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冬の最涯  作者: 直弥
第三話「分キ点」
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13/19

2コマ目

 一月二〇日の月曜日。とある中学校にて。講堂には全校生徒が集められ、教職員たちも皆神妙な面持ちでずらりと並んでいた。そこここから聞こえる話し声は終業式や始業式に聞かれるような類とはまるで違っている。どちらかと言えば御葬式。だがそれもそのはずで。というよりも半ばその通りで。

「もう皆さんもご存知とは思いますが、今日はとても悲しいお知らせをしなくてはなりません」壇上で話すのは、見目六十歳ほどで白髪頭の校長。「一年二組の芳村雪さんが昨日……亡くなられました――」

 校長は話を続けるが、死因に関しては決して言及しようとない。ところで。葬式のような雰囲気というのは、列を為している生徒たちの多くが心底から悲嘆に暮れて沈んでいるというわけではないという意味でもある。大半はただ場の雰囲気を弁えているに過ぎない。事が事なだけに気持ちの動揺はあろうが、そこに悲しみが含まれているかどうかはまた別の話。ただ、一年二組の列だけはやはり他と違っていた。一人を失って三十五人となった学級。男女の割合はおよそ半々で、女子の約半分が目を腫らすか今も泣いているかしていたから、大体クラスの四分の一が涙していたことになる。中でも一人、殊に異質な雰囲気を纏っている少女がいた。身の丈一六三センチほど。姿勢を正して前を向けば、頭一つ抜けそうなものであるが、今は俯いていた。欝血するほどに強く下唇を噛み。涙こそもう流していないものの、結膜炎さながらに目を腫らしている。クマも出来ているのだろう。下の瞼は紫色になっている。

「皆さんには申し訳ありませんが、今日はもう授業を行いませんので、部活動も自粛していただき、この後、各自の教室で担任の先生方から連絡事項をお伝えいただいた後、すぐに下校してもらいます。今日の分の授業は、代わりに来週の日曜日に行いますので――」

 ブーイングが起こりかけた。がそれはほんの小さなざわめきの内に各自で自制された。皆の心の内に不満が生まれていたその時、件の背が高めの少女にもまたマイナスの感情が生まれていた。しかしそれは他の大多数の生徒たちが抱いたものとはまるで毛色が違うもので。

 ――今日の『代わり』ってどういうこと?

 人身事故で大幅にダイヤが乱れれば、臨時の列車が出ることもあろう。つまりはそういうことだと頭では分かっていながらも、少女の心には言い現しようのない不快感と不信感が渦巻いていた。


 全校集会の後、背が高めの少女は暗鬱とした気を全身に纏わせて帰宅の途に着いていた。教室で担任の口から伝えられた連絡事項は大体どこの教室でも同じ内容だった。生徒らにとって特に関係深かったことと言えば、まず、今日だけでなく明日も臨時休校になること。部活動の再開も明後日からになるということ。今月最終週―日程は学年によって異なる―に予定されていたマラソン大会は変更なく行われること(これには会場の都合も含まれている)。そして一年生にのみ特に伝えられたこととしては、今日、芳村雪の通夜が行われることであった。

 無言のまま玄関の扉を開け、そのまま自室に。電燈も点けず、上着も着たままベッドに深く腰を掛けた少女。壁に寄りかかり肩を預けた体勢となる。

「もしもし」

 突然に。何処からか聞こえてくる声。壁越しに届いているようでくぐもっていて、

「お母さん?」

 少女もやや不安げに、声を発する。

「違うちがう」

「え?」

 さっとベッドから立ち上がり、早足に部屋の扉まで駆け寄る。ノブを掴み、捻り、半分開いた状態にしてから改めて。

「す、すみません、どちら様ですか?」

「いやあ、それはちょっと言えないんだけど。というか、早く取ってよ、電話。凄い聴こえ辛いから」

「え? あ、ああ!」

 そこでようやく。少女は、声が鞄の中にある自身の携帯電話から聞こえて来ていたことに気付く。オカルティックな存在でも、部屋に潜んでいた不審者でもなかったと安堵しつつ、鞄に手を伸ばした。チャックを開け、乱暴に突っ込んでいた携帯電話を中から取り出す。流行りのスマートフォンではない、折り畳み式の携帯電話。可愛らしい猫のキャラクターのストラップが二つ括りつけられている。開くと、画面には通話中の文字。一息ついて、それを耳に当てようとした間際に少女の手が止まる。

 ――あれ。留守電じゃなくて、通話? ボタンも押してないのに?

