋のソファで休んでいる勇者に、ジャックがおずおずと尋ねる。
「咄嗟のコトだったからな。2階から飛び降りてきた勢いをもろに受けたからぶっ倒れちまったけど、怪我もないし、あれより前に喰らった101首わんちゃんに比べたら全然。」
「すみませんでした。なんだか、とんでもないことになってしまって……」
「お前は悪くねぇよ。」
「そうそう。勝手に勘違いしたゆうくんが悪いんスよ。カルブセくんは、あのコ達の前に着地するつもりだったのに、ゆうくんが飛び出して来たから……」
「うわっ、魔王様、いつの間に!」
突如、隣に現れた魔王に驚くジャック。
「ただいまッス、ジャックさん。ゆうくんの付き添い、ありがとねー。」
「ただいま、って、どこ行ってたんだ?」
「100円ショップにカゴを受け取りに行ってきたッス。」
「カゴ40個も運べないかもとか言ってたのに、何の問題もなく1人で行けたのかよ! 101首わんちゃんで潰されたり、勢い良く飛び降りてきた3首わんちゃんの踏み台になったりする必要、全くなかったじゃねぇか!」
「勇者過ぎるゆうくんが倒れちゃったから、仕方なく1人で行ったんスよ。ちょっと大きめなダンボール箱に入ってて、ゆうくんの代わりにジャックさん呼びに行こうかなって思ったんスけど、いいコト思いついたんスよ。転送しちゃえばいいんだ、って。」
「初めから気付いとけよ……ん? 転送? いや、それより……」
「やっぱり、お前の仕業やったんか。」
勇者の言葉を遮る声。
「あ、イタさん。お久しぶりッス。」
いつの間にか背後に立っていた魔王庵の料理人 イタバに、魔王はごく普通に挨拶する。
「天ぷらカゴ40個、調理場宛てに転送したんスけど、届いたッスか?」
「届いたで。あれ、バイトで貯めたカネで買うたんやてな。おおきに、ありがとさん。ただ、そのカゴなぁ、ダンボールの蓋が開いて、発酵終わって、焼くだけになってた100個の丸パンの上にどっばぁて降ってきたで。」
「わー、よりによって、そんな所に転送されちゃったんスか。ごめんッス。ちゃんと洗って行くッスね、カゴ。」
「いやいや、カゴはええねん。問題は丸パンのほうや。そらもう、きれーいにカゴの模様が付いて、使いモンにならんくなってん。」
イタバは魔王の頭に和帽子をかぶせ、ポンポンと叩き、満面の笑みを見せた。
「おー、何でもよう似合うなぁ。新入りの料理人みたいやで。」
「マジッスか? あざーッス!」
「せっかくやから、そのカッコで、今仕込み直しとるパン生地で、丸パン100個分の成型、手伝って行きぃ。」
「えーっ! カゴ模様付いたまま焼いたらいいじゃないッスか! メロンパンみたいでかわいいッスよ!」
「メロンパンや思って、メロンパンやなかったら、めっちゃ怒られるやん。」
「オレ様、ホールの手伝いしかしたコトないし、調理場なんてとてもとても。ね、ゆう先輩!」
「ゆうせんぱーい、ホールの魔王くん借りてもえぇ?」
「どうぞどうぞ。存分に使ってやってください。」
「えーっ! オレ様がウロチョロしてると邪魔だから、魔王庵にはもう来るな、って言ったじゃないッスか!」
「俺、もう帰るから関係ねぇし。」
「ちょっ……」
そこへ、もう1人の調理場スタッフが顔を出す。
「イター、そろそろ生地完成するぞー。あ、やっぱ犯人、魔王だった?」
「おう。自白したから、緊急逮捕したったわ。よっしゃ、行くで、カゴ降らせ犯。ほな、ゆう、ジャック、お疲れさーん。」
「お先でーす、イタさん、トモさん。」
「いやーっ! オレ様も帰るぅーっ!」
「さっさとやれば、早く終わるから。あ、イチコさん呼んでくんない? 『トモヤくん、がんばって♡』って言ってもらえたら、超がんばれて、めちゃめちゃ早く終われる気がする!」
「今留守だし、呼んだら怒られるから無理ッスーっ!!」
「えーっ。やる気失せたー。イター、帰ってもいいー?」
「お前が帰ってどないすんねん、製パン責任者。」
格闘家のようなガッシリした体格のイタバにヒョイと抱えられ、魔王は連れ去られた。
「大丈夫なのかな、魔王様。パン作りとか……」
「ケーキ作りとかハマってるみてぇだし、出来るんじゃね?」
「へー、そうなん……えっ、ケーキ作り?」
「そっちはまだ仕事か?」
言いながらソファから立ち上がる勇者。
「はい。間もなく閉館ですけど、大盛況だったから、片付けがいつもより大変かも。」
「だな。お疲れさん。じゃ、お先ー。」
「お疲れさまでしたー。」
勇者が城を出ると、門の前に子供が2人立っていた。
勇者に気付き、5歳位の女の子が声をかける。
「あ、あのっ……」
「ん? どうした?」
「さっきは助けてくれて、ありがとうございました。」
ペコリと頭を下げる女の子。
その後ろに隠れるように立っていた男の子も、慌てて頭を下げる。
