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冬の最涯  作者: 直弥
第二話「ループ」
7/19

1コマ目

 高校三年生の高山広明が運転していたバイクが、一人の中学生を轢いてしまった。調査の結果、事故の原因はバイクの故障にあり、故障の理由は誰かの悪戯としか考えられないものであった。被害者の少年は一時生死の境を彷徨い、どうにかその峠は越えられたものの、日常生活に支障ない程度の後遺症は確実視された。前述の理由から酌量の余地はあり、概ね示談で解決したが、広明が刑事責任を負わされることは避けられなかった。自賠責の他、任意加入の保険も下り、金銭的なダメージは軽微だった。もっとも、後遺症の認定手続きはまだかなり先のこととして残ってはいたが。

 自分が事故――しかも対人――を起こしてしまったことは無論、広明にとって途方もないショックであった。被害者が峠を越えるまで食事は咽喉を通らず、ろくに眠ることも出来ないでいたし、その後も被害者が意識を取り戻し、実際に謝罪へ向かう今までは誰彼怖くて外にも出られなかった。


 二月四日。被害者が意識を取り戻してから丸一日が経過していた。謝罪ということで面会を許された広明は、両親とともに病室を訪れた。顔面蒼白な広明と、神妙な面持ちの両親――父親はこのために午前中、会社を休んでいた。

「ほら」

 と。その父親に促され、広明は戸を叩く。中から「どうぞ」と声が掛かる。広明は震える手を必死に抑え付けながら、扉を開けた。開くと同時、親子三人が頭を下げる。まずは最初に父親が、その姿勢のままで口を開く。

「この度は本当に、申し訳ありませんでした!」

 場所柄声を張り上げることはしなかったが、力強い口調ではっきりと言った。寝台の上に横たわっている少年は、恐れ多いとでもいうような様子で、

「いやそんな、頭を上げてください。お願いですから」

 と応じた。まだ中学二年生である少年が、高校三年生とその両親に一斉に頭を下げられて委縮するのは当然の反応と言える。ゆっくりと顔を上げる三人。広明の母親が、そこでふと気付いたことを口にする。恐る恐る。

「あの、今日はお母様は?」

「すみません。母はこういう場がすごく苦手なもので。『先に一回顔を合わせて謝ってもらってるからもういい』って言ってたそうです。常識外れなのは分かっているんですけど、ごめんなさい」

「いえいえ、そんなことは!」

 慌てて顔の正面で手を振る広明の母親。少しの沈黙を挟んだ後、ようやっと広明が口を開いた。再び頭を上げながら。

「本当にゴメン! お、僕のせいでこんなことになって……っ!」

「いやいや、大丈夫なんですよ! 何も死んだわけじゃないんですから」

 あっけらかんとして言う少年。強がりとも到底見えない。バイク以外の何かに当てられたのではないのかというほどの陽気ささえも窺える。その態度に対して広明は、不条理とは理解しつつ、一個の感情を覚えていた。少年からは見えない位置で、広明は拳を強く握っていた。

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