第五話:ベッドの下から
アタシのことについて少し質問したあと、刑事たちは帰って行った。その間際、アタシはこらえきれずに尋ねた。
「あの、どのくらい怪しいんですか、山田くん。やっぱり小説に書いていたから捕まっちゃうんでしょうか?」
刑事たちは醤油顔を見合わせて苦笑した。
「小説についてはそれほど重要視していません。今のところはね」
「じゃあ何で?」
「事件当日に、被害者の花屋で彼の姿が目撃されているんです。被害者と口論していたそうなんですよ。ニュースで見ませんでしたか?」
「さあ、そこは。でも、余罪とか言ってましたけど」
「それらの事件にも何かしら彼の名前が上がっているんですよ。地域も手口もバラバラだった幾つかの事件が、そこで繋がったというわけです」
「はぁ……」
帰っていく刑事たちの背中を、アタシはぼんやりと見送った。
その午後、アパートに警察官がぞろぞろやって来て山田くんの部屋を調べて行った。
この捜査で、表階段の下から割れた鉢植えの欠片が見つかった。しかし、山田くんの部屋からもアパートのどこからも、それ以上捜査の進展になるようなものは見つからなかった。
アタシは午前中に動き回ったのがいけなかったのか、夕方になると再び熱が出てきて寝込んでいた。外の騒ぎが気になるも、窓を開けて見るほどの野次馬根性はない。
ベッドに横になっているうちに警察が引けて、辺りが暗くなっていった。ご飯を食べる気力もなかったので、彼が作っていってくれた甘いスポーツ飲料を二杯飲んで、そのまま寝続けた。
妙な感覚に目を覚ましたのは深夜の一時頃のことだ。アタシはベッドの上に横になったまま、何気なく正面に置いてある全身鏡を見た。
その下のほうに、何やら光るものが映っている。一瞬で眠気が吹き飛び、頭がくっきりと冴えて、目を見開いた。
悲鳴を上げる余裕もなく、起き上がりながら、ベッドの枕元へ足を引っ込めた。紙一重の差でマットを細長い洋包丁が貫く。目の前でキラリと光るその先端に、アタシは今度こそ悲鳴を上げた。
誰かがベッドの下に潜んでいたのだ! しかも包丁を持って!
アタシはベッドから飛び降りて玄関に向かった。同時にベッドの下から不法侵入者も飛び出す。包丁を持ち変える動きの、なんと鮮やかなこと!
ドアに飛びついたが、とっさに鍵が回らない。まごついている間に侵入者が包丁を握って襲いくる。アタシは洋画のサスペンス女優さながら、体をひらりとひるがえして研ぎ澄まされた刃を避けた。代わりに木造のドアに突き刺さり、メリメリと裂かれる。
帽子を被っていて侵入者の顔が見えない。しかし闇の中でもその形相の凄まじさが分かるくらい、相手の興奮した息を感じた。
包丁を振り上げる。アタシはとっさに腕を伸ばしてそれを抑える。右に、左に、二人の身体が大きく振れて、とうとう鋭利な刃が牙を剥いた。
「ぎゃあああああ!」
しかし、悲鳴を上げたのはアタシではなかった。侵入者は自身の手で切りつけた顔を抑え、よろめいて壁にぶつかった。
「誰!」
アタシは恐怖で息も絶え絶えになりながらライトのスイッチを探したが、やっとのことで探り当てたと同時にドアの閉まる音がした。
ライトをつける。部屋に散乱した調度品が虚しく照らされるばかりで、犯人の姿はすでになかった。