「さっきは、って……ああ、カルブセの時の。」
魔王が放ったカルブセに驚いて動けなくなっていたあの姉弟だと気付く。
「おにーちゃん、すごくカッコよかった! ゆうしゃさまみたいだったっ!」
勇者と言う言葉に一瞬ドキッとするが、2人と目線を合わせるようにしゃがんで、フッと相好を崩す。
「そっか、ゆうしゃさまか。ありがとな。で、大丈夫だったか?」
「はい! わんちゃんが飛び降りてきてビックリしたけど、お兄さんが守ってくれたし、わんちゃんもこわいわんちゃんじゃなかったし、まおう様も、ビックリさせてごめんて言ってて、すごくやさしかったから、大丈夫です!」
(ちゃんとアフターケアしてたんだな、アイツ。)
「あの、これっ!」
女の子が紙袋を勇者に差し出す。
「助けてくれたお礼です!」
「えっ、いいって、いいって、礼なんて。」
「ゆうしゃのおにーちゃんがもらってくれるまでかえらないぞっ!」
子供2人掛かりで紙袋を押し付けられる。
「わかったわかった。ありがとな。」
勇者が受け取ると、姉弟は嬉しそうな笑顔を見せた。
「また遊びに来てくれよ。フツーの犬とネコもいるから。」
「うんっ! またくるっ!」
「おう。気を付けて帰れよ。」
「はい! さよなら、お兄さん!」
「バイバーイっ!」
仲良く手をつないで帰って行く幼い姉弟を、ホッコリした気持ちで見送る。
「礼なんていいのに……」
言いながら中を覗いてみる。
「……これは、思わぬお宝ゲットだ。」
「くっ……またかよっ!」
『ごめんねー。ただいまお出かけ中ッス。』
前回と同じく、魔王不在を知らせる扉の張り紙に、怒りを隠そうともしない勇者。
「出かけてるとか言って、ホントは中にいるんじゃねぇの?」
「居留守ってこと? 何で?」
「我々に恐れをなしているのやも知れん。」
「確かに怖いッスよねー。ここから1番遠いトコに飛ばしたはずなのに、もう戻ってくるなんて。到着までの速さだけは脅威的、いや、驚異的ッスか? この場合。」
「誰だっ!」
パーティーメンバー以外の声に、緊張が走る。
「今回も大所帯ッスね。前回のメンバーに加えて、戦士、格闘家、賢者、白魔道士、黒魔道士、魔物使い、死霊使い、占術師、召喚士、忍者、侍、暗殺者……なんスか? YUS48でも結成するんスか?」
「勇者っ、上よっ!」
門柱を指さす僧侶。
その天辺に座り、両足をブラブラさせながら、魔王は勇者一行に手を振る。
「ま、魔王っ! 何故そんな所に!」
「帰ってきたら、城の前に超不審な集団がいたから、おまわりさん呼ばなきゃかもーって、ちょっと様子を見てたんス。一般の方なら10人以上で団体割引適用ッスけど、勇者一行は10人でも100人でも、割引適用外、むしろ、城内の敵出現率3割増しでおもてなしッス。」
迷惑なもてなし情報に、警戒を強める勇者一行。
「ま、割り増しは冗談ッスけど、頭数さえ揃えれば勝てるってモンじゃないッスよ? 前回からほとんどレベル上がってないじゃないッスか。」
「ちょっと待て! 初対面なのに、なんでオレ達の事を知っているんだ!」
「言われてみれば……ハジマリノ村まで飛ばされたこととか、前回よりメンバーが増えてるとか……」
「初対面じゃないッスよ。あ、シューバンさんに全滅させられて、ここに倒れてたトコに遭遇しただけだから、オレ様が一方的に知ってるだけッスね。」
嘲るような魔王の物言いに、勇者はギリッと歯噛みする。
「攻撃力20倍の状態でも、シューバンさんにほぼダメージ与えられなかった上に、ムリッスで2人自滅して、あとはシューバンさんの一撃で教会送りになったんスよね? 同じ相手に1日2回も全滅させらたのに、懲りもせずにノコノコ舞い戻ってくるとか、ホント怖いッス、自称 勇者サマは。」
「──っ! 黙って聞いてりゃいい気になりやがって!」
「落ち着け、勇者。簡単に挑発に乗るな。」
剣を抜きかけた勇者を、賢者が制する。
「そう言う貴様のほうこそ、お飾り魔王なのではないのか? 見た所、まだまだガキのようだし、強いのは配下のみで、貴様自身は大したことないのではないか?」
挑発返しとばかりに、嫌味なセリフを吐き、見下したような笑みで魔王を見る賢者。
それを受け、魔王は超特大のため息をつき、憐憫の表情で賢者を見返す。
「このパーティーは、勇者だけじゃなく、賢者も自称ッスか? ガキなのは否定しないッス。ピッチピチの19歳ッスからね。でも、それ以外の分析は大ハズレ。多少なりとも自分の力量がわかっているヒトなら、相手の力量もそれとなく感じるはずッス。それができずに、お飾り魔王呼ばわりとか──とんだポンコツ賢者ッスね。」
この世のものとは思えない美しくも恐ろしい、突き刺さるほど冷酷な魔王の微笑み。
一瞬にして変わった空気に、一行は初めて恐怖を覚える。
「あれ? ようやくわかったッスか? オレ様がお飾りの魔王じゃない、ってコト。」