 着信したところでボタンを押さなければ通話状態にならないというのは、どんな携帯電話でも当たり前の話。幾らごちゃごちゃとした鞄の中に裸のまま突っ込んでいたとは言え、折り畳まれていたはずの携帯電話が何故。着信音に気付かないというのはあり得るとしても。疑問はあるが、ともかく気になるのは相手の正体であったから。

「もしもし?」

 少女は訊ねた。向こう側では嘆息する音。

「やっとまともに出たわね。あなた自分の携帯電話の扱い雑じゃない?」

「あの、なんかごめんなさい。ええっと、どちらさまでしょうか」

 恐る恐る訊ねると。

「ごめん、それは言えないの」話にならぬ返答。続けざまに。「でも切らない方がそっちのためだよ」

 言葉面だけなら完全な脅迫。だと言うのに少女の覚えた感情は恐れなどではなく、呆れと苛立ち。その一番の理由は無論、彼女自身の現況と心境。とかく今はあらゆるものが彼女の神経を逆撫でする。

「い、イタズラ電話ですか? ごめんなさい、今私、本当に、そんな余裕ないんで」

 言って。少女は通話を切ろうとボタンを押す。だが。

 ――あれ?

 押せども押せども反応はなく。通話時間を知らせる数字だけが刻々と進んでいなかった。画面上は〝0:00″という表記のまま、:(コロン)だけが点滅している。

「切れないよ。っていうか、切ろうとしないでよ。少しぐらいは話を聞いて。時間は取らせないから。これはホント」

 少女の背筋に冷たいものが走る。ここへ来て初めて彼女は、相手への恐怖を感じていた。これがただのイタズラであれば手が込み過ぎている。では、一体?

「な、なんなんですか? あなた……」

「だからそれは言えないんだってば。私はただ、あなたにいい話を持ってきただけ」

「いい話?」

「そう。人生を、やり直してみたくない?」

 

 ………………。…………。


「つまり、いつでも好きな年、好きな月、好きな日、好きな時間に戻って、そこから人生をやり直せる。そういうチャンスを私にくれるって言うんですね?」

「そういうこと。お金も取らないし、魂も取らない。嫌なら断ってくれて構わない」

「そうですか」

 生返事して、少女はしばし考え込む。携帯電話を耳から離して、相変わらずコロンだけが点滅している画面に目を落す。イタズラにしては手が込み過ぎていると思った。だが相手が言っていることはあまりにも。

 ―こんなふうに表示をいじくることだって、細工すれば出来なくはないんだろうし。だいたい、今の私にこんな話をするなんて。

 からかっているだけなら性質が悪いにもほどがある。それを口に出そうとした矢先に電話から。

「外って今、どんなふう?」

「え」

 虚を突かれたあまり、少女は裏返った声で反応してしまう。何故今そんな。

「ちょっと見に行ってみてよ。ああ、電話は持ったままでね」

「う、うん」

 逆らおうという気も起こさず。少女は素直に自室を出て外へと向かった。


 果して外で彼女が目の当たりにしたものはいよいよ完全に常軌を逸していた。

「なにこれ」

 人、自転車、犬、自動車までも。あらゆるものが凍りついたようにして動きを止めている。町、いや世界中の時が止まっているとしか思えない光景。

「これは人間業の細工なんかじゃ出来ない芸当でしょ?」

「あ、あなたがやったんですか? これ」

「まあね。誤解しないでほしいんだけど、別にあなたを脅迫するためにこんなことしてるわけじゃないんだよ? でも、これで改めて私の話、真面目に考えてくれるようになったんじゃないかな。私は隠し事はしてもウソはつかないよ」

「っ。じゃ、じゃあ本当に」

「本当に、あなたには人生をやり直す機会を与えられたの。強制じゃないから断ることも出来るけど、とにかく一度世界を元の状態に戻した上で、一日考える時間をあげるから――」

「待って! あなたの言ってることが全部本当なら、今すぐ、今すぐやり直したい」

「あん? いつからやり直したって結局は同じなんだから、じっくり考えた方がいいんじゃない? 何をそんなに焦るの?」

 もっともな疑問を投げかける相手に、少女はぼそりと、

「だって、雪のお通夜なんて、出たくないから」

 そう言った。『森野』という、自宅の表札を背にして。

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