「く……口先だけに決まってるぜ! なあ!……って、賢者ぁ!?」
地面に両手両膝をついてうなだれている賢者。
「ぽ……ポンコツ……? この私が、ポンコツ?」
「メンタル弱っ!」
「早くも1人、戦闘不能ッスか? 全滅して、多額の蘇生費用払う羽目になる前に、帰ったほうがいいんじゃないッスか? レベル低いから、1人1人の費用は安いかもだけど、これだけの人数だと、かなりお高くなるッしょ? それこそ、団体割引なんてしてくれないだろうし。」
即座に電卓を叩く商人。
「この人数分の蘇生費用となると、装備品を売り払わないと足りなくなりますな。」
「えーっ! このペラダのヒール、買ったばっかなんですけどぉ。ねぇ~、魔王のいうとぉり、もぉ帰ろーよぉー。」
戦意喪失の商人と遊び人。
「まだ、全滅するって決まったワケじゃねぇだろ!」
「然り。」
「形勢逆転よ、魔王。」
魔王の背後に、忍者と暗殺者。
クナイとダガーを突きつけられた魔王だが、顔色1つ変えない。
「さっすが、素速いッスね。でも、オレ様に比べたらまだまだッス。」
なぜか背後から聞こえる魔王の声に振り返る2人。
そこには、無邪気な笑顔を浮かべた魔王が立っていた。
「それ、残像ッス。」
「なっ……」
「ウソ……でしょ?」
驚きを隠せない様子の2人の首筋に軽く手刀を当てる。
気絶した2人を軽々抱えて、マントをヒラリとさせながら門柱からトンッと飛び降り、
「はい、お返しするッス。」
そう言って、忍者と暗殺者を勇者一行のほうへ、ヒョイと突き返した。
「気絶してるだけだから、蘇生は必要ないッスよ。勇者一行のおサイフ事情まで配慮してあげるなんて、オレ様って、超親切じゃない?」
更に戦闘不能者が2人。
その上、魔王の能力の一端を垣間見、旗色の悪さを痛感する勇者一行。
「賢者サマのおっしゃる通り、強い仲間に護られてるだけで、実はお飾り魔王なんじゃないか説を信じて仕掛けてくるか、勇気ある撤退を決断するか──」
スッと勇者の間合いに入り込み、ニヤリとする魔王。
「ゆーっくり考えていいッスよ?」
自分の選択に、メンバーの運命がかかっている。
凄まじい緊張感と重圧がその双肩にのし掛かる。
「ヘイヘーイ! リーダーが弱気になっちゃあいけねぇな。」
賭博士が勇者の肩に手を置き、その緊張を解くように、ポンポーンと叩く。
「人生はギャンブル。分かり易く、こいつで勝負しねぇか? 魔王さんよぉ。」
1丁の拳銃を魔王に見せる賭博士。
カラの弾倉に銃弾を1発だけ入れ、自身のこめかみにあてがう。
「ロシアンルーレット、ッスか。意味ないッスよ?」
「おっ、自信アリぃ? でも、こちとら賭博士。命を賭けた勝負事ほど燃えるし、負けたこともない。ま、だからこそ、今ココにいるワケだけど。魔王さんがどんだけ強くても、運の強さだけは負ける気しねぇなぁ。」
「自信があるとかいう意味じゃないんスけど……まあ、いいッスよ。お先にどうぞ。」
「えっ、いいの? じゃあ遠慮無く……」
引き金にかかる賭博士の指に力がこもる。
カチン
「これで確率は5分の1。」
銃が魔王の手に渡る。
魔王は一瞬のためらいもなく、自身のこめかみに向けて引き金を引いた。
パーンッ
飛び出した銃弾は、確かに魔王のこめかみに当たったのだが……
「ぐっ……」
なぜか倒れたのは、魔王の前にいた格闘家で、倒れるまではいかないものの、戦士も胸の辺りを押さえてよろめいた。
「なっ……どういうことだっ!?」
「言ったじゃないッスか。意味ない、って。オレ様に銃弾なんて効かないッスよ。」
サラリと髪をかき分け、銃弾を受けたこめかみを見せる。
「焼け跡1つないだなんて……っ!」
「ね? 無意味ッしょ? 跳弾しちゃったんスね。戦士の鎧に当たって、さらに格闘家に、ッスか。ごめんねー。でも、恨むなら賭博士を恨んでねー。」
飴細工のようにぐにゃりと曲げられた銃を投げ返され、真っ青になる賭博士。
着実に減っていく戦力。
「ゆっくり考えていいって言ったッスケド、早めに結論出したほうが良くないッスか?」
改めて問われ、勇者はサッと振り返る。
「占術師っ!」
占術師は手のひらサイズの水晶玉を取り出し、遊撃手に渡す。
「? 今度はなにが始まるんスか?」
占術師はタロットカードを取り出し、天に向かって豪快にまき散らす。
そのタロットカード目掛けて、水晶玉を投げる遊撃手。
水晶玉と共に手元に落ちてきたカードを確認し、占術師が厳かな雰囲気で告げる。
「今日の運勢。THE CHARIOTの逆位置。」
それを受け、吟遊詩人が高らかに歌い出し、更にその周辺で踊り子が華麗に舞う。
「敗北必至~♪焦りが~さらに焦りを~招き~♪失敗す~る~♪思わぬトラブルや 事故にも 注っ意ぃ~♪」
「よし、撤収っ!」
勇者一行は逃げ出した!
「……ここに来る前に占っておけばよかったんじゃないッスか? それにしても……」
魔王のシルエットが揺らぐ。
「なかなか粘りましたね、勇者ご一行様。旅芸人一座としてなら、成功しそうなんですが……」
元の姿に戻ったイッコマエは、やれやれといった表情で、去っていく一行を見やる。
「おや?」
勇者達がいた辺りに落とし物を見つけ、拾い上げるイッコマエ。
「これは……交番に届ける必要はなさそうですね。もらっておきましょう。」
「あれ? トモさん、そのパンも焼くんスか?」
カゴの跡がついた丸パンの生地をオーブンに入れようとしている、顔馴染みの調理場スタッフ トモヤに魔王が声をかける。
「ん? ああ、お客様には出せないけど、スタッフのおやつとか、パン粉にしたりとか。」
「じゃあ、ちょっと手ぇ加えてもいいッスか?」
「これ、全部?」
「20個くらい?」
「いいけど、早くしないと、発酵が進んで、パサパサになっちゃうから、頑張れー。」
「マジッスか? こっくぱっとさん、起動っ!」
「こっくぱっとさん、好っきやなぁ。」
発酵したパン生地を分けてもらい、スマホのレシピサイトを見ながら、細工を始める魔王。
「じゃ、残りは焼いちゃうぞー。」
発酵済みのカゴ模様付きのパン生地をオーブンに入れ、トモヤは新たに仕込んだパン生地の成型を始める。
「生地の成型を手伝わすために連れて来てんけど、ええの?」
「勢いで連れて来ちゃったけど、初心者に1からやり方教えるほうが手間じゃね? 正式なスタッフでもないし、自由にさせとくわ。」
「せやな。」
手際よく成型していく2人。
そのそばで、魔王も真剣に何かを作っている。
約10分後
焼き上がったパンがオーブンから取り出され、香ばしい香りが広がる。
「わーっ、美味しそうッスね!」
「食べる? 焼きたて。」
「いいんスか? ゴチになりますっ!」
「熱いから気ぃつけ……」
「熱っ!」
「……言ってるそばから。大丈夫か?」
「ん、美味しいッス!」
「ここ、和食がメインなんやけど、何気にこの丸パン、人気なんやで。」
「人気なのわかるッス。すっごくふわふわッス!」
「何個食うてもええけど、作業終わったん?」
「もう少しッス。形変えただけだから、すぐ焼けるッスか?」
「もう発酵してる生地だからな。どれどれ? どんなの作ったんだ?」
「焼き上がるまで見ちゃダメッス! トモさん、見ないように目ぇ閉じたまま焼いて。」
「無茶言うなぁ。温度と焼き時間の設定はするから、オーブンに入れて扉閉めたら呼んで。」
「了解ッス! 後はこれをくっつけて……できたーっ! はいはい、イタさん、トモさん、まわれー右っ!」
「信用ないなぁ。見ぃへんて。」
言いながらも、しっかり魔王に背を向ける2人。
オーブンの扉を閉め、魔王がトモヤを呼ぶ。
「トモさん、オレ様が手塩にかけて作った初めてのパン、よろしくッス!」
「うわー、なんかそう言われるとすげぇプレッシャー。」
数分後
焼き上がりを報せるブザーが鳴る。
「自分で取り出す?」
「もちろんッス!」
厚手のミトンを借りて、再び2人に回れ右の号令をかける。
「あ、いい感じッス。よっ、と。かんせーいっ! 見ていいッスよ。」
「どれどれ? お、かわいいじゃん!」
「カメか? 頭にトゲトゲしたモンついとるけど。」
天板に並んだ15匹のカメのようなパン。
「お疲れ様でーす。パン焼いてるんですか? いいニオイがするから来ちゃいました。」
「お、ジャック。おつかれー。」
モンスター館を閉館させたジャックが調理場に顔を出す。
「あらー、パン焼いてたのー?」
「あれ、チーフ。休みの日まで来るなんて、仕事熱心だなぁ。」
ほぼ同時に、魔王庵のチーフもやって来た。
「休憩の時用のお菓子買いに行ったら、詰め放題イベントしててねー。ほら見てー。がんばっちゃったー。」
両手に下げたパンパンのレジ袋を作業台に置きながら、チーフは続ける。
「そのお店でねー、何だか城で緊急イベントやってるー、とか言う声が聞こえたから、寄ってみたのー。」
「魔王様がモンスター館に遊びに来てくれて、お客様のお相手をしてくれたんですよ。」
「えっ、魔王様がいらしたの?」
「いらした、てか、まだいるけど……」
「えっ?」
キョロキョロと辺りを探すチーフ。
「目の前におるやん。」
「えっ? まぁ、すみませーん。新しいバイトくんかと思ってましたー。」
「違和感無すぎだもんな。」
トモヤが和帽子の上から魔王の頭をポンポンとする。
「魔王様、そんな格好で何をなさってたんですかー?」
「パン生地ダメにしちゃったから、イタさんに拉致られて、強制労働させられてたッス。」
「ちょっ、人聞き悪い言い方すなやっ!」
「えっ? じゃあもしかしてこのパン、魔王様が? わ、かわいーカメさんっ!」
「あれ? これもしかして、プワトルですか?」
「ジャックさん、正解ーっ!」
何を作ったのかわかってもらい、嬉しそうな魔王。
「ぷ、ぷわ……?」
「プワトル。亀の姿をしたモンスターで、見た目は可愛いんですが、頭のトゲトゲに毒があるんです。」
ジャックはタブレットを取り出し、3人にプワトルの画像を見せる。
「へー、結構再現率高いじゃん。」
「へへーっ、あざーッス。」
「カゴの模様がええ具合に甲羅みたいになったなぁ。」
「いいですよ、これ。売り物になるんじゃないですか?」
「ちょっと発酵しすぎとるかも知れんから、試食してみてからやな。」
調理場スタッフ2人と魔王庵チーフによる、品質チェック。
「大丈夫そうだな。」
「せやな。」
「どうですか、チーフ。モンスター館で試験的に販売、とか……」
チーフの反応を伺うジャック。
「いいんじゃないかしら? 支配人には私から伝えておくわねー。」
まさかの販売決定に、驚くと同時に、大喜びの魔王。
「マジッスか!? カゴを降らせてよかったッス!……ん? そうそう、カゴ! そのために来たの、忘れてたッス。えっとー……」
「ああ。ダンボール箱に戻しといたで。ほい。」
イタバがダンボール箱を魔王に渡す。
「あざーッス。この前、バイトしたときに燃やしちゃった天ぷらカゴ、新しいのお届けするのが、本来の目的だったッス。はい、チーフさん。」
箱の中から幾つか取り出して、チーフに渡す。
「まあっ! お気遣いいただいてすみませーん!」
「ゆうが言うててんけど、コイツ、それ買うためにバイトして、カネ貯めたんやて。」
「まあまあっ! そこまでしてくださるなんて……ありがとうございます。もう、どうお礼したらいいか……」
「いいんスよ。だって、オレ様が燃やしちゃったのをお返ししただけなんスから。」
「そう言われましても……ねえ?」
同意を求めるように、イタバ、トモヤ、ジャックを見るチーフ。
「チーフの気が収まらないみたいだから、なんかリクエストない?」
「リクエスト、ッスか? んー……」
調理場内をグルッと見渡し、あっ、と言う表情になる魔王。
「これ! これ欲しいッス!」
「えっ、そんなんでええの?」
「今1番欲しかったものッス。チーフさん、これ、もらってもいいッスか?」
「え、ええ……本当にそれでよろしいんですかー?」
「いいんス! あ、あと、丸パンちょっとと、プワトルパン1個、いいッスか?」
「好きなだけ持って行きぃ。」
「あざーッス! いいおみやげをもらっちゃったッス。」
「おみやげ……あ、そっか、イチコさんにかっ! オレが丹精込めて焼いたパンだ、って伝えてくれよ!」
「了解ッス! 強制労働の件も伝えるッス!」
「せやから、そのいい方やめぇって!」
「まぁ、何と言いますか、ない時はトコトンないんですが……」
「1度見つかると──」
「一気に集まるもんッスね。」
2代目魔王城の食堂に集まった魔王、勇者、イッコマエ。
テーブルの上には、それぞれが持ち帰ったパクッと海水浴が3箱。
「イッコマエさんは、どこで手に入れたんスか?」
「あちこち探し歩いて見つからず、戻ってきたら、例の勇者一行がまた来てたんですよ。」
「おいおい、そんなに頻繁に来るようなら、マジで留守がちなのヤバくね?」
「たぶん問題ありませんよ。さらに人数が増えていましたが、ちょっと話し合いをしたら撤収していきましたから。」
ニッコリ笑うイッコマエを見て、ただの『話し合い』ではないことが容易に想像がつく。
「で、彼らがいなくなった後、そこに落ちていたので、ありがたくもらっておきました。勇者さんはどういった経緯で?」
「コイツが旧魔王城で色々やらかしてさ。」
勇者の言葉に、ジロリと魔王を見るイッコマエ。
「ご、誤解ッス! ジャックさんトコで、ちょっと盛り上がり過ぎちゃっただけで……」
助けを求めるような視線に、勇者はごく簡単に状況を説明する。
「モンスター館に来てたお客さんのリクエストで、おとなしめのモンスターを召喚してたんだけど、小さい姉弟がカルブセを見てちょっと怖がってさ。」
「なるほど。お客様のご要望だったんですか。」
「そ、そうッス! 皆さん喜んでくれたんスけど、お子様にはちょっと刺激が強すぎちゃったみたいで……」
「竦んで動けなくなってたのを助けたら、その礼に、って。で、お前はどこから?」
「パンを作るの手伝ってたら、買い物帰りのチーフさんが調理場に来たんス。天ぷらカゴ渡したら、何かお礼がしたいって言うから、買い物袋に入ってのをもらって来たッス。」
「パクッと海水浴入手の経緯はわかりましたが、何故、パンを作るお手伝いを?」
「お届けした天ぷらカゴなんスけど……」
正直に言っていいものか、イッコマエの顔色をチラリと伺う魔王。
「天ぷらカゴ40個が入ったダンボール箱が思ったより大きくて、魔王庵に転送したんスよ。そしたら、箱のフタが開いて、パン生地に降り注いじゃって。」
「あ、そうそう、それそれ。イタさんが来たから言いそびれたけど、箱持った状態で移動魔法、でよかったんじゃね?」
「──あ。」
その手があったかと、ポンと手を打つ魔王。
「次の機会にはそうするッス。」
「むしろ、次の機会がないようにお願いします。で、そのパン生地はどうなったのですか? まさか処分したなんて言いませんよね?」
食べ物を粗末に扱うことを断じて赦さないイッコマエの視線が痛い。
「カゴの跡が付いちゃってお客さんには出せないケド、スタッフさんのおやつにしたり、パン粉にするから、って、ちゃんと焼いたッス。で、生地を少しわけてもらって、これ作って、おいしかったからカゴ模様パンも幾つかもらって来たッス。」
プワトルパンとその元になったカゴ模様パンを見せながら魔王が言う。
「プワトルですね。あ、これが付いてしまったカゴの模様ですか。確かに甲羅っぽく見えますね。うまく出来てます。」
「ッしょ? で、モンスター館で試験販売決定したんスよ! スゴくない?」
「マジかよ? 確かによくできてるもんな。」
パンをしげしげと眺めていた勇者がふと、プワトルとのエピソードを口にする。
「コイツと初めて戦った時、頭突き喰らってさ。頭のトゲに毒があるの知らなくて、毒状態なの気付かずにいて、歩いてる途中で、HP 0でぶっ倒れたコトあったわ。」
「……気付かずに先に進む辺り、勇者さんらしいですね。」
「懐かしの残念エピソード、どーもッス。形はオレ様が作ったんスけど、生地作りとか焼くのはトモさんがしてくれたんスよ。丹精込めて作ったから、イチコさんに是非!って言ってたッス。」
「……ここは、イチコに変身してからいただくべきでしょうか?」
真剣な顔でたずねられ、勇者は思わずプッと吹き出す。
「や、別にそのままの姿でいんじゃね?」
「ではこのままで。」
カゴ模様のついた丸パンを試食するイッコマエ。
「フワフワ感が凄いですね。でも、パサついてなくて、ほのかな甘味もまたいい感じですね。おいしいです。」
「うまいよな、それ。元々はトモさんが家で作ったヤツを、時々スタッフに持ってきてくれてたんだよ。」
「そうなんスか? イタさんは料理人の家系だって聞いてたッスけど、もしかしてトモさんはパン職人さんの家系?」
「いや、趣味で作ってるらしい。で、スタッフの間でも評判よくて、魔王庵でも出してみようってことになってさ。」
「さらにモンスター館でプワトルパン販売ですか。パティスリーMAOUより先に、トモヤベーカリーが城内に出来てしまうかもしれませんよ?」
「えっ、大変ッス! でも、これだけイッコマエさんに褒めてもらったら、トモさん、大喜びッスね!」
「お、おお……」
(イチコさんは魔王の側近、ってコトになってて、たぶん魔王庵の人達の中では、美人秘書みたいなイメージになってんだろうけど、実は男で、しかも、魔王の次に強い(ある意味、魔王より強い)中ボスなんだよな……)
ふと浮かんだ思いを、勇者はそっと飲み込んだ。
「トモさんのパンもいいけど、ようやく入手したパクッと海水浴、食べてみようぜ。」
「そうッスね。賞味期限が1番先に切れるヤツは?」
「あ、私のですね。非常食のつもりで持っていたんですかね?」
勇者一行が落としていった菓子の箱を開ける。
「へぇー。裏にチョコがついてるのかと思ってたんだけど、染み込ませてあるんだな。」
「不思議な食感ですね。」
「これはこれでおいしいッスね!」
あっという間に1箱がカラになる。
「探し求めていたパクッと海水浴も手に入ったし、お宝探しも一区切りついたな。」
「ッスねー。」
「いいえ。まだです。」
スッと椅子から立ち上がるイッコマエ。
「パクッとどうぶつを見付けたのは魔王さん。パクッと海水浴は見付けたのではなく、たまたま手にいれたもの。私としましては、全く不完全燃焼です。」
おもむろに取り出したスマホを操作し、パクッとシリーズ一覧ページを、魔王と勇者に見せるようにテーブルに置く。
「パクッとシリーズコンプリートを目指し、新たな旅立ちです!」
「や、もういいだろ?」
「小さいお子様や、魔王庵のチーフさん、果てはポンコツ勇者一行でさえ入手できたものが見付けられなかったなど、トレジャーハンター失格です! 名誉挽回しなければ、立つ瀬がありませんっ!」
「そもそもトレジャーハンターじゃねぇだろ!?」
「他のパクッとも興味あるッス!」
「煽るなっ!」
「今まで通り、3食しっかり用意しますし、城の管理等もきちんとして、お2人にご迷惑にならないよう、空き時間に探しますからご安心ください!」
「ポンコツかも知れねぇケド、勇者一行がうろついてんだろ? あんまり留守にしたら……」
「オレ様はイッコマエさんを応援するッスっ!」
「ありがとうございますっ! 必ずや、コンプリートしますっ!」
ガシッと手を握り合い、盛り上がっている魔王とイッコマエに頭を抱える勇者。
「……無駄に熱いコンプ魂が、すでに迷惑だっての。」
翌朝、バイトが休みのため、少し遅めに起床した勇者。
着替えて食堂に向かう途中、ニャンズルームから3匹の子猫が出てきて勇者に登り始め、後から出てきた母猫も、その足にスリっと頭をこすりつけてきた。
「ん? どうした?」
この時間帯は、エサをやったり、トイレを片付けたりしている魔王に纏わり付いているため、こんな風に部屋から出てくることは滅多にないのだが……
よじ登る子猫達に注意を払いながらニャンズルームを覗いてみる。
「いねぇな。」
エサも水も用意され、トイレもきれいになっているが、室内に魔王はいない。
「おーい、猫出てきてんぞー。」
猫を引き連れたまま食堂に向かうと、1人分の朝食とメモがテーブルに置かれていた。
『イッコマエさんと、パクッと探しに行ってくるッス。来ないとは思うケド、ポンコツ勇者一行が来たらよろしくッス!』
グシャっとメモを握りつぶす勇者。
「魔王も、1個前の中ボスも不在って、何城だよ、ここはっ!」
同調なのか、同情なのか、勇者を見上げ、母猫がニャーと声を上げる。
「ったく……飯、一緒に食うか?」
「ニャー」
用意されていた朝食をトレイに乗せ、ニャンズルームに運ぶ。
ローテーブルにトレイを置き、ソファに腰を下ろそうとした瞬間、
バァンッ!
玄関扉が派手に開く音が聞こえ、勇者はニャンズルームから様子を伺う。
「朝イチで来れば、不在ってコトもねぇだろ。」
「現に、扉も開いたしな。」
聞き覚えのない声だ。
顔を覗かせてみると、謎の集団が玄関口を埋め尽くしていた。
「今日こそこの城を攻略して、魔王を──」
「魔王ならいねぇぞ。」
「そう、魔王はいない……って、なにぃ!?」
「な、何者なのっ!?」
突然押し入ってきた集団に、勇者はあきれ顔で返す。
「そりゃこっちのセリフだっての。鍵かかってねぇからって、朝っぱらからヒトん家に大人数で押しかけて来てんじゃねぇよ。」
猫を引き連れて現れた青年に、勇者が言い返す。
「鍵が開いていれば魔王の城だろうが一般宅だろうがお邪魔するし、アイテム求めてタンスも壷の中も探すし、鍵がかかっていれば、鍵を探して探索するのが勇者ってモンだろ?」
「……魔王が言ってた勇者像、強ち間違いでもなかったな。」
やたらと他人の家に上がることはなかったと思うが、もしかしたら無意識に自分もそうしていただろうかと、少し考えさせられる。
「魔王達が言ってた、最近この辺りで見かける勇者一行って、お前ら?」
「我々を知っているのか? 見た所、普通の人間のようだが……」
品定めをするかのように、勇者を観察する賢者。
「一般人が魔王の城にいるとは考えにくい。もしや、魔王の仲間、魔族か?」
「魔王もフツーの人間と同じように見えましたからね。見掛けだけでは人間か魔族か……」
「あー、アタシ聞いたコトあるかもぉ。魔王ってぇ、にゃんこ飼っててぇ、そのお世話してるイケメンさんがいるってぇ。」
「猫に登られてるイケメン……まさにこの人じゃね?」
(面倒だから、話合わせておくか。)
「ああ。猫の世話してるモンで、フツーの人間だ。」
「やったぁ! アタシ、大正解! ねぇねぇ、にゃんこに触ってもいぃ?」
「いいけど……」
「あ、じゃあ私もー!」
「わたくしも!」
「待て、みんなっ!」
仲間達を勇者が引き止める。
「ああ。不用意に近付かぬほうがいい。普通の人間だなどと吐かしておいて、近付いて来たところで本性を現し、攻撃を仕掛けてくるやも──」
「オレもニャンコ触りたーいっ!」
「勇者───っ!!!?」
猫にまっしぐらな勇者の首根っこを格闘家がグイッと引っ張って引き止め、他の仲間も戦士と侍によって連れ戻される。
「勇者が率先してニャンコトラップに飛び込むとか、マジねぇわっ!」
魔法使いに説教されている勇者を後目に、魔物使いがピンヒールの音を響かせながら近付いて来て、猫達をジッと見る。
「このイケメンくんが人間か魔族かはわからないけど、猫は正真正銘普通の猫、モンスターじゃないわ。ああ……でもこのコ達、とっても危険。モンスター以上にあぶないわ。」
「えっ、どういうコト?」
「フフッ……アナタ達だって気付いているでしょ? このコ達……」
妖艶な微笑みを浮かべつつ、勇者に登っていた1匹を抱き上げる魔物使い。
「超ーかわい過ぎっ! マジ、ヤバいって! キュン死しちゃうっ! やぁん、モフモフ~っ!」
「キャラ変わるほどにぃ!?」
「あっ、マモちゃんばっかずるいぃーっ!」
「抜け駆けですわっ!」
「えっ、ちょっ、うわっ!」
あっという間に猫目当てのメンバーに囲まれる勇者。
「お、落ち着けって! 猫達驚いて……って、お前は少しは自重しろやっ!」
猫目当てメンバーの中に勇者を見付け、怒鳴りつける魔王側の勇者。
勇者や魔王の名前をちゃんと考えていなかった悪影響がここに来て現れ、ややこしい事この上ない。
この場を借りて、お詫び申し上げます。
「お前、このパーティーのリーダーだろ? ちゃんと統率しろよ!」
「リーダーや勇者である前に、ニャンコ大好きな好青年ですっ!」
「やかましいわっ! 魔王達がポンコツ扱いするワケがわか……何でソイツがダメージ受けてんだよっ!?」
頭を抱えへたり込んでいる賢者の肩に、商人がポンと手を置きながら答える。
「彼にとって、『ポンコツ』は禁句になっておりましてな。」
「豆腐メンタルかよっ! はーい、そこの盗賊止まりなさーい。どさくさに紛れて猫さらってんじゃねぇっ!」
「あ、バレちった。」
「この人数に対して、ニャンコの数がたりないのよ。召喚士ー、ニャンコ追加ー。」
「えーっ? ボクは悪魔召喚専門だよ? でもまあ、見た目ネコっぽいのは……」
「喚ぶな増やすなっ!」
「愛らしい猫達を見ていたら、1曲浮かびました。タイトルは『魔王城の猫』」
「そのまんまだなぁっ! てか、歌うな、舞うな、天井裏に忍ぶなーっ!」
やりたい放題な勇者一行に、ツッコミが追いつかない。
「みんなも来いよ! メッチャ可愛いぜ、このコ達。」
遠巻きに様子を伺っているメンバーに勇者が声をかける。
「どっちかって言うと、イヌ派だし。」
「鳥派。」
「爬虫類派。」
「動物はちょっと苦手かなぁ……」
「……いのちあるモノに、きょうみない。」
「えーっ、こんなに可愛いのに。召喚士ー、イヌ、トリ、ヘビ追加ー。」
「だからぁ、ボクは悪魔しか喚べないの。えーと、イヌ、トリ、ヘビっぽいやつ?」
「喚ばなくていいってのっ! お前ら、魔王討伐に来たんじゃねぇのか?」
「あ、そうだった。で、こんな可愛いニャンコ放置して、魔王はどこに行ってんだ?」
「どこ、って……」
さすがに、スナック菓子を探し歩いているとは言えず、咄嗟に別の言い回しを口にする。
「あ、そうそう。幻の激レアアイテムを探してるとか言ってたな。」
「幻の激レアアイテムだと?」
一行の顔付きが真剣モードになる。
「ああ。是が非でも手に入れたい逸品だとか……」
「みんな、集合!」
勇者の呼びかけで、好き勝手に行動していたメンバーがサッと集まり、話し合いが始まった。
「魔王が絶対に入手したい幻の激レアアイテムって、何だと思う?」
「魔王専用の最強装備とかじゃね?」
「逆に、我々が手にすることで、魔王にとって不利になるアイテムかも知れんな。」
「魔王専用装備だとしても、私達に有益なアイテムだとしても、魔王より先にゲットするのが得策じゃない?」
「ですな。」
「と、言うわけで、なんか情報くれ。」
「図々しいなぁ、おい。」
「ちゃんとニャンコ返すからぁ!」
「あったりめぇだ! なんで連れて帰ろうとしてんだよっ!」
本気で連れ去られかねないので、猫を回収する。
「情報くれったって、どこに行ったか、オレもわかんねぇんだよ。お前ら勇者一行だろ? だったら村人とか町人とかただのしかばねとかから地道に情報収集しろよ。」
「ただのしかばね……!」
つまらなそうにしていた死霊使いの目が、途端に生き生きとする。
「ただのしかばね! さがしに! はやく!」
「お、落ち着いて。私達が探すのは、ただのしかばねじゃなくてね──」
「じゃあ、なんのしかばね? ただじゃないなら、ゆうりょう? いくら? たかい? やすい?」
死霊使いの矢継ぎ早の質問に、困り顔の僧侶。
見た目も言動も幼く、10歳にも届いていないように見える死霊使い。
それよりも少し年上らしき黒魔道士と白魔道士が、死霊使いの左右に立つ。
背格好も顔もよく似た少年黒魔道士と少女白魔道士。
恐らく双子であろう2人が、死霊使いに話しかける。
「先に屍探しに行こうぜー。」
「うんっ!」
「見つからなかったら、黒ちゃんに屍になってもらおうねー。」
「うんっ!」
「ちょっ……白魔道士だけど、ぜってぇおまえのほうが黒いよなー。」
仲良く手をつなぎ、3兄妹のように一足先に魔王城を出て行く年少組。
(ちょっとヤバそうだけど、子供のほうがしっかりしてんなぁ、このパーティー。それに引き換え……)
「なあなあ、何でもいいから情報くれって。今なら、ネコっぽいのと、イヌっぽいのと、トリっぽいのと、ヘビっぽい悪魔もあげるからさぁ。」
「いらねぇよっ! つーか、喚んだのかよ! さっさと帰還させろ!」
「自分が新人王を取った時のトロフィーも付けるっす!」
「人様にやるなっ! 大事に持っとけ!」
「然らば拙者の愛刀 まちゃむねを……」
「刀らしからぬ名前だなぁ! ナマクラだろ、それ!」
「いやー、アンタのツッコミ、いいなぁ。見ての通りボケばっかで結構大変でさ。一緒に来てくんね? ツッコミ担当で。」
「行かねぇよっ! 四六時中こんなポンコツ共、相手にしてられっか!」
「ポンコ……ツ………」
「あ、賢ちゃん逝っちゃったぁ。」
「人の弱点を容赦なく突いてくるなんて、やっぱりあなた、魔族ねっ!」
「ソイツのメンタルが脆すぎなだけだろっ! あーっ、マジ、面倒くせぇなあっ! 魔王がどこ行ったか、何探してんだか知らねぇケド、この近辺は探し尽くしたって言ってたぜ。オレが知ってんのはそのくらいだ。」
「ということは、ここから1番遠いトコか?」
「カナタノ洞窟とか、サイハテ牢獄とか?」
「神出鬼没の、伝説のコンビニに売っているのかも知れませんな。」
「有力な情報をありがとう! これ、情報料として受け取ってくれ。よし、まずはカナタノ洞窟目指して、行くぜ、みんな!」
「おうっ!」
勇者の情報を信じ、情報料と称した紙袋を渡し、一行は旅立って行った。
「……はぁ、朝っぱらから疲れた。」
「ニャー?」
「お前らも災難だったな。お疲れさん。さぁ、飯だ飯ぃ。」
11時を少し回った頃、
「ただいまーッス!」
「お留守番、ありがとうございました。」
魔王とイッコマエが帰ってきた。
「何か変わったことはありませんでしたか?」
「あった。来たぜ、例の勇者一行。朝っぱらから、総勢22人で。」
「マジ来たんスか? 懲りないッスねー。」
「猫さらわれかけたり、大人数でボケまくったり、強くはなさそうだけど、厄介な連中だな。」
「えっ、ニャンズ、さらわれかけたんスか? 守ってくれてあざッス! ごめんねー、オレ様が留守にしてたせいでーっ!」
猫達の安否確認をしにニャンズルームへ駆けていく魔王。
「あの人数はちょっと面倒ですよね。で、どうやって追い返したんですか?」
「ありもしないレアアイテムが、ここから遠いどこかにある、って言って追い返した。これでしばらくは来ないんじゃね?」
「そうですね。お疲れさまでした、勇者さん。」
「そっちは? お目当てのモン、見つかった?」
「いえ、まだです。昼食を済ませたら、また出掛ける予定で──」
「ねぇねぇ、コレ、何ッスか?」
ニャンズルームから戻った魔王の手には、小さな紙袋が。
「ああ。情報料だ、ってもらったヤツ。そういやぁ、中身見てねぇわ。開けていいぞ。」
「何が入ってんスかねぇ……えっ、コレって……」
「『パクッとどうぶつ やさい味』じゃないですかっ!」
「パクッとシリーズか? アイツらたしか、この前もパクッと海水浴落として行ったんだよな? メンバーの中に、この会社の関係者がいたりしてな。」
冗談めかして言ったのだが、真剣そのものな表情で魔王とイッコマエが勇者に詰め寄る。
「勇者一行、どこに行ったんスか?」
「はっ?」
「我々が探しまくっているのに、全く見つけられないものを、当然のように持っているんですよ? 情報収集しない手はありません!」
「マジで言ってんのか? どんだけポンコツでも、相手は勇者一行だぞ? 2人の敵だぞ?」
「よく言うッしょ? 『知ってる者は敵でも使え』って。」
「いや、言わねぇし、意味わかんねぇよっ!」
「先程勇者さんは、『ここから遠いどこかに』と言って、勇者一行を追い返したとおっしゃってました。」
いつの間に用意したのか、世界地図を広げる2人。
「ここから遠いとなると、メッチャ塔とか、マジヤバトオ杉とかッスか?」
「カタミチゴジュークジ館、なんてのもありますね。」
「片っ端から行ってみるッス。」
「そうですね。勇者さん、ありがとうございます。これ、情報料です。」
言いながら、1枚の紙を勇者に渡すイッコマエ。
「引き続き、留守番よろしくッス! いってきまーす!」
「ちょっ、待……」
引き留める間もなく、2人は姿を消した。
「3食用意して、迷惑かけないようにするんじゃなかったのかよ。情報料渡されても……」
情報料としてイッコマエに渡された紙を改めて見てみる。
『本日オープン! デリバリーピザ ピザキャップ オープン記念で、全品30パーセントオフ! どんなところにもお届けします! 電話 ○○-◇▽○□-▽△▽△』
「…………」
「お電話、ありがとうございます! ピザキャップでございます! マルゲリータのレギュラーサイズお1つですね。承りましたー。ご住所お願いいたしまーす。えっ? 勇者城……でございますか? 魔王城でしたら存じ上げてますが……えっ? 元魔王城? 現在、観光地になっているほうの魔王城……ではなく、2代目魔王城だった勇者城? 魔王が留守がちだから、もう俺の城でいんじゃね?でございますか? ちょっと何言ってるかわかりませんが、2代目魔王城で……あ、はい、『勇者城』ですね。失礼いたしましたー。では、1時間以内にお届けいたしまーす。はーい、ありがとうございましたー…………誰かー『勇者城』って知ってるー